English
まず吉宗は、慶喜と舞姫を連れて、外へと出る。
「で、どうするんだ?」
外へと出る、だけである。
コミュニケーションを取ろうと思っていたが、その方法については、何も考えていなかったらしい。
見事な吉宗のボケ顔に、舞姫は綺麗にずっこける。
これぞジャパニーズ漫画にありがちな、プロのやり取りである。
その様子に、慶喜は戸惑っていたが、合わせてずっこけてくれるのだから優しい。
「会話が必要だと思ったんだけど、考えてみれば、異国の言葉を話す相手とどう会話をするんだろう。生憎、鎖国生まれだけに、俺の英才教育にEnglishは入っていない」
困ったように頬を掻く吉宗。
それに対して、他二人はきょとんである。
「「いんぐりっしゅ?」」
異国の人種の話すその言葉を、英語であるとは、まだこの当時わかられていない。
阿蘭陀語が通じなくて、戸惑っているような時代だ。
なのにしっかりした英語発音で、Englishなどと言われてしまった、そりゃきょとんである。
そもそも、英才教育を受けたとも思えない吉宗が、どうしてという感じだ。
「Can you speak Japanese?」
頭を悩ませた後、覚悟を決めたとでもいうような表情で、吉宗は一人の亜米利加人に声を掛けた。
片仮名でなく英語表示してしまうくらい、英語発音だ。
「ハイ。ワタシ、日本語勉強してキマシタ。得意違うケド、話したいデース。ワタシ、日本大好きデス」
運が良いことに、偶然、その人は会話程度の日本語ならわかるようであった。
ほっとしたように、吉宗は笑顔を浮かべる。
「ジャパニーズサムライ! ジャパニーズニンジャ! オー、ニンジャどこいるデスか」
どうやらその人は、日本が好きすぎて黒船に乗り込んでしまったらしい。
開国を求める理由は、もっと気楽に日本を旅行したいからだとか。
「忍者は見えないものだ。今もこの場所にいるかもしれないが、我々の目から、その姿を見ることは出来ない。自分が殺されるその瞬間にだけは、光のようにだけ見えるかもな」
脅すようにして、目を逸らしつつ低い声で言う。
それを信じてしまったのか、その亜米利加人は、悲鳴をあげて飛び上がる。
顔も状況を知らずに写真だけ見てもわかるほど、驚きと恐怖を感じているように見える。
正直、オーバーリアクションだ。
「オーマイガー! 日本、ニンジャ、危ないデース」
「そうだぞ。日本は恐ろしい力を、隠し持っているのだ。知っているか? 日本には、能ある鷹は爪を隠す、という諺があるのだ。貴国の偉い人たちにも、よろしくな」
怪しく笑う吉宗に震えあがり、ぴゅーっと彼は逃げて行ってしまった。
「どうして吉宗殿は英吉利の言語がおわかりだったのでしょうか。ん? 英吉利で、合っていましたよね、先程の言葉」
後ろで吉宗の様子を見ていて、慶喜も舞姫も、驚きで固まってしまっていた。
一人で満足そうな顔をしている吉宗に、やっと声を取り戻した慶喜が、一番の謎を彼に投げ掛ける。舞姫も、説明を求めてか、うんうんと頷いている。
今度は吉宗の方がきょとんとする方であった。
しかし彼に関しては、なぜきょとんとしているのか、さっぱりわからない。
「どこ、英吉利って。そんな国は知らないし、英吉利の言語なんて俺にわかるわけなくない? さっきのは、実際に使える! 基礎英語に入っていたのを、ただ実際に使ってみただけだ。答えもYesかNoかを聞き取れれば、どちらかわかるから、簡単だろ?」
英吉利の言語なんてわかるわけがないらしい。
吉宗の発言の意味のわからなさに、二人は呆気にとられてしまっている。
実際に使える! 基礎英語という特殊アイテムを、はてこの人はどこで入手したのだろうか。
「簡単だろじゃなくて、何を仰っているのです? あの男性は日本語を話していましたから、わかりましたけれども、その前に何か」
「あれくらいもわからないのか、舞姫、たまには異国の本も読むと良い。日本語は話せますか、という意味の言葉だ。複雑な文法が使われていないから、あれくらいなら、俺だってわかるぞ?」
そんなことを言われても……、状態である。
異国の本を読むと良いとは言われても、阿蘭陀と中国以外の国は貿易を幕府が禁止して、それらの国の本を手に入れることだって容易ではない。
翻訳書もないのだから、一冊や二冊、手に入れることができたとしても、それをどういった意味なのか知ることもそうできることではないのだし。
むしろなぜ、吉宗にはそれができたのか、そちらの方が理解に苦しい。
「異国の文化を禁止なさっているのは、幕府の方ではございませんか。もう異国語を使えたことについては、ツッコみませんから、それよりも大丈夫なのでしょうか? かなり怯えていらっしゃったように見えましたけれど」
「ははっ、なんだか、暴れん坊将軍といわれる所以がわかったような気がします。どう頑張っても、わたしはあなたのようには、なれないのでしょうね」
正義感とツッコミ力の強い舞姫と、謙虚な常識人慶喜とが、それぞれの感想を述べる。
それをなぜか大笑いで流した吉宗は、急に真面目に語る。ように見せかけて、意味がわからない。
「幕府の支配体制を続けたいのに、民主主義だなんていわれたら、堪ったものじゃないよな。開国しても良いけど、討幕は止めてもらいたい。そういうわけだから、俺の出番なわけだ、イケメンパワーで人々を幕府にメロメロにしてやろう」
途中まではそれっぽいことをいっていたはずだった。
なのになぜ、実際に発生している問題への対応が、現実味を帯びない阿保満載な解答になってしまったのだろうか。
ツッコみマスター舞姫にも、ツッコむ気力は残っていなかった。
「もう、勝手になさいよ」
舞姫は、溜め息とともに吐きだした。
「代わりに、私のことは巻き込まないよう、よろしくお願い致しますね」
「Σ(゜д゜lll)ガーン」




