色の無かった携帯電話
「バ~カ」
「……何? 今日は大量に喧嘩売ってくるね。喧嘩のバーゲンセールでもやってるの?」
ついさっき海斗を教室から見送った瑞希は、自分を呼び止めた大樹と向い合って座っていた。すると大樹はいきなり面と向かって喧嘩を売ってきた。
瑞希は暗い笑顔で握りこぶしをちらつかせたが、先程とは違い、大樹は即座に謝りはしなかった。
見ると大樹の目には呆れの色が浮かんでいる。そういうとき、大樹はあまりふざけたりしない。それを知っている瑞希は拳を収めた。
ちなみに久留美は昼食を終えると教室を出ていった。何でもクラスの友達と約束があるのだそうだ。
大樹にとってそれはとても都合が良かった。しばし瑞希を白い目で見つめてから大樹は徐に話し始めた。
「お前、昨日のあれはなんだ?」
「へっ? 昨日? ええ、っと。……何かあったっけ?」
瑞希は昨日のことを思い出すが、心当たりが無かった。
「海斗との商店街デート(笑)だよ」
「んなっ!? なにっ!? ダイちゃん尾行してたの!?」
机をバンッと叩いて立ち上がる瑞希を見上げながら大樹は、お前も昨日覗き見してただろ、と悪びれる様子もなく白状する。
それを言われると何も言い返せない瑞希はぐぬぬ、と唸りながらおとなしく椅子に座り直す。
「それで、何がそんなに気に入らないのさ……?」
瑞希は口を尖らせ、視線を逸らしながら文句を言うように問うた。
「お前はせっかくのチャンスを棒に振ったんだぞ? 少しは落ち込め。女子力が息してないぞ」
「息はしてるよ! ただ、虫の息だけど……」
死にかけじゃねえかよ……。と大樹は苦笑する。はあ、とダメダメな幼馴染みを見て溜め息を吐く大樹。
「お前の場合、海斗と付き合いが長い分、今更デートだのという感覚になるのが難しいのかもしれないが、もたもたしてると横からかっさらわれるぞ」
「ぐっ……!」
その言葉を聞き、瑞希は机に突っ伏しながら呻き声をあげる。
「失敗は成功の母、とは言うが、母もいつまでも同じ失敗をするとさすがに怒るぞ。次はちゃんとデート(笑)からデート(仮)くらいにはなるように努力しろ」
「そのかっこ何とか、って何なのさ……。ガールフレンドなの? 課金しないとレアが当たらないの? 課金したら女子力あがんの?」
と、瑞希はぶつぶつとどうでもいいことを呟く。 だが、大樹の言葉は確かに正論であり、耳が痛い話であった。
瑞希は、今ごろ栞と会っているであろう海斗を思い、再び机に突っ伏した。
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「……待たせたわね」
「いや、別に。というか、携帯を携帯してないのかよ」
「ほとんど、使わないから」
だから鞄の奥にしまっている、と続ける栞の言葉に何だか少し目頭が熱くなる。
海斗はその感情を飲み込み頭を軽く振る。栞の携帯はガラケーで、女の子の持つ物にしてはシンプル過ぎで、キーホルダーの一つも付いていなかった。
「じゃ、アドレス交換しようぜ。俺が打ち込むからアドレス出してくれ」
「え、えぇ……。少し待って」
栞は少し戸惑いながら拙い手付きで携帯を操作する。
本当に使いなれていないのだろう。わざわざ左手で携帯を持ち、右の人差し指で一つ一つボタンを押している。
「……出来たか?」
返事は返ってこなかった。かなり集中しているようだ。
海斗はもうしばらく待つことにした。
「…………やってもらっていいかしら」
「駄目だったか……」
薄々そんな感じはしていた。しかし、女の子の携帯の中身を男である自分が見ていいものだろうか、と悩む海斗だった。
ここに瑞希がいてくれたらどれだけ良かっただろうと思うが、無いものねだりをしても仕方ないので、一言詫びてから携帯を受けとる。
待受画面はおそらく初期状態のもののままであり、汚れや傷も見当たらない。
何だか新品の携帯をさわっているようだったが、アドレス帳を開くと数件だけアドレスが入っていた。
母、父、姉、柳さん、河野さん、の五件だ。
姉がいたということと、柳と河野という名前の人物に少しだけ興味が沸いたが、尋ねるのも躊躇われたので、海斗は大人しく栞のアドレスを調べる。
その様子を栞がこっそり覗き見て来るので少し気恥ずかしくもなったが、なるべく気にしないように携帯に集中する。
出てきたアドレスもシンプルそのもので、ローマ字で書かれた名前の後ろに四桁の数字があるだけだった。
こういうところに使われる四桁の数字は誕生日の日付であることが多い。一応、覚えておこうと海斗はその数字を心に刻んだ。
「これで、よし。じゃ、メール送るから登録、は出来るか?」
「……できんる」
「ん? どっちだそれは?」
たぶん出来ないんだろうな、と思った海斗は自分で自分のアドレスを栞の携帯に登録させた。
「ほら、出来たぞ。メールのやりとりは出来るか? あと、ついでだから電話番号も登録しておいたから。メールが無理なら電話してくれ」
海斗は、栞はもしかしたらメールも苦手なのかもしれないと思ったので、電話番号も登録しておいたのだ。
流石に電話なら掛けるのも、掛かってきても通話ボタンを押すだけで出来るのだから栞にだって使えるはずだと思ったからだ。
「ありがとう。ごめんなさい、私こういうのに疎くて」
「いいよ。大した手間でもなかったし。でも、栞も結構苦手なことあるんだな」
「……意地でも操作を覚えるわ」
「いや、そんなムキにならんでも……」
からかわれたのが栞のプライドに触ったのか、目の奥に静かに、しかし、メラメラと炎が灯る。
このままだとあの分厚い説明書を熟読しそうな勢いである。
しかもそれを平然とやってのけるのだろうことは想像に難くない。
そうこうしていると昼休み終了のチャイムが鳴った。
「おっと。もう時間だな。じゃ、俺は戻るわ。また放課後な」
「ええ」
海斗は手を上げ挨拶をし、自分の教室へと戻っていった。
栞はその後ろを姿を少し眺めてから教室へと戻る。
教室に入った瞬間に多くの視線を感じた気がしたが、それは大抵いつものことでもあり、あまり気にすることもなく自分の席に着く。
教師が来るまでまだ時間がある。栞は閉じられた自分の携帯を開く。
面白味もない待受画面に、傷一つない液晶やボタン。そのボタンの一つを押し、アドレス帳を開く。
流石に栞でもアドレス帳を開き、電話を掛けることくらいは出来る。自分のアドレスの出し方は知らなかったが。
それとメールは、少し不安が残るが、やり方は聞いているし出来ないこともない。ただ、メールしたことがないだけである。
そして、スクロールすることもなく、登録されている全ての名前が確認できるアドレス帳に書かれた名前を上から順に見る。
母、父、姉、柳さん、河野さん。そして新しく登録された名前を見る。
潮凪海斗。
工夫も何もないたった四文字の名前。だが、栞はその文字をいとおしげになぞる。この携帯にはじめて登録された、はじめての友達の名前。
栞は今までこの携帯が嫌いだった。
白いフォルムに面白味のない待受画面。五件しかないアドレス帳。主に姉と河野の二人だけで埋まっている着信履歴。写真ボックスやメールボックスなどは、それこそ空っぽだった。
だけど今日、はじめてのメールが届いた。
そのはじめてのメールが海斗のアドレスが書かれたメール。
そしてそのアドレスの下に一文、こう綴られていた。
「これからもよろしくな」
海斗にとっては何気なく書き入れた言葉。世間一般では定型文と呼ばれるその一言が、栞にとってはとても嬉しい言葉だった。
今まで色の無い無味乾燥とした携帯に、はじめて鮮やかな色が足されたような気がして、今まで嫌いだった携帯が、今ではとても大切なものとなっていた。
栞は取り合えず、メールだけでもちゃんと出来るようになろう、と密かに決心したのであった。
その時、普段は表情を表に出さない栞が、かすかに笑った。その笑顔を見た六組のクラスメイトの男子が一気に撃沈したが、それはまた別の話。
そして、海斗がゾクッ、と背筋に何か冷たいものが走ったような感覚に襲われたのも、また別の話である。




