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猫と曼珠沙華  作者: 鳥飼 心裏
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02 兄

贈与能力の発現の確認。

探知能力…発動条件未達成。

不幸値変動…一部発動中、任意による変動の一部許可開始。

貸魔法…一部発動中


現在、遅老化・不幸値吸収・自己再生強化が発現中。

吸収量の増加に伴い*転生体への探知能力発動を許可、承認待ちとします。

――天使

 気がつくと、やけに暑かった。

 それに動こうにも、とてつもなく重く感じる。

 それでも腕を上げて、目をこすった。

「…?」

 目を開ければ見慣れた白い天井だった。ここは人間区の病院なのだろう。

 自分はまた何か病気で倒れたのだっただろうか。自動音声のような声を聞いた気がするので買い物中か何かだったのかもしれない。


「おはようございます。目が覚めたんですね。」

 朝の診察か何かだろう、そばにいて話しかけてきたのは医者だった。

「おはよう。今回はどうしてここに?」

 彩は生まれつき体が弱かった。季節の変わり目には風を引き、流行している病気には毎回あらかたかかる。

 なので病院は実家のようによく居座っていた。


「今回は共存区で倒れたんですよ。なんでも、目の前で交通事故を見たショックで倒れたとかで蛇の人外さんから通報があったそうですよ。」

 事故…それを聞いて、猫が車に跳ね飛ばされたことを思い出す。


「猫!猫は!?」

「落ち着いてください。…猫?」

「俺と一緒に居た…車が跳ね飛ばした猫が居たんだ!!!!」

「あぁ、そのショックで熱を出して倒れたんですね…。 猫については一緒に居た人が知っていたかもしれませんが…」

「そいつは?」

「彼は人外だったので共存区でその場に置いて行かれたそうで…連絡先もわからないでしょうね。」

「そんな…」


 あの猫には飼い主が居た。

 飼われていた家も知っている。

 でも、通りすがりの赤毛の男はそうではないだろう。

 猫はあの空き地にでも埋められたのだろうか?

 できれば、家に返してあげたかった。


「…辛かったですね。朝食は食べられそうなら食べて、よく休んでください。」

 朝の診察を終えた医者がそう言い残して去っていく。

 目の前には朝食も用意されていたが食べる気にはなれなかった。



「彩、倒れたって?大丈夫?」

 いつの間にか寝ていたらしく、聞き慣れた声で目を覚ました。

「兄ちゃん…?」

「うんうん、兄ちゃんだよ―」

 もぞもぞとふとんから出て起き上がると、黒髪を肩甲骨ぐらいまで伸ばした青年が朗らかに笑っていた。


 年は20代中盤と行ったところだろうか。

 長い前髪は、左目だけが見えるように分けられている。

 彼こそ年の離れた彩の兄、沙芽(さめ)だった。


「大丈夫?まだ寝てく?」

 沙芽は共存区でカフェを経営しながら一人暮らしをしている。

 この春から高校生になった彩も実家を離れたくて共存区で一人暮らしを始めていた。

 だから見舞いに来たと言うよりは、実家の権力で人間区の病院に運ばれた彩を迎えに来てくれたのだろう。


「いや、もう帰る。先生はいいって?」

「うん。もう熱も引いたし。でも、心因性のショックが今回は原因だから無理はしないようにって。」

「それは学校をサボる良い口実ができたな」

「もー。サボってばっかちゃ人間区に連れ戻されちゃうよ?」

 彩はそもそも学校に顔を出すという条件のもと、ニートにならずに進学を一応したのだ。

 サボってばかり居るようなら、わざわざ共存区の学校に行かせる意味はなくなってしまう。


「えー。そんときは兄貴守ってよ。」

「普段の生活態度次第かなぁ。」

 甘えてきた弟に対して沙芽はばっさりと切り捨てた。というより、中学時代より出席率が上がった程度じゃ沙芽も流石に庇護をしようがないので、実家に連れ戻されて家業を継がされても文句が言えないのである。


「ケチ。優等生。」

「そんな事言うならおいて行っちゃおうかな?」

 ちなみにわざわざ人間区に搬送されるのは、すきあらば実家が彩を連れ戻そうと裏金を動かしているからであった。

 とはいえここの医者は二人の実家のことをあまり良く思っていないのでひっそり兄が弟を共存区へ帰す手伝いをしてくれてるのだが。

「ああウソウソ!ごめんなさい!おいてかないで!ババアたちが来る前につれてって!」

「もう、お母さんたちをそんなふうに言うんじゃないのー…」

 必死の彩の懇願に苦笑いして、沙芽は出発準備を手伝った。



 身内に対してババアなんて言うんじゃないと言える沙芽の心が彩にはわからなかった。

 普通ならばたしなめる沙芽の言葉は間違ってないのかもしれない。

 ただ、この件に関しては彩は自分に落ち度があるとは微塵も思わないのだ。

 その理由は沙芽の生まれついての欠陥と人間区の感性の問題である。


 沙芽の髪の毛の下…右目には、目が存在しない。

 先天的なもので最初からそこがのっぺらぼう(顔のない人外)のようになにもないのだ。

 普段沙芽は、髪の毛の下にさらに眼帯を付けて、そこを隠していた。

 ただ単にのっぺらぼうという人外に似た部分を持って生まれてしまった沙芽は、高校から共存区で一人暮らしを始めるまで『何故人間区(人間の領域)でのうのうと人外が暮らしているのだ』という扱いをされていた。


 この世界は人外に厳しくて、人間でもこのように人外のように差別を受ける。

 時代が時代なら生まれてすぐに殺されていてもおかしくなかったのだろうけど、現代はそれを一応僅かに残った道徳が許さなかった。

 おかげで沙芽は世間体と法律によって健やかに育ったわけだ。


 沙芽という名前も左目しかないという事を揶揄しているのと、戯れで砂浜の砂で作られた芽のように、育たず芽吹かなければいい――要は早く死んでくれという親としてどうかしてるとしか思えない理由でつけられていた名前である。

 そんな話を楽しそうにする身内も、それを良しとする外十間(この世界)も彩は好きではなかった。


 病弱ながらも五体満足で生まれた彩はたいそう可愛がられて育ったのだが…努力で優秀な成績を収めようとも何をしても認められない沙芽と、多少不出来でも金の力で成績優秀に仕立て上げられた彩。

 沙芽は誰よりも努力をしているのに認められず、彩は頑張ろうがサボろうが正当に評価なんかしてもらえなかった。

 今まで頑張ってたのも馬鹿らしくなり、彩はまともに学校を行くのも止めたのも仕方なかったのかもしれない。いや、むしろ褒められるのも誇られるのも嫌で積極的に勉強を止めた。


 沙芽はというと、そんな扱いなのに怒ることもなく、すべてを諦めていた。

 だからだろうか、身内からの扱いが酷くても沙芽はお手本のように良い兄、良い息子に振る舞ってみせるのだ。

 年末年始は実家に顔を見せ、お盆も帰省する。

 無視されるのに挨拶も欠かさない。


 相手の態度がどうあれ、普通の家庭の息子のように振る舞うのだ。

 扱いと態度の不一致。それは滑稽で異常で腹立たしかった。

 だから彩は家を出たのだ。


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