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Dance in the revenge  作者: 三山零
プロローグ
1/16

第1話 飲まれる世界


 ああ。


 この怒りを、憎しみを、抱えたまま。


 死にゆくことを許してほしい。



 妹はどうなった。


 妹を託した大切な人は。


 願わくば、生きていてほしい。


 そして、この憎しみが、全て彼女達の幸せになって降り注がんことを。




 


━ Dance in the revenge ━






 トウキョウの高層建築物は、野営するには都合がいい。

 雨風を凌げるのはもちろんのこと、外部からの接触を減らせることが理由として大きい。人間にせよ、魔物にせよ、こんなところで遭遇するやつにロクなやつはいない。だからこそ、外界との壁になってくれる建築物は貴重なのだ。特に、魔物は警戒心が強く、自らナワバリを出ることは少ない。地上で生きる個体は、地上で。水辺に生きる個体は、水辺で。例外的に、化け物じみた強さの個体が、お構いないしに縄張りを侵すこともあるが、あくまで例外であり、稀な話だ。つまり、上階へ行く術があろうとも、ナワバリでなければ、踏み込んだりはしない、ということだ。他に注意すべき点としては、高高度を生息高度とする鳥類系の魔物だが、人間に害をなすような個体は、トウキョウにはいない。そのため、トウキョウの高層建築物の高層階は、野営には適していると言えた。

 ラコスと私が選んだ場所は、大通り沿いの8階建ての廃墟ビルだ。老朽化は進んでいるものの、すぐに倒壊するような恐れはなく、同程度の高さの建物が通りに沿っていくつかあり、この建物だけがとりわけ目立つわけでもない。なんなら、隣の建物との距離が近く、飛び移ることも可能だ。まさに、良い物件である。

 外階段を慎重に上り、ビル内部へと続く扉を開くと、狭い廊下があり、脇には動かないエレベーターがある。エレベーターの向かいには扉があり、そこを開けると、四十畳ほどだろうか、広々とした空間が迎えてくれる。オフィスとして使われていたのだろう。埃を被ったデスクやキャビネットであろうものが、面影を残している。大きな空間の中に、不透明なガラスの仕切りで囲われた空間があり、8人掛けほどの大きなテーブルがあるところを見ると、ミーティングルームだろうか。ラコスに目配せすると、彼も小さく頷き、そのミーティングルームを寝床として使うことが決まった。

 まず、中央に陣取っているテーブルを脇に寄せ、スペースを開ける。ラコスは壁側に荷物を置くと、素早く野営の準備を始めたので、私も外への警戒を始める。ミーティングルームを仕切るガラスパーテーションは、汚れでくすんでおり、光を外に漏らす心配はなさそうだった。となると、心配なのは、大通りに面している窓だ。あるべきガラスはなく、冷気も光も遮ることもできない。かといって、これほど広範囲をカバーできるほどの遮光カバーは持ってきていない。ミーティングルームのガラスパーテーションなら大部分は覆えるだろうか、と思案していると、かすかに鳴き声が聞こえた気がした。

 すぐに腰を落とし、振り返ると、暗闇の中でのラコスの気配は感じられない。動きを止めて、私からの合図を待っているはずだ。「そのまま」とハンドサインを送るも、伝わったかどうかはわからない。動く気配がないので、伝わったものとする。床に散乱している瓦礫や残骸に注意しながら、窓際まで移動する。窓までたどり着くと、小さく息をつく。高所恐怖症ではないが、この高さから下を覗き込むのは、流石に覚悟がいる。風がなかったのは、幸いだ。少しの衣擦れの音さえも立てないようにフードをかぶり直す。シルバーグレイの髪色は、自慢ではあるが光を反射しやすい。地面に這いつくばって、片手でフードを押さえながら、慎重に顔を出した。

 晴れて雲がかかっていないとはいえ、月明かりだけでは、物を判別するだけの明るさがない。暗視付きの機材などいらない、と思っていたが、己の浅慮に恥じ入るばかりだ。

 影が少ない大通りの中に動くものはないが、大通りを挟んで反対側の廃墟の陰などは、暗すぎて物を判別できない。そう思ったその時、影の中を何かが蠢いた。こちらに気づいていないのか、それとも、こちらの夜目は効かないと気がついているのかはわからないが、動きに緊張は感じられなかい。夜の影の中、わずかな光に作る不愉快な影は一つや二つではなかった。群れで動く生物のようだ。双眼鏡の倍率を変え、視野を広くする。視線を感じ始めたのか、動きが緩慢になる。辛抱強く観察を続けていると、ふと、遠くで小さな鳴き声がした。小動物の鳴き声のようだったが、定かではない。一瞬、注意力を持っていかれたが、群れの一頭が月明かりに姿を現したのは見逃さなかった。

 すぐに視線を感じる。獲物を探る視線だ。

 視線が消えるまで、身動きを止める。ほんの数秒ではあったが、空気は張り詰めた。闇を蠢く獣は、素早く移動していく。張り詰めた空気が弛緩していき、目だけを忙しなく動かすが、動くものはない。群れごと移動したようだ。

 ゆっくりと顔を戻してから、ラコスのいる部屋へと戻る。


「大丈夫でしたか?」


 ラコスの声は、まだ小さい。フードをとり、短く吸って吐いてを繰り替えす。


「とりあえずは大丈夫そうです。窓にカバーは張れません、ここを覆いましょう」


 ラコスは頷くと、すでに手に持っていたカバーを広げ始める。ラコスとは反対の端を持って、パーテーションを覆った。ある程度埃を払って、養生テープで貼り付けてやる。そのまま、テントの設営に取り掛かる。私も手伝えることは手伝いたいのだが、慣れた手つきで黙々とこなしていくラコスに余計な手出しはできなかった。テントが完成すると、ようやく一息つくことができ、何とも言わず、私はコーヒーセットを取り出した。静かにコーヒーを沸かしていると、ラコスが毛布を渡してくれた。礼を言うと、途端に鼻がムズムズしてきた。咄嗟につまんでくしゃみを抑えるが、やたらと水っぽい鼻水が奥から出てきた。舌打ちしそうになるのを堪え、少し顎をあげる。女の端くれのつまらない意地と言うやつだ。


「フロウでした。鬱陶しい奴らですよ」


 ラコスは真面目に頷き、ロール状にして置いてあったシートを掴む。それを広げたラコスは、遮光カバーの上から貼り付けた。簡易的な防音シートで、ある程度は音を吸収してくれる。フロウの聴覚をもってしても、聞き取ることはできない、と信じたいものだ。

 正直、フロウは面倒だ。外見は狼に酷似しているが、狼よりも知能が高く、狡猾で、攻撃的な魔物だ。嗅覚、聴覚が異常に発達しており、千メートル先の匂いと音を感知する事ができるとも言われている。主に10~20匹程度の群れで行動することが多く、数的有利を利用して獲物を狩る。ただし、魔物にしては魔力は低く、そのほとんどを嗅覚聴覚の発達に割いているらしく、魔法を使用することはない。中堅の傭兵ならば、一つの群れぐらいは容易に撃退できる程度の魔物だ。ただ、厄介なのが、獲物を見つけるや否や、すぐに仲間を呼ぶところだ。フロウの繁殖力は高く、個体数はトウキョウで最も多いとされている。遠吠えなどされようものなら、他の魔物まで呼び寄せる。二人では対処しきれなくなる事態にだけはしたくない。


「冷えますか?」


 篝火を挟んで反対側に再び腰を下ろしたラコスは、控えめに声をかけてきた。鼻をすすってはいないが、鼻水が垂れないようにしているのに気付かれていたようだ。


「ティッシュならありますけど…使います?」


 ラコスがおずおずと聞いてくる。金髪の癖っ毛のボリュームが抑えられているのは、先ほどまでニット帽をかぶっていたからだろう。それでも、なんとなく暖かそうに見えるので、少し羨ましいような気がする。


「いただいても?」


 ラコスは慌てて、大きなリュックに頭を突っ込んでティッシュを探し始めた。


━━早くよこせ。


 ラコスがようやくリュックから頭を出した時には、鼻水の尖兵が飛び出そうとしており、もはや上を見上げる状態になっていた。そこからの視線は、確かに睨んでいるように見えたのかもしれない。ぎょっとしたラコスが、丁寧に口を開けてポケットティッシュを差し出してくる。素早く二枚を取って鼻に当てて、不快な水分を受け止めると、何とも言えないしてやったり感があって、気持ち良かった。


「助かりました」


 ラコスから顔を背けて慎重に鼻をかみ、使ったティッシュを後ろに放り投げる。


「まだトウキョウに入ったばかりだと言うのに、気が緩んでいる証拠ですね、情けない」


 自嘲気味に言うと、ラコスは眉を小さく上げた。

 ヨコハとトウキョウの県境である、カワスの町からトウキョウに入って、まだ二日目。ハネダに寄り道はしたが、現在地であるカマドは、カワスの町から直線距離で数キロしかない。とにかく安全な道を、というリクエストをラコスは律儀に守ってはくれているが、このままでは、目的地に着くまでに数週間はかかってしまう。それほどの長期間に耐えうる準備はしていない。


「病は気から、とも言いますし」


 気を遣われるのは苦手だ。形だけのものばかり見てきたせいで、うっかり流してしまいそうになる。かといって、真面目に受け取るのもなんとなく気恥ずかしくて、バツが悪くなる。結局、愛想笑いのような、苦笑いのような、曖昧な笑みを返してしまう。


「お見通しでしたか」


「出発する前より、少しお元気がないかと……期待はずれ、でしたか?」


 肩をすくめて見せると、ラコスは「ですよね」と苦笑いをする。

 トウキョウの末端とはいえ、都市として機能していた頃は、大国ラナスの町々のように、この街も壮観な街並みだった。今では貴重なその光景を映す映像の中では、確かに生が息づいていた。しかし、美しく誇っていた建築物の多くは、時間的、物理的なダメージに耐えきれずに倒壊し、残ったものも、無数の蔦に巻き付かれているものもあれば、八つ当たりのように所々に大穴を開けられるなど、見る影もない。


「良くない噂も耳にしてはいましたが、やはり一度は訪れてみたいと思いまして」


「耳が痛い話です。たたでさえ少なかった依頼者が、噂のせいでもっと少なくなりました」


 魔獣の縄張りである中心地に入らないことが大前提ではあるが、存外、トウキョウを過度に恐れる必要はない。郊外にいるのは弱い魔物ばかりで、Dランクの傭兵が数人いれば、事足りると言われている。英雄の故郷ということもあり、訪れる酔狂な人間もいるそうだが、そんな物好きを襲うさらに物好きがいる、という噂が巷で流布している。


「相当の手だれがいるようで。トウキョウに近づこうとする人は、もうほとんどいません。そいつらに手を焼いている間に、護衛を請け負った、ギルドの傭兵が雇い主を襲うなんていう事件まであって、ギルドの信用も落ち始めているんです」


 ラコスは怒りを滲ませて吐き捨てた。

 義憤に駆られているのか、とも思うが、どちらかというと、この地での不道理が許せない、という印象だ。彼のこの地への執着は少し度を越している。愛している、と言えば、聞こえはいいが、もはや、崇めている、と言った方が正しいかもしれない域だ。


「捜査は進んでいるのですか?」


 ラコスは無念そうに首を振る。


「尻尾を掴むことすらできていません。警察と協力したり、手を尽くしてはいるのですが、場所も場所ですし、このご時世なので…」


 ニホン最大のギルド支部があるヨコハは、数少ない空路、海路の拠点であり、ニホンの要だ。ラナスと違って協力を惜しまないギルド本部が厳選した傭兵は粒ぞろいで、安全は比較的担保されているといえる。その傭兵たちが捜査協力でトウキョウに派遣するのは、ヨコハの安全を売っていることと同義だ。傭兵にとっても、ギルドにとっても、トウキョウに人を割くのは好ましくない。


「すみません、愚痴っぽくなってしまって」


 ぽりぽりと頬を掻き、ラコスは少し寂しそうに笑う。苦笑いしながら小さく首を振ると、少しほっとしたようだった。


「確か、地元はこちらではないのですよね? 異動は、ご自分から?」


「ええ。実家がテルステのシュビッツで、最初はそこに。5年前に異動願いがやっと受理されました。周りからはずいぶん反対もされましたが」


 人懐こい笑顔を浮かべる彼は、私よりも2歳年下らしいから、29歳だ。ヨコハへの異動願いが通ったということは、5年前の時点でCランクに達していたということになる。傭兵の最低年齢は、原則16歳なので、長く見積もっても8年でCランクまで駆け上がったというのだから、Aランク昇格が秒読みと期待されているのも頷ける。


「シュビッツですか。確か、農業、それもぶどうの栽培で有名でしたね」


 シュビッツはテルステのぶどう栽培を支える地方の一つだ。


「良くご存知ですね。おっしゃる通りで、ワインに使われることが多いです」


「ご実家はぶどう農家を?」


「ええ。子供の頃から、色々叩き込まれたんですけどね。どうしても、トウキョウへの憧れが捨てられなくて」


 ラコスは「親不孝ものですよ」と自嘲気味に呟く。


「それだけの熱意を持って、研鑽を怠らずに有言実行しているのですから、きっと、親御さんも誇りに思っているはずです」


 本心を言っただけだったが、ラコスは、「いやあ、どうでしょう」と、思ったよりも照れくさそうにしていた。


「そういえば、テルステには10年ほど前に行ったことがあります。シュビッツは車窓から流れ見ただけで、畑までは見ることができませんでしたが」


 ワインの知識は多少あったが、当時、テルステに訪れた目的は別にあった。


「さすがはレッセンドッグさん、訪れたことがおありでしたか。もしかして、トロメ跡地ですか」


「初めて魔人が目撃されたとされる場所ですからね。一度ぐらいは見ておいてやろうと」


 毒を含んだ言い方になってしまった。しまった、と思った時には、ラコスは少し寂しそうな目をしていた。


「すみません、悪く言うつもりでは」


「いえ、事実ですから。僕も子供の頃に親に連れられましたが、子供ながらに、胸が締め付けられました」


 トロメは、300年前から8度もその名を変えている。魔人が生まれた町として忌み嫌われた上に、様々な不幸で町を焼かれた。何度も焼かれた、という点ではトウキョウと境遇が似ているが、違う点は、その不幸が魔物とは無縁のもので、天災、人災、まさに不幸と言わざるを得ないことだ。当時の人々は、藁にもすがる思いで名前を変え、その輪廻から外れようと試みたようだが、残念ながら、100年前に町は跡地に変わったそうだ。


「魔人の呪いなんてそんなもの、と思いますが、そう見えてしまいますよね」


 ラコスの言葉に同意するように「ええ」とだけ肯く。


「もしかしたら、その時からなのかもしれません。英雄ユウナという伝説に期待してしまっているのは」


「そう、ですね。私たちの希望は、もうそれしかないのかもしれません」


 英雄ユウナ。


 300年前に実在したとされている人物で、トウキョウに生まれ育ち、世界を救った。

 300年前、魔法という概念はあってもその存在は確認されなかったこの世界に、突如として現れた魔のものによってそれはもたらされた。どこから、どうして、いつ。全ては謎に包まれ、知る者はないが、彼らがもたらした悲劇を知らないものはいない。70億人いた人間は、万能の魔法に為す術なく虐殺され、たったのひと月で半分にまで数を減らした。見えない障壁に弾丸は防がれ、何もない所から炎は生まれ、人間の体から怪物を作り出す魔法すらあったと言われている。人間は知識、知恵、禁忌、全てを動員して対抗したが、科学の進歩が魔法に追いつくことはなく、蹂躙されるがまま、絶滅という屈辱を間近に迎えていた。

 その中で生まれたのが、英雄ユウナだった。

 元来、魔法を使えるはずがないユウナは、何に端を発したのか、魔法が使えるようになった。その理由を本人すらもわからないまま、彼女は、魔のものに立ち向かった。彼女は、魔を祓う一縷の希望として魔を退け続け、ついには人間の世界を取り戻した。

 強く、凛々しく、慈悲深く。身寄りはもちろん、連れ添う伴侶もおらず、生涯たった2人だけとった弟子に叩き込んだ教えを体現したかのような傑物で、万人にとっての導きとなり、女神の生まれ変わりだとする者さえいた。

 そんな彼女が存命の時代を、清風の時代と言う。今ではもう、その静謐な風か吹く気配はないが、当時は、確かに吹いたのだろう。

 彼女が、今の世界を見たら何を思うだろう。稀代の英雄は、この有様でも希望を捨てずにいられるのだろうか。


「大きな戦争になると聞きました」


 横目でラコスを見ると、表情に翳りがさす。

 大国ラナスが世界を巻き込み、魔人を一掃する決断をしたのなら、その背後には、世界一の武力を所有するギルドも必ず控えている。


「ええ。昨日、周知書が届きました。ギルドも全面的に協力することを決めたそうです」


 旗を振るラナスは、世界連合の中でも強い発言権を有しており、ギルドが本部を置く国でもある。そして、そのギルドが全面的に協力するということは、文字通りの総力戦を意味する。


「僕も、近いうちにあちらに向かうことになります」


 そこで一度切り、ラコスは申し訳なさそうな顔をした。


「シルヴィアさん、大変申し訳ないのですが、今回の依頼は、明日で切り上げということにさせていただいてもよろしいでしょうか」


「明日、ですか」


 ラコスには1週間の護衛と道案内を依頼していた。どこまで行けるかは状況次第ではあったが、まだトウキョウとヨコハの県境を少し行ったところでしかない。ラコスほどの実力者に同行してもらえる機会は、もうないだろう。


「申し訳ありません。グーマン支部はもちろん、ヨコハ支部も、圧倒的に人が足りておらず、開戦までに時間があるとはいえ、やることは山積みでして…」


 開戦、という言葉は、非常に現実味を持った言葉だった。今まで、どこか他人事のような気がしていた現実が、目前に差し迫っていることを思い知らされる。


「実は、今回の依頼は断れ、と言われていたところを、僕のわがままで受けさせていただいたのです。ですが、先ほど、支部長から切り上げろ、という連絡を受けてしまいました」


 グーマンは、ヨコハほど大きくないとはいえ、人口2万人を超える都市だ。ギルドのグーマン支部には、F〜Cクラスの傭兵がおおよそ100人が所属している。その傭兵が戦争に持っていかれ、こぞっていなくなることで、グーマンは安全性に大きな不安を抱えることになる。そこで、グーマンを放棄し、住人はヨコハへの移動するという計画が進んでいるらしい。2万人もの人員の大移動を迅速かつ安全に行うには、ラコスの言う通り、やることは山積みだろう。


「お気になさらず。無理を言ったのはこちらですから」


 今回の探索にはかなり意気込んでおり、あまりにも早い頓挫に、内心では頭を抱えていたが、ラコスに無理を言っても、彼を困らせる以外にないのだから、仕方が無い。大人の対応を心がけたが、うまくできたかは自信はない。


「残念です。あなたほどのお方との仕事だったというのに。せめて、依頼完了まではご一緒させていただきたかった」


「本当にお気になさらないでください」


 そう何度も謝られると、「じゃあ、最後まで付き合えよ」と言いたくなるので、そろそろ引き下がって欲しかった。しかし、ラコスは無念そうにまた首を振った。


「これが最後の仕事でしたから」


 そう呟いて、押し黙るラコスに掛ける言葉は、すぐには見つからなかった。自分勝手な苛立ちを即座に放り投げてしまうほど、罪悪感に苛まれた。

 戦争に参加すれば最後、まず生き残ることはできない。そもそも、戦争に勝つなど、夢物語でしかない。人間の適応能力の賜物なのか、魔法が、魔のものだけのものではなくなり、ラナスのお上が声高に叫ぶように、確かに300年前とは状況が違う。しかし、魔人と人間の差が大きく縮まったわけではない。彼らが片手を振れば、数万単位で命が消し飛ぶのだから、戦争が始まってしまえば、人類は絶滅への一途をたどることは間違いない。魔人と相対したことがある人間なら、そう思うのは当然だった。

 重苦しい雰囲気の中、ふと、父からの連絡を思い出した。ギルド支部のほぼ全てに出されたという父のお触れの中身は、すぐに帰れ、というものだった。今思えば、戦争に参加しろ、ということだったのかもわからない。怒りに任せて反抗し続けているが、故郷の匂いが懐かしくなってしまったのは、自分でも意外だった。兄様や姉様、母様は壮健だろうか。弟のクルトは。

 しかし、思いを馳せても、私がやるべきことはあそこにはないと思い知らされる。私は、英雄でもなければ、英傑でもない。


「おっと」


 2人して物思いに耽っていたからか、接敵に気がつかなかった。剣をつかみ、顔を上げると、影は予想外に小さく、幼かった。





ギャグはありません。お色気もありません。終始シリアスの予定です。

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