勝手な将軍で困ります。
「……ああっ、んで……なんで……っ」
他の男を犯しているときにも、舞姫のことが頭から離れなくなってしまっている。
何度、空に「なんで」「どうして」と問いかけたことか。
行き場のない想いを、吐きだして放出して絡め取って、それでも吉宗はもやもやを抱えていた。
そんな吉宗を反映するかのように、立て直しかけた経済状況さえ悪化していく。
「なんで、なんでなんだよ……」
頭を抱え、吉宗は嘆いた。
しまいには、吉宗はおかしくなっていき、舞姫のせいで不幸になったとまでいいだした。
江戸の街の乱れ。舞姫による拒絶と信頼の眼差し。
何もかもに責められているように感じ、遂には塞ぎ込んでしまう。
たった一年さえも経たないうちに、吉宗は変わってしまっていたのであった。
もう八代目将軍は暴れん坊将軍ではない。
「吉宗様、元気がありませんけど、どうしたのですか?」
彼の様子を見かねてか、一人の人が問いかけた。
あんなにむちゃくちゃで優しかった吉宗がいなくなってしまう。
むちゃくちゃだけど優しかった吉宗。自分はそんな吉宗のことが、なんだかんだ好きだったのだ。
寂しくなった舞姫は、出会った頃のように問った。
「へこんでいる暇があったら、仕事をなさってはいかがです。警戒心なく相も変わらず無防備なんですから、待っている民のもとにでも行けば良いでしょう」
限りなく優しくいう舞姫。
その微笑みに吉宗が見惚れていると、そっと舞姫の方から吉宗に口づけたのだ。
触れたこともわからないほどふわりと軽く。
甘い口づけを落としたのであった。
「舞姫……。飢饉にも負けない国作り、お前も隣で支えていてくれるよな?」
「ここで否と答えたところで、あなたは私を隣にいさせるのでしょう? 自分勝手な将軍様です」
久しぶりに元気で彼ららしいやり取りを交わし、吉宗は民と会い声を聞くために歩きだした。
初めて舞姫からしてくれた、甘い口づけ。
その感触を残しておきたいから、今日は口づけるのをやめておこうか。その愛しさは止まらないから、今日は意見を聞くだけにしておこうか。
だって今の吉宗には、舞姫以外を想うことなど、できるはずがないのだから。
「お前らの意見を、俺に聞かせてはくれないだろうか」
今度は民を招くどころではない。
そうではなく、吉宗の方から街へ出向いて、実際にその様子を見ながら話を聞こうと判断したのだ。
――警戒心のなさは変わらないんだな。これじゃあ、注意をしたのは無意味だったみたいだね。
街の状態や目で見たものを伝えてくる吉宗。
それを聞きながら舞姫はそんなことを考えていた。
「でも俺、今日は一度も接吻をしていないんだぜ? お前の甘さを消したくなかったからな」
恥ずかしげもなくそんなことをいう吉宗と、恥ずかしさで顔を赤くする舞姫と。
そこにあるのは一時的な幸せ。
彼らのもとにあるのは刹那的な幸せのみ。
微笑み合う穏やかな時間が長く続きはしないようで、運命は二人に牙をむく。
それは鋭く過酷な牙を。
そんなことを知る由もない二人は、幸せは永遠だと信じきっていた。どんなことも二人なら怖くないのだと、信じきっていた。
二人の身分を忘れ――。
読んで下さっている方、応援して下さっている方、ありがとうございます。
ここまでが、プロローグのようなものになっています。
次回からはコメディーの名に恥じないように、思いきりふざけていこうと思いますので、それでも大丈夫だよ、という方は付いてきて下さい。
これからも宜しくお願い致します。




