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Dance in the revenge  作者: 三山零
第1章 オブザーバーの影を追って
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オブザーバーの影を追って⑩




 ホテルを離れ、すぐに向かうべきは鍛冶屋だった。

 預けた愛剣は、魔剣に該当する。魔鉄と呼ばれる、魔力を通す希少な鉄で作られており、B相当と言われる私の実力は、愛剣に下駄を履かせてもらっていると言っていい。代用の剣を見る限り、切れ味は悪くないし、それなりに手にも馴染むので、鍛冶屋の腕は悪くないようだが、そもそも魔剣ではないので、ここぞという時には心許ない。命のやりとりをする際は、些細な感覚のズレが命取りになる。勝手が違いすぎる普通の剣など、棒切れよりマシ、ぐらいのもので、命を預けるなどもってのほかなのだ。

 鍛冶屋は、中心部から離れ、静かな住宅街のど真ん中にあった。グーマン自体がそれほど広くはないので、遠い、とは言いにくいが、歩いて行く距離ではない。剣を預けた際など、噂に半信半疑だったため、道中が長く感じたものだった。騒ぎになり始めたホテルを離れ、タクシーに乗った。顔を伏せ気味にしながら、行き先を伝えると、運転手は気のない返事をして、車が動き出す。

 見切り発車は苦手ではないが、懸念はあった。それは、彼らの標的の一人である、オブザーバーが短剣を預けていることだ。オブザーバーの動向について喉から手が出るほど欲しい彼らなら、監視の一人や二人、置いておいてもおかしくはない。剣を預けたときに、そんな気配はなかったが、最近、人の目に鈍感なようなので、あまり自信がない。しかし、それを差し引いても、愛剣を手元に戻しておきたい欲が勝った。ホテルの監視の実力から見ても、数人程度なら制圧できる自信もあった。

 鍛冶屋からいくらか離れたところで降ろしてもらい、周囲を警戒するが、不審な人影は見えない。閑静な住宅街に、太々しくも広大な土地を占有している鍛冶屋は、それほど大きくはない販売用の店舗を構え、その裏に大きな工房がある。建物の周りは、錆びた剣から鉄屑まで山になって取り囲んでいて、側から見ると、ただのゴミ屋敷だ。虎柄の規制線で、瓦礫の山との区画を分けてはいるが、ボロボロの立ち入り禁止の札からしても、イージスの壁ほどの意味もないことがわかる。

 店舗には、玄関のドアの横に、店内を把握できる程の、縦長の窓がある。滑るように窓に近づき、店内を窺う。客は見えず、奥のカウンターで、若い男が背を向けて作業している。背格好を見るに、鍛冶屋の息子だろう。ざっと見渡しても、緊張感が漂っているようには思えない。念の為、一般客を装い、ドアを開ける。甲高いドアベルが鳴り、カウンターの男が振り向いた。


「あ、レッセンドッグさん」


 鍛冶屋の息子は、私の顔を見るなり、小さく複雑そうな顔をしたが、すぐに表情を差し替えた。


「少し早かったかな」


「いえいえ。すぐにお持ちしますから、少々、お待ちください」


 そそくさとバックヤードに引っ込んだ鍛冶屋の息子に、大きく不審な点はない。緊張も見て取れないところを考えると、騒動は伝わっていないようだ。ただ、出会い頭の表情は、引っ掛かった。

 一旦、背後を気にしてから、カウンターの中に立ち入り、バックヤードを覗く。整然と武具が並んでいる店舗内とは打って変わって、臭いものに蓋のような乱雑さだった。並んだ二つのデスクには、書類が山のように重なっていて、かろうじて、パソコンを操るスペースがある程度だ。モニターには、いくつかの映像が分割で映っており、監視カメラの映像だとわかる。入口、店舗内、バックヤード、裏口、そして、工房内のようだ。工房内では、主人と息子が何かを話している様子が見えた。2人以外には誰もいないようだが、その2人の様子は、客を歓迎しようという雰囲気ではなかった。

 バックヤードの先にはドアがあり、息子が通ったのはそこだろう。デスクの書類に触れないように狭い通路を通り抜け、慎重にドアを開ける。すぐに数段の下り階段があり、曲がり角になっている。熱気に包まれながら階段を下り、曲がり角から顔を出すと、短い通路の先に数段の階段が再びあり、その上には鉄製の扉がある。上部には小窓がついており、中が窺い知れるかもしれない。近づいてみると、小さな引き戸のようなものがついているようだが、ドアの内側からしか操作できない。扉は思ったより厚いらしく、中の音もほぼ聞こえない。出来上がった剣を持ってくるだけなら、すぐに戻ってくるはずだ。ここでぐずぐずしているわけにもいかない。思い切って扉を開けると、熱波が襲ってきた。

 工房内部は、幾つものかまどのようなものがあり、そのどれもで炎がゆらめいている。その内の一つの前に腰掛けている主人がいた。傍らには息子も立っている。二人は、すぐにこちらに気がついた。


「ちょ、ちょっと! 勝手に入って来ちゃダメですよ、レッセンドッグさん!」


 慌てて駆け寄ってくる息子に対し、憮然とした顔でこちらを見る主人の手には、愛剣が握られている。


「すまない。急いでいるんだ」


 制止しようとする息子をすり抜け、主人へと近づく。主人は、動じることなく、ゆっくりと頭に巻いていた手ぬぐいを脱いだ。


「荒事か?」


 しわがれ声の主人は、手拭いで顔の汗を拭いながら、年の功を見せた。


「ご明察。こう見えて、ほんの少し前まで軟禁されていたんだ」


 意表をつくことができなかったのか、興味がないのか、主人の表情は動かない。手ぬぐいを置くと、握っていた愛剣を、鞘に持ち直し、差し出してきた。


「注文通りに鍛え直してある。文句があるなら、今だけだ」


 柄を握ると、かなり熱い。そもそも、どうして工房にある。


「立て込んでてな。ついさっきまで、調整していた」


 疑問を真っ当に言い当てられ、眉を上げる。

 

「なるほど。ご主人は、宿題は最終日にやるタイプか?」


 押し黙ったかと思うと、ややあってから、「好物は真っ先に食べる」と呟いた。

 立て込んでいる理由が、4つもあるかまどがフルで稼働していることと、周りには、鍛えられたばかりであろう武器が所狭しと置いてあることを見ると、ある程度は想像がついた。 

 鞘から剣を抜くと、うっすらと青みがかった刀身が露わになる。様々な角度から確認するが、刃こぼれは綺麗になくなっており、非常に良い出来だ。


「驚いたな。もっと薄くなるかと思っていた」 


 研ぎというのは、プラスの作業ではなく、マイナスの作業だ。刃こぼれしたところを埋めるのではなく、その箇所に合わせて、周りを調整して減らしていく。従って、必然的に刀身は薄く、小さくなる。しかし、出来上がりを見るに、ひどい刃こぼれがあったにも関わらず、ほとんど薄くなっていないように見えた。 


「鍛え直したからな」


「鍛え直した? これは魔剣だぞ?」


 軽く剣を振ってみてから、鞘に戻すと同時に、耳を疑う言葉に、思わず眉を顰める。


「ま、まあまあ! 上で試し斬りでもどうですか? 切れ味も気になるでしょう?」


 割って入ってくる息子の動揺っぷりは、はたから見れば愉快なほどだった。


「どうやって、魔鉄を手に入れてる」


 睨むと、息子は力なく項垂れ、大きくため息をつく。


「そんなことまで、お前に教える必要は無い。文句がないなら帰れ。さっきも言った通り、立て込んでいる」


「ラナスでも流通しないものを、辺境の偏屈ジジイが、どうして、何のために、持ってる。失礼だが、過ぎたものだ」


「黙れ。薄々、勘付いているのだろう」


 魔鉄を手に入れるのなら、入手ルートと、莫大な金が必要だ。どちらも、ツテがないと、容易に手に入れられるようなものではない。大量に鍛えられた武器から、ギルドからの援助があるのは間違いない。戦争の補助金か何かだろう。しかし、世界的企業のギルドとはいえ、無尽蔵に金があるわけではないし、人材不足の辺境のギルドに、そこまでの援助をするとは思えない。そう考えると、グーマンで金の動きがあった人間がいるに違いない。


「妙に金を動かす人間がいたのも聞いている」


 主人は鼻を鳴らすと、燃え盛る釜戸の一つに近づく。


「しかし、私の剣にそんな貴重なものを使ってもいいのか? 私が味方かどうかわからんぞ?」


「連絡があったんです。あなたの剣は万全の状態にしてくれって。あと、最優先でって」


 バツの悪そうな顔で、息子はこめかみのあたりを掻いていた。


「クソガキから?」


「クソガキ? いえ、マスターからです」


 今度は、こちらが鼻を鳴らす番だった。味方に引き込む自信があったのだろうか。


「それは、いつの話だ?」


「あなたたちがこの街に来る少し前だと思います。きっと、親父の腕を気に入るだろうからって」


 私のことなど、お見通し、というわけか。


「気に入る、といえば、オブザーバーの短剣はどうした?」


 ざっと見回しても、それらしいものは見当たらない。オブザーバーが使用する、と考えると、独特な青白い存在感が目に入ってもおかしくはない。

 息子は、主人と短く目を合わせる。


「あんた、ギルドに出入りしていると聞いたが」


 露骨に怪訝そうな声だ。


「不本意ながら」


「奴らの計画とやらを聞いてはいないのか?」


「組み込まれかけたが、もうお払い箱だろうな」


 見極めようとこちらをじっと見つめてくる主人に、肩をすくめてみせる。ややあってから、主人は、鼻から大きく息を吐き出した。


「奪われたよ、あの荒くれ者どもに」


「荒くれ者? 傭兵か?」


「とんでもないですよ。計画に必要、だとかなんとか言って」


 随分と命知らずだ。オブザーバーの所有物に手を出すなど、天に唾を吐きかけるようなものだ。ロイスという後ろ盾にがあるにしても、ひどい蛮行だ。


「いつの話だ?」


「スティンガーが預けた次の日だ。押しかけてきて持っていきよった」

 

 レイ・アーノルド・スティンガーは、オブザーバーの一人だ。身の丈を優に越える騎槍を扱うことから、「突き刺すもの」を意味する「スティンガー」の名がついたという。その巨大な槍から繰り出される一撃は、魔人すらいとも簡単に貫くと言われている。また、オブザーバーの中では、比較的親人派とされ、好意的に取られることもある。

 スティンガーの短剣は、私の予想通り、魔鉄を含んではいたものの、含有量が少なかったため、魔剣ではなかったそうだ。とはいえ、魔鉄の取り扱いには時間がかかる。ギルドのマスターに了承を得て、最優先で修復を行なったそうだ。


「ギルドのマスターが許可を出したのか?」


 あのマスターが、考えなしに敵に塩を送るような行為をするとは思えない。


「その様子だと、計画の目的ぐらいは知っているようだな。わしも、おかしな話だ、とは思ったが、魔鉄を取り扱う機会は貴重だからな。とりあえず、脇に置いた」


 変わらず無愛想にしているが、内心、バツが悪いのだろう。視線を合わせようとしない。職人魂に負けた、といえば聞こえはいいが、計画の片棒を担いだことになる。


「無理にでも奪うような逸品だったのか?」


「よく手入れしてあったし、さっきも言ったが、魔鉄も含んでいた。売ったらそれなりの金にはなるだろうが、危険性に見合ってない。わしなら、あんたの剣を奪う」


 息子が「親父!」と嗜めるが、主人は気にもとめない。歯に衣着せぬ物言いに苦笑が溢れるが、私も同じ意見なので、気分を害することもない。それほど、魔剣は希少価値が高い。


「警察には?」


「言ったんですけどね。なんか、様子がおかしかったというか」


 少々、呆れ気味の息子が引き継ぐ。


「というと?」


「ほら、事情聴取とか色々あるじゃないですか。よくわからないですけど、現場検証とか。そういうのが、すごい雑だったんですよね。話をちょっと聞くだけで、ほんの30分ぐらいで帰っちゃったんですよ。それから何の連絡もないし」


 所詮、警察は公務員でしかなく、杓子定規的なところはある。寄せられる案件を全て拾い上げているとキリがないのもわかるが、オブザーバーが関わっていることを考えると、ギルドとの関係を悪化させかねない、軽率な対応は考えにくい。飄々としたギルドのマスターの顔がチラつく。


「スティンガーはそのことを?」


「短剣を預けてから、何の連絡も寄越さねえ」


「連絡先ぐらい聞いただろう? こちらから連絡をとってみては?」


「極秘任務の最中で、居場所が割れる可能性があるから、教えられないんだとよ」


「……それで、依頼を受けたのか?」


 問題があるか、とでも言いたげに憮然とした主人から息子に視線を移すと、あらぬ方向を向いて、首筋を掻いている。よく似た親子のようだ。


「あんたたち、営業系の人間を入れた方がいい。せっかく、腕はいいんだから」


 息子は苦笑いしていたが、主人の方は誉められたのか貶されたのか、理解していないようで、眉を顰めるだけだった。


「とにかく、色々ありがとう。長居も危険かもしれない。そろそろ、お暇するよ。裏口から出させてもらうよ」

 

 主人の方は、もう用はない、と言わんばかりにかまどに向き合おうとしたが、息子の方は、何か心残りがあるようだった。


「まだ何か用があるか?」


 息子は、少しの間、言い淀んでいたが、意を結したように、口を開いた。

 

「レッセンドッグさん、ギルドは、何をやらかそうとしているんです? あそこのマスターとは長い付き合いだからわかるんです。戦争の話が本格的になってきた頃から、なんか変な感じですよ」


 背を向けた主人の背中を見る。その背中は何も語らない。ならば、私が口を挟むこともない。


「大丈夫だ。気が張っているだけさ」


 息子の不安を残したまま、背を向ける。振り向きざまに目に入った主人の背中が、寂しそうに見えたのは、気のせいではないのかもしれない。





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