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Dance in the revenge  作者: 三山零
プロローグ
5/16

第5話 闇に引きずり込まれる冒険家

 


 西と東を分かつ境は、一見してわかるようになっている。高さ50メートル、幅50メートルもある壁が、東側を囲うようにして聳え立っている。威圧感しかないそれは、神の防具の名を借り「イージスの壁」と名付けられた。


 臭いものに蓋をする原理で、魔人の行動範囲を限定しようとした人間は、国境付近に近づこうとはしなかった。魔人側の動きが下火になってからは、警備もほぼ形骸化し、拍子抜けするほど、穏やかなものだったが、それでも、壁の向こうに対する畏怖は拭えなかった。そして、触ると怪我をするとわかっていながら、自分の手の中に収まっていないと、不安で夜も眠れないお上は、壁外調査を何度も命じた。その度、調査隊の命は散らされた。必要な犠牲と言いながら、無駄に命を闇に放り込み、そのおかげかどうかもわからない平和を享受していた。その平和が唐突に終わったのは、壁の見張りが一人残らず殺されたことから始まった。

 そもそも、見張りが一人残らず殺されたため、事態の把握も遅かった。壁には様々な防護魔法がかけられていたが、その全てが異常を報せることもなく、破壊されていたのもある。偶然、物好きな旅行者が惨状に遭遇し、そこから惨劇が起きたことが判明した。東側との国交は断絶して久しく、連絡の取りようもない。事態を重く見たラナスとギルドは、会談の場を設け、少数精鋭を送り込むことに決定した。その白羽の矢が立ったのが、私を含むA級の傭兵たち四人だった。

 ギルドが世界的な企業であったとしても、軍事国家であるラナスが、民間に依頼することは、あってはならないことだ。詳しい経緯まではわからないが、彼らの中で、私たちの命はそう重くはなかったのだろう。


 潜入調査団の士気は、案の定、低かった。生きて帰ってこられる可能性は皆無に等しく、ルエナ以外の私を含めた3人は、脅迫に近い形で半強制的に参加させられたのだから当然だ。

 トゥールスは、奥さんの忘形見である娘を、ドレンダスは奥さんと3人の子供を。私は家庭を持っていなかったため、レッセンドッグ家を人質に取られた。家を飛び出した身で、今更、知ったことではなかったが、仮に私が拒んだとして、後の憂いになるのは、気持ちが悪かった。

 各々、ラナスのやり方に対して不満を持っていたため、潜入調査団の顔合わせの雰囲気は悪かった。ギルド本部ではなく、ラナスが国賓を招く際に使用するVIP専用の会議場に集められたが、誰一人口を開かなかったほどだ。

 その雰囲気が解消されることもなく、とるも取り合えず、旅は始まった。

 奇しくも、我も強ければ、癖も強い面子となった潜入調査団の旅の序盤はひどいものだった。方向性がまるで決まらず、船頭が四人もいたため、船は壁を登ってしまった。被害を受けたのは、我先に壁に登ったトゥールスで、右腕を失った。それに端を発し、私とトゥールスの決闘が始まり、ドレンダスが調査潜入団を脱退しようとした。そこで私たちをまとめてくれたのが、ルエナだった。

 何をすべきかを私たちに説き、失敗で帰れば、大切な人たちに危害が及ぶことを思い出させてくれた。私にとってはどうでもいいことではあったが、私の今後のキャリアを考え、東側の潜入にここまでの少数精鋭で挑める機会はそうはなかったため、エレナの説得に乗ることにした。

 その後は、慎重に潜入を試みた。しかし、壁上は死屍累々、壁内であっても、いつ壁ごと吹き飛ばす魔法が飛んでくるかわからず、私たちは常に戦々恐々としていた。とにかく慎重に、時には壁上に登り、時にはブラフを壁上から飛ばし、その全てがうまくいかずに、精神をすり減らしながら壁に沿って南下した。


 イージスの壁は、門が二つしかない。一つは、北方部にあるナラタと呼ばれる地域にあるナラタ門。もう一つは、南方のオーマル門。壁上に登ったこともあったが、地上100メートルを飛び降りるのは最終手段と言うのが共通認識だったため、その二つのどちらから潜入をしなければならなかった。


「ちょっと待った」


 黙って火を見つめていた少年が口を挟んだ。


「何だ?」


「壁の出入り口は本当にその二つしかないのか?」


「ラナスが国境警備にどれだけ予算を投入しているのか、知らないのか?」


 ラナスは軍事国家であり、当然のごとく軍備に投入される莫大な予算は、国民の生活をも圧迫している。その中でも、国境警備は半分以上を占めているが、国民からの批判は小さい。それほどまでに、魔人の恐怖は、国民の心に深く刷り込まれている。


「南方のオーマル門のそのさらに南、ドンツ地方だったか、あそこはほとんど人間が住んでいないはずだ」


 少年の言う通り、オーマル門より南の地域には、定住している人間は少ない。壁外、つまり、魔人側も過疎地域であることが、壁上から望遠鏡を覗いただけの涙ぐましい調査によって判明している。事実、はぐれ魔人の被害も、圧倒的に北側が多く、警備も北よりは手薄になっているのは事実だ。


「いいから話を聞け。そのことに関しても、きちんと話す」


 コーヒーで唇を濡らす。


 私たちは、死の恐怖と戦いながら、とにかく南下した。壁内は安全などというのは、魔人と遭遇したことのない人間が口にする幻想でしかない。無残に晒されている、壁の上、壁の中の見張りの兵たちの死体を傍に歩いた私たちは、それをひしひしと感じていた。高さ50メートル、厚さは50メートル。建設は、さぞや大変だっただろうとは思う。しかし、壁を挟んでも、時折感じる魔法の前兆は、強大すぎて、魔人が攻めてこないのはこんな無骨な壁のおかげではなく、もっと他に理由があるのではないか、と思ってしまうほどだった。

 結局、オーマル門には着いたものの、壁外の魔力から、死を恐れないことはできなかった。私たちは、誰が言うともなく、オーマル門を過ぎ、さらに南のドンツに向かった。


「そもそも、オーマル門ってのは、どんな感じなんだ? ナラタ門も俺は見たことないんだが」


「オーマル門もナラタ門も同じ門だ。デザインも厚さも、なんら変わりない。ただ南北にあって、名前が違う。それだけだ」


「大きさは?」


「高さ10メートル、幅は30メートルといったところだろうな。鉄製で、遠隔操作で開く」


 ロイスは小さく「その程度か」とつぶやく。3年越しの疑念は、ついに確信に変わってしまった。


「それじゃあ、ドンツはどうだった? 外部と関わりを持とうとしない、偏屈な戦闘部族がいると聞いたが」


「確かに、変わっていたよ。文化がまるで違っていたし、歓迎されなかった」


「そんな奴らから、どうやって秘密の抜け穴の場所を聞き出したんだ?」


 もう驚きもしないが、今まで彼が暴露した情報の中では、もっとも危険といっても良いものだ。

 報告書には、現地住民に協力を仰ぎ、大人数の協力の元、擬似的な浮遊魔法を使用して潜入したことになっている。その実、ドンツが隠していた秘密の抜け穴を通って潜入したのだが、この事実を握っているのは、口頭での報告をした際に、出席していた人間だけだ。


「まったく、誰から聞いたんだ」


「目星ぐらいつけられるだろう?」


 調査団の口頭報告に出席したのは、ラナス国王、軍のトップ、ギルドの社長、副社長、議長役の最上級貴族、そして、ルナ・ボーゲンバーグの6人だ。


「貴族、には見えないが」


 ラナス側も、ギルド側も、あの上層部が漏らすとは思えない。ルナ・ボーゲンバーグの身内の話は聞いたことがない。そうなると、やたらと横柄な態度を取っていた最上級貴族の身内、ぐらいしか可能性がない。


「あんたの本領は観察力と洞察力だって聞いてるぜ?」


 からかうように笑う少年の顔に、嫌味はなかった。ただ、少しムッとはした。

 どうせ、あんたにはわからない。わかるはずがない。

 そんなことを言われているような気がした。ただ、少年の言う通り、圧倒的に情報が少ない。今はまだ、観察力と洞察力では確証は掴めない。


「正体を明かしたんだ」


 少年は、腹いせで唐突に戻された話に、可笑しそうに笑う。


「私たちはこれから潜入しますってか?」


「そうせざるを得ない状況に追い込まれたんだ」


 少年は、頭の上に薄く積もった雪を払い、ふんと鼻を鳴らす。


「さっきも言ったとおり、私たちは歓迎されなかった。むしろ怪しまれた。ラナスはドンツを国土としてはいたが、ほとんど放置していた上に、嫌がらせのように交易を拒否していたからな。当然といえば当然だ」


「嫌なところで煽りを食らったもんだな」


「ああ。本当に、お上を呪ったものだよ。こっちは疲弊しているというのに、その仕打ちだからな。さらに、お前も言ったとおり、彼らは戦闘部族だ。部族全体で1万人ほどらしいが、30人相手でも制圧は不可能だった」


 隙のない動作、端々で見られる魔力の高さ。まるで、こちらに見せつけて威嚇しているようにも思える彼らの行動は、私たちをさらに萎縮させた。


「んで、命乞い同然に正体を明かしたわけだ」


「交渉と言ってほしいがな」


 コーヒーを口に含み、苦笑をこぼした。


「ただ、そこで、彼らの態度が変わったんだ」


「ほう?」


「親身になってくれた、とまでは言わないが、宿ぐらいは提供してくれたんだ。頑なに魔人の話をしようとはしなかったが、彼らも思うところがあったのかもしれない。結局、1週間程度で、打ち解けることができた。それで、秘密の抜け穴を教えてくれたんだ」


「質問、いいか?」


「なんだ?」


「そもそも、海路って手はなかったのか?」


 少年の疑問は最もだ。人間と魔人を隔てているのは、あくまでイージスという壁であり、それは地上にしかない。壁の両端は海に面しており、そこを回れば反対側に向かうことができる。ただし、それには大きな障害があった。


「海上の魔獣が原因だ。壁外のどこに魔人の目が光っているかわからないため、水上を行く距離は未知数になる。仮に短い距離で済んだとしても、遭遇する可能性はゼロとはいえない。遭遇したら最後、水中、水上、共に思うように戦えない我々人間が相手になるわけがない」


 説明の途中で、少年は得心がいったように遮った。


「ああ、お上の癇癪か」


 私が少年にした説明は、お上にしたものと全く同じだ。説明した際には、お上も何か言おうとしていたが、呑み込んだ、という顔をしていた。

 なぜかというと、海の魔物や魔獣というのは、人を襲わない。この事実は、意外と周知だからだ。

 陸上のそれとは、習性が異なるのか、魔物や魔獣は、人間に興味すら持たない。大型の魚類と同じように、小型の魚類や、プランクトンを主食とするため、人間とぶつかる必要もないのだ。その上、人間は長年の調査によって、航行に際しての比較的安全な海域を導き出しているため、海路を利用するのはそこまで悪手ではないはずだった。しかし、そこで障害となったのが、お上の癇癪だった。

 歴戦の船乗りたちは、世界中の海を知っており、大陸東側周辺の海も例外ではない。安全に接岸できる可能性がある場所も、彼らは知っていた。話し合いを重ねさえすれば、安全に、装備も充実した上で東側に乗り込めたかもしれなかった。

 それを許さなかったのが、お上の生存本能だった。とにかくすぐに出発しろ、という命令には会議場に集まった私たち4人の誰もが、異を唱えた。ただでさえ、命の危険が高い潜入である上に、脅迫まがいの招集。反発しない理由がなかった。しかし、諫言は封殺され、追い出されるも同然で出発させられたのだ。

 この話を知っているのは、私たち4人と会議に出席したお上だけ、のはずだったのだが、この潜入で死を覚悟していたトゥールスが、出発直前に傭兵仲間たちに触れ回り、死んだらお上のせいだ、という「お上の癇癪」という逸話にまでなってしまったのだ。


「知ってるじゃないか」


「今、思い出したんだよ」


 苦々しげに言う少年を不思議に思いつつ、話を続ける。


「とにかく、ドンツの秘密の抜け穴によって、東側に潜入することに成功した。今思えば、拍子抜けではあったが、ぬか喜びをする余裕すらなかった」


「待て。秘密の抜け穴ってのは、どんなものだったんだ」


 少年が乾いた唇を舐める。彼自身、気が急いていることに気がついているのだろう。


「それは言えないな」


 少年は露骨に不快感を表す。彼が持っている紙コップが少しひしゃげる。確かに、彼にとっては、喉から手が出るほど欲しい情報だ。


「国家機密中の国家機密だ。お前がどうやって秘密の抜け穴の情報を知ったのかは知らないが、その情報源ですら知らなかった、または教えなかった。そんな情報をお前に教えると思うか?」


 少年は、しばらく私を睨んできたが「まあいい」と言って話を促した。

 私以外の三人が死んだ以上、この情報を握っているのは私とお上のみ。お上の連中は容易に会えるわけではないので、私を殺すわけにもいかないはずだ。


「紆余曲折あって、私たちは壁を越えた。そして、魔人の国に侵入したんだ」


 少年は表情を引き締め直す。ほんの少しだけ、罪悪感が出てきた。


「すまないが、そこからは報告書通りだ」


「は?」


「しばらく北上したのは良かったんだが、もぬけの殻の集落を越えた先で、魔人に発見されて、命からがら逃げ出した。以上だ」


「魔人に発見されたんなら、戦闘になったんじゃないのか?」


「いや、発見されてすぐに一目散に逃げ出した。今思えば不思議でならないが、逃げ切れたんだよ。なんらかの意図があって、見逃されたのかもしれないが」


「残虐の塊みたいな魔人が、見逃すなんてことあるはずがない。万が一、見失ったとして、逃げ切れたんなら調査は続けなかったのか?」


 痛いところを突かれ、居心地が悪い。


「逃げることで頭がいっぱいだったからな。壁を超えるまで、休みも取らずにひたすら逃げ続けたんだ」


 少年はあんぐりと口を開けて止まったあと、うなだれてしまった。


「わかったことは、南は魔人側も警備が薄いという事実は正しいこと。壁はどの場所でも常時監視されていたこと。そして、思ったほど、魔人の人口は多くないのかもしれない、ということだ」


 言い訳のように、口早に結論をまとめていると、少年のうなだれていた頭がピクリと動く。少し間が空いて、下を向いたまま少年は口を開く。


「魔人は多くない? そんなの報告書にはなかった」


「いや、報告した。読み飛ばしたんじゃないのか?」


 少年は顔を上げると、「なぜそう思った?」と真剣な表情で尋ねてきた。


「しばらく北上してからもぬけの殻の集落を越えた、と言っただろう? その集落の家屋はとても少なかった。おそらく、10戸あったかどうか、と言ったところだ。それなりの距離は北上して、ようやく情報らしい情報を見つけたと思えば、もぬけの殻だぞ? 魔人側からして過疎地域だったとしても、10戸は少なすぎると思わないか?」


「コミュニティすらなかったってことか?」


「この辺りみたいに廃墟になってる家屋はもちろんあったが、生活感があるようなものは全くなかった。私たちが、たまたまそういったところばかり通ったと考えても、違和感がある」


 たとえ、魔人たちが北方に多く住んでいたにしても、壁からその集落までは距離があった。壁から集落までにそこまでの距離があれば、常に監視がいたことを考えると不便であることには変わりないはずだ。とすると、壁の監視上の不便を押してでも魔人が住まない理由があるか、そもそも人口が少なく、ただの過疎地域であるかのどちらかだ。つまり、南方であっても監視があったのは、それを悟らせないためのカモフラージュだ。もし、過疎地域である説が正しいと、南方は穴だ。

 少年は口に手を当ててしばく押し黙っていたが、突然立ち上がった。


「用が済んだら殺そうかとも思ってたが、やめだ」


「なんだと?」


「一緒に来てもらおうか、ヨダレまみれの犬、シルヴィア・レッセンドッグ」


 有無を言わせぬ少年の口調に押された私は、何も言えなかった。この時、私が想像しているよりもはるかに大きな世界の闇に飛び込もうとしているなど、考えてすらいなかった。


 

この話で、プロローグのような、出会い編が終わりです

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