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まあ、メイドですので  作者: いけがみいるか
9/25

メイドがいる朝

 その夜、夢を見た。両親の出てくる昔の頃の夢だ。

 理由はたぶん、久し振りに父さんの名前を聞いたからだろう。

 確か、これは俺が小学一年生の時にあったことだ。学校の宿題で「将来の夢」について作文を書いてこい、といったよくある日常の思い出。しかし、夢の中で夢の話とは、今思い出せばおかしな話だ。


 父さんは漁師をやっていて、母さんは結婚する前までは水族館で働いており、たまにその手伝いをしていた。その時は俺も一緒に着いていき、お気に入りの水槽の前で何時間もその水槽の中で泳ぐ魚達を眺めていたものだ。

 そういうわけか、当時の俺も海に関連する職業になりたいと思っていた。そして一番最初に思い付いたのは──


「父さん。俺、海賊になりたいっ!」


 思いっきりげんこつを食らった。すげえ痛かったのを覚えてる。涙目になりながら俺は父さんを見た。父さんは拳をプルプルと震わせながらこう言った。


「馬鹿野郎! お前も漢なら海賊王になる!! ぐらいのことを言ってみせやがれ!!」

「そ、そっか。うんわかったよ!海賊王に俺はな──」

「ならんでいい! あとあんたも余計なこと教えないで!」


 今度は母さんにド突かれた。父さんも一緒に。その後、父さんと二人で小さくなりながら正座し、母さんの説教を長々と聞かされた。作文には「父さんのような漁師。そしてお母様のような素晴らしい人間になること」と書いた。けして書かされたとか、そんなんじゃ、ない。うん……。


 こんな恥ずかしくてしょうもない思い出も、両親と過ごした数少ない大切な思い出の一つだった。

 そこで急に場面は変わり、あの日へとシフトしていく。そう。あの運命の日へと──


 でもそこで、誰かが俺を呼ぶ声がした。すると、俺の意識は(かすみ)がかかったかのようなモヤモヤとした感覚に襲われ、だんだんと意識が遠退いていった。


~~~


「海斗様。海斗様。もう朝ですよ。起きてください。朝食の準備も出来ておりますので」

「…………えと、誰、だっけ?」

「あの……。もしかしてまだ寝ぼけています? 私はセーラです。昨日から海斗様の専属のメイドになった」


 不安そうな、でも呆れも混じったかのような顔をするセーラを見て、ようやく海斗の意識は現実へと帰ってきた。そうだった。すっかり忘れていた。あまりに現実離れした出来事だったので、夢かと思ってしまっていた。

 海斗は体を起こし、テーブルを見る。そこにはごく普通の朝食が用意されていた。ご飯に味噌汁、小さな焼き魚の匂いが海斗の腹の虫を刺激する。


「ごめんセーラ。なんか寝ぼけてた。おはよう。あ、あと朝食ありがと」

「はい。おはようございます海斗様」


 海斗は笑顔のセーラを見ながら朝食を一緒に食べる。相変わらず旨い。それにこんなちゃんとした朝食自体久し振りだった。

 すぐに朝食を食べ終えた二人。セーラはそのまま食器の片付けを、海斗は学校の準備を始めた。その時海斗は自分の失態を思い出した。


「あ"っ!水着洗ってねえじゃん……」


 昨日、色々あったせいですっかり忘れてしまっていた。もちろん予備などありはしない。学校には一応洗濯機と乾燥機もあるのだが、水泳の授業は二時間目。学校で洗濯して更に乾燥させられるほどの時間もない。

 正直、なんで二日連続でプールあるんだよとは思うが、今更時間割りに文句を言ったところでどうなるものでもない。サボろうかな、なんて(よこしま)な気持ちにもなったが、そういうわけにもいかない。

 海斗の場合、一度の授業だけでなく、放課後に行われる補習もサボることになり、それはつまり単位の危機である。と、いうことは方法は一つしかなかった。


「濡れたままの水着をまた着るしかないのか……」


 昨日の気持ち悪い感触を思い出しながら憂鬱な気持ちに陥る海斗を見てセーラが不思議そうに何があったか尋ねてきたので、事情を話す。


「いや。水着洗うの忘れてたな、ってさ……」

「あぁ。それなら私、洗っておきましたよ。今外に干しています」

「……マジで?」

「はい。今日も水泳の授業があるというのは把握していましたので」


 海斗は開いた口が塞がらない気持ちだった。もちろん海斗は明日プールがあることも、自分の時間割りを見せてもいない。なのにセーラはそれらを昨日の今日で既に把握しているという。いやもしかしたらもっと前から知っていたのかはわからないが。

 でも理由を聞くと実に単純だった。ただ単に部屋の掃除をしているときに時間割りとプール開始のプリントを見付けただけらしい。

 それを聞いて少しほっとした。流石にプライベート全てを把握されているのではないらしい。


「そうか。ありがとなセーラ」

「いえ。これが私の仕事ですから」


 でも、と言うことは水着や下着も全部セーラに見られているわけだ。それを言い出したら昨日まで部屋に散らかっていた服や下着だって見られているのだから今更な感覚かもしれないが、やはり年頃の男子である海斗は同じ年頃の少女に自分の下着が見られたことが無償に恥ずかしくなってくる。


「じゃ、じゃあ俺、水着取ってくるから」

「あっ。それなら私が──」

「い、いや!大丈夫俺がやるから。なんでもかんでもやってもらっちゃ悪いしさ」

「ですが」


 尚も食い下がろうとするセーラをどうにか抑え、窓の外に干してある水着を取り込もうと窓を開ける。すると、下から声が聞こえてきた。


「あれ? カイ~。何で今日も早起きなの? まさかまた置いていこうとか考えてないよね?」

「げっ! み、瑞希……!?」


 見ればそこには瑞希が海斗の家のすぐそこまで歩いてきていた。


「どうしたのですか海斗様」


 海斗の焦ったような声を聞き、セーラが窓の方へと近付いてくる。この時、海斗の頭の中では凄まじい速度で思考を始めた。

 もし、瑞希に今のこの状況を見られたとしたら。


 今の状況、というのは。こんな朝っぱらから、狭い部屋に美少女と二人きりで、しかもその美少女はメイド服を着ている。そんな状況を何の事情も知らない瑞希が見たとすればどうなるか火を見るよりも明らかだ。


「今日から学校で俺は変態として扱われることになる……!」

「海斗様、もしやどなたかお越しなのですか?」

「い、いやいや何にもないから! 大丈夫だから」


 どうにかこちらに近付いてくるセーラを抑えていると今度は瑞希の方から話し掛けられた。


「カイ~。何喋ってんの? 部屋に誰かいるの?」

「何にもないからっ! 外で待っといて。なんなら先に行っていいから!」

「いや。行かないけど……。なんか今日おかしくない?」

「おかしくないおかしくない! よしわかった。今すぐそっち行くからそこを動くな!」

「えっ何その緊迫感ある台詞!?」


 海斗は瑞希にそう言った後、すごい勢いで着替えを終えて水着を鞄に突っ込んだ。


「そ、それじゃ行ってくる!」

「あっ、海斗様。ちょっと──」


 海斗はセーラの言葉を最後まで聞かずに家を飛び出していった。


~~~


 家を出た所で瑞希は部屋のすぐ側にまで来ていた。勢いよく扉を開けたせいで、瑞希は驚き、短い悲鳴をあげた。


「きゃっ!?、ビックリしたな~もうっ。なんなの?」

「み、瑞希!、悪い悪い。なんでもないって。ほら、早く行こうぜ」

「ちょっ、手ぇ引っ張るな~!」


 海斗は瑞希の手を引いてすぐさま家を離れる。下手にセーラが部屋から出てきたりなんかしたら面倒なことになることこの上ない。

 そのままえのき荘から数メートル離れた場所まで早歩きで来た。ここならたとえセーラが部屋から出てこようがその様子を瑞希に見られることはない。


「……ふぅ。ここまで来れば大丈夫か」

「何が? て、いうか、その。手……」


 瑞希のか細い声を聞き、ようやく我に帰る海斗。咄嗟のことで気が動転し、無理矢理瑞希の手を引っ張ってしまっていたことに気付き、すぐに手を離す。


「あっ、ごめん。痛かったか?」

「いや別にそんなことないけど……。そ、それよりどうしたのほんと。情緒不安定すぎだよ今日のカイ」


 瑞希は少し顔を赤くし、握られていた手を見つめながらも海斗の意味不明の行動について尋ねる。


「いつもならまだ寝てる時間だし、蜜柑ちゃん達にも挨拶しないで来ちゃったし、それにいつも通学中に食べるはずの朝食(パン)はどうしたの? なんか、焼き魚っぽい匂いまでするけど」


 畳み掛けるように質問を繰り出す瑞希に海斗はどう答えたらいいのか考えあぐねていた。無論、正直に言うなんて選択肢はない。言ったところで信じたりしないだろうし、折角焦ってあの場を離れた意味がない。少し考えて適当に誤魔化すことにした。


「今日はその蜜柑が朝起こしに来たんだよ。で、そのついでに朝食も作ってもらったんだ」


 咄嗟に考えた嘘にしては中々バレにくい嘘だと自画自賛した。瑞希も一瞬変な表情を浮かべたがどうやら納得してくれたようだ。


「ふ~ん。でもあんまり迷惑かけちゃ駄目だからね。蜜柑ちゃんは受験生なんだから」

「わかってるって」


 なんとか瑞希を誤魔化すことに成功した海斗は安心した。しかし、まだ危機は去っていないことに海斗は気付いていなかった。


~~~


 時は少し遡り、えのき荘二〇一号室。一人取り残されたセーラの手には布に包まれた箱があった。


「どうしましょう。このお弁当……」


 何故か、海斗はすごい勢いで家を出ていってしまったので、渡しそびれてしまった。しばらくどうするべきか考えていたが、やがて一つの結論に至った。


「そうですね。やっぱり届けに行きましょう。そうとなったら学校までの道のりを聡様に聞かないといけませんね」


 早速セーラは榎本家に向かったのであった。

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