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Dance in the revenge  作者: 三山零
第1章 オブザーバーの影を追って
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オブザーバーの影を追って⑪



 慎重に裏口から顔を出しても、監視の目はなさそうだった。閑静な住宅街なので、人気はなく、不審な動きをしている人間は目立つ。自分の中で納得いくまで、気配を探ってから、工房から離れた。繁華街から距離を取るために、グーマンの城壁すぐ近くまで移動し、宿をとった。ヨコハ、トウキョウとは反対方面で、人の出入りが少なく、都合がいい。

 カーテンを閉め切り、ベッドに腰掛ける。懐から2つの通信機を取り出す。1つは私用のもので、もう1つはロイスに持たされた支給品だ。私用のものは、もう2年も起動していない。本体に位置情報が漏れるような器具がないことは確認済みだし、傭兵も壊れてると判断して、押収すらしなかった。しかし、支給品の方は、何かしら仕掛けられている可能性は大いにある。それこそ、起動した途端に傭兵が踏み込んできてもおかしくない。

 どうにかして、ギルドの情報をつかみたいところだった。警察に駆け込んでもいいが、鍛冶屋の話を聞く限り、警察にもギルドの息がかかっている節がある。ヨコハ支部に助けを求めることも考えたが、警察と同じようにグーマン支部と繋がっている可能性は捨てきれない。仮に繋がっていなかったとして、ヨコハ支部の信用を短時間で勝ち得るとは思えない。

 そうなると、頼みの綱はレミリア・ミールストームかスティンガーだ。グーマン支部と事を構えようにも、現状で私にできることは無いに等しい。戦力の意味でも、情報源としての意味でも、力添えが欲しい。

 レミリアがここにいる理由が、スティンガーとロイスたちの計画に関係がないとは思えないが、ギルドに接触した痕跡はないし、ロイスの反応から見ても、彼女がいたのは予想外のようだ。となると、スティンガーの要請だろうか。

 そもそも、どうやってスティンガーをここに誘き寄せたのか。彼女たちは、S級として多忙な日々を過ごしている。ギルドからほぼ見放されたこの地に、単独でくるほどの理由があったのだろうか。

 他にも疑問はある。

 鍛冶屋に姿を見せて以来、誰の目にも触れることのないスティンガーの居所とその理由だ。これは、ロイスがいまだに計画を進めていることの違和感にもつながる。この街を出た可能性すらあるスティンガーが近辺にいると確信していないと、計画を進める意味がない。短剣にそれほどの価値を見出している、と考えるのは無理があるような気がしてならない。よっぽど大事なものなら、それこそ、誰の目にも触れることなく取り返しそうなものだ。

 全てのことが繋がっているように見えるが、ピースが足りない。通信機を起動する誘惑に駆られる。ギルド本部に勤めているノエルなら、あきれた顔で、すんなりと大きな助けを与えてくれそうなものだ。しかし、通信が傍受されている可能性がある以上、彼女に連絡をとって、彼女に危害が及ぶことだけは避けたい。2年も連絡をとっていないのも、そのためなのだから。

 虎穴に入らずんば、と言うのなら、情報を引き出せそうなのは、堅固に守られたお姫様以外にないだろう。そして、それを実行するためには、夜陰に紛れるしかない。

 そうと決まると、部屋にいてもやれることはない。景気づけに一杯でも、と一階の酒場へと降りることにした。念の為、ポニーテールを解いて髪を下ろし、サングラスをかける。流石に時間が早く、老人が静かに読書をしているだけだ。ここに紛れるのは、傭兵では難しいだろう。

 若いバーテン、と言っても、エプロン姿の女性だが、彼女が立つカウンターに座る。


「何にします? まだお酒には早いと思いますけど」


 悪戯っぽく笑う女性は、近づくと余計に若く見えた。


「残念ながら、酒を飲みにきたんだ。頭をはっきりさせたくてね」


「まだランチが終わったばかりですよ? 私のトークを肴にミルクでもいかがですか?」


 どこに行っても、ミルクに付き纏われる場所らしい。


「ミルクでは気付にならん」


 女性は肩をすくめ、「甘い方が良いですか?」と尋ねてくる。気を遣ってくれているらしい。


「ブランデーはあるか? ショットでいい」


「もちろん。何かお好みは?」


「君のおすすめで」


 女性はにっこり笑うと、グラスとボトルを取り出し、手際良くグラスを琥珀色で満たしていく。若い割に慣れた所作に驚いていると、静かにグラスを差し出された。小さく会釈してから、一息に飲む。久しぶりのアルコールに体が驚いたのか、小さく身震いする。


「チェイサーはお水で?」


 女性が呆れ混じりに笑っている。過去のプライドが頭をもたげたが、すぐに冷たい静かさに抑え込まれた。


「すまない、一杯くれ」


 ショットグラスではない、一般的な大きさのグラスに注がれた水を、一気に半分ほど煽る。流石にこの程度で二日酔いになりはしないと思うが、体に嫌な残り方をしそうな気がした。

 

「お酒、弱いんですね?」


「いや、むしろ強い方だったんだが……しばらく飲んでいなかったからかな」


 ギルドで飲んでいたら、と思うと、ぞっとした。頭は冴えたかもしれないが、ホテルでの拘束は抜け出せなかったかもしれない。それほど体の感覚が、普段よりも遠いものに感じられた。禍福は予測しがたいものだ。


「あの、失礼ですけど、冒険家のシルヴィア・レッセンドッグさんですよね?」


 体の感覚を強引に引き戻し、女性をじっくりと見つめる。軽い気持ちで尋ねたようで、キョトンとしている。


「追われている身でね。吹聴したりしないでくれよ?」


「それはもちろん。ただ、面倒ごとは他所でやってくださいね?」


 苦笑いして頷く。


「追われてるって……冒険家ってそんな危険な仕事なんですか? 傭兵みたいなこともやってるとは聞きましたけど」


「時には、黒いことも請け負っている。まあ、今は、その傭兵に追われているんだが」


「傭兵? グーマンの?」


「無闇に首を突っ込まない方がいい。首が飛んでることに気がつかないような世界だよ」


 何でも屋のような傭兵家業を見下す人間は今でも少なくはないが、実際は、興味本位で覗き込んでいい業界ではない。後ろ暗い過去を持っている人間も多いし、想像もつかないような大物が糸を引いているような人間もいる。突然、姿を消すのは日常茶飯事で、存在すらもみ消される。私が黒いことを請け負ったのも、自分の命と天秤にかけた結果でしかない。


「あの、うちのギルドで、何か知ってることありませんか?」


「聞こえなかったか? あまり首を突っ込むな。命の保証はできない」


 凄むと、女性は気圧されたようだったが、むしろ唇に力を入れて踏み込んできた。


「幼馴染が、ここの傭兵なんです。もう3年目なのに、まだFランクになりたての新人みたいなものですけど」


 思わず舌打ちしそうになる。酒が入ったとはいえ、滑らせた口が憎い。彼女の覚悟を無碍にしないためにも、こうなったら、とことん、情報を吐いてもらうとしよう。


「その彼の様子が、最近、おかしくて」


 十中八九、オブザーバー抹殺の計画だろう。ロイスたちにどんな秘策があろうと、相手はオブザーバーだ。成功するにしても、無事では済まないだろう。若く経験が浅いなら、なおさらだ。


「ずっと思い詰めていて、なんだか、今にも壊れてしまいそうな、そんな感じがしていて。でも、何を聞いても教えてくれないんです。飲みにきてくれる傭兵さんも、心配するなの一点張りで」


「君は、何か知っているのか?」


「本当に、何も。傭兵の人って、ストレス解消にお酒を飲みにきてるところがあるので、お酒が入ると依頼のこととか、色々口を滑らせるんです。でも、最近は、飲みすぎないように気をつけているみたいだし、珍しく口が堅いんです。だから、逆に大ごとなんじゃないかって」


 一癖も二癖もある傭兵を相手に接客しているだけはある。情報屋顔負けの鋭い勘だ。この場合、女の勘の方が正しいのかもしれないが。


「ギルドからは離れているが、わざわざここまで飲みに来るのか?」


「城壁外の依頼もありますから。ケイン…私の幼馴染に付き合って、ここまできてくれることもあります」


 ニホンで数少ないギルドを抱える地として、グーマンの城壁は想像以上に堅固だ。対空装備、対地装備、共に強力な武装が備わっており、トウキョウほど強力な魔物や魔獣が生息していないこの地ならば、十分に対応できる。ギルドが請け負うのは、定期的な安全確認や、突発的な討伐依頼らしい。


「口が堅い以外に、何か気になったことはあるか? どんな些細なことでもいい。最近のことでなくてもいいぞ」


「そうですね…ちょっと、羽振りが良くなりましたかね?」


「羽振りが良くなった? どうしてそう思う?」


「傭兵家業って、結局、依頼ありきじゃないですか。決まった繁忙期と閑散期もなくはないんですけど、やっぱり、不安定な職業だって、見てて思うんです。だから、世の中のイメージほど馬鹿騒ぎってしないし、結構、ケチケチ飲むですよ、あの人たち」


 傭兵との距離が近いために、彼らの数少ない良さにも触れているだろう。世間とのイメージの乖離に寂しさが滲んでいる。


「ほら、ギルドでマスターがお酒も出してるから、そもそも、こっちに頻繁に顔を出したりしないんです。ただ、最近は、よく店に来てくれるんです。急に、みんなして高いお酒をボトルキープしたり、なんだか、わざとお金を落としていっているようにすら見えて…」


 傭兵家業が危険だと分かっている人間なら、嫌でも嬉しくない想像と結びつく。幼馴染の様子がおかしいとなると、余計に不安が増すのは当然のことだ。


「その時の傭兵たちの様子はどうだ? 顔ぶれはいつも同じか?」


「えっと、ダンツさんってわかります?」


「すまない、分からないな」


「スキンヘッドの大きい人です」


 刺青の斧男のことか。


「ああ、C級のか」


「そうです、そうです。グーマンのギルドでは、ランクが一番高いんですけど」


 小さなカマかけだったが、有用な情報だ。

 ギルドのランク制度は、非常に厳しい審査を通らないと、昇格できないシステムになっている。D級で一人前、C級は熟練、B級は秀才、A級は天才、そして、S級は人外だ。努力でどうにかなるのはC級まで、と言われており、刺青の男、ダンツがC級だというのなら、実力は申し分ないと言えるだろう。グーマンでそこまで実績を積めるとは思えないので、流れ着いたのかもしれない。


「特に、そのダンツさんがいらっしゃることが多かったです。最近は、また少なくなりましたけど、一時期は、毎日のように来られてました」


「いつぐらいの話かわかるか?」


「えっと、2ヶ月…1ヶ月半前、とかですかね」


 わざわざ、支部最高戦力を見回りに派遣させる理由がある。そして、何かしら成果が認められたため、現状維持の監視のために、傭兵を派遣しているとしか思えない。そして、2ヶ月前というと、グレイスが襲われた時期に合致する。


「しばらくは、ダンツさんが見えられてからは、他の傭兵さんが入れ替わり立ち替わりで寄ってくれるって感じです」


「何か変わった様子は?」


「うーん、ダンツさんがいらっしゃってた時は、かなり緊張感がありましたね。お酒も飲もうとしませんでしたし。あとは、重装備、というか、みんな、装備がきちんとしていた気がします。いつもみたいにふらっと出かけるような感じじゃなくて、なんていうんですかね、軍の特殊部隊、みたいな?」


 思いがけない情報を得た。グレイスの襲撃事件と、ギルドは間違いなくつながっている。そして、その鍵が城壁の外にある。危険性は高そうだが、確認しないわけにはいかない。


「今夜は、その傭兵は来るかわかるかな」


「店に寄ってくれるかはわかりませんけど、毎日、城壁外に誰かしらが行ってはいるみたいなので、多分、依頼として来るとは思いますよ」


 次の目標が定まった。お姫様を救出するのは、そのあとだ。

 残っていた水を一気に煽り、立ち上がる。


「ありがとう。非常に有益な情報だった」


「いえ、そんな」


 気丈に笑顔を見せる女性は、まだ何か言いたげだ。


「そういえば、君の名前を聞いていなかったな」


 少し言い淀んだ女性は、「スーリヤです」と答える。記憶違いでなければ、ドンツにしか咲かない花の名だ。


「いい名だ。スーリヤ、私は、黒いこともやってきたが、それだけで名を馳せているわけではない。彼らの計画がふざけたものなら、必ず止めてみせるさ」


 スーリヤは、複雑な表情のまま、小さく頷いた。





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