いつもと違う昼休み
──海斗はまた、昔の頃の夢を見ていた。
夢の中の海斗は今よりもかなり幼く、一人で海岸で遊んでいた。
それはつまり、まだ両親が生きていた時の記憶を元にした夢であるという何よりの証拠でもあった。
しかし、今見ているその記憶に海斗は妙な違和感を感じた。
海斗は昔から一人で遊ぶような性格はしていない。いつも必ず瑞希か大樹の片方か、もしくは両方が一緒にいたはずだ。
しかし、夢の中の海斗は広い海岸に一人ぼっちだった。
にも関わらず夢の中の海斗は、勝手に一人で笑い出し、一人なのに誰かに向かって話しかけているようだった。
しかし、もちろんこれは夢であり、記憶と違っている部分があったとして何ら不思議なことはない。所詮はただの夢なのだから。
でも海斗ははっきりと感じた。何かが足りない。何かが確実に欠落していると。
記憶力の乏しい海斗にしては珍しく、自信のあるその確信に、だが、ついぞその真相に迫ることは出来なかった。
何故かと言うと、海斗の現実の体に誰かが触れたからである。
そして海斗の体が激しく揺らされ、海斗は無理矢理意識を覚醒させられていき、目を覚ました時には夢を見ていたということすら綺麗サッパリ忘れていた。
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「あっ、やっと起きた。カイ、早くご飯食べよ?」
「ん。もう昼か……くぁ……」
海斗は体を伸ばしながら大きなあくびをする。
時計を見るともう既に昼休みになっていた。
──昨日、あれから海斗が家に帰るとセーラが玄関先で土下座していた。
海斗は驚き、何故土下座してるのかと問うと、主人を置いて先に帰宅してしまったことを悔いているらしかった。
海斗はそんなことか、と笑い、すぐに許したのだが、セーラはそれでは自分の気が収まりませんと半分泣きそうな声で言うので仕方なく海斗は「明日の放課後、ちょっと付き合ってくれ」と頼んだ。
それは例の皆で遊びに行くお誘いである。その旨を伝えると律儀なセーラは、それでは罰になってないなどと言ってきたが、海斗は無理矢理押し通し、珍しく今回はセーラが折れたのだった。
そして、本日は瑞希から弁当を受け取り、いつものように机を合わせる。
だが、いつもと違うところが一つあった。
「あれ? 大樹君のお弁当って瑞希ちゃんと潮凪君と一緒なんだね」
「あぁ、そうだな」
「ん? 俺だけ苗字じゃなかった? 俺だけなんか距離無かった?」
海斗の困惑しながら尋ねたが聞き流され、久留美はう~ん、と頭を悩ませていた。
昨日友達になった森塚久留美は昼休みになって数十秒後には二組のクラスに入ってきて大樹に昼食を一緒に食べようと訪ねて来たのである。そして、当の大樹は苦笑しながら了承した。
ただ、いつも通り海斗と瑞希も一緒にだがな、と付け加えた。久留美もそれは全く構わないのか嬉しそうに頷いた。
その光景を海斗は寝ていて見ていなかったが、こうなるだろうことは予想できた。なんせ、休み時間になるたびに大樹に会いに来るのだから昼休みも絶対来るんだろうなと思っていたからだ。
だからクラスメイト達も初めは冷やかしたり騒ぎ立てたりしていたが、今では「あぁ、やっぱり来たんだ」みたいな雰囲気になっている。順応性の高いクラスメイトだ。いや、むしろ久留美の順応性が高いのかもしれない。
海斗が一人、そんな思考に耽っていると、久留美が何かを思い付いたように手を叩く。
「わかった! どこかでお弁当セールとかやってたんだね。だから皆のお弁当の中身が一緒なんだ」
それならわざわざ容器に移し変える必要はないだろ、と海斗は内心でツッコむ。
だが久留美は、どう? 当たってる? と目で聞いてくるので、大樹は笑いを堪えながら答える。
「そ、そうだな。正解だ。この弁当はセール品だ。てか、セールでもやってないと売れない」
「……ダイちゃん。それは私に対する宣戦布告と受け取っていいのかな?」
ゴゴゴゴゴッ、という効果音が似合いそうな黒い笑みを浮かべる瑞希。隣に座っている無関係な海斗すらその謎のオーラのようなものを受けて肩を小さく震わせる。
「え? これ、瑞希ちゃんが作ってるの? 何で?」
しかし空気の読めない久留美の質問に、今回ばかりは救われた。
瑞希は怒りを収め、自分が喫茶店の娘であることと、その料理の実験台になってもらっていることを伝えると、久留美はキラキラと目を光らせた。
「すご~い。喫茶店の娘ってことは、瑞希ちゃんは看板娘ってことだね。なんかそういうの憧れるなぁ~」
「いやぁ。そんな大したことはないんだけどね」
「そうだな。お前の親父さんならともかく、お前は大したことないもんな」
「よし。ダイちゃん。その喧嘩買ってあげよう! 取り合えずは弁当を返せ!」
「やめろよ!!」
「何でここまで人のことをディスっといてそこで全力拒否できるかなっ!?」
ギャイギャイと喧しくする二人を眺めながら久留美は小声で「羨ましい……」と呟いた。その声は対面に座る静かに弁当を食べていた海斗の耳にだけ届いていた。
「ふんだ! もうダイちゃんにはお弁当作ってきてやんないからっ」
「悪かったって。俺の食費のために機嫌治してくれ」
「そんなんで治るわけねえだろ……馬鹿だろお前」
流石の瑞希も完全にへそを曲げ、プイッとそっぽ向く。
海斗は呆れながら大樹にツッコミを入れる。すると海斗の正面にいる久留美が手を挙げる。
「じゃあじゃあ、これから私が作ってくるよお弁当!」
「え? あぁ、いや。そんなのわりぃよ。手間も金もかかるし。でも気持ちだけは受け取らせてもらうわ。ありがとな」
「……ねえ、ちょっと待って? 今のその言い方だと私相手なら悪いとすら思ってないってこと?」
「何言ってんだよ。俺とお前の仲だろ」
「それ、どっちかと言うと私の台詞だよねっ!? 」
まるで漫才を見ているかのような気持ちになりながら海斗は一人、黙々と弁当を食べる。
別にこれくらいの言い争いはいつものことなので気にしていないという理由もあるが、昼休み中に栞に連絡先を聞き、人数が増えたことを伝えに行かなければならないので、少しだけ急いでいるのであった。
「ねえ。カイも何か言ってやってよ」
そんな理由があって食事に集中していた海斗に、瑞希が話を振ってきたので、海斗は口にある食べ物を飲み込んでから口を開く。
「うん。いつも通り、普通でシンプルな味付けだな」
「味の感想を求めたわけじゃないよ! 流れを見てわかるでしょ普通!」
瑞希一人ツッコみ続けてわずかに息を切らしていた。
「はぁ、はぁ……。取り合えず、ダイちゃんは明日から弁当抜きは決定しました」
「……土下座したら許してくれるか?」
「プライド無さすぎだろお前……」
至極真面目な表情になって情けないことを言う大樹に、再び呆れ果てる海斗と瑞希だった。
「だから私が作ってくるってばぁ~」
大樹に丁重に断られた久留美は手をブンブン振りながら抗議するが、大樹はやはり丁重に断るのであった。
こんな奴のどこに惚れたのか、久留美には一度じっくり話を聞かせて貰いたい、と海斗は思うのであった。
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海斗は昼食を早めに食べ終えて、一人で六組の教室前に来ていた。
実の所、瑞希も一緒に来たがったのだが、大樹に呼び止められ、しぶしぶ引き下がっていた。何か話でもあるのだろうと海斗は気にせず一人で向かったのだった。
しかし、実際になって誰かに着いてきて貰いたかったとも思った。
まず海斗は六組とは全くと言っていいほど関わったことがない。
体育で一緒になるわけでもなく、部活に入っているわけでもないから部員仲間がいるわけでもない。中学の知り合いすらいない。
そんな誰一人として知り合いがいない教室に入って、絶対にモテているはずの栞に話し掛けるなど、無謀だ。
海斗は教室前で深呼吸を繰り返す。廊下を行く人は訝しげな目で海斗を見たが、気にしている余裕すらない。
そして、意を決して扉に手をかけた。
「……何してるの?」
「うおわぁっ!?」
海斗は背後から急に話し掛けられ、オーバーリアクションで振り返る。
そこにはプラチナブロンドを三つ編みにして、手には小さな弁当箱を持った美少女がいた。
その綺麗な髪を見て海斗はすぐに栞だと気付いたが、海斗はプールで髪を下ろした栞しか知らなかったので、その三つ編みは少し新鮮に感じた。
「……背後に立たないでくれないか、って頼んだはずなんだけど」
「それは、そうね。でも、私もこう言ったわ。無理だった、って」
不毛なやり取りをして少し落ち着いたのか、海斗は胸を撫で下ろし、ここに来た目的を思い出す。
「今日、ちゃんと予定空けてるか?」
「ええ。一応は」
「なら良かった。でさ、あと二人ほど増えることになったんだけど、いいか?」
「……別に、構わないわ。私が文句を言える立場ではないのだし」
「あぁ~。別にそういうわけじゃ……。も、もしかして迷惑だったか?」
少し不安になりながら栞に問いかけるが、栞はゆっくり首を横に振る。
「いいえ。私はあまり遊びに誘われるようなことは無かったし、嬉しいと思ってるわ」
「そ、そうか。それなら良かった」
海斗は安堵の息を漏らし、もう一つの用件を伝える。
「それとさ。携帯のアドレス教えてくれないか? 連絡取れないと何かと不便だしさ」
「あどれす……? あぁ、あれね」
何だかあまり聞きなれない言葉を聞いたような顔をする栞は、海斗に少し待っててもらうように頼んで自分の教室へ入る。
海斗は一緒に教室に入るほどの勇気は出なかった。どんな目で見られるかわかったものではないからだ。
だが、海斗は知らない。六組の教室前で栞と話している姿を六組の教室の中にいる生徒達に見られているということを。
割とあからさまに窓のすき間から見られていたのだが、海斗は後ろを向いていたせいか毛ほども気付かなかった。
そもそも六組の前で話をすれば二人が知り合いであることがバレるのは火を見るよりも明らかなのだが、しかし知らぬが仏、とも言うので、海斗にとってこれはこれで良かったのかもしれない。
ただ、妬み嫉みの恨み言がどこからともなく聞こえた気がして背筋にヒヤッとしたものが流れたが、大した問題でもないだろう。




