江戸の姿
楽しそうに、わくわくした様子で、吉宗はタイムマシーンに乗り込んだ。
訝しむような表情で不安げにしながらも、それに続いて舞姫もタイムマシーンに乗り込む。
そうして吉宗が適当なボタンを押すと、偶然そのボタンが未来へ向かうボタンで合っていたらしく、タイムマシーンは動き出したのだ。
偶然、偶然だよ?
使い方がわかりませんでした、それじゃあ、話は終わりにできないんだから、仕方がないでしょ?
「ここは……江戸、だな。未来に来れたと思うんだが、そんなに大きくは変わっているようにも見えないな」
タイムマシーンが動きを止めたので、そこから這い出てみれば、場所は変わっていないのだとすぐにわかる。
しかし少し違うところがあるとしたら、人々、なのであった。
そこにいたのは、吉宗は見たこともないような服装をした、不思議な人たちである。
背も高く顔立ちもかなり違うので、もしかしたら、人という判断を下すことすら難しいかもしれない。
「今の将軍はだれなんだろう。まずはそれを見に行こうぜ」
変わらずに立っている江戸城を目指して、舞姫の手を握った吉宗は、楽しそうに走り出したのであった。
そして当然、止められて城には入れてもらえない。
「俺は徳川吉宗だ。通せ」
そのようなことを言ったところで、入れてもらえるはずなどない。
どうしたものかと悩んでいたら、そこに救世主が現れてくれた。
「あぁ、あなたが吉宗殿でございますか。いらっしゃるとのことを、夢で見は致しましたが、まさか本当に……」
吉宗と大まかな顔立ちとしては、遠くないけれど、もう少し整った印象を受けさせるような男性であった。身長は吉宗よりも少し低く、舞姫よりは少し高いくらいで、可愛らしいという方向で整ってしまっているせいで、吉宗が持つかっこよくも可愛くもあるような、そういったところは感じさせないのであった。
男性は人の良い笑顔を浮かべ、吉宗と舞姫を、煌びやかな部屋へと案内した。
「ようこそいらっしゃいました。わたしは徳川慶喜、現将軍です。第十五代目、となりましょうか」
用意された立派な席に、自分で座るかと思いきや、慶喜を名乗る男性は、吉宗をそこへと座らせる。
そうして舞姫をその隣に行かせると、自分は家来が座るような席はと座ったのだ。
現将軍だというのに、その行動を取るということに、吉宗は少なからず驚きを覚えた。
偉そうにする節はないし、それどころか将軍らしさなんてないような吉宗だけれど、彼は決して人の下へ行こうとはしないからだ。
頭を下げることはできるし、人に笑顔で従うこともできようが、それとは別なのである。
また、慶喜の行動に何より驚いているのは、傍の従者たちであった。
将軍ともあろうものが、そのようなことをするとは、まさか思わない。
「俺は徳川吉宗、たぶん、八代目くらいだ。そして妻の舞姫」
「初めまして、舞姫と申します」
妻という言葉に顔を顰めたけれど、すぐに微笑みを作り直し、綺麗な笑顔で舞姫は挨拶をする。
「ところで、外におかしな奴らがいたようだが、あいつらは何者なんだ?」
相手も将軍だというのだから、いくら吉宗が将軍であったとしても、無礼者として追放されるレベルの態度であった。
しかし慶喜は少しも気にしていない様子である。
吉宗の言葉の意味を、考えるような素振りを暫く見せた後、何を指しているかを察したのか、笑顔で返事をする。
「遠くの国からやってきたそうでございますよ。どうやら、清よりもずっと西の方から、遥々お越し下さったようですから、追い払ってしまうのも可哀想でしょう?」
清より西という言葉に、驚いて吉宗は目を見開く。
自分が生まれるもっと前、江戸幕府ができる前までは、そちらの方から人が来ていたのだということを、情報としては知っていた。
蘭学は存在しないわけではないし、阿蘭陀人とは吉宗も会ったことがある。
しかしその程度でしかないから、慶喜の言葉に驚くのだ。
「亜米利加、英吉利などという国の方々だと聞きました。ここ数年の間に、大きく変わっていくもので、着いていけなくて困ります……。幕府ももう、終わりかな」
聞いたことのない国名を並べた後、悲しげな表情で慶喜は呟く。
日ノ本はそれだけで完成しているのであって、海の外の世界となどは、繋がることもないしその必要もない。鎖国は、野蛮人の流入を抑えるためにも、国に必要なものだったのだ。
それを強制的に開かせるような、やはり野蛮な人種の登場に、将軍様は困り果てているようであった。
「わたしでは討幕派にきっと敗れてしまう。けれど、吉宗殿がいらっしゃったのは、これより先も幕府を絶えさせるなという、神よりの暗示かもしれませんね。あなたがいらっしゃれば、負けることなどないのでしょう」
期待の籠った目を輝かせて、慶喜は吉宗に笑顔を向ける。
それは変わりたいという願いを持っているようにも見え、変わっていく恐怖に抗っているようにも見え、希望と絶望とをともに映しているように見えるのであった。
徳川慶喜という人間と、将軍という立場との間で揺れているのかもしれなかった。
「まぁな。というわけだから、舞姫、ちょっくら幕府を守るとするか。この時代の江戸に着いたのは、助けろってことだろ」
「お怪我のないようにお気を付け下さいね」
屈託のない笑顔と将軍の威厳を、オーラとして振り撒きながら、吉宗は胸を張って慶喜に答える。
「任せろ! 俺は絶対に、江戸を守ってみせる! 海外の客はもちろんもてなすが、我が国の在り方に、文句など言わせない。江戸の魅力を教えてやろうじゃないか」




