04 カフェ・めんたる
「お帰りなさいませ、マスター。」
「うん、おっちゃんただいま。」
店に入ると沙芽より店主の貫禄がある男が出迎えた。というか、閑古鳥高らかに鳴き喚くこの喫茶店の僅かな客も、沙芽不在時は彼一人で切り盛りするので、彼が店主だと勘違いしてるものも居る。
おっちゃんは店の制服のせいか少し執事っぽくも見える。
と、言うよりこの男はシェフとして仕えていた神から気まぐれなるリストラに遭い、公園で呆然としていた所沙芽に拾われて以来、実質沙芽の押しかけ執事をしている。それ以外素性の知れない人外である。
本来の彼の名前は言語的に日本人には聞き取ったり発音できないのと、人に化けているらしく、本来の姿は常人も発狂する醜悪さらしい。
沙芽曰く、悪臭を放ちタール状の粘性生物できれいな玉虫色の瞳を無限に持っている巨体らしいが…飲食店で悪臭を放つわけにもいかないのでおっちゃんには是非そのまま人の姿で働いていてもらいたい。
この建物は一回の大部分が店にあてがわれていて、二階が居住スペースになっている。
一階にも一応風呂トイレがあり、仮眠室兼ロッカールーム兼試着室の部屋なんかもある。
ちなみにおっちゃんは一階の金庫室前にある倉庫に住んでいるが、これは沙芽が彼を冷遇しているとかではなくて彼が店と2階に住む主人を守るのに都合がいいからと譲らなかったらしい。
強盗や泥棒は彼の本来の姿を見て発狂するものが居るとかいないとか。そのせいでより曰く付きの店みたいになってしまったんだが。
「へぇ、門近くにこんなところがあったとは知らなかったなぁ。この辺はよく来てる筈なんだけど。」
「人外区への門近くの割には往来する人が少ないんですよー。落ち着くでしょ?」
人通りの少なく、日当たりも良い静かで綺麗なカフェといえば聞こえは良いが要は寂れていた。
人や人外すら狂死する曰く付きとか、店主がまともな見た目の食品をディスプレイしてないとかの噂がなくても多分この辺の路地は入り組んでるから寂れていたに違いない、と彩は思った。
「立派なカフェなのに穴場だね」
「素直に寂れてるって言っていいぜ? 俺意外がいるところを正直殆ど見たこと無い。」
「不思議だよね―。料理の腕には自身があるんだけどなぁ。」
「兄貴の飯はうまいけど…見た目がなぁ。ハロウィンなんかリアル死体パンとか約からオレすら寄り付かないし。」
「こっ、今年はもっと可愛い路線で行くもん!」
レジのあたりのショーウィンドウには持ち帰り可能の料理の数々が展示されている。
しかし、そこに並ぶのは混沌とした世界だった。
「食べられるランドセル、リアルひよこ、蛙羊羹…」
赤毛の男もそこに気づいて目を奪われざるを得ないようだった。
普通のモンブラン等に混じって食べられるリコーダーなど意味のわからないものが展示されているのだから仕方あるまい。
「リアルでしょー?自信作なんだ!」
さっきまでの付け焼き刃のですます口調はどこへやら。普段の接客通りというか、普段の態度で赤毛の男に話しかける。
「うん、すごく俺好み。帰りにいくつか買っていこうかな。」
赤毛の男も普通にしゃべることにしたようだ。
「やめたほうが良いぜ?モンブランとかは普通に食えるけど…リコーダーとかはリアルさ優先で味のこと考えて作ってねーもん。あと見た目が普通なのは味も普通。」
彩は前に食べた試作品の味を思い出してか、顔をしかめていう。
「大丈夫だよ、最近は見た目を落とさないように味が良くなってきてるから―!」
自信満々に言う沙芽に、彩はどうなんだか…と肩をすくめている。
客が寄り付かないのは果たして立地のせいだけなんだろうか…?
彩の反応に赤毛の男はこれから出されるであろう朝食に若干不安を覚えながらもカウンター席についた。
「はいこれ、メニュー。朝食セットもあるよ。」
ショーウィンドウの中身はともかく、木造の趣あるカフェに似つかわしいメニュー表を渡された。
中を開くと写真はないが、各メニューのイラストが描かれているのがまた味がある。
朝食セットの内容は目玉焼きとベーコンとトースト、飲み物がついて690円だった。
これなら料理の腕がどうあれ、失敗はないだろう。
「じゃあ、朝食セットで。」
「飲み物はどうするー?」
「ホットコーヒーをブラックで。」
「はーい、ちょっとまっててね。」
そう言うと沙芽は手慣れた動作で料理を始めた。
トースターにパンをセットし、その間に油を敷いたフライパンに卵とベーコンを落としていく。
ジュージューといういい音がする中、皿と使い切りタイプの小さなバターやジャムを用意していく。
その間に執事風の男が珈琲を淹れていた。
沙芽は豆菓子を小袋に入ったまま小鉢に入れると、皿にキャベツの千切りを盛り付けてそこにトーストやベーコンエッグを乗せていく。
「はい、おまちどうさま。食べれそうだったらデザートも付いてるから後で好きなの選んでねー。食べれなさそうならお持ち帰りもできるよ。」
「メニューにはデザート乗ってなかったけど…」
「うん、うちのは全メニューデザート込み価格だから。作るのも気まぐれに作りたいものだし。要らない人は190円引き。」
つまりデザート抜きの朝食セットはコーヒートーストおかわり自由で500円であった。
本日のデザートは店員に聞くか、ディスプレイを見て自由に決めてくれということらしい。
「…それにしてもデザート代安くないか?」
200円しないというのは破格なんじゃないだろうか。
「あんまり儲けを考えてない趣味の店だからね―。あと、卵とか材料は中がいい農家さんがただでくれることもあるしー。原価が安いんだ―」
「なるほど・・・」
「調味料は小さいのがあるから好きなの使ってね―」
カウンターにはナプキンと一緒に様々な小さい調味料が置かれていた。
「いただきます。」
トーストはさっくりとした表面に対して中はしっとりもちもちしている。
珈琲も酸味のない飲みやすいタイプでいい香りをたてていた。
「はい、彩はこっち。」
彩は沙芽からおじやを受け取ると猫舌なのか、よく冷ましながらちびちびと食べ始める。
美味しそうに一生懸命に食べる姿はこころなしかほっこりした。
○
コーヒーを飲んで一息つくと、デザートに頼んだリアルひよこケーキにフォークを入れる。
羽の質感も顔つきも体つきも無駄にリアルで本物のひよこが動いてないかのようだ。これ一羽、作るのにどれくらい時間をかけているのだろう。
肉の質感も抵抗もなく体に埋められるフォークも動かないひよこも脳が違和感を多大に感じていた。
断面は赤と白。骨と内臓とみと筋肉だろうか。
それを見て、赤毛の男のとなりにいた彩は思いっきり兄の頭を叩いた。
「お前なぁ!!!なんでだから中身までリアルにすんだよ!!!死体パンの時通報されたの忘れたのか馬鹿兄貴!」
「いたーい、暴力はんたーい」
「ああ、えーと、食欲失せたらそれ下げてもらっていいからな…?」
気遣って彩が赤毛の男を見ると彼は彼でこのケーキ相手に目を輝かしていた。
「何これすっごいリアル!!」
「ええー…」
やばい、こいつは兄貴と同族だったか…。
彩は若干引きながら困惑した。
「でしょー!味を鶏肉にしたら最早ケーキじゃないけどリアルと言うならここも頑張ろうと思ったんだ!!!」
「なんでそこでがんばんだよ無駄に!!誰も喜ばねーよ!リアルは外見だけにしとけ!馬鹿兄貴!」
彩の絶叫を他所に今日の客は喜んでいるのだが。
「ねえ、ほんと帰る時色々買ってって良いかな!?持ち運び一時間ぐらいなんだけど!!」
「わかった!ドライアイス付けとくね!」
「いやなんでだよ!!」
混沌としてきた状況にため息をつくとおっちゃんがそっとお茶を出してくれた。
「坊っちゃん、マスターの理解あるお客様がやっと現れて良うございましたね…!」
「いや、売上にはなるけど兄貴の趣味が講じすぎるから良くね―よ」
彩は思いっきりため息を付いた。