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夏の白

作者: 白雪 夏

さて、少し昔の話をしてみようと思う。

お祭りなんていう賑やかな所に沈んだ心を持って一人でいると思い出す光景が一つある。

同じように、賑やかな場所とはあまりにかけ離れていて、とても孤独な情景。


それは高校二年の夏休みのことです。

私は中学の同級生に誘われて、地元の夏祭りのアルバイトを手伝うことになりました。

高校はそれほど楽しいものではありませんでした。

クラスに馴染めず、二年になってクラス替えをしてからも馴染めることはなく、学校にすら行かない日が続いていました。

色々と荒れていた時代でした。

そんな矢先にも私は懲りずに希望を持ち続け、この夏祭りのアルバイトで人生を大きく左右させるような素晴らしい出会いがあるんじゃないかと期待していました。

思い切りのなさを語るようにうっすらと何本も走るためらい傷を左腕にそなえたまま、私は夏祭りのアルバイト用の真っ赤な半袖のTシャツを自宅から着て、夏祭りの会場である地元の区民センターの広場まで足を運びました。

アルバイトは、お祭りが始まる少し前に会場についていなくてはなりませんでした。

時刻は午後三時。

それでも夏真っ盛りの八月頭です。

快晴だったこともあり、痛いほどの日差しが私の左腕を始め身体中に降り注いできました。

私は定位置につきます。

友達とは違うお店に割り当てられてしまいました。

いささか心細いような気もいたしましたが、わずかな希望がありましたので、それほど不安は大きくはなりませんでした。

時間が時間なので、まだ周りは明るかった。


そこに、一人の女学生が会場にやってきました。

粛然と、おしとやかで、浮世離れしたような女学生でした。

後ろでひとつに束ねられた長くて黒い髪は夏の強い日差しに負けず美しく輝いていて、セーラー服の紺色のスカートからは白く長い足が伸びていました。

ただひとつ、この女学生には違和感がありました。

あんまりその姿がしっくりきていて美しかったもので、しばらくは何に違和感をおぼえたのか分かりませんでした。

しばらくぼうっと眺めて気づきました。

彼女は、この暑い中、セーラー服の上から黒いセーターを着ていたのです。

そうして見惚れているうちに、気の早い客人が私の担当であるフランクフルトを買いにやってきました。

初めての客人に戸惑いながらも無事商品を渡し終えたあと、あの女学生のいたところへ視線を移しましたが、彼女はもうそこにはいませんでした。

夏祭り初日の話です。

それからは次第に混んでゆき、もとからそう広くもない会場はあっという間に人で埋め尽くされ、あの女学生のことを思い出す暇さえありませんでした。

初めてのアルバイトに疲れ果てた私は、家に帰りシャワーを浴びる元気もなく床についてしましました。


次の日、私は昼過ぎに目を覚まし、急いで支度をした後、またあの会場へと足を運びました。

夏祭りは昨日を含め三日間開催される予定でした。

私は昨日と同じように夏祭りアルバイト用の赤い半袖のTシャツを着用し、日焼けのしていない白い腕に赤いためらい傷がうっすらと浮かんでいるのをみとめたあと、会場を覗いてみました。

また、昨日と同じ女学生が、何を買うでもなく会場に佇んでいました。

黒いセーターで隠れているきっと足と同じように白く細いであろう腕を想像して、私は慕情とも嫉妬ともつかない、何とも言えぬ奇妙な気持ちでいっぱいになりました。

彼女の腕にも、私と同じようにうっすらとためらい傷のあとが残っている気がしてならなかったのです。

じっと物陰に隠れ彼女に見惚れていると、後ろから友達に背をたたかれ、そこからは彼女の記憶はありません。

二日目もきっと同じように客人の多さに圧倒され、ほんの少しためらい傷に向けられる視線を気にして、次々とフランクフルトにケチャップとマスタードをつけて、安っぽい笑顔と共に渡していたのでしょう。


はっとすると、私はまた赤い半袖のTシャツを着て、物陰から会場にあの女学生を探していました。

夏祭り最終日は、前二日よりもうんと蒸し暑く、セミの合唱がその暑さを助長させていました。

彼女の姿を探す私は汗をかいていました。

夏祭りが始まる前に会場にいる人なんて数えるほどです。

そこであのどこか魅力的な雰囲気の彼女を探すことなどとても容易いこと。

でも、どこにも、彼女の姿はありませんでした。

蒸し暑さで汗がでているのか、それとも彼女がいないことが不安でならなくて汗が出ているのか、私には分かりませんでした。

そのあとの夏祭りのアルバイトはつまらないものでした。

仕事にも割合慣れてきて、身体が反射的に動き、言葉なんかも口をついて勝手に出てきてくれるから楽でした。

ただ、その分彼女のことを考えてしまう余裕ができてしまって、私は始終うわのそらだったと思う。

夏祭りが客人に惜しまれるようにして終わり、後片付けをして三日分のお給料をまとめて茶封筒でもらった。

その時も、嬉しい、とか、疲れた、とか、そういう感情は何故だか感じられませんでした。


それから何年かが過ぎて、私は久しぶりに一人で地元の夏祭りの様子を見に来た。

始まる前のこの妙な高揚感を含んだ静けさとか、じりじりと暑い日差しなんかが、不意に彼女のことを思い出させました。


それは今日まで思い出すこともなかった、やさぐれていた時代の僅かに輝かしい思い出です。


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