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私の勇者さま

作者: 水棲虫

勇者ブレイブは4年に渡る旅の末、仲間と共についに魔王を討ち果たした。

旅の仲間は、剣士エッジ、魔道士メイ、聖職者のアコリーにブレイブを含めて4人。

苦楽を共にした仲間達との絆は、形こそ変わるだろうがずっと続くものと思っていた。


「お前らとはもう終わりだな!」


つい昨日まではそう思っていた勇者ブレイブは今、やさぐれていた。



4年前、勇者として神の加護を授かったブレイブは当時15歳、地方都市で兵士として勤め始めたばかりだった。

神の加護を受けた勇者、とだけ聞くと彼が大層立派で優秀な人物なので神に選ばれ勇者となったのだ、と誤解する者が多いが実際には違う。

勇者としての加護は無作為であり、過去には処刑を待つ囚人が授かったという記録もある。

更に言うなら特別な1人ではなく、毎年10人以上は加護を受けているという説もある。

何故「説」なのかと言うと、加護を受けた者が勇者としての使命を厭い名乗り出ないのだ、歩んできたのが戦いとは無縁な人生であれば、命を懸けて魔王や魔物と戦うなど到底出来はしない。

その点で戦う力を持つ兵士であったブレイブが加護を授かったのは、世界にとって幸運だったと言える。


ブレイブの国出身の勇者は彼でちょうど10人目、前任者の9人の内2人は死亡し、3人は逃亡し、4人は魔王を倒す事を内心諦めて冒険者の様な生活をしているという。

しかも勇者に対する神の加護と言っても、御伽噺の英雄譚にあるような邪悪な竜や魔王を光り輝く剣で斬り伏せる圧倒的な力ではなく、酷く簡単な言い方をすればただ頑丈になるだけであった。

つまり勇者ブレイブは一部民衆からの期待こそ背負ったものの、国の中枢からはまるで期待されておらず、支援もほとんどしてもらえなかった。

旅の仲間も最初は、教会が「勇者に協力する事による民心掌握」「万が一功績を立てたならおこぼれにあずかれる」という意図の下で派遣してくれた聖職者の少女、アコリーだけだった。


「初めまして勇者サマ。教会から派遣されましたアコリーです」


トゲトゲしい挨拶で「よろしく」の一言も無しに旅の供となったアコリーは当時14歳、自分が捨て駒に近い形で使われた事がわからない程幼くは無かった。

アコリーは若干14歳にして治癒、結界、補助などの教会魔法を一通り使いこなす上に、初等の攻撃魔法まで扱える才媛であったが、その出自が孤児であったため貧乏くじを引かされてしまった。

対してブレイブは元々英雄譚に憧れて兵士を志した少年であり、純粋に魔王を討伐する事を目標に掲げていたが、希望を捨てた様な顔をしたアコリーを絶対に守り抜く事もこの日から絶対の目標になった。


「君の事は僕が絶対に守るよ」

「君を怖がらせたりしない、約束する」

「アコリーのために魔王を倒すよ」


お姫様を守る英雄の役目、そんな自分に完全に酔っていたブレイブは、思い出すだけで叫び出したくなるような台詞を吐きまくってしまったが、悪い事にアコリーもこれらの台詞を忘れておらず、今でもたまにからかわれる。


「聞いてよメイ、ブレイブが昔こんな事言ってたんだけど」

「やめろアコォォォォ!」


完全に打ち解けた証ではあるが、嬉しそうにからかうアコリーにブレイブは頭が上がらなくなってしまった。



ブレイブはアコリーを危険に晒さない様に、自分たちの成長を優先してゆっくりと旅路を進んでいた。

魔王の本拠地は大陸の西端、一方ブレイブ達の国は同じ大陸の東端であり、旅を開始してから約1年、彼らは自分たちの国から2つ西隣の国へと入った。

その国にはかつて魔王に深手を負わせたという聖剣と、その担い手たる勇者の伝承があった。


「聖剣貸してくれないかなあ」

「無理よ。国宝級だって話だし」

「そうは言ってもアコ。ダメ元で話だけでも聞いてみよう」

「ブレイブがそう言うなら……」



「如何に勇者殿と言えど聖剣は我が国の宝にして護り。貸すことは叶わぬ」

「そうですよね。すみません、いきなりこんな事言っちゃって」


1年に渡る旅の最中、勇者として多少の実績を上げていたブレイブだったが、ダメ元のつもりがいきなり王に謁見できてしまうとは思っていなかった。

「国王陛下相手に情けない言葉遣いしないの」と後ろからアコリーの小声が聞こえたが、そもそも相応しい言葉遣いを知らないのだからどうしようもないのだ。


「何より聖剣には既に担い手がおるのでな。勇者としての加護こそ受けておらぬが、伝承の勇者の末裔で我が国一の剣の使い手だ」

「え、それは是非会ってみたいですね」


英雄譚好きなブレイブの純粋な興味から出た発言だったが、あれよあれよと聖剣の担い手との面会は叶ってしまった。

それが当時18歳にしてその国一の剣士の名を欲しいままにするエッジとの出会いだった。


「初めまして、他国の勇者殿。聖剣を預かるセイフ家のエッジと申します」

「初めまして、セイフさん。ブレイブと言います。お会いできて光栄です」

「エッジで構いませんよ」


勇者としての貫禄も無い年下相手でも侮る事はせず、礼儀正しい好青年であるエッジに会い、ブレイブは少しだけ欲が出た。


「ではエッジさん。先程国王様に聖剣を貸して欲しいと頼んだのですが、断られてしまいまして」

「申し訳ありませんが、勇者殿。我が一族は聖剣を預かってこそおりますが、所有権自体は王家にありますので、担い手と言えど私の一存でお貸しする訳には参りません」

「いえ。聖剣じゃなくてエッジさんの力を貸してもらえたらと思いまして。もちろん聖剣も込みなんですが」


その後、ブレイブの話に何故か乗り気になったエッジによる嘆願もあり、3日間の交渉を経て晴れて聖剣の担い手たる剣士は勇者一行(パーティー)に加わった。

そして更にもう一人、魔法の名家からも望外の助っ人を得ることになる。

それが魔道士のメイで当時アコリーと同じ年の15歳の少女だったが、発育面では大きく水をあけていた。

2人の加入はこの国にとって大事な人材と聖剣を失うリスクもあったが、魔王討伐が叶わずとも魔物の脅威から民衆を守る事になり、聖剣や国の魔法技術の発揚として大きな意味を持つというメリットもあった。

新たに加入する事になる2人の熱心な説得もあり、紆余曲折を経て勇者一行(パーティー)は4人になった。


「よろしく。エッジ、メイ」

「よろしくな。ブレイブ、アコ」

「よろしくお願いします。ブレイブさん、アコさん」

「『アコリー』です。よろしくお願いします。エッジさん、メイさん」


仲間になるのだから堅苦しいのは無しでいこう、と宣言して4人で挨拶を済ませる。

新加入の2人とアコリーが打ち解けるのはまだ早い様だと、ブレイブは内心苦笑した。



それからしばらくの旅路は以前よりもずっと順調だった。

二人旅だった頃の戦法は、アコリーに結界と補助をかけてもらったブレイブがひたすら魔物を引き付けた上で対処、アコリーの初等攻撃魔法かブレイブの剣で倒すというものだった。

一行(パーティー)が4人になって以降もブレイブが引き付けるまでは変わらないが、その後の対処にエッジの聖剣とメイの攻撃魔法が加わり効率が格段に上がった。

とは言え順調に西に進めば進むほど、魔王の勢力圏に近づく訳で、次第に勇者一行(パーティー)の進軍速度も落ちていく事になる。


「俺がもっと強ければなあ」


2人の加入から約1年経ち、ブレイブは最近よくそんな事を思う。

総合的に見ればブレイブの一行(パーティー)への貢献度は一番高かった。

魔物と人間の戦闘において、一番の差はその耐久力である。

ちゃんとした武器を持ったり、魔法を使ったりするのであれば攻撃力に絶望的な差は出ないが、耐久力に関してはアコリーの様な聖職者の補助を受けてなお、人間と魔物には絶対的な差があった。

そしてその差を埋めるのが勇者としての加護を受け、魔物よりも頑丈なブレイブの役目である。


「まだそんな事言ってるの?ブレイブは壁になってくれればいいの。あ、でも少しは気を付けなさいよ。ボロボロになったあんたを治すの大変なんだから」


2人旅を始めた頃、同じ事をポロっとこぼした時には「そうですね」としか言わなかったアコリーが、今では不器用ながらフォローと心配の言葉をくれる。

アコリーは人が傷つくのが嫌いだ、滅多に無いがブレイブがボロボロになると大泣きしながら治療をするハメになるので、本音としてはそれが嫌なのだろうとブレイブは思っている。


「そうだぞブレイブ。お前が盾になってくれなきゃ俺たちは何回死んだ事か」

「ブレイブさんが魔物をまとめてくれるおかげで(わたくし)も魔法が使いやすいです。この一行はブレイブさん無しでは立ち行きませんよ」

「なあ?」


エッジとメイも賛同してくれる。

それは決して慰めではなく紛れもない2人の本心だとわかるが、英雄譚好きのブレイブからすれば、エッジやメイのように格好良く魔物を倒す事に憧れがあるのもまた事実だ。

歴史上ほぼ全ての勇者一行(パーティー)において、主役(エース)は神の加護を受けた勇者であり、仲間たちはその補助に徹していた。

勇者が盾に徹するブレイブの一行(パーティー)と違い、過去の勇者達の仲間が被害を受ける事も多く、1人2人と仲間が欠けていった結果として、勇者の死亡や逃亡、魔王討伐の放棄へと積繋がっていった。

ブレイブはそんな歴史を知りはしなかったが、自身の英雄願望の為に仲間を絶対に傷つけ得る選択をするつもりだけはなかった。


結局、ブレイブがこの意思を貫いた事で、この2年後に彼らの一行(パーティー)は魔王の討伐に成功する事となる。



魔王を討伐した彼らは、一番近くの町からそれぞれの祖国へと手紙を出して報告を済ませ、魔物の残党を狩りつつ西から東へとの帰路についた。

魔物退治こそあったものの魔王討伐の達成感のおかげもあり、帰りの旅は彼ら一行(パーティー)にとって基本的には、祖国へ戻れば気軽に会えない事に寂しさ事あったものの、平和で楽しい物であった。

そんなある日の夕食時、エッジから爆発魔法が放たれる事になった。


「俺達、国に帰ったら結婚するんだ。送った手紙でもまだ公表はしていない。誰よりも先にお前達に伝えたかった」

「……達?」


最初に口に出したのこそエッジであるが、その隣にはメイがおり、エッジに肩を抱かれて顔を赤らめている。

この状況で「俺達」の意味が分からない程ブレイブは馬鹿ではない。


「はい、私達です」


ブレイブは「わかってるよ!」と大声で叫びたい衝動を抑え「そ、そうなのか。おめでとう。全然気付かなかったよ」と震える声を抑えて祝福した。


「2人ともおめでとう。私は知ってたけど」

「ありがとう。ブレイブ、アコリー」

「式には絶対来てくださいね。ブレイブさん、アコリー」


2人と出会った頃とは違い、今ではアコリーもエッジ、メイと固い絆で結ばれている。

満面の笑みで祝福の言葉を述べるアコリーの追加の一言がブレイブに更なるショックを与える。


「え。アコ知ってたのか?」

「普通気付くでしょ」

「え。コイツラそんなにイチャコラしてたの?いつ?どこで?」

「してないぞ」「していませんよ!」


驚き尋ねるブレイブに、冷静なアコリーの返答があり、追加の質問にはあきれ顔のエッジと照れた顔のメイが答えた。


「うわー。コイツラ魔王討伐の旅で愛を育んでたのかー。俺達は色恋に現を抜かさず魔王打倒を一生懸命目指してたのに。なあアコ?」


少し気まずくなったのを誤魔化したくて、ブレイブは笑って軽口を叩きながらアコリーの肩を軽く叩く。

アコリーがそれを軽くあしらって、みんなで笑って、その後なら素直に祝福が出来ると思っていた。


「……」

「アコ……さん?」


ところがアコリーはそれには答えず、プイとそっぽを向いてしまった。

先程まで幸せいっぱいだったエッジとメイは、今や同情の視線をアコリーに向けている。

そしてトドメの爆発魔法が、今度はメイから放たれた。


「アコリーにもいますよ。想い人」

「ちょっと!メイ!?」

「いい機会じゃないか?アコリー」

「エッジまで!」

「また、俺だけ知らなかった……」


それは魔王の魔法でズタボロにされた時よりもずっと辛い一言だった。

4人の絆は永遠のモノだと思っていたのに、そんな大事な事を気付かなかったせいとはいえブレイブだけが知らなかった。


「お前らとはもう終わりだな!」


気まずさと情けなさが混ざった感情が爆発し、ブレイブはそう言い放って宿を飛び出して行った。

去り際に「今までありがとう。幸せにな」と付け加えて出て行ったのが彼らしい、とエッジとメイはぼんやりと思った。


「ちょっとブレイブ!ごめん、私行ってくる」


アコリーがそう言って宿を飛び出して行った。

あれだけ慌てたアコリーを見るのは、ブレイブが大怪我をした時くらいのものだ。


「少し急ぎ過ぎましたでしょうか?」

「いずれ通る道だし仕方ないさ。俺たちの結婚の話の後で言ったのはタイミングが悪かったかもしれないが」


少しだけ心配そうにアコリーを見送るメイの髪を撫でながら、エッジは呆れてぼやく。


「しかし、あいつは魔王にも恐れずみんなの盾になってくれたけど鈍いだけじゃないのか?」

「アコリーは特別なんですよ、きっと」



「畜生……一生懸命頑張ったのに、なんだよこれ。みんな一生の仲間だと思ってたのにさあ。アコだって、言ってくれよ……」


ブレイブは今、町の酒場のカウンターで一人やさぐれながら蒸留酒を呑んでいた。

旅の途中でエッジと男同士で呑む事もあったし、助けた人々からのもてなしで呑む事もあったので酒自体はそれなりに呑める。

だが今日はそんな時よりもずっとハイペースで、エッジが見ていたならすぐに止めに入っただろう。


「隣いい?呑み過ぎよ」


他の誰よりも聞き慣れた声がブレイブの耳に届いたが、発した当人は返事も待たずにブレイブの隣に座った。


「アコ」


ブレイブは隣を向かないが、誰が座ったかなど見なくてもわかる、誰よりも一緒にいた少女の声を聞き間違えるなどあり得ない。


「悪かったな」

「何が?」


先程の話を聞いて、辛い気持ちを抑え込んででも、ブレイブにはアコリーに謝らなければならない事がある。


「いつからかわかんないけど、好きな奴がいたのにずっと旅に付き合わせて」


アコリーは元々教会の命令で嫌々旅について来ることになってしまったのだ。

今でこそ強い絆で結ばれていると思っている、思っていたが、そこに想い人との別れまで加えてしまっては、少女にとってさぞ辛い旅を強いた事だろう。


「3年半前」

「え?」

「私がその人への想いに気付いたのは」


突然言われた3年半前という時間の意味が分からず目をやると、顔を赤くしたアコリーがそう付け加えた。

3年半前というとまだ2人の祖国にいた頃だ、どの町にいた頃かまではわからないが、アコリーが男性と会う機会は無くは無かったはずだ。


「そんなに前からか。全然気付けなかったよ。ほんとごめんな、辛い思いさせて」

「あんた、ほんとーに!バカなの!?」


アコリーが顔を、耳まで真っ赤にしながらカウンターを叩いて怒鳴る。

そんなアコリーが注目を集めてしまうのは仕方のない事であり、痴話喧嘩にしか見えない彼らの様子を店中が伺っていた。


「いや、ほんとその通りでさ。今日ほど自分の馬鹿さ加減を思い知った日は無い」


本当は今でさえアコリーから逃げ出してしまいたいくらいだが、こんなに無様で情けない姿を晒しているにも関わらず、彼女の隣はやはり居心地がよかった。


「全っ然!わかってない!私が好きなのはねえ!」


誰なのだろう?そう思ったブレイブを前にアコリーは口ごもってしまう。

そしてブレイブを見ると、彼が持っていたグラスを奪い取りその中身を一気に飲み干し「まずい」と呟いた。


「お、おい!結構強い酒だぞ」


まずい等と言ったくせに、ブレイブの静止も聞かずアコリーはボトルから蒸留酒を注ぎ、続けてもう1杯呑んだ。


「私が、好き、なのは……」


アコリーは今まで酒を呑んだことが無い。

一番大事な事を言おうとしたところで、彼女の意識はぷつりと途切れた。



アコリーが目を覚ますと、ズキリと頭が痛んだ。

ランプだけが灯った見慣れない部屋のベッドに寝かされた彼女が痛む頭を押さえて上半身を起こすと、机につっぷして眠るブレイブがいた。

今まで呑んだ事もない身で強い酒をあおっておきながら、アコリーは頭が痛い程度で済んでいる。

ブレイブが宿まで運び、体力回復の魔法をかけ続けてくれたおかげである事をアコリーは知らない、そのせいで自分自身の酔いが回ってブレイブが潰れてしまった事も。


「ブレイブ」


アコリーは愛しい人の名前を呼ぶ、ただそれだけで頭の痛みさえも忘れてしまえた。


「貴方が好き。ブレイブ」


ベッドから起き上がり、ごわごわとした彼の頭を撫でる。

自身に補助魔法をかけてブレイブを抱き上げ、ベッドへと運んだアコリーは逡巡する。

ブレイブは疲れて眠ってしまっているのでベッドに寝かせた。


「急に頭が痛くなってきたわ」


誰も聞くことの無い自分への言い訳を口に出し、決心して同じベッドに潜った。

言い訳に使った頭の痛みなどすぐに忘れた、心臓の鼓動が激しくなりそれどころではないのだ。



アコリーがブレイブと旅を始めたのは4年前、その時はブレイブの事などはっきり言って眼中に無かった。

彼に対する態度も今思い返すと大分悪かった、過去の自分を殴ってやりたいと真面目に思う。

孤児であったアコリーは教会の中で誰よりも一生懸命に魔法を修めた、認められ自分の居場所が欲しかった。

しかしその努力は、ほぼ捨て駒という望まぬ形で認められ、僅か14歳の少女を絶望に突き落とした。


そんな彼女の同行者、勇者ブレイブはアコリーが大事な仲間だと常に言い続けた、時には聞いているだけで恥ずかしくなる歯の浮く様な言葉も交えてだ。

言葉だけでは何とでも言える、教会だってアコリーが必死で習得した魔法は褒めてくれたが、結局捨てられた。

だが、ブレイブは言葉だけの勇者では無かった、彼と旅をする間にアコリーが魔物に付けられた傷は1つとしてない。

ブレイブが常に彼女を守ってくれた、たとえアコリーをしばらく放っておけば楽に魔物を倒せる場面でも、何より守る事を優先して自分はボロボロになっていた。

馬鹿な男だと頭ではずっとそう考えたが、心の方はそうではなかった。

何か劇的なきっかけがあった訳ではないが、ともに旅をして半年経つ頃にはもう、頭で想いを誤魔化すことは出来なくなった。


そこから更に半年して辿り着いた国でブレイブとアコリーは新たな仲間を2人迎える事になる。

ブレイブとの2人旅に関してだけ言えばお邪魔虫ではあったが、新戦力の2人は足りなかった攻撃力を埋めて余りある存在であり、ブレイブが魔物を引き付けなければならない時間は格段に減り、必然彼が傷つく事も減った為、アコリーはエッジとメイの加入について感謝こそすれど不満は無かった。

ただ1点、メイが優しい顔の美人、それもアコリーと同じ年でありながらスタイルの良さでは彼女に圧勝していた事は不安要素だった。

放っておけばブレイブがメイに取られてしまう事はアコリーの中で既に事実だったので、彼女は回避の為にメイとエッジをくっつける事にし、その企みは結果としては成功した。

実際にはエッジとメイはアコリーの企みにより接近させられたのではなく、エッジとメイを2人きりにしたがるアコリーの意図を勘違いした。

「アコリーはブレイブが好きなのだから2人きりにしてやろう」という風にエッジとメイは気を回し、聖職者の少女の恋の応援という共通の話題もあって、結果として仲を深めていった。

アコリーも、くっつけようとしていた2人がいつの間にか自分に気を回してくれている事には気付いていたが、ブレイブはアコリーの企みも2人の気遣いにも一切気付かなかった。

彼にとっては2人ずつに組を分ける時にアコリーと2人になる事など、誰に言われずとも無くごく当たり前であった事を、ブレイブの鈍さに呆れる他の3人は逆に知らなかった。



「ブレイブ」


アコリーは、本人に自覚は無いが残った酒のせいもあって少し大胆になっていた。

愛しい人の名を呼び、隣に寝る彼を抱きしめる。

心臓が頭のすぐ横にある様な錯覚を覚える程、鼓動が激しくなっていく。


「私の勇者さま」


ここに来てアコリーは妙な違和感を覚えた。

自分の心臓は胸の方でドクドクと過去最高の働きをしている。

だが頭の方でもそれと同じかそれ以上の鼓動を感じる、ここに至ってそれは錯覚ではない事に気付いた。

今アコリーの頭はブレイブの胸の中にある、頭に響くこの鼓動は誰のものか。

恐る恐る視線をずらすと、ランプの灯りの中、気まずげな表情をした最愛の勇者さまと目が合った。


「お、おはよう。アコ」

「……いつから?」


起きていたのか。


「名前を呼ばれて目が覚めた。その後頭を撫でてくれた」


それはほぼ最初からだ。

アコリーは枕に顔を埋め、声にならない叫びとともに足をじたばたとさせた。


「アコ」


ブレイブは呼びかけながら起き上がりアコリーの頭を撫でた。

4年旅をしてきて初めての行為にアコリーはびくりと震え、枕から顔をずらし横目でブレイブを見る。

顔を耳まで真っ赤にした勇者さまがそこにはいた、ずっと一緒にいたアコリーでさえ一度も見た事の無い顔だった。


「流石にここまで来れば俺でもわかる」


真っ赤な顔で気まずげに眉を下げ、それでもアコリーから目を逸らさずにブレイブは続ける。


「アコ。お前の為に魔王を倒す、と言ったのを覚えてるか?」

「うん……」


アコリーは小さく頷く、忘れる訳が無い、ブレイブがかけてくれた言葉は全て覚えている。


「あの時はただ格好つけて言っただけだったけど、今考えるとあれは嘘じゃなかった」


言葉の意味がわからず、アコリーはブレイブの次の言葉を待った。


「俺は仲間のみんなが好きだよ。だけど俺だけ何もなかったんだ。エッジは聖剣を預かる一族で国一番の剣士、メイは魔法の名家出身で2人とも国に戻ればその実力に合った地位が約束されてる。たとえ魔王を倒せなくてもだ」


魔王を倒せなくとも各地での行いは消えない、勇者の旅を手伝い人々を救った事実は2人の今後の人生に大きなプラスになったはずだ。


「アコだってそうだ。元々教会の若い聖職者じゃ一番優秀だったんだ。国に戻れば認められて相応しい居場所が出来る。だけど魔王を倒せなかった俺には何もない、ただの一兵士に戻るだけだ」


「みんなが好き」との言葉で心に鋭い痛みが走り、「何も無いなんて事は無い!」とそう強く否定する言葉を発せなかった。


「だから、大好きなみんなと、愛するアコとこの先ずっと一緒に居られるように魔王を倒したかったんだと思う」

「……え?」


アコリーはガバっと起き上がり、ブレイブに向き合う。

何よりも聞きたかった言葉は、優しく微笑むブレイブの顔を見れば聞き間違いで無いことがわかる。

ブレイブの指がアコリーの頬に伸び、いつの間にか零れていた涙を拭ってくれた。


「気付いたのはさっきだよ。アコに好きな奴がいるって話を聞いて、今までのどんな事より一番辛かった。それでやっと自覚した」


「遅いだろ?」と頬を掻きながら苦笑するブレイブは「お前の気持ちに気付いた後で卑怯だと思う」と言い、赤い顔のまま真剣な表情で続けた。


「アコ。好きだ。愛してる。結婚してくれ。この先もずっと、俺と一緒にいて欲しい」

「遅いのよバカ……」


そう言って胸に飛び込んできた誰よりも愛しいアコリーを、強く抱きしめ頭を撫でた。



「昨日は悪かった」


翌日、ブレイブはエッジとメイに癇癪を起した事と結局戻らず心配をかけた事で頭を下げていた。


「気にしてないさ」

「ええ。こちらも事を急ぎ過ぎて配慮が足りていませんでした」


実際2人は大して心配などしていなかった。

アコリーがブレイブを追いかけた時点でうまい所に収まるであろうことは想像できていたのだから。

満面の笑みでブレイブの腕に抱きついて戻って来たアコリーを見た時、予想通りの光景に2人とも目を細めた。


「それにしてもやっとか」

「長かったですね」


エッジはブレイブを、メイはアコリーを見てそんな事を言う。


「そんなに前から気付いてたんだな」

「といか逆に何でお前が気付かないのか不思議でしょうがなかったよ」

「かなりわかりやすかったですからね」


気持ちがバレバレなのは知っていたが、改めて言われると恥ずかしく、アコリーは頬を染めて顔を背けた。


「なんで俺たちが仲良くなった後もずっと『アコリー』って呼んでたかわかるか?」

「わからん」

「呼ばせてくれなかったんですよ」

「?」

「それ以上はダメ!」


ニヤニヤと笑う2人の意図がわからず、ブレイブは隣のアコリーを見るが、2人を止めたあと俯いてしまったアコリーの表情は見えない。


家族を知らないアコリーは自分の居場所がずっと欲しかった、誰かにとって特別でありたかった。

だから「アコ」という呼び名を呼んでくれる人が、特別なただ一人であって欲しかった。


「今までごめんね。今からはアコって呼んで」


だがもう特別な居場所は貰った、誰よりも愛しい勇者さまの隣が彼女の居場所だ。

だから呼び名が特別である必要はもうないのだが……


「ダメだ」


意外にも否定の声はアコリーの隣から聞こえた。


「アコの特別は俺だけのものだ。お前らには呼ばせてやらん」


恥ずかし気も無く言い放ったブレイブに、エッジとメイは一瞬だけ驚いたが、今まで以上に生暖かい視線をアコリーに向けてきた。


「バカ……」


彼女の勇者さまは、意外にも独占欲が強い様だ。

果たしてこれはハイファンタジーでいいのだろうか。


感想頂けると嬉しいです、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1か月に一回はこの話を読みます。 なんとなく。ほんわかしますね。
[一言] あまーい! みんな爆発してしまえばいいのに… これは連載予定は無いらしいので大丈夫だと思うんですけど、むかーしむかしに同タイトルの小説ありましたね。懐かしいです。 自分は恋愛もの読まない…
[一言] 甘い感じがよく出ていて面白かったです。 連載版も読んで見たいと思いました。
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