表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の声  作者: ひなた
6.未来にて
15/21

江戸の姿

 楽しそうに、わくわくした様子で、吉宗はタイムマシーンに乗り込んだ。

 訝しむような表情で不安げにしながらも、それに続いて舞姫もタイムマシーンに乗り込む。

 そうして吉宗が適当なボタンを押すと、偶然そのボタンが未来へ向かうボタンで合っていたらしく、タイムマシーンは動き出したのだ。

 偶然、偶然だよ?

 使い方がわかりませんでした、それじゃあ、話は終わりにできないんだから、仕方がないでしょ?

「ここは……江戸、だな。未来に来れたと思うんだが、そんなに大きくは変わっているようにも見えないな」

 タイムマシーンが動きを止めたので、そこから這い出てみれば、場所は変わっていないのだとすぐにわかる。

 しかし少し違うところがあるとしたら、人々、なのであった。

 そこにいたのは、吉宗は見たこともないような服装をした、不思議な人たちである。

 背も高く顔立ちもかなり違うので、もしかしたら、人という判断を下すことすら難しいかもしれない。

「今の将軍はだれなんだろう。まずはそれを見に行こうぜ」

 変わらずに立っている江戸城を目指して、舞姫の手を握った吉宗は、楽しそうに走り出したのであった。

 そして当然、止められて城には入れてもらえない。

「俺は徳川吉宗だ。通せ」

 そのようなことを言ったところで、入れてもらえるはずなどない。

 どうしたものかと悩んでいたら、そこに救世主が現れてくれた。

「あぁ、あなたが吉宗殿でございますか。いらっしゃるとのことを、夢で見は致しましたが、まさか本当に……」

 吉宗と大まかな顔立ちとしては、遠くないけれど、もう少し整った印象を受けさせるような男性であった。身長は吉宗よりも少し低く、舞姫よりは少し高いくらいで、可愛らしいという方向で整ってしまっているせいで、吉宗が持つかっこよくも可愛くもあるような、そういったところは感じさせないのであった。

 男性は人の良い笑顔を浮かべ、吉宗と舞姫を、煌びやかな部屋へと案内した。

「ようこそいらっしゃいました。わたしは徳川慶喜、現将軍です。第十五代目、となりましょうか」

 用意された立派な席に、自分で座るかと思いきや、慶喜を名乗る男性は、吉宗をそこへと座らせる。

 そうして舞姫をその隣に行かせると、自分は家来が座るような席はと座ったのだ。

 現将軍だというのに、その行動を取るということに、吉宗は少なからず驚きを覚えた。

 偉そうにする節はないし、それどころか将軍らしさなんてないような吉宗だけれど、彼は決して人の下へ行こうとはしないからだ。

 頭を下げることはできるし、人に笑顔で従うこともできようが、それとは別なのである。

 また、慶喜の行動に何より驚いているのは、傍の従者たちであった。

 将軍ともあろうものが、そのようなことをするとは、まさか思わない。

「俺は徳川吉宗、たぶん、八代目くらいだ。そして妻の舞姫」

「初めまして、舞姫と申します」

 妻という言葉に顔を顰めたけれど、すぐに微笑みを作り直し、綺麗な笑顔で舞姫は挨拶をする。

「ところで、外におかしな奴らがいたようだが、あいつらは何者なんだ?」

 相手も将軍だというのだから、いくら吉宗が将軍であったとしても、無礼者として追放されるレベルの態度であった。

 しかし慶喜は少しも気にしていない様子である。

 吉宗の言葉の意味を、考えるような素振りを暫く見せた後、何を指しているかを察したのか、笑顔で返事をする。

「遠くの国からやってきたそうでございますよ。どうやら、清よりもずっと西の方から、遥々お越し下さったようですから、追い払ってしまうのも可哀想でしょう?」

 清より西という言葉に、驚いて吉宗は目を見開く。

 自分が生まれるもっと前、江戸幕府ができる前までは、そちらの方から人が来ていたのだということを、情報としては知っていた。

 蘭学は存在しないわけではないし、阿蘭陀人とは吉宗も会ったことがある。

 しかしその程度でしかないから、慶喜の言葉に驚くのだ。

「亜米利加、英吉利などという国の方々だと聞きました。ここ数年の間に、大きく変わっていくもので、着いていけなくて困ります……。幕府ももう、終わりかな」

 聞いたことのない国名を並べた後、悲しげな表情で慶喜は呟く。

 日ノ本はそれだけで完成しているのであって、海の外の世界となどは、繋がることもないしその必要もない。鎖国は、野蛮人の流入を抑えるためにも、国に必要なものだったのだ。

 それを強制的に開かせるような、やはり野蛮な人種の登場に、将軍様は困り果てているようであった。

「わたしでは討幕派にきっと敗れてしまう。けれど、吉宗殿がいらっしゃったのは、これより先も幕府を絶えさせるなという、神よりの暗示かもしれませんね。あなたがいらっしゃれば、負けることなどないのでしょう」

 期待の籠った目を輝かせて、慶喜は吉宗に笑顔を向ける。

 それは変わりたいという願いを持っているようにも見え、変わっていく恐怖に抗っているようにも見え、希望と絶望とをともに映しているように見えるのであった。

 徳川慶喜という人間と、将軍という立場との間で揺れているのかもしれなかった。

「まぁな。というわけだから、舞姫、ちょっくら幕府を守るとするか。この時代の江戸に着いたのは、助けろってことだろ」

「お怪我のないようにお気を付け下さいね」

 屈託のない笑顔と将軍の威厳を、オーラとして振り撒きながら、吉宗は胸を張って慶喜に答える。

「任せろ! 俺は絶対に、江戸を守ってみせる! 海外の客はもちろんもてなすが、我が国の在り方に、文句など言わせない。江戸の魅力を教えてやろうじゃないか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ