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Dance in the revenge  作者: 三山零
第1章 オブザーバーの影を追って
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オブザーバーの影を追って①



 魔人殲滅を目指す少年、ロイス・マルクと出会って早三日。私は、彼に振り回される形で旅を強いられていた。当初は、圧倒的な魔力が脅威ではあるものの、所詮は13歳と侮っていた。必ず、どこかで気の緩みが出るはずで、その隙をつくはずだった。しかし、そもそも、彼の隙をつけない。常時、気を張っているのか、何をしてもミス彼されているような気がしてならなかった。さらに、あてにしていた魔物の襲撃も全くない。そして、彼が感じ取っていた、私をつけているという連中の気配もなかった。結局、自力で逃亡を図ったが、まさにどんな魔法を使ったのか、尽く失敗し、とうとう逃亡意欲も湧いてこなくなってしまった。


「あんたは?」


 今、私たちがいるのは、トウキョウから少し離れたグーマンと呼ばれる場所だ。高層物があるほど栄えているわけではないが、平日の今日でも、それなりの賑わいがある。グーマンは、ニホンと呼ばれたこの島国で、三ヶ所しかないギルドのうちの一つがある場所でも知られている。そのおかげで治安も良く、人が集まりやすい。

 安い宿に荷物を置いてから、ほぼ酒場と化したこのギルドのカウンターで、私はロイスの隣に座らされている。


「ウォッカを」


 ロイスを無視し、スキンヘッドのいかついマスターに注文する。酒でも飲まなければやっていられない。


「マスター、ミルクを2つ」


 私の注文を聞いた後に、ロイスが態とらしく二本指を立てる。マスターは無愛想に頷き、グラスに白い液体を注いでいく。


「いつからウォッカは白くなった、マスター?」


 このギルド支部の責任者でもあるらしいマスターは、済ました様子で私の苛立ちを流し、恭しくミルクを注ぎ終わったグラスを出してきた。


「それで?」


 グラスに目もくれずに、ロイスはマスターに問いかける。小さく舌打ちをして、頬杖をつく。アルバイトであろうもう一人の若いバーテンを睨みつけてやると、ドギマギしながら少し離れていった。


「来たぞ」


「それだけか?」


 顎を引き、声を落とした。耳を澄まさなければ、喧騒に掻き消えてしまうほどだ。悪巧みの話をするなら、騒がしい酒場の中で、というわけらしい。

 この三日間、ロイスのそばにいてわかったことは、本当に魔人のことにしか興味がないらしい、ということだった。通信機でやりとりをしている時も、おそらくは魔人のことを話していた、と想像に難くない内容だった。


「同業者だ」


 少し言いにくそうにしたマスターの言葉に、脳が刺激される。 それは、思わず立ち上がるぐらいには、驚く内容だった。


「オブザーバーか!」


 私の声は、それほど大きくはなかった。普段よりは大きかっただろうが、この喧騒に勝ることはまずなかった。もちろん、私が倒した椅子の音も、だ。しかし、波紋が広がるように、私が発した声を中心に喧騒はすうっと静まっていき、その異様さに辺りを見回すと、傭兵たちの鋭い視線が向けられていた。


「オブザーバーってのはさ」


 まるで酒場にいる人間全員に聞こえるように、ロイスは少し声を張る。


「昔の言葉で、監視者、とか、観察者って意味らしいんだよ」


「知っている。彼らは、魔人との間に均衡をもたらし、解放する者として、その名を冠していると聞いている」


 興奮で少し上ずる私の言葉を「違う」とロイスは切り捨てる。


「あいつらは解放者じゃないし、監視してるのは魔人じゃなく、俺らだ」


 オブザーバーとは、ギルドのS級3人組の通称だ。S級は、現在6人しか存在せず、魔人に匹敵する実力を持つとされている。A級以下には手に負えない依頼、特に魔人に関する依頼を引き受けることが多い。

 オブザーバーと呼ばれる3人が、その数少ないS級の中でも高い知名度を誇っているのは、3人全員が女性である、ということもあるが、最たる所以は、3人ともが魔人であることだ。

 30年前、彼女たちは魔人の国を出奔し、ギルドに加入した。魔人の禁忌を犯して追放された、英雄ユウナに感化された、など、様々な憶測が流布しているが、彼女たちの口から語られたことは、未だにない。ギルド側も、敵である魔人を引き入れても問題ない、とどうして判断できたのか、未だに明確な答えを出していなかった。誰もが、その経緯に疑念を抱いていたが、オブザーバーは、そんな疑念を払拭するように、同じS級ですら手にあまる高難度の依頼を粛々とこなしてきた。そして、引き受ける依頼ははぐれ魔人の掃討など、人間に利のあるものが多く、オブザーバーの由来は魔人を監視するものとしてつけられた、と言われている。

 しかし、ロイスが異を唱えたように、オブザーバーが魔人であることから、未だに疑いの目を向ける人間は少なからずいる。戦争の機運が高まっている今では、今まで人間に対して敵対する素振りを見せていないのも、今この時に裏切るためだ、と声高に叫ぶものすらいるほどだ。


「おい、坊主」


 近くのテーブルの大男が立ち上がり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。マスターよりも頭二つ分高い位置にスキンヘッドを持つ彼は、身体中に刺青を巻きつけていた。


「なんだい、おっさん」


 ロイスは、背後を取らせているにもかかわらず、緊張の様子を微塵も見せない。


「オブザーバーの話を聞いてどうすんだ?」


「決まってんだろ」


 バキンという音がして、すぐに液体が落ちる音が続く。ロイスの握られた拳から赤い血が滴り、カウンターに広がる白いミルクに鮮烈に映る。


「殺すのさ」


 大男はロイスに近づき、その顔を覗き込む。ロイスは相変わらず、目を合わせようともしなかったが、大男は納得したように小さく頷くと、背筋を伸ばし、見下すように顎を上げる。


「お前が、ニューヨークの亡霊とかいうとち狂った野郎か?」


「初めまして、だよな?」


 相変わらず、酒場の中は静まり返っており、荒くれ者たちは、二人の様子を見守っている。異様な雰囲気の蚊帳の外で、私は、2メートル近くありそうな大男を観察していた。筋骨隆々で、近づいてくる短い間に私とロイスを観察する動きは、外見に似合わず慎重であることが読み取れる。右手に握られている片手斧は無骨ではあるが、良く手入れされており、彼が振り回せば、並みの魔物に対してであれば一撃必殺になるだろう。おそらくはC級、魔法戦闘にも慣れているならばB級も十分にありえるだろう。


「せいぜい気張ることだな」


 大男はそう言うと、立ったままの私を押しのけてカウンターの席に着く。思わずよろめいた私は、口を開こうとするが、マスターが諭すように、反対側のロイスの隣にミルクのグラスを置いたのを見て、呆れて頭を振り、そちらに移る。

 それを見計らったかのように、喧騒が突然に戻ってくる。ヤケ酒のようにミルクを煽りながら、入ってくる会話に耳を傾けると、まるで避けるかのように、ロイスと大男のやりとりを口にするものはいなかった。


「奴らの動向は把握しているか?」


 マスターに水を頼んだ大男は、ぐいっと半分ほどグラスを空けてから話を始めた。


「いや。さっき、この街に着いたばかりなんだ」


「なるほどな。実は、三日前からこの街に滞在してる」


 ざわっと独特な前兆を感じ取ったかと思うと、ロイスの全身から怒りが吹き出したように魔力がほとばしった。周囲の魔力がロイスの荒れ狂う魔力に巻き込まれて反応し、バチバチと火花が弾ける。私は、すぐにその圧迫感に向けて魔法の障壁を張り、倒れそうになったミルクのグラスを受け止める。しかし、受け止めたはいいが、すでに魔力の余波に耐え切れず粉々に砕け、結局、白い液体はテーブルの上に撒き散らされてしまった。


「今、どこにいる?」


 大男は動じることもなく、私と同じように魔法の障壁を作って平然とグラスを傾けている。


「わからん。この街に宿もとってねえ。用心深い奴らさ」


 ロイスは少しの間目を閉じると、ふきこぼれた魔力を収め、もう一度大男に向き直る。


「奴らの足取りを教えてくれ」


「いいだろう」


 ちらりと後ろを振り返ると、テーブルごと吹き飛ばされた傭兵がロイスの魔力に驚きなら、こちらを見ている。何人かは障壁が間に合ったようだが、やはり驚きの表情は隠しきれていない。ロイスの実力の前では他人のことは言えないが、この程度の実力で、この手つかずの魔物の島でやっていけているのだろうか。

 本題に入ろうとする大男が姿勢を正すが、すかさず、話が途切れたのをこれ幸いにと口を挟む。


「待った。お前は正規じゃないのか? なぜこいつに手を貸す?」


 出鼻をくじかれた大男は、ロイスの顔から先で迷惑そうにこちらを見て、小さくため息をつく。


「そいつは、どういう意味だ?」


「聞こえていなかったのか? こいつは、オブザーバーを殺す、と言っているんだぞ。同じギルドに所属している仲間を、だ」


「お前こそ、こいつが言ったことを聞いてなかったのか? あいつらが敵なのは、傭兵の間じゃ共通認識だよ」


「彼らが人間の敵である証拠はあるのか?」


 話にならない、とでも言うように大男は肩をすくめる。


「お前、ヨダレまみれだろ?」


「そう言うお前は、汚い模様にまみれているな」


「尻尾巻くだけのヨダレまみれは、あっちに行け。邪魔だ」


「どういう意味だ」


「俺たちの事情に首突っ込むなって言ってんだよ。お前は、世界を歩き回れればいいんだろ? ヨダレ垂らしながらよ」


 ヨダレという言葉のあたりで抜剣し、男が全て言い終わる頃にはロイスの頭上にいた。反応が遅れた大男の表情が変わっていくのを見ながら、私は逆手に持った剣を男に向かって押した。


「やめろ、シルヴィア」


 前兆すらなく魔法が発動し、私の体は弾かれたように勢いよく大男と反対方向に吹き飛ばされた。20メートルは飛ばされただろうか。飛ばされている途中から重力に従ったせいで、頭からコンクリートの壁に激突し、目の前がチカチカする。


「ここでこの男を殺すメリットはない。お前の憂さ晴らしにもならん」


 大男に「続けてくれ」と促すロイスの姿が益々憎たらしく、痛む頭を押さえながら叫ぶ。


「いい加減にしろ、どいつもこいつも!」


 ラコスにも届いたように、すでに、全ギルドに招集命令が出ている。戦端がいつ開かれるかわからないこの時に、なぜこんなところでオブザーバーを殺す算段など立てていられる。魔人の何を知っている。人間の悪意をどれだけ知っている。なぜ、自らの目線だけで、異端を排除しようとするのだ。


 私たちは、本能のまま生きるだけの獣ではないのに。


 

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