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まあ、メイドですので  作者: いけがみいるか
4/25

白金との水泳練習

「あの、ちょっといいスか?」

「何だ? 歩きながら話せ」

「水着、濡れたままなんスけど。そんなの着たくないんですが……」

「何が問題なんだ? どうせまたプールに入るんだ。どのみち一緒だろ」

「……下着の代え、もうないんですが。このままだとノーパンで帰らなければならなくなるんですけど」

「どうせ一、二時間程度しか着ていないんだ。今着ているのと同じのを着て帰ればいいだろ。で、他になにか?」

「……いえ。もう何もないっス」


 廊下を早足で歩く棗の後ろを着いていく海斗は、何度か本日の補習を取り止めにしようと試みたが、生憎棗には確固たる意志があるようで、海斗の方が折れてしまった。

 放課後なので廊下は静かで、遠くから運動部の掛け声が聞こえてくる。普段ならこんな経験することなく、即帰宅する海斗だったが、今日はそういうわけにもいきそうになかった。



 まさか一日に二度この部屋に入るとは。そう思いながら海斗は濡れた水着を着る。

 更衣室にはもちろん、海斗一人だけだった。今日は水泳部は休みらしく、荷物も何もない。本当に一人ぼっち、プール貸しきり状態だ。まったく嬉しくない。

 ちなみに瑞希は家の手伝い、大樹も用事があるとかで既に帰宅している。


「うぇっ。気持ち悪ぃ」


 やはり濡れた水着をもう一度着るのは辛い。しかし、予備があるわけでもないので我慢するしかない。着替えを終えた海斗は重い足取りでプールに向かった。


「やっと来たか。ノロマ」


 プールには既に棗の姿があった。やはりジャージを羽織っている。でも何故か、下のズボンは履いておらず、生足だった。何だか、変な気分になってしまう。これは……下手に水着を見せられるよりも意識してしまう。


「な、棗ちゃん!? なにその格好!?」

「ちゃん付けするなと言ってるだろ。で、格好だと? ……あぁ、これは下に水着を着ているからな。もし万が一お前達が溺れるようなことになったら私が助けねばならんからな」

「な、なるほど……ん? お前、達?」


 海斗はずっとマンツーマンで指導されるものだと思っていたが、どうやら道連れがいるらしい。でも、男子更衣室には海斗以外には誰もいなかった。と、いうことは……


「……すいません。遅れました」

「ん。別に構わん。よし、揃ったな。じゃ早速始めるぞ。まずは軽く準備体操からだ」


 何で俺より遅く来たのに怒らないんだ、とか言ってやりたいことは色々あったのだが、こちらにやって来た少女を見て、口を閉ざしてしまった。

 そこにいたのは美少女だった。背は棗と同じくらい低く、スレンダーな体つきをしていてこれだけでも十分目を引くのだが、何よりもまずその白金(プラチナブロンド)の髪に目が引き付けられていた。

 こんな()がこの学校に、しかも同じ学年にいたなんて全く知らなかった。

 見ると、胸には「一年六組 九重(ここのえ)」と書かれていた。六組とは全くといっていい程接点は無いので知らなかったといっても無理はないだろう、と思う。


「おい潮凪。しっかり準備体操しろ!」

「あっ、す、すんませんっ!」


 ボ~ッと九重を見つめていたせいで体操が疎かになってしまっていた。ちゃんとしないと命に関わる。気を取り直して体操を再開しようとすると


「そんなに九重が気になるか?」

「ぶっ!?」

「……なにか?」

「いやいやいや。な、何でもないって……」


 棗に図星を突かれ、九重もこちらを向く。生足ジャージにブロンドスク水。精神衛生上大変よろしくない状況に置かれている気がする。

 海斗は即後ろを向き、そのまま体操を続けた。背後からクックッと笑う棗の声が聞こえたが無視した。


 シャワーも浴び終え、海斗と九重は二人並んで体育座りをしていた。棗は倉庫から持ってきたのか、椅子に座りながら話を始めた。


「さて。急遽、お前達に水泳の補習を言い渡し、こうして呼んだ訳だが、別にこれは強制ではない。帰りたければ今から帰っても構わない。これは所謂(いわゆる)救済措置のようなものだ

「救済措置、ですか」


 棗は一度頷いて話を続ける。


「まず潮凪。お前には昔のトラウマがあって泳ぐことが困難になっているらしいな」

「えっ……?」

「悪いとは思ったが、あの二人に少し話を聞かせてもらった。あぁ、もちろん私が無理に聞いたんだ。あいつらを悪く思うなよ」

「そ、そうすか」


 二人とはもちろん、瑞希と大樹のことだろう。別に全部話したところで怒りはしない。しかしいきなり言われたので少し動揺してしまった。


「私も二人からそこまで話を深く聞いたわけではない。こういうことは本人が話すべきだからな。だから今すぐでなくていいから、いつかは私に話せ。あとな。そういう理由があるなら、事前に少しは話をしておくべきだ。反省しろ」

「うす。すんません……」


 素直に謝る海斗。それで許したのか、棗は優しげな表情で、「次から気を付けろ」とだけ言った。


「それから九重だが、お前は今まで水泳の授業というものを受けたことがないそうだな」

「はい……」


 へぇ~、そんなこと今時あるんだな。なんてことを思った。海斗の場合、小中高全部水泳の授業があったのだが、ということは違う町から来たのか。


「基礎すら知らんとなると、流石のお前であろうといきなり泳ぐことは難しいだろう。と、いったように、お前達二人には色々と事情があるわけだ。だが、だからと言って他の生徒と同じ評価を付けるというのも無理な話だ」


 それは確かにそうだ。いくら事情があったってそれで特別扱いされて何もしないまま点数だけもらうわけにはいかないし、他の皆も納得しないだろう。


「だから、これから水泳の授業がある日の放課後にこうやって補習を受けさせることにした。これは沼田先生も承知の話だ。まあ、沼田先生は顧問の仕事があるので監督は基本私になるがな。それで、この補習に参加しておけば最低点にはならずに済むようこちらで調整しておいてやろう。と、こういったわけだが、どうするかはお前達次第だ」


 ──なるほど。確かに悪くない、というより随分とこちらのことを考えてくれている話だ。つまり、質より量みたいなものだろう。下手くそな分、長く時間をかけることによって、他の皆との差を埋めようというわけだ。それに中学の頃とは違い、ちゃんと成績を取らないと留年すら有り得るのだから、ここは勿論ご厚意に預からせてもらうことした。


「わかりました。やります!」

「私もやります……」

「よし。では早速始めるか」

「じゃよろしくな九重」

「……よろしく」


 と、いうわけで、三人だけの水泳の補習が始まった。




「あの……なんですか、これ……?」

「……恥ずかしい」

「なに贅沢言ってるんだ金槌(かなづち)共。こうでもせんと沈むだろお前達は」


 海斗と九重は腕に付けるタイプの浮き輪、アームリングを付けられていた。理由は今棗が言った通りだ。

 確かに海斗はものの数秒で溺れられる自信があるが、だからといって小さな子供しか付けないような物を付けているというのはどこかプライドが傷付く。しかし棗は聞く耳持たず、といった様子だった。

 仕方がないので我慢することにした。幸い、ここにいるのは棗と、海斗と同じようにアームリングを付けた九重だけだ。恥ずかしい気持ちもまだマシな方だ。海斗はそのままプールに入り、九重もそれに続く。

 足がつく状況で、アームリングを付けて泳いでいる様子というのはかなり滑稽だったが、本人達は至って真剣な表情をしていた。しかし、二人とも先程から殆ど前に進んでいない。ただ足をバタつかせているだけだ。

 棗は「まずは水に慣れるところから始めろ」とだけ言ってそのまま放置だ。


「はぁはぁ……。浮き輪付けてても結構しんどいな……」


 そもそもさっきから水に顔を付けずに泳いでいるので余計に疲れる。九重も海斗と同じく不格好な泳ぎ(?)を続けているだけだ。このままでは一向に泳げるようにならないと、海斗は棗に進言すると。


「それもそうだな。なら、二人で協力してやってみるか」

「協力、って。泳げない二人が協力したところで上手くいくんですか?」


 隣で話を聞いていた九重も海斗の言葉に頷いている。


「別に教え合えというわけではない。どちらかがどちらかの手を引っ張ってやるだけでいい。それだけでもなんとなく感覚は掴めるだろ」

「えっ?協力ってそういう……」

「なにか問題があるのか?」

「お、俺は良くても九重が──」

「別に構わない……」

「──だそうだが?」

「…………はい」


 い、いいのか?こんな……とはいえ、向こうからもオーケーが出てるんだし。いいんだろう。と心の中で言い訳をして、九重の手を握る。


(うわっ。やわらけ……って!変態か俺は!)

「どうかしたの?」

「うぇっ?!い、いやなにも!そ、それより、どっちが先に泳ぐ?」


 一瞬やましい気持ちになってしまい、その不意を突くように話し掛けられたせいですごいどもってしまった。海斗は九重に不審がられないように話を反らした。そんな海斗の心中を知るよしもない九重は少し考えてから自分からやる、と言った。


「じゃ、ちゃんと握ってて」

「お、おう。任せろ」


 そんな九重の言葉にドキッとしてしまい、またどもってしまう。そんな海斗はお構い無しに、九重は大きく息を吸ってから泳ぎ始めた。海斗も九重の手を握りながらゆっくりと歩き始める。


「………………」

「おぉ……。…………?」


 無駄に大きく弾ける水飛沫に気を取られていたが、海斗はすぐに異変に気付く。

 九重がさっきから息継ぎをしていなかったのだ。次第に水飛沫が弱々しくなっていき、海斗は慌てて九重を水中から引っ張りあげる。


「ぶはっ! はあはあはあ、はあ~! あ、ありがと……。助かった……」

「おいおいおい大丈夫かよ! ていうか、息継ぎも知らなかったのか!? 流石の俺でも知ってるのに!?」


 知っているだけで実践は出来ないが。陸地でなら出来るけども。


「うっ! わ、忘れてた、だけだから」

「そ、そうか。ええと、どんまい」


 恥ずかしそうに俯きながら言うものだから、どう言ったらいいのかわからず、取り合えず励ましておくことにした。

 忘れてた、か。まあ、自分も人の事は言えないな。実践で使えないんだから。と海斗は自嘲気味に笑う。

 その笑いを違う意味に捉えたのか、九重は少し膨れて、次はあなたがやって、と言った。結果は勿論、九重と大して変わらなかった。


 そのあとも、交互に泳ぎを続けたが、余り上達したとは言えそうになく、その日はこれで終了となった。



「ふぅ。まあ、今日一日で泳げるようになるとは到底思ってはいなかったが、予想以上にダメダメだったな」

「「ぐっ……」」


 棗の容赦無い言葉に海斗と九重は押し黙る。しかし、その通りなので何も言えない。何も指導してくれなかった、なんて文句が言える立場にもないので、今日は帰って枕を涙で濡らす選択しか残されていない。

 そんな落ち込む二人を見た棗はやれやれといった風に首を振る。


「だから、これからもちゃんと補習を受けることだ。今度からはもう少しマシな練習方法を考えてきてやるから」

「な、棗ちゃん……」

「ありがとうごさいます宮永先生」

「だから今度から水着や着替えはちゃんと準備して持ってきておけ」


 そう言えばそうだった。海斗はそのことを思い出し、ふと隣にいた九重に尋ねた。


「って、そういや九重はちゃんと着替え持ってるのか?」


 言ってからすぐに気付き、後悔した。これ、セクハラじゃね?と。

 海斗自身は何気なしに聞いただけで他意など微塵も無かったのだが、少なくとも男子が女子にする質問ではない。

 下手をすると明日から六組内では俺は変態として蔑まれることに。それどころか、全校に広まってしまえば、辛く悲しい高校生活が始まってしまう。

 いや高校生活自体が終わってしまう可能性すらある。そんな最悪の想像をしてしまった海斗はすぐに訂正しようとした。──が、先に九重が口を開く。


「持ってきてない。だから、着けずに帰る」

「なっ!?」

「お、おい九重。それはどうかと思うぞ……?」


 まさかの予想だにしなかった返答に海斗は顔を真っ赤にして言葉を失う。棗も頭を押さえながら苦言する。しかし、当の本人はきょとんとした顔をしているだけだった。


「別に、大丈夫。家は近いし、胸もそこまで大きくないし、下は、なんとかなる」

「ならないだろ! 絶対ならないだろ! いいか? この世の中にはな、変な奴等で溢れかえってるんだ。そんなところをそんな無防備な格好で下校してみろ!! 大変な目に会うぞ!」

「大変、って例えばどんな?」

「ちょっ!?」


 あれ?もしかして俺の方がセクハラされてね?まさか九重、天然なのか?!それとも計算して俺を辱しめてる?!等と、色々思考がおかしくなってしまっていた。どうしたらいいのかわからなくなっている海斗に棗が助け船を出してくれた。


「九重、持ってきていないなら購買で買っておくくらいのことはしておけ。仮にも女子だろう。まあ、今回はいきなり補習を決めた私にも責任があるといえばあるから、特別に買ってきてやる。だからちょっと待っていろ」

「ありがとうごさいます。宮永先生」

「あぁ。あと、潮凪。お前ちゃんと九重を見張っとけ。そのまま帰られたのでは堪らないからな」

「ええっ!? って、ということは俺の分も買ってきてくれるんです──」

「は?」

「……いえ、何でもないです」


 プールよりも冷たい目で見られ、海斗は一瞬で心を折られてしまった。

 棗がプールを出ていき、やがて沈黙が訪れた。


(うっわ、やっべぇ~。何この沈黙。きっつ!)


 基本、沈黙に慣れていない海斗にとって、今この時間が気まずくてしょうがなかった。何か話し掛けた方がいいのかどうかもわからずにおたおたしていると、意外にも九重の方から話し掛けてきた。


「さっきの話の続きなんだけど、大変なこと、ってなに?」

「今それ聞くか普通ぅぅぅっ!?」


 流れたと思っていた話題が大津波となって帰ってきたようだった。しかも今助け船を出してくれる棗はいない。慌てふためく海斗。それを見て、九重が口を押さえながら小さく震える。

 何事かと心配になって恐る恐る近付いてみると、どうやら笑っているようだった。そこでようやく、自分がからかわれていることに気が付いた。


「ちょっ、純情な男子をからかうのはやめてくれませんかっ!?」

「ふふっ。ごめんなさい。どうも、反応が面白かったから」

「はは……。いい性格してらぁ」


 しかし、不思議と悪い気はしなかった。海斗が九重に対して最初に抱いたイメージとは少し違っているが、海斗にとってこっちの方が好印象だった。


「でも、なんでそんな反応するのかはわかない。別に、問題はないはずだけど……」

「………………。いやいやいや! 問題しかないから絶対やめてくれ! 詳しく説明が聞きたいんなら棗ちゃんに頼んでくれ。いや頼んでくださいお願いします!」


 天然なのはどうやら素らしかった。



 数分後、棗が戻ってきて海斗達はそれぞれ更衣室に向かう。早々に着替えを終えて更衣室を出ると、もうすっかり夕時だった。


「……腹減ったな」

「私も……」

「うわぁっ!?い、いたのかよ。いつの間に」

「……気付いてなかったの?」


 海斗は一人言を呟いたつもりだったのだが、九重には自分に対する言葉だったと思ったらしい。にしても音もなく近くに寄ってきてるとは思ってもみなかった海斗にとって、心臓に悪いことこの上なかった。

 そのまま二人は一緒に学校前の坂道を歩いていた。この坂道の下を右に曲がって少ししたところに九重の家があるそうだ。本当に近くて確かにこれなら大丈夫なのかもしれない、なんて思ってしまう。


「そうか。じゃ、家まで送っていかなくても大丈夫そうだな」

「……えぇ。それにちゃんと着けているし」


 そういって胸を触る。自然と目がいってしまうのをどうにか押さえる。


「だからそういうのやめてくれない?」

「……冗談。そもそもブラは購買には売っていない」

「へっ? そうなの?」

「だからこっちは着けてな──」

「やめてって言ってんじゃん! ねえ!? って、それも冗談か?」

「……冗談、ではないわ」

「嘘っ!? 嘘だと言ってくれ!!」

「Lieよ」

「なんで英語!?」


 間違いなく今自分は顔を真っ赤にしているだろうと思った。幸い、夕日でそこまで目立ちはしないだろうが。

 ふと九重の顔を見ると、夕日のせいか、少し赤みがかかっているようにも見える。これなら自分も大丈夫だろう、と安心した。

 そうこうしていると坂道が終わっていた。上る時は疲れるのに、下る時は楽でいい。


「んじゃ、俺真っ直ぐだから」

「ん。そう。それじゃあさようなら」

「あぁ、これからよろしくな九重」

「……これから?」


 首を傾げる九重。


「だってそうだろ。今日見た感じ、九重も全然泳げないみたいだったし、当分一緒に補習受け続けるだろうから、補習仲間としてってことで」


 その海斗の発言にプライドが傷付いたのか、九重はそっぽを向く。


「……私はすぐに上手くなって補習なんか受けなくて済むようになるから」

「へぇ~。ふ~ん」

「……なにか?」

「いんや、別に。それじゃまた明日な」

「あっ……うん。また」


 海斗はそれだけ言い残して、走っていった。


「……また明日、か……ふふ」


 なので、九重が小さく呟いた言葉は海斗の耳には届かなかった。

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