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Dance in the revenge  作者: 三山零
第1章 オブザーバーの影を追って
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オブザーバーの影を追って⑧




 グレイスの愛くるしさに郷愁を駆られ、同じくオムライスを注文し、息を入れる。思えば、ロイスに叩き起こされてギルドに連れられてから、朝食を口にする暇もなかったため、腹に入れたものといえば、牛乳と水だけだ。腹の虫が鳴いても無理はない。

 グレイスは、遠慮がちに店内を見回している。店のカラーで、はるか昔の娯楽である西部劇の様相を模していて、この辺りでは珍しい濃い色の木目調ではあるが、目にする機会が極端に少ないわけではない。


「グレイス」


「あ、は、はい」


 グレイスは、見回すのをやめ、慌てて襟を正した。信頼を勝ち取ったとは言えないが、ロイスの様子からして、グレイスから情報を得る機会が減っているのは間違いない。機を逃すわけにはいかない。


「実は、私は君のことをほとんど知らされていない。グレイスのことを知るためにも、いくつか質問をしてもいいかな。もちろん、答えたくないことは答えなくていい」


 グレイスは表情を曇らせ、目線を下げる。

 性急すぎたかもしれない、と反省しつつも、毅然とした態度を保つ。余裕のなさが伝わってしまっては、グレイスがますます萎縮してしまうかもしれない。


「大丈夫、答えなくていいことは答えなくていいんだ。もし答えたくなかったら、首を振るだけでいい」


 グレイスは、迷っているようだったが、小さく頷いた。


「ありがとう。グレイス、君は、グーマンの生まれか?」


 グレイスは、首だけ横に振ったが、「違います」と言い直した。


「なら、ヨコハの出身か?」


 グレイスがニホン人であることは、外見からわかる。ニホン人は、ラナス人などの大陸西方部の人種に比べて、鼻が低くく、鼻翼が大きい特徴が出ることがある。魔人が世界侵攻を始めた頃の多くのニホン人は、この特徴を持っていたとされており、今でこそ、その特徴を持つニホン人も少なくなってきているが、グレイスは、ニホン人の血が多少濃いらしく、その特徴が表れていた。グーマンが出身地ではないのなら、ニホン最大級を誇るギルド支部を擁するヨコハが可能性としては高い。

 グレイスが頷くのを確認して、質問を続ける。


「ご両親は?」


 グレイスは、何度も瞬きをして、口籠もってしまう。困り眉に、下唇を上唇で押し込める様子は、話してはいけない、と言うよりは、話したくない、というように見えた。

 予想通りではあった。保護者を伴わずにギルドにいること、命の危険すらあるギルドの作戦に参加させられていること、そして、世話焼きの女傭兵を筆頭に、傭兵たちがやたらとグレイスの世話を焼こうとしていたこと。その全てを総合すると、グレイスが孤児であることは想像に難くなかった。

 傭兵は、驚くべきことに、半数以上が孤児であるとされ、その多くが、はぐれ魔人に家族を奪われているという。自分たちの境遇に似たグレイスにも、思うところがあるのだろう。


「すまない。嫌なことを聞いてしまった」


 グレイスはふるふると首を振り、小さく「分からないんです」と呟く。


「わからない?」


「ここに来るまでは、ヨコハの孤児院にいました。私が2歳の時ぐらいからだそうです。孤児院の先生に、お母さんとお父さんのことを聞いても、教えてくれませんでした」


 捨てられたかもしれない、という考えから、自己否定を募らせた結果が、引っ込み思案が形成されたとすると、その事情がなんであれ、悪手だったかもしれない。


「どうして、グーマンのギルドに?」


 グレイスは逡巡してから、何かを思い出すように口を動かした。


「二ヶ月ぐらい前に、お出かけの時に、その、魔物に襲われて。傭兵さんに助けてもらって、そのまま」


 思わず、眉を顰めそうになるが、なんとか堪える。あまりに突拍子もない話だ。ヨコハからグーマンへは、街道が整備されているものの、背の低いガードレールは、イージスの壁ほどの効力はない。魔物に追いかけ回されるなど日常茶飯事だし、凄惨な事件が起こることさえある。ニホン軍とギルド合同出資の守衛所も短い間隔でいくつも置かれてはいるが、完璧ではない。「お出かけ」と称して子供を連れ出すなど、正気の沙汰ではない。


「孤児院のみんなで来たのか? 正確な人数はわかるか?」


「先生が3人と、子供が20人ぐらいと、あと、傭兵さんが3人でした。バスで、その、遠足で」


 大型車だから、問題ないと高を括ったのか。それとも、傭兵3人と奮発したからの油断か。それにしても、どうして、わざわざグーマンに来たのか。


「遠足というのは、いつもグーマンに来てたのか?」


「いえ、いつもはヨコハの中でした。今回だけ…」


 危険を冒してまで、グーマンに連れてきた。それも、オブザーバーを抹殺する計画が動いている今回だけ。


「グレイス以外の人たちは?」


「生き残ったのは、私だけって」


 人間を無作為に襲撃するような攻撃的な魔物でも、バスのような大型車は避けることの方が多い。それに、護衛の傭兵がいたにも関わらず、ほぼ皆殺しだ。魔獣とまではいかなくても、相当に強力な魔物だろう。そんな化け物が、一人だけ取りこぼすなどあり得るだろうか。


「グレイス、君は、何か特別な力を持っていたりするかい?」


「力、ですか?」


「たとえば、甘い香りを出せるとか、すごく高い音を出せるとか」


 歴代の特殊な能力の一例で、魔物を引き寄せる香りを放つ能力と、魔物の耳を潰すほどの超音波を放つ能力だ。どちらも、再現不可能とされている。


「い、いえ、私は、魔法もほとんど使えないですし」


 グレイスが嘘をついているようには思えない。ただ、あのロイスが、確証もなく計画に組み込むとも思えない。グレイスに自覚がないだけかもしれない。

 ここまでの話を総合してみても、グレイスの話の中には、何者かの思惑が見え隠れしている。それも、1人ではなさそうだ。しかし、そのどれもが、今の私が持つ情報では、尻尾を掴むことさえ難しい。計画の前倒しが見えている今、正攻法では後手に回るどころか、手遅れになる。そして、今やれることは、グレイスからできる限り多くの情報を得ることだ。

 考え込んでいると、グレイスが言いにくそうにしているのが視界に入った。


「ああ、すまない。何かあったか?」


「その、お姉さん、シルヴィアお姉さんは、魔人さんとも仲良くできるって、思ってるんですか?」


 マスターの言葉が重さを増す。どうやら、初日の騒動を知っているらしい。


「仲良く、か。そうだな。すぐには難しいかもしれないが、手を取り合える日は来る。私はそう信じているよ」


「そ、それは、魔人さんだけ、ですか?」


「魔人だけ? どういうことだ?」


 グレイスがまたも言いにくそうにしていると、元気な店員が近づいてきて、トレーに載ったオムライスを2つ置いていった。グレイスの言葉は、すぐに出てきそうにはなさそうなので、折角の熱さに包まれた美味しさを味わわない手は無い。


「すまない。あれこれ聞いてしまったな。熱いうちに食べよう」


 グレイスは、少し逡巡したが、スプーンを握った。それを見て、スプーンに手を伸ばすと、ナプキンとは別に、小さな紙切れがオムライスの皿に隠れるように置いてあった。皿の下から取り出してみると、「余計なことは聞くな」と走り書きがある。目線だけ動かし、監視の傭兵を探したが、見知った顔が見当たらない。メモを握りつぶし、立ち上がる。


「グレイス、すまない。行くぞ」


「え、え、でも」


 手をつけようとしたオムライスを名残惜しそうに二度見するグレイスの体を抱え上げ、伝票の上に代金を置く。周囲を警戒しながら店を出ると、すぐそばの路地裏に入り、通信機を起動する。


「無事か」


 通信機がつながると、ロイスの低い声が雑音とともに流れてくる。


「監視の傭兵が見えない」


 通信機の向こう側から、舌打ちが聞こえる。続いて、「数分前から連絡が取れない」と苦々しく吐き捨てる。

 十中八九、死んでいるだろう。震えるグレイスを地面に下ろし、小さな体を庇いなら、半身だけ体を大通りに出す。狙撃ができるようなポイントに目を走らせるが、怪しい人影はない。大通りを歩く人間たちにも、これといった不自然さはない。


「すぐに向かう。気をつけろ」


「了解」


 短く言葉を切り、通信機をしまうと、背後に何か重いものが落ちてきた音がした。接地面積が広く、それも、液体を含んだ何かだ。咄嗟にグレイスの腕を掴み、大通りに飛び出す。グレイスを背後に庇いながら抜剣し、振り返って、落ちてきたものに剣を向ける。薄暗がりの中、立っていた場所の後方10メートルほどのあたりに、何かが横たわっている。それがすぐに監視の傭兵だと分かったのは、日の当たる大通りにまで飛び散った血痕と、装備が朝に見たものだったからだ。

 頭上を見上げても、人影はない。路地の先も同様だった。「ひっ」というグレイスの短い悲鳴に気がつき、グレイスの目を覆う。さらに、異変に気がついた通行人が路地裏を覗き込み、叫び出した。大通りはすぐに騒然となり、人が遠のいていく。現場の目前で立ち呆けているわけにもいかず、雑踏に紛れようとしたそのとき、「シルヴィア」と名前を呼ばれて、肩を掴まれた。飛び退きそうになるが、聞き覚えのある声だと気がつく。


「大丈夫か」


 息ひとつ切れていないロイスに動揺はない。


「監視がやられた。あそこには一つしかないが、全滅だろう」


 ロイスは示された路地裏を進み、傭兵の遺体を検分し始める。その間に、傭兵たち10人ほどが遅れて到着した。その中には、悲壮な顔の女傭兵もいた。


「グレイス、大丈夫かい?」


 慌てた様子で女傭兵がグレイスに近寄る。路地との間に女傭兵と体を入れ、目を覆っていた手を取ると、きつく目を瞑って、震えたままだった。


「ごめんね、グレイス」


 女傭兵が小さな体を抱くと、その胸に顔を埋め、ぎゅっと女傭兵の服を掴んでいた。


「シルヴィア」


 路地裏から戻ってきたロイスが、厳しい顔をのぞかせている。


「全員を連れて、ギルドに戻れ。戻ったら、ギルドから絶対に出るな」


「私は残らなくていいのか? 警察が来るぞ」


 そう言っている間に、サイレンの音が聞こえ始めていた。

 傭兵は、依頼のためなら、犯罪に掠めるようなことを平気でするし、違反など屁とも思っていないので、警察とは折り合いが悪いことの方が多い。グーマンのギルドも、あの荒くれようでは、手を取り合って、というようなことはないはずだ。それに、グレイスの存在一つとっても、警察に突っ込まれたら大ごとになりそうだ。


「もうすぐ、マスターも来る」


「任せていいのか?」


 武闘派には見えなかったし、ロイスと渡り合っているところを見ると、頭脳派なのかもしれない。


「問題ない。行け」


 頷いてから、あたりを見回す。遅れてやってきた傭兵たちは、私とグレイスを守るように一定の距離を保って、周囲の警戒に当たっている。その中の女傭兵に声をかける。


「おい、あんた。そこの女傭兵」


「エモラだ。話しかけるな」


 エモラは、グレイスの震える背中を頻りにさすることに夢中のようだ。


「おい、エモラ。あんたがやってるのは、グレイスを危険に晒してるのと同じだぞ。私が周囲を警戒する。すぐに移動だ」


 早口で言い切ると、エモラは「わかった」と小さくつぶやき、グレイスを抱えて裏路地から離れるように歩き始めた。エモラの周囲を固めていた傭兵たちのうち、リーダーのような人間が、男2人に声をかけ、1人が、エモラに近づいて素早く耳打ちする。もう1人の男は、停車していたワゴン車に近づくと、懐から銃を取り出し、運転席に向けた。


「出ろ」


 ドスの効いた一言が、窓越しに届いたのかはわからないが、運転手がまろび出てくる。それを尻目に、男は素早く運転席に乗り込み、エモラも後部座席に滑り込む。助手席をもう1人の傭兵に取られたので、エモラの隣に乗り込み、グレイスをエモラと挟む形になる。

 車は急発進し、乱暴すぎるスピードでギルドを目指す。助手席の男は、すぐに魔法障壁を張るために集中し始めた。数秒とかからず魔法障壁は張られたが、遅い、と思いながら索敵に入る。猛スピードで動く車を銃火器で攻撃することは考えにくいので、魔法に絞って付近を探った。すでに発動した魔法には無力だが、移動する車を狙うような高度な魔法の予兆ぐらいは拾うことができる。エモラは眉を顰めていたので、予兆を瞬時に掴むことが、生死を分けることを知らないらしい。

 ギルドへの道中で襲撃を受けることはなかったため、結果的に杞憂に終わったが、私にさえ気づかれずに傭兵を瞬殺する手練れを警戒しないわけにはいかなかった。ロイスが言っていた、私の知らない尾行の存在が、頭をよぎる。


「着いたぞ」


 運転席の男が低く言うと、車両から転がり出て、ギルド内へと急ぐ。扉を跨ぐと、大男を筆頭に多くの傭兵が待ち構えており、少なからず安堵する。一言交わしただけで、エモラがグレイスと奥の部屋へと連れていく。それに続こうとするが、大男がそれを遮った。


「関係者以外立ち入り禁止だ」


「私は関係者だろ。警護の指示を受けたのも私だぞ」


「エモラがいる。問題ない」


 思わず、鼻で笑い飛ばしてしまう。


「非常時にエモラだけでなんとかなるのか? 死んだ監視の傭兵のランクはいくつだった? エモラのランクは?」


「問題ない」


 大男は頑として譲らず、殺伐とした空気が流れる。大男は、ゆっくりと組んでいた腕をほどき、背負っていた斧の柄に手を動かす。それを合図に周りの傭兵たちも、各々、武器を取り始める。私が剣の柄に手をかけると、空気が張り詰めた。


「やめろ」


 殺気立ったギルド内に、幼い一言が響き、誰もが入り口に目をやった。その隙に、開かずの扉を盗み見たが、ロイスに背後を取られた状態では、どう足掻いても敵うはずもなかった。


「小僧、マスターは?」


「警察の対応をしている」


 剣から手を離し、近寄ってきたロイスを振り返った。途端に、下腹部に重い衝撃がめり込む。体がくの字に折れ、息が止まった。


「拘束しろ」


 複数の傭兵たちに覆いかぶさられ、身動きが取れない。


「どういうことだ、小僧」


「計画を早める。全員、準備しろ。この女は、宿で監視する」


 ロイスは吐き捨てるように言うと、開かずの扉を睨んだ。




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