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まあ、メイドですので  作者: いけがみいるか
17/25

アイスと風呂と妄想と

「ふぅ……」


 瑞希は部屋のベッドに寝転びながら携帯を軽く放る。

 海斗とのメールのやりとりの結果、明日から三日は自分が弁当を作ることに決まった。

 そのあと軽く雑談メールをして終了したが、その間も意識はどこか別の場所にあった。


 今日は本当に色々とあった、と瑞希は今日のことを思い返す。

 突然セーラという海斗専属を名乗る美少女メイドが登場したことから始まり、自分を遥かに上回る絶品料理が詰め込まれた弁当に膝を屈し、海斗の置かれた状況に混乱しつつ、それでもようやく立ち上がったというところに今度は九重栞という、これまたインパクト大の美少女の不意打ちを受け、瑞希は既に精神的に満身創痍だった。


 救いと言えば、こちらには頼もしい親友がいるということ。明日海斗と出掛ける約束を取り付けたこと。そして、今海斗に弁当を作ってあげられる日を三日とはいえ確保できたことだった。


 瑞希は気分を変えるために風呂に向かった。その時、ふとよからぬ想像をしてしまった。

 瑞希は年相応に少女漫画を愛読している。しかし海斗や大樹には似合わない、なんてよく言ってからかわれる。瑞希はそのたびにしばいていたので、最近はあまり言わなくなった。

 と、それよりもだ。その少女漫画でもメイドという役職の人達が出てくるものも多くある。

 主人公自身がメイドになったり、主人公の恋する相手のお金持ち美男子にいる側付きのメイドだったり、種類は様々だが、どのメイドもご主人様に「ご奉仕」するのは変わらない。

 ご奉仕、と一言で言っても色々ある。朝、起こしに来る。着替えを手伝う。料理を作る。家事全般をこなす。エトセトラ。

 そして、ご主人様の命令は『絶対』であるということ。

 この命令というものに瑞希は逞しい妄想力を爆発させた。


「ま、まさかカイッ!? あのセーラって子に、変なこと命令してないよねっ!?」


 瑞希の頭の中では、とても表現しきれないほどピンクな妄想が浮かび上がっていたが、ふと視界に机に立て掛けてある写真立てが映る。


 海斗と瑞希と大樹の三人で入学式に撮った写真。無駄に変なポーズを取って何枚も写真を撮っていたから周囲から軽く笑われたことを思い出す。

 そして瑞希は冷静に戻った。あの海斗が、自分のよく知るあの幼馴染みが、人の気持ちを蔑ろにして、無理矢理変な命令をするはずがないことを思い出したからだ。


「一人で何考えてんだか。はずかし」


 気を取り直して瑞希は着替えを持って風呂に向かった。


~~~


 海斗は夕食のために榎本家を訪れた。その前に少しコンビニに寄り道をしていた。理由は一つ。


「なぁひまわり。チョコやるから機嫌治してくれ。な?」


 ひまわりを買収、もとい機嫌を治してもらうためだった。 しかし、肝心のひまわりはそっぽを向いたままだった。


「ひまわりはお姉さんだから、チョコなんかじゃ許してあげない」


 お姉さんはこんなことでいちいちへそ曲げたりしない。とは思っても口には出さない。余計に面倒になるだけだ。


 しかし、海斗はひまわりのことをよく知っている。海斗はコンビニの袋から例のブツを取り出した。


「じゃ~ん。チョコアイスだ」

「仕方ないから許してあげるっ。ありがとおにいちゃん」


 ひまわりはチョコが好きだ。そしてアイスも好きだ。故にチョコアイスは最強だった。


「カイ兄。その「計画通り!」みたいなゲスイ顔しないでよ。ていうかうちの妹、チョコアイスで買収されちゃったよ。安すぎだよひまわり……」


 その近くでは蜜柑が頭を抱えていた。海斗はゲスイ顔を爽やかフェイスに変え、再び袋を探りあるものを取り出す。


「蜜柑には抹茶アイス買ってきたぞ」

「ありがとう! それ私がすごい好きなやつ!」


 海斗は思った。お前も大概安いじゃないかと。俺の周りには安い女しかいないのかと。


 海斗はアイスを冷凍庫に入れにキッチンへ向かった。そこで、料理を作るセーラに会った。


「あっ、海斗様。お帰りなさいませ」

「ただいま。そうだ。これ、セーラの分のアイスな」


 海斗はそう言ってアイスを取り出す。セーラがどんなアイスが好きかわからなかったので、当たり障りのないであろうバニラのアイスを選んだ。


「えっ?! そ、そんな、わざわざ私の分まで?」

「気にしない気にしない。弁当のお礼とでも思ってくれ」


 あわあわと慌てるセーラに気を使わせないように海斗は手を振り落ち着かせる。

 海斗はアイスを冷凍庫に入れ居間に戻った。セーラは一人、その場に立ち尽くしていた。


 居間ではまだ聡が夢の中にいた。海斗は極力音を立てないようにそっと座る。


「おきろ~!」

「おぶっ!?」


 その海斗の気遣いをひまわりは台無しにした。

 ついさっきひまわりの八つ当たりで起こされた聡は、次はチョコアイスにテンションが上がったひまわりに無理矢理起こされた。


「うぅ、ひまわりぃ……もう少し寝かせてよぉ」

「ふっふ~。だめぇ~」

「なんだか機嫌がいいね……うっ、重い……」


 ひまわりは聡の腹の上に乗りながら手足をバタバタさせていた。

 どれだけチョコアイスが嬉しかったのだろうか。ここまで喜ばれると買ってきた甲斐があるが、聡には少し申し訳ない気持ちにもなった海斗だった。


~~~


「ごちそうさまっ」


 セーラの料理を食べ終えたひまわりは、飛び付くように冷凍庫に向かう。


「慌てなくてもアイスは逃げないっての」


 海斗は苦笑しながらひまわりの分の食器を片付ける。


「あれ? アイスなんかあったかな?」

「カイ兄が買ってきてくれたの。私には抹茶アイス」

「僕には?」

「あぁ、ないっす」

「えぇ~?!」


 聡は軽くショックを受けていたが、流石に大人なので我が儘なことは言わなかった。

 ひまわりはコンビニの袋ごとテーブルの上に置き、目当てのチョコアイスを取り出す。蜜柑もそのついでに抹茶アイスを取る。


「「いただきま~す」」

「おう、食え食え。ほらセーラも」

「ありがとうございます、海斗様」


 海斗は笑いながらバニラのアイスをセーラに手渡す。

 そして、そのままコンビニの袋をゴミ箱に捨てる。


「あれ? カイ兄の分のアイスは?」


 それに蜜柑が気付き不思議そうに尋ねた。


「はは、いやぁ、その三個のアイス買ったら財布の中身が無くなってさ。ま、気にすんなって」

「えっ? そ、そんな! それならこれはご主人様が──」

「ご主人様じゃないって。それにお礼だって言ったろ? 気にするなともさ」

「で、ですが……」


 尚も気にするセーラを海斗が手を振って制する。

 そんな二人のやりとりを見ていたひまわりが、む~っと唸りながら何かを考え込んでおり、意を決したかのように顔を上げた。


「一口あげる」

「え? いいのか?」

「あっ、それなら私もあげるよ」


 そう言うとひまわりと蜜柑がアイスを差し出す。


「それじゃ、一口だけ貰おうかな。ありがと二人とも」


 海斗は二人からそれぞれ一口ずつ貰い、頬張る。


「ね、ひまわり。私にもちょっと頂戴」

「一口だけね」

「ひまわり。お父さんにも」

「いや」

「ひまわりぃ~」


 蜜柑には一口上げたが、聡には上げないひまわりはそのまま最後まで綺麗に平らげた。

 そして満足したのか、居間へ戻りテレビを付けた。


「あの、聡様。私のアイス、少し食べますか?」

「いやいいんだよセーラさん。うん大丈夫だから。海斗君にでもあげて」


 聡はセーラの提案をやんわりと断り、心で涙した。


 そしてセーラは半分のアイスを海斗に渡した。いくら気にしなくていいと言ってもセーラは全く譲らなかった。


~~~


「ふぃ~。今日も疲れたなぁ」


 海斗は一人、風呂に浸かりながら天井を仰ぎ見る。

 夕食後、海斗は食器を洗おうとしたがセーラに「私がやりますっ」と、強く言われたので、おとなしく従い居間で少しゆっくりしていたら、風呂の順番が回ってきた。


 最初は家長である聡。次に蜜柑とひまわり。そして、海斗だ。

 海斗はセーラに先に行くよう言ったのだが、主人より先に行くわけにはいかないと言って聞かなかった。


 そもそも海斗の家、えのき荘には風呂がない。なので、えのき荘の住人は普通近くにある銭湯を利用する。

 だが海斗は今でもよく榎本家の風呂を借りる。

 昨日は色々ありすぎて風呂自体忘れていたが、今日はゆっくりと疲れを癒そうと湯船で体を伸ばしていた。


 そこに、扉の向こうからセーラの声が聞こえてきた。


「海斗様。お湯加減はよろしかったですか?」

「え? ああ。うん」


 いきなり声をかけられたので少し驚きつつも、冷静にそう答える。

 と、言うのも、海斗は一瞬変なことを想像してしまったからだ。


 もしかして、と思いつつもそんな漫画みたいな話があるかと否定する。

 しかし、今のこの状況こそ漫画のようなものだった。


 あり得なくはないかもしれない。と、海斗は変な緊張感を帯びながら扉の外を警戒をしていた。


 謎の静寂が訪れた。更に耳を澄ませていると、外から衣擦れの音が聞こえてきた。

 変な汗が出てきた海斗は自分の想像が間違っていたら恥ずかしいなと思いながらも、堪らずセーラに声をかける。


「セ、セーラさん? 今何してんの!?」

「え、えと、着替えていますが。海斗様のお背中をお流ししようと思いまして」


 一瞬、自分に都合のいい妄想かと思った。幻聴かとも思ったが、衣擦れの音は止まらない。


 海斗は慌てて扉の鍵をかけようと立ち上がった瞬間に扉が開かれた。

 もう間に合わないと悟った海斗は、すぐさま湯船に浸かりなおし目を閉じた。


「あの……。どうかしましたか?」


 バタバタと暴れていた音が聞こえていたのか、訝しげに聞いてくるセーラ。

 海斗は目を閉じたまま扉と逆の方向を向く。


「いやいやいや! 別にわざわざ背中とか別に流さなくていいから自分でやれるから!」

「いえ。これはメイドである私の仕事の一つですので。さぁ、海斗様」


 まさかの押しの強さに海斗は怯む。海斗は今のところセーラに強く言われると断ることが出来ていない。

 しかしここは譲ってはいけない所だと思った海斗だったが、耳元で「海斗様?」というセーラの声がしたせいで、思わず反射的に身を反らし、目を開けてしまった。

 そこで海斗の視界に入ったのは──。


「海斗様。顔が真っ赤ですよ。もしかしてのぼせてしまいましたか?」


 心配そうに海斗の顔を見るセーラの姿があった。


 より正確に言うと、青い湯着を着て、髪を後ろで一本に結んでいるセーラの姿だった。

 纏う湯着の布面積は広く、肩と腕は露出しているが、いやらしさはなく、むしろ清楚さすら感じさせた。


 途端、海斗は急激に冷静になっていき、また違うところで急激に恥ずかしくなっていった。


「……あぁ、大丈夫だ。今の奇行は忘れてくれ。頼むから」

「はぁ……? わかりました」


 海斗の恥ずかしい妄想を知るはずもないセーラはきょとんとした顔をしながら、急に大人しくなった海斗の背中を流すのであった。


 海斗はどこか残念に思いながら、そして何か騙されたような気がしながらも、湯着だけを着た可愛い女の子に背中を流されるというのだけでも充分恥ずかしいのだということに気付き、セーラが前も洗うと言い出した時には全力でお断りさせていただいた。

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