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Dance in the revenge  作者: 三山零
第1章 オブザーバーの影を追って
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オブザーバーの影を追って③


 マスターとの会話に思った以上に時間を取られたのか、ロイスと大男が身を隠すことに長けているのか、ギルドを出た時点で、往来にはその特徴的な姿を捉えられず、しばらく辺りを練り歩いてはみたが、やはりどこへ向かったのか、見当もつかなかった。ただ、一人になる時間が得られたのは、好機だった。消耗した装備を見直すことができる。尾行の目を気にしながら、グーマンの街を探索することにした。


 グーマンは宿場町として栄えていた。ニホンに数少ないギルド支部があることもあり、旅の停留地点として、様々な人間が訪れる。そういった面から、ラナスの加護はないものの、ギルドからの支援は受けているため、交易も盛んた。そのため、旅に必要なものの多くが揃っていた。ボロボロになった防寒具を新調し、ロイスの魔法で粉々になったランタン、一人用のテントを買い、携帯食料を補充した。幸運だったのは、鍛冶屋の腕が期待できそうだということだった。長らく愛用してきた剣の刃こぼれが少し前から目立つようになり、街に着くたび鍛冶屋を探していたのだが、腕の悪そうな人間ばかりで、預けることすら恐れてそのまま酷使してきた。グーマンの鍛冶屋の主人である老人は、頑固そうな風貌ではあったが、一目見ただけで剣の振り方まで言い当て、細かな注文まで受けてくれた。最新技術が揃っていたわけではないが、腕の良さは見て取れた。この街での一番の収穫といっていいかもしれない。

 また、買い物ついでにオブザーバーの情報を集めたが、気になる情報を仕入れることができた。

 まずは、ギルドの会計を務めている税理士の男と知り合いであるという、西洋飲食店のオーナーの話だ。近頃、ギルドの出費がかさんでいると同時に、月を重ねるごとに増えていっていることに疑問を抱いているらしい。戦争の機運が高まっていることによるための出費ではないのか、と指摘したところ、オーナーも全く同じことを考えたらしく、税理士にそう諭したらしい。しかし、ギルドでは全面協力の構えを示した手前、戦争に関する出費は別枠で予算を設けているらしく、考えづらいとのことらしい。また、マスターは実直な男であるため、横領などは考えづらいそうだ。確かに、そういった小さなことに頭を使うような小物には見えなかった。

 次に、オブザーバーの情報だ。こちらは、オブザーバーがこの街に到着してすぐ訪れた鍛冶屋の主人からの情報だ。オブザーバーも鍛冶屋の腕が良いと褒め、携帯している短剣を研ぎに出したらしい。業物であったため主人も気合が入ったが、先に片付けなければならない仕事のために出来上がりは翌々日になる、と告げたらしい。主人が約束した通り、オブザーバーが研ぎを頼んだ日の翌々日、つまり、昨日の昼には研ぎは終わったそうだが、オブザーバーは未だに姿を現していない。

 最後に、ロイスの情報だ。ニューヨークの亡霊と最近傭兵の界隈で話題になっている彼の情報は貴重だった。


「やっこさん、ほんの数ヶ月でランクDに上がったってんで話題になってるのさ」


 あちこちに顔を出した私に近寄ってきたのは、情報屋と自称するうす汚い男だった。常に薄ら笑いを浮かべていて、笑うと頰が持ち上がって目が細くなるのだが、その目が三日月状になるのが、実に気持ち悪かった。人目につかない薄暗い路地に誘導されたのも、気分は良くない。


「ランクDに上がるのに10年かかったという人間がいるとすら聞く。確かに異例なんだろうな」


「そういうこと。それもそのはず、あの小僧、格上のランクの依頼しか受けないのさ。しかも、どいつもこいつも成功させしちまう。あの歳でこれなんだから、将来はバケモン確定だな」


「待て。格上の依頼を受けさせるなど、ありえるのか? それも、Eランクに」


 ギルドに依頼する方法はシンプルだ。依頼主がギルドの支部に依頼内容、依頼料、報酬、などの必要事項を提出して申請する。その後は必要があれば交渉し、無事に受理されたなら、あとは傭兵が成功させるのを待つだけだ。

 支部は、依頼を本部に報告したのち、本部の担当者が厳正に審査してEからSまでのランク付けを行い、その旨を依頼主に伝達し、交渉が始まる。依頼主と本部との交渉は支部を通して行われ、最悪の場合だと申請を却下されることもあるが、多くが金銭面の上下があるだけで申請が受理され、依頼場所の近隣の各支部に張り出される。

 この際、重要になってくる本部のランクの変動は、依頼遂行の最中に魔獣が目撃された、など、よほどの事態が起こらない限りはない。その理由が、ギルドが依頼のランク付けに膨大な労力を注いでいるからだ。傭兵は荒くれ者が多く、好まれる職業ではないが、ギルドにとっては大事な商売道具だ。命の危険がある依頼が多いとはいえ、そう簡単に死んでもらっては困る。高い依頼料をとっているのも、現地まで専門の調査部隊を派遣して正確な調査を行うなどの人件費が含まれているからであり、傭兵に対してのバックアップは手厚いのだ。実際、ギルド自らが精度の高いランク付けが傭兵の生存率を上げていると豪語しており、格上のランクの依頼を受けることは、原則禁止とされている。

 情報屋は私の懸念に笑みを大きくし、「そう思うだろう?」と得意げな顔をみせる。意図を理解し、ポケットに入っていた硬貨を投げつける。器用にキャッチした情報屋は、安いと判断したのだろう、顔をしかめた。もう一つ投げてやるも、不満げな顔のまま、硬貨をポケットにしまった。


「なんでも、かなりの人間と繋がりがあるらしい。そいつの口利きによって、奴だけ特例で格上のランクを受けることが許可されているんだとよ」


「ギルドに口利き、とはな。真に受けづらいが」


 横目で睨むと、情報屋は「信じる信じないは、あんた次第だがね」と嘯く。

 ギルドは、250年前の創業位来、人間にとってはなくてはならない存在となっている。創業当時は、はぐれ魔人が多かった時代でもあり、英雄ユウナと同列に扱われるほど、もてはやされていたこともあったらしい。あくまで民間企業ではあるが、今や国家からの支援を受けるほどの大企業であり、英雄ユウナの流れをくむ者、すなわちルナ・ボーゲンバークの友人であるトレル・カータイソンが創業者であることからも、公私問わず絶大な信頼を得ている。そこまでの大企業の原則を捻じ曲げることができるとすれば、よほどの大物になる。


「もし事実なら、スポンサーのご意向ってやつか。いや、軍関係者の可能性もあるか」


「さあな、大分やべえヤマだ。情報源もどっかに飛ばされてちまったよ」


「口を滑らせたな、情報屋」


 すぐさま警戒心ををあらわにした情報屋は「なんだと?」と鋭い視線を飛ばしてくる。


「ギルドの信頼をも揺るがしかねない、前代未聞とも呼べる措置だ。漏らしたというなら、間違いなく本部の人間だ。お前、王都にいたな?」


「何を言うかと思えば。残念ながら、王都なんて高級な所に俺みてえな野郎の居場所はねえよ。俺がいたのはソラリスさ。この情報を漏らしたバカは、ただのギルドの受付だ」


「なるほど。なら、そいつはどこに飛ばされたんだ?」


 ソラリスはテルステのさらに西側にある、最小国だ。アメリカ大陸からの魔獣や魔物の侵攻を食い止める最も重要な拠点ではあるが、そもそもこの長い歴史で魔獣や魔物が海を渡ってきた前例がなく、その脅威が薄れたため、王国からの興味も薄れている。辺境さ加減で言えば、ここグーマンと良い勝負だ。

 情報屋は口をつぐみ、こちらをじっと睨みつけてくる。右手は斜めにした体の後ろにあり、見えない。すでに私の右手も鍛冶屋の主人に借りた剣に伸びていた。少しだけ膠着したが、情報屋は舌打ちをして降参と言わんばかりに両手を挙げた。


「阿漕なことをしてくれるよ。ヨダレまみれ云々というより、狂犬だな」


「無論、情報次第ではもう少し出す」


「へっ、どうだか。それで、何の情報が欲しいんだ? 今の話、大物の予想にアタリはつけちゃあいるが、確証はねえ。まあ、俺は十中八九当たっているとは思ってるが」


「そっちは、今はいい。話を逸らすな」


 情報屋は「おお、怖い怖い」とおどけて頭を揺らす。

 王都にいた情報屋がここに来る理由はたった一つ。気まぐれで依頼を受けては風のように去り、起こした風で巻き上げた土埃で煙に巻く、彼らだ。


「お前もそのためにここを訪れたんじゃないのか?」


「ま、その通りだわな。あんたたちだってどうせそうだろう?」


「ロイスがあのマスターから連絡を受けたらしい」


「ああ、なるほどね。それじゃあ、あんたはどうしてこんな所に?徴兵から逃れようってか?」


「その話はとりあえず良い。オブザーバーの話の後だ」


 情報屋は少しバツの悪そうな顔をして腕を組み始めた。


「引っ張っておいてなんだが、オブザーバーの野郎共、なかなか尻尾を見せやがらねえ。一週間前からこの町を張ってるんだが、そもそも目撃証言が少なすぎんだよ。ここに着いてからもほとんど姿を見せねえ。おそらく、あんたが持っている情報とそう変わらねえ」


「私は、鍛冶屋の主人だけだが」


「俺はそれプラスギルドのマスター、小さな女の子だけだ」


「情報屋が聞いてあきれるな」


「けっ、なんとでも言ってくれ。こっちだって必死で探しちゃいるんだが、本当に影も形もねえんだよ!」


 オブザーバーがこの町を訪れてすでに3日が経過している。この男を含め、大勢の人の目をすり抜け、オブザーバーはこの町で何をしているのか。この町をすでに去っている可能性もあるが、あの刺青の大男が何か知っているそぶりを見せていたことが気になる。容易に聞き出せはしないだろうが、強引にでも話を聞く必要はありそうだ。

 


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