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まあ、メイドですので  作者: いけがみいるか
22/25

月が照らす帰り道

「うぷっ。腹一杯だ……当分甘いものは食いたくねえ……」

「でも、どれも美味しかったです」

「まあ……腕は確かだからな。あの人。瑞希に遺伝はしなかったみたいだけど」


 海斗はセーラと共にえのき荘への帰り道をやや膨れた腹をさすりながら歩いていた。


 剛は瑞希の部屋に泊まっていけよ、等と言っていたが、その瑞希に思いっきり怒られ、海斗自身も明日も学校があると言って遠慮した。


 海斗は砂城家の皆にはとても感謝している。海斗の両親が亡くなった時に、本当に世話になった。

 海斗は榎本家と同じくらいに砂城家も自分の家族のように感じていた。

 だから孤独を感じたのは両親と死別してから最初の辺りだけで、それからは親友大樹を含め、沢山の者に支えられながら生きてこられた。


「海斗様の周りにいる人は本当に良い人達ばかりですね」

「ん……。まあ、そうだな。俺には勿体ないくらいだ」


 口に出すと少々照れ臭くなる海斗だったが、それは紛れもない本音であった。


「海斗様には、素晴らしい家族がいたんですね。とても、羨ましいです」

「ん? セーラだって家族くらいいるだろ?」


 海斗はそこまで言ってハッと気付く。もしかしたら自分と同じで両親を亡くしているのかもしれないと。

 その海斗の焦った顔を見たセーラは海斗の勘違いに気付き、苦笑しながら否定する。


「違いますよ。私の家族はちゃんと今も生きてます」

「そ、そうなのか……。よかった~。すげえ悪いこと聞いちまったかと──」

「ただ、私、家から勘当されているので家族と呼んでいいのかわかりませんが」


 海斗は違う意味で気まずくなった。まさかそんな事情があったとは。海斗は自分はセーラのことを何も知らないんだなと思い知らされる。


「勘当、って。何を──あぁ、いや。言いたくなければ」

「あぁ、いえ。大丈夫ですお話します。と、言ってもただ単に私が家の『しきたり』を守らなかったから、という理由なんです。そんなことがあって家を追い出されて途方に暮れていた所を拾ってくださったのが、潮凪の家だったんです」

「そう、だったのか……」


 海斗はセーラの言う家の『しきたり』というものが少し気になった。

 しきたりなんて、まるで金持ちの家みたいだからだ。金持ちなんて今まで全く関係のない、別次元の話だと思っていた海斗だが、今や自分もその異次元の存在の候補になっているのだから気にもなる。

 だが、勘当されている、ということは家族仲は良くないのだろうし、あまり話したくないことだろうと思い、それ以上深く聞くことはやめておいた。


「だから、私は海斗様が羨ましいです。血の繋がりよりもずっと強い繋がりがある海斗様が」

「は? 何言ってんだよ。セーラももう俺の家族だぞ?」

「え?」


 まるで考えてもいなかった発想にセーラは呆けてしまう。海斗は溜め息を吐く。


「おいおい。何だよその顔は。だってセーラは今俺の家で一緒に住んでるんだぞ。家族も同然だろ」

「い、いえ。あれは住み込みで働いているというだけで家族というわけでは」

「家族だよ。俺にとっては。異論は認めん。セーラは俺の家族だ。わかったか?」


 有無を言わせない海斗の言葉を、セーラは嬉しく思うのと同時に、一瞬だけ何故か悲しそうな瞳をしてからすぐに笑顔になった。


「はい。ありがとうございます。海斗様」

「あ、あぁ。あと家族なんだから、様は付けなくても」

「いえ。けじめはしっかりと付けなくてはいけません。私はあくまで貴方様のメイドですので」

「ん~。ま、いいよそれで」


 やはりここは譲らなかったか、と海斗は残念に思ったが、これがセーラの個性なのだと受け入れることにした。


「それでさ。潮凪の家に拾われて、それからはずっとメイドをやってるのか?」

「はい。今では海斗様の専属メイドですが、お屋敷にいた時はメイド長もやっていました」

「えっ? すげえっ!」


 だが、納得出来る話である。方向音痴なところを除けば今のところセーラに欠点らしい欠点は見当たらない。それに方向音痴なんて可愛らしいものである。


 海斗は尊敬の眼差しでセーラを見る。セーラは照れ臭そうに謙遜していた。


 そんな海斗達の側に近寄ってくる一つの黒い影があった。


 ──チリンッ


「ん? 何の音──」

「ひゃあっ!?」

「ど、どした!?」


 小さい何かの音が聞こえたと思ったら、その直後にセーラが短い悲鳴を上げた。

 驚いた海斗がセーラの方を振り返ると、そこには──


「…………ねこ?」

「や、ちょ、まっ、か、海斗、様っ! たっ、たすけっ!」


 かなりテンパっているのか、言葉にならない言葉を振り絞りながら涙目で海斗に助けを求めていた。

 と、言ってもセーラの足元に黒猫が一匹すりよっているだけなのだが、本人は至極真面目に困っていた。考えられる理由は一つだけだ。


「え……? まさかセーラ。ねこが苦手なのか?」

「ひゃ、はいぃ……。あっ、やめっ!」


 セーラは完全に固まってしまっている。しかし、猫が苦手とは意外過ぎる、と海斗は内心驚きながらセーラの足元にいた猫を抱き上げる。


「よっ、と。ほら、大丈夫だ」

「はぁ、はぁ、はぁ。あ、ありがとうございます。すみません、ご主人様にお手間を取らせるような真似をして」

「気にするなって。苦手なものは誰にでもあるって。あと、ご主人様じゃなくて海斗な」


 相当怖いのか、セーラは息を乱しながら礼を言う。海斗も大したことはないと返し、猫を見る。首輪が付いているので飼い猫のようだ。人懐っこい理由がわかった。


 海斗はセーラから離れた場所にその猫を下ろしてやる。するとそのままどこかへと走っていった。おそらく家に帰ったのだろう。

 海斗は猫の姿が見えなくなってからセーラの元まで戻る。そのセーラは何故か落ち込んでいた。


「まさか……一日に二度も猫に襲われるとは思ってませんでした。今日は厄日なんでしょうか」

「二度も……? あぁ、そういや、そんなこと言ってたな」


 確かセーラは今日、迷子になっていたところを猫と鳥に襲われたと言っていたのを思い出す。


 その光景を想像し、海斗は悪いとは思いながらも少し笑ってしまう。

 か~っ、と顔を赤くするセーラは必死に言い訳を始めた。


「わ、私は猫や鳥は苦手でも犬は好きなんですよっ!?」


 言い訳にもなっていなかった。それどころかその宣言自体よく意味がわからなかった。


「あははっ! 今それ特に関係ないって」

「あっ……。う、うぅ……」


 自分の今の台詞を思い返し、意味もなく、適当に発してしまったということに気付きうつむいてしまう。


 その姿はついさっきまで抱いていたセーラのイメージとはかなり変わっていたが、親しみやすくてとても心地よかった。


「いいじゃん。猫苦手でも。そういうとこも可愛いって」

「か、かわっ!? はわぁっ!?」


 海斗は笑いながら落ち込んでいて項垂れていたセーラの頭を撫でる。

 するとセーラは飛び跳ねるように起き上がり、三歩後ずさる。


「わ、わたし、別に、可愛いなんて。そんなことないですよ」

「そうか? 自信持っていいと思うけどな」


 海斗は素直な心を口にする。それを聞き、セーラはさっきより更に顔を赤くする。


「わ、私っ! 先に帰って明日の準備をしてきますっ!!」

「あっ、セーラ。ちょっと、待っ……」


 セーラは海斗の制止の言葉を聞かず、パタパタと駆けていった。


「明日のこと、言いそびれたな」


 海斗はそう思いながら、明日の朝にでも伝えることにしようと決めて、セーラが去っていった方角、つまりは自分の家であるえのき荘に向かって歩き出した。


 つい先程の、セーラが一瞬だけした悲しそうな表情を思い出しながら。


~~~


 えのき荘二〇一号室に戻ったセーラは一人、頭を抱えていた。


 何せ、主人を一人夜道に残してきてしまったのだから。テンパっていたとはいえ、メイドとしてあるまじき行為である。


「あぁぁぁ。私はなんてことを……。メイド失格です……」


 一人、部屋の明かりも付けずに小さくなりながら頭を抱えていたが、その頭をさっき海斗が撫でていた、ということを思いだし、顔が熱くなる。


 今日は本当に駄目だ。とセーラは今日一日を振り返る。

 道には迷うわ、猫や鳥に追い掛け回されるわ、海斗や瑞希に気を使わせてしまうわ、猫に襲われるわ、海斗を置いて一人で帰ってきてしまうわ。

 自責の念に押し潰されそうになりながらも、セーラは自分の頭を撫でる。先程、海斗が撫でてくれたように。


「海斗様の手、大きかったですね……」


 ハッと今の言葉を無意識で口に出したことを恥ずかしがりながら、目を閉じる。


 自分は何のためにここに来たのか。セーラはそれを思い出す。

 セーラは潮凪の家に海斗の世話係として任命された、と説明していたが、事実は少しだけ違っていた。セーラは自らの意志で海斗の世話係に志願したのだ。

 理由は二つ。昔に受けた恩を返すために。そして、決して償いきれない罪をわずかでも拭うために。


「海斗様……」


 セーラのその声はどこか沈んでいて、部屋も薄暗かったせいか、まるで暗い深海に沈んでいるかのようだった。

 そしてセーラの悲しげな瞳は月の光に照らされている仏壇に飾られた、二枚の写真に向けられていた。

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