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Dance in the revenge  作者: 三山零
第1章 オブザーバーの影を追って
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オブザーバーの影を追って④



「しかし、あんたは、なんだって、こんな島国に? オブザーバーの不確かな情報で、わざわざこんなところまで来るほど暇なのか?」


 男は大した興味もなさそうに話を繋げようとする。商業柄、気になったことは聞かずにはいられなくなっているのだろう。


「その顔で聞くとは職業病極まれりだな。まあ、お前の腕を見込んで聞いておくか」


「大物小物、四方山話から与太話、なんでもござれだ。どの引き出しを引き当てるかはあんた次第だが」


 男は得意げにうすっぺらい胸を叩く。


「ルナ・ボーゲンバーグだ」


 情報屋は、即座に表情を引き締めた。


「英雄の弟子か。ここいらにいるってか?」


「確証はない。ただ、お前も知っているんじゃないか?ルナ・ボーゲンバーグの消息が途絶えているのを」


 情報屋は、まるでそこに髭があるかのように唇の上を指でさする。


「もしかしたら、と思ってここに来たんだが、無駄足だったようだ」


 振り返り、歩き出した背後から「待て」と制止の声がかかる。警戒心を背中に感じながら、笑みをこらえて振り返る。ポーカーフェイスは得意ではないが、無愛想な顔なら得意だ。


「情報の出し惜しみは無しとしようぜ。俺としてもルナ・ボーゲンバーグの居所は知っておきたい所だ」


「私はしていない。しているならお前の方だろう?」


「半年前のあれを知らないわけじゃないだろう?」


「知らないな」


「とぼけるのはやめろ。二度はないぞ」


 男は厳しい口調で告げる。探りではないようだ。


「ボーゲンバーグの家か」


 半年前、突然、飛び込んできた知らせは、英雄の弟子ルナ・ボーゲンバーグの家が何者かに破壊されたという驚くべきものだった。

 人々の不安を煽る恐れがあるため、現在でも関係者のみに知らされているが、その知らせを聞いた人間は、大きく二つのことに驚いた。一つは、ルナ・ボーゲンバーグが定住地を看破されたこと。もう一つは、そんな大それたことをした者が存在するということだった。

 ルナ・ボーゲンバーグは居所を一つに定めず、脈絡なく広い範囲で噂を立ててきた。その噂が立ち上るたびに、命知らずな誰かしらが彼女を追ったが、秘密に包まれている彼女の私生活を覗くことは誰にも出来なかった。根無し草のホテル暮らしの可能性もあったが、そういった記録もなく、彼女の魔法による操作が厳しくされていることを物語っていた。にも関わらず、それを看破したものが現れた。まず、その点に多くの関係者は驚きを隠せなかった。

 しかし、更に驚いた、というよりは戦慄したのが、そのルナ・ボーゲンバーグを襲った者がいる、ということだった。世界を平和に導き、人類に安寧をもたらした英雄の弟子。実際にお会いしたのは一度きりだが、200年以上前から変わらないと言われている幼い容姿に違わず人懐こい性格で、敵を作るような性格ではなかった。ギルドに所属こそしていないものの、英雄の教えに基づき、無理難題をいとも容易く片付ける最後の切り札とされていた。そのルナ・ボーゲンバーグを襲ったとなると、間違いなく人間に仇なす存在だ。そして、知らせを受け取った人々の不安をかき立てたのが、ルナ・ボーゲンバーグの生存が確認できなかったことだった。


「私も情報を集めながらここまで来たが、おおよそわかっている範囲内のことだった。よければお聞かせ願いたいところだが?」


「そんな嘘は通用しない。現に、あんたはここまでやってきてるんだから。あんたの知っている情報から話せ」


 思わず笑みを浮かべるのをどうにか堪える。私の推理力は捨てたものではないらしい。


「悪いが、本当に大した情報は持っていないんだ」


「二度はない、と言ったはずだぞ」


「私は、エルフに間違われることがあるんだ」


 露出している耳の先を指先で叩く。他人より少し尖ったそれは、曽祖母譲りらしい。架空の存在であるエルフの特徴とよく似ており、エルフというのは聴力に優れているとされている。

 男はじっとこちらを見てから、また口の上をなぞって考え込む。


「じゃあ、どんな情報があんたをここに来させたっていうんだ?」


「推測した」


「はあ?」


 男は大きく口を開けて首から先だけを突き出した。私が発言を撤回しないのをそのままの姿勢で待ってから、私が軍に所属していた頃、処理しきれない業務にプッツン来て書類を宙に放り投げたのと同じように、宙に何かを放り投げる仕草を見せる。


「時間の無駄だったぜ」


 踵を返して去ろうとする男の背中を煽る。


「いいのか、聞かなくて?このシルヴィア・レッセンドッグの推測を?」


 男は足を止め、逡巡するように体を小さく前後させ、ややあってから半身だけをこちらに向け、半信半疑の顔を見せる。


「聞くだけ聞いておこう」


 ようやく笑みを零すことができ、心に余裕が生まれる。良い目が出たようだ。


「ルナ・ボーゲンバーグの家が南部にあったことは知っているな?」


「当たり前だ」


「そこがタソトとドンツの通商の拠点の近くだったことは?」


 ルナ・ボーゲンバーグの家は、大陸の南端、タソトと呼ばれる国とドンツ地方の国境付近に位置していた。私が訪れた時にはすでに残骸と化していたが、人里離れた森の中に隠れるようにして存在していた。

 男は知っていて当然とばかりに反応を示さない。しかし、握りつつある主導権を、確固たるものとするため、しつこく反応を待った。それを理解した男は、焦れたように「ああ」と乱暴に答え、話を促す。


「タソトとドンツは貿易は盛んだが、その速度は遅い。陸路しか使用しないからだ」


「ドンツは魔法信仰だからな」


 ニホンと同程度の広大な土地を持ちながら、ドンツの人間は、車や飛行機などはもちろん、家電などの科学製品を忌避しており、その使用を原則として禁止している。それは、極端な魔法信仰、魔法至上主義と言っていいほどの魔法への妄信が原因だ。

 魔法は、神から賜った至宝であり、人の生命を含む運命とさえ密接に繋がっており、その繋がりが薄れると、神の怒りを買って世界が滅ぶのだとか。魔法がこの世界に持ち込まれた頃に、広く信じられていた考えだが、当時から極端すぎる教えが不評を買うことも多く、現在、ドンツ地方以外では当時の勢いなど見る影もない。


「その通商の拠点であるルンドは、ドンツから信頼を失わないために、電化製品などの使用は最小限に抑えている」


「タソトも文化レベルが低いからな。どちらにも合わせられて、一石二鳥って聞いてる」


「ああ、とにかく、それに伴ってルンドは情報の伝達速度が遅い。辺鄙なところにある上に不便な生活を強いられるため、住人の意識が緩いという方が正しいかもしれないな。それに、観光するには見るべきものもない。ドンツは交易をしているところを見られるのすら嫌がるそうだからな」


「ルナ・ボーゲンバーグも、人目から逃れようとしたってことか?」


「まず間違いないだろう。だが、人目を忍ぶだけならルンドである必要はない。ルンドの近くにはタソトと王都方面をつなぐキノロだってある。見つかる可能性は少なくない。にもかかわらずそこを拠点にしたということは、ドンツとなんらかの関係を持っていたからと考えるのが自然だ」


「そう繋がってくるか」


「そうだ。それに、ドンツから見てルナ・ボーゲンバーグはどんな存在だと思う?」


「相当に尊い存在なんじゃないのか。英雄ユウナを神の使いとしてるって聞いたことがある」


「英雄ユウナを教祖として祭り上げようとしたらしいからな」


 英雄ユウナが世界を救い、魔法信仰は急速に広まった。この世界の理を覆した異物を、人々は畏怖し、崇めることで不可侵のものと位置づけ、強引に納得しようとしたのだ。その魔法信仰に異を唱えたのは、英雄ユウナを危険視する人たちで、信仰派に封殺されることになる。魔法信仰の信者は、この世界で唯一の魔法使用者であるユウナに教祖になるよう再三求めたそうだが、ユウナはそれを断り続けたそうだ。特定の勢力に肩入れすることで世界のバランスが崩れることを懸念したらしい。


「話を戻すが、ルナ・ボーゲンバーグが何者かに襲われた可能性は極めて高い。誰にも知られていなかったはずの拠点、おそらくは何らかの対策をしていただろうそれを見つけ出す凄腕が敵にいて、名実ともに2代目の英雄とも言える自分に、唾を吐きかけてくるほど戦力に自信を持っている。もしお前が彼女だったらどうする?」


「様子を見たいな。すぐに反撃はできん」


 パチンと指を鳴らしてみせると、男は少し体を引く。


「そう。そして、情報を集める上で身の安全は確保しておきたい。違うか?」


「・・・なるほど。閉鎖的な地区であるドンツならってことか」


 少し感心したように頷き、また口の上のあたりをさする。


「その通り。そして、敵の見当なら容易につく。ルナ・ボーゲンバーグに匹敵する可能性がある敵といえば、魔人しかいない。さすがのルナ・ボーゲンバーグとはいえ、壁を乗り越えて行くのは避けたいはずだ。拠点があることを悟られないような行動を取ってきたのも、特定の組織に属すことなく行動をしてきたのも、人目を避ける必要があったからだ。現在もその生存すらつかませていないんだからな。壁を乗り越える力があっても、避けるだろうと考えるのが妥当だ」


「そこで、ここニホンを経由すると考えたってわけか」


「そういうことだ。北は王都に近い。人目につく可能性がある。それなら、ニホンを経由する方が可能性は高いだろう」


「面白い推測ではあるな」


 男は、自分の持つ情報をどれだけ開示するべきかを吟味しているようだ。

 男に話した推測は、知らせを聞いて私が真っ先にたどり着いた答えだ。勘のいい人間ならこの推測に至ることはそこまで難しくはないだろう。しかし、その先にたどり着くには、本来なら選ばれた人間にしかできないことだ。



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