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Dance in the revenge  作者: 三山零
第1章 オブザーバーの影を追って
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オブザーバーの影を追って⑨




 傭兵たちに拘束され、宿に軟禁されることになった私は、いきりたつエモラと対峙していた。苛立ちを隠すこともなく、膝を揺さぶり、組んだ腕を指が叩いている。エモラは脱出の意思を片時も見逃さない、と言わんばかりで、穴が空いてしまいそうだ。

 肘のない椅子に座らされ、背もたれの裏で腕を拘束されている上に、足首と椅子の脚に結束バンドを巻き付けられているため、立ち上がることすらままならない。


「そう睨むなよ。君の怒りを買うようなことをした覚えはない」


 ある程度、自分の身柄が担保されているのであれば、相手の感情を揺さぶるのは定石だ。人間は、思ったよりもよっぽど、感情に支配されている。小さな波紋は、必ず何かしら影響を与える。とりあえずは、小さな動揺を誘えれば、ぐらいの考えだったのだが、エモラは予想以上に不安定な状態だったらしい。ほぼ予備動作なく、頬を張ってきた。咄嗟に、首を曲げようとしたが間に合わず、小気味良い音が響く。信頼関係が築けていないとはいえ、唐突な暴力には流石に驚いた。平静を装い、改めてエモラと視線がぶつかる。エモラはさらに苛立ちを強めたようで、今度は大きく振りかぶった。


「やめろ、エモラ」


 エモラの腕を掴んだのは、初老の落ち着いた傭兵だった。先ほど、助手席に座った男だ。エモラは鼻息荒く彼にまでつかみかかりそうになるが、「くそっ」と悪態をつき、ベッドが軋むほど勢いよく腰を落とした。


「すまないな。強がってはいても、まだ若い。気持ちの整理がつかないんだ」


 初老の男は、申し訳なさを微塵も感じさせない謝罪を述べる。所定の位置である、少し離れた椅子に戻りながらも、私の監視を怠らないあたり、それなりのランクであることが窺える。ただし、複数人の監視がいるにも関わらず、私の背後に誰も置かないのは悪手だ。前線で戦ってばかりの人種なのかもしれない。


「私とそう変わらないと思っていたが、どうやらそうでもないらしいな」


「この世界に入っていなければ、まだまだ可愛い盛りだよ」


 当の本人は、自らのことを評されているというのに、耳に入っていないようで、苦渋の表情を浮かべている。


「グレイスのお付きを外されたのが、それほど不服か?」


 エモラが反応する前に、初老の男が口を開く。


「この状況で、冷静なものだ」


「お褒めに預かり光栄だよ」


「君を害さないと、高を括っているのかな?」


 殺気はない。しかし、その殺気のなさが、冷酷さを示している。


「私を殺す気なら、とっくにやってるだろう。拷問も同じだ。戦力としての私が惜しいんだろう?」


 初老の男はピクリとも動かない。無造作に伸ばした口髭が、無駄な貫禄を醸し出しているように感じていたが、案外、相応の貫禄なのかもしれない。


「その推測は、計画の輪郭をつかめているかな?」


「ジャルダッツ!」


 エモラが顔を上げて怒鳴ると、初老の男は少し苛立ったように目を細めてから、肩をすくめた。


「怒られてしまったから、無駄口は塞ぐとするよ」


「そう言うな。()()()()()()は、見張りの仕事が退屈で仕方ないんじゃないか?」


「体を動かす方が性にはあってるな。まあ、美人を合法的に見つめていられるし、役得だ」


「おや、褒めても何も出ないぞ?」


 色仕掛けはあまり得意ではないが、扇情的な女性は何度か見たことがある。あまり豊かではないが、突き出した胸を少し揺らせて見せる。意図は伝わったようだったが、ジャルダッツは中身のない笑みを小さく浮かべただけだった。


「おい、妙な真似をするなよ。外にも見張りはいるんだからな」


 蚊帳の外が気に食わないエモラの暴走は止まらない。実にくだらないエモラの威嚇を、ジャルダッツが内心どう思っているのかはわからないが、私は心の中でほくそ笑んでいた。


「なあ、私と取引をしないか? もちろん、エモラも乗ってもらって構わんぞ?」


 グレイスを作戦に参加させることに、エモラは間違いなく否定的だ。その辺りをつつけば、容易に口を滑らせてくれそうだ。


「ロイスの計画は、オブザーバーを殺すのにグレイスを利用するぞ? それどころか、あんた達の命さえ危ういんじゃないのか? 私に話してくれよ。より良い方向に修正すると約束しよう」


 我ながら胡散臭い甘言であり、易々と靡くとは思わなかったが、反応を見ることはできた。

 ジャルダッツは少しも表情を変えなかった。この部屋に連れられてからも、ポーカーフェイスを一切崩さない。訓練を受けた人間の可能性がある。

 エモラは、力無く首を横に振っただけだった。これでも、冒険家としての勇猛さは知れ渡っているし、その実力はBクラスとさえ言われている私の助力を、軽く一蹴するということは、私よりもはるかに強力な存在に釘を刺されているということなのだろう。そして、グレイスに対する過保護なまでの世話焼きは、グレイスの身を案じてのことらしい。


「なるほどな」


 部屋を見渡し、めぼしいところをざっと盗み見る。天井の照明や、ベッド横のスタンド側の照明、部屋の隅のコンセントなど、一見、不審な点はなさそうだ。とはいえ、細かく調べる時間があれば、ゴロゴロ盗聴器が出てくるだろう。

 大きく息を吐き、改めてジャルダッツとエモラを観察する。エモラの武器は片手で振れる両刃の剣だ。身のこなしから、暗器をいくつか隠し持っているのはわかっている。精神的に脆い部分もあるようだが、私を監視させるだけの信頼はあるようで、そこまでランクは低くはないのだろう。良くてE、おそらくはFといったところだろう。ジャルダッツの方は、特殊な籠手のようなものを装着している。拳から前腕部の半分ほどをカバーしており、細かい傷がいくつも刻まれており、歴戦の証であることは瞭然だ。籠手の中に隠し武器がある可能性もある。どちらにせよ、近接戦闘に重きを置く戦闘スタイルであることは間違いない。私が、あまり得意としていないスタイルだ。エモラと組んでいることも加味した上で判断すると、グーマンギルドで最高ランクの大男がCだと仮定して、ジャルダッツもDはあるはずだ。

 搦手が不発に終わった今、強行突破しかない。これでも、傭兵ランクに当てはめれば、Bランク、ともすればAランクと言われている。Dランクの初老一人と、毛も生え揃っていない━━は流石に言い過ぎか━━小娘一人を突破するぐらいはわけない。部屋の外に見張りが立っているようだが、それも相手にはならないだろう。不安なのは、剣が愛用のものではない、ということだ。取り上げなかったのは、不測の事態には私にも協力を強制しようという魂胆なのだろう。鞘に収まったまま、ジャルダッツの側の壁に立てかけられている。それなりに手に馴染むものを借りたが、劣勢から暴れ回るには少し頼りない。むしろ、剣に頼らず魔法に集中した方がいいかもしれない。


「脱出しようというなら、やめておけ」


 ジャルダッツが、険しい表情で警告を発する。


「まさか。この状態から何ができるというんだ」


「俺もそれなりに修羅場は潜っている。そういう雰囲気っていうのはわかるんだよ。それに、あんたの実力も聞いている。油断はないぞ」


 ジャルダッツが発する警戒に当てられたようで、頭を抱えていたエモラまで剣に手をかけている。


「それなら、本気を出しても構わんな?」


 言うが早いか動くが早いか、私は結束バンドの拘束から逃れた。

 面食らったエモラは初動が遅い。咄嗟に、剣を持っていない方の手を腰のあたりにやっているところを見ると、遠距離の攻撃を決めたようだ。ジャルダッツの方はというと、驚いた様子もなく、素早く立ち上がると、拳を顔の前に構えて、距離を詰めてきている。ジャルダッツの拳が届く範囲まで迫ってきたと同時に、援護射撃のようにエモラからナイフが飛んできた。ジャルダッツの拳が小さく動いたのをみて、魔法を発動する。ジャルダッツとの間に、水のカーテンが張られる。水のカーテンといっても、水を瞬間的に上方から叩きつけているに過ぎないが、威力を殺すことと、一時凌ぎの目眩しにはなる。

 視界がクリアになると、拳を引いたジャルダッツが突っ込んできた。カーテンにそれほどの威力はないはずだったが、タイミングが良かったのか、ナイフは地面に転がり、ジャルダッツの腕にもダメージを与えたらしい。

 ジャルダッツは、小手先ではどうにもならないと思ったのか、2手目の拳を大きく振りかぶった。その拳には、なんらかの魔法が込められているらしく、ボクシンググローブのような形の淡い光に包まれている。後方には、剣を構えてベッドを飛び越えてくるエモラも見える。魔法で防御してもいいが、ジャルダッツの魔法がどれほどのものなのかわからないし、水魔法は防御にはあまり適していない。そして、徒手に苦手意識はない。

 結果的にジャルダッツの魔法を避けたのは正解だった。頬を掠めた拳は、後方で爆発音を生み出していた。ついでに、頬にも、風圧なのか、肉を削ぎ取られそうな程の圧を感じる。しかし、その圧もすぐに薄れていき、ジャルダッツは私が繰り出した拳と、それを後押しする水流で吹き飛んでいく。顔面にモロに拳がめり込んだのをいいことに、酸素の供給を断つように、水流を強くぶち当て続けたために、壁に頭がめりこみそうなほどに、ジャルダッツの体は壁に押し付けられてしまった。

 ジャルダッツの後方にいたエモラは、吹き飛ぶジャルダッツの体が肩に強打し、体勢を崩していた。ジャルダッツに感け過ぎていたので、ここでもう一本ナイフでも飛ばされていたら、避けきれなかったかもしれない。久々に、運も味方してくれたらしい。体勢を立て直して向かってきたエモラに、すかさず、エモラの体をすっぽりと覆うほどの水球で捕える。もがくエモラを、水球ごと部屋の入り口に吹き飛ばす。部屋に突入してくる見張りにあたれば儲け物、ぐらいにしか思っていなかったが、そこに人影はなかった。水球ごと扉を破壊し、廊下の壁に叩きつけられたエモラは、無様に床に倒れ、咳き込む。水球が弾けるタイミングが悪かったようで、壁に叩きつけられた衝撃を緩和してしまったらしい。かろうじて構えなおした剣を水流が弾き、支流に枝分かれし、エモラの急所のいくつかに直撃する。エモラは、苦悶の表情で崩れ落ち、もんどりうつ。無力は罪だ、と誰かが囁く。


「相手がロイスといえど、剣を向けることすらできない癖に、一端に悔しがるなよ」


 私の言葉に悔しさを滲ませたのか、体を震わせたまま、エモラは動かなかった。それを横目に、腰にベルトを巻く。剣の状態に変化はなく、細工されたような痕跡はなかった。ふと振り返ると、壁には、鉄球のようなもので叩いたような破壊痕ができている。ジャルダッツの魔法が、あれで本気なのかどうかはわからないが、直撃したらと思うと、身震いがした。

 見張りを逃していることもあり、異変はすぐにロイスにも伝わるだろう。見張りが手薄なことを考えると、彼が直々にくるほど、私の対処の優先順位は高くないだろうが、それでも迅速に行動すべきだった。念の為、上着を脱いで捨てる。グレイスにつけられていたように、発信機をつけられている可能性があった。

 エモラの脇を通り抜け、階段を駆け降り、裏口から抜けて、ホテルから離れる。途中で上着を買い、人目につきにくい通りを歩いた。索敵魔法で周囲を警戒したい気持ちに駆られるが、堪えて通行人を装った。索敵魔法は、人間の体外に出た魔力しか感知することができないとされているが、魔人などの魔力多量保有者は、人間の体内の魔力すらも感知することができるという。ロイスがたとえそうであっても、決戦前の無用な魔力をの消費は避けるはずだ。つまり、魔法を使わずにホテルから離れることこそが、最善の策はずだった。

 






 


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