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まあ、メイドですので  作者: いけがみいるか
16/25

約束

 本日の補習が終わり、一人更衣室で着替えをしている海斗は、まだ先程の瑞希の行動の真意を考えていた。


「何かあいつを怒らせるようなこと、したっけな? ……あ~。駄目だ。心当たりがない」


 しかし、いくら考えてもやはり海斗にはわからなかった。

 でも、明日の放課後に買い物に付き合えば許してくれるとのことだったので、明日は暑さを堪えて荷物持ちに徹しようと決めて、海斗は更衣室を出た。


 残念ながら外に大樹や瑞希の姿は無かった。もしかしたら待っててくれてるかもと思ったが、それならわざわざプールから出ていく必要もない。

 気持ちを切り替え、海斗は歩き出そうとしたが、ふと足を止めた。


「ん~。昨日はすぐそこまでとはいえ、九重と一緒に帰ったんだし、先に帰っちまうのも悪いかな」


 別に約束をしたわけではない。しかし、何も言わずに帰ってしまうのも、何だか冷たい感じがしてしまう。せっかくの補習仲間なのだから、と思い、海斗はふと女子更衣室のある方を向く。


「……女子更衣室で着替えている私の姿でも妄想しているの?」

「うっわぁぁっ!?」


 海斗は後ろから聞こえてきた声に驚いて、わずかに飛び上がる。

 見るとそこには悪い笑みを浮かべる九重の姿があった。何だか最初の頃の印象とドンドン離れていくように感じた。

 そして、九重のこの台詞だ。

 疚しい気持ちは全く無かった、と言えば、正直嘘になる。しかし、別にそこまでハッキリとした妄想をしていたわけでもないので、セーフだろう。と誰に対しての抗議なのかわからない言葉を思い浮かべながら、海斗は息を整える。


「あのさ。背後に立つのやめてくんない? 超心臓に悪いから」

「……癖だから」

「やな癖だな。治してくれよ」

「出来る限りの善処はしたわ」

「もはや実行済みだったとは……」


 そして、その時に治らなかったとは筋金入りだな。と苦笑する海斗をよそに、一人歩き出す九重。

 その背を追う海斗は、今日みたいに迷うことがないよう約束を取り付けることにした。


「あのさ、九重」

「なに?」

「これから補習終わりは一緒に帰らないか? ま、坂道の終わりまでなんだけどさ」

「……別に構わないけど、私と帰っても面白くないわよ?」

「そうか? 俺は結構面白いと思うけど」

「その評価は喜んで良いのか微妙なのだけど」


 しかし、心なしか嬉しそうな九重に、鈍感な海斗は気付かない。

 二人はそのまま校舎を出て坂道を下る。そんな時ふと、九重が口を開く。


「そういえば、今日プールに来た二人はあなたの友達なのよね」

「あぁ。所謂幼馴染みってヤツかな」

「そう。羨ましいわね。私にはそういうの、いないから」


 その時の九重はどこか寂しげな表情を浮かべた。人の感情の機微に疎い海斗だが、ことこういうことに関してだけは妙に鋭いところがあり、九重の感情を完全ではないにせよ感じ取った。


「じゃ、今度あいつらと一緒に遊びにでもいかないか?」

「え?」

「瑞希も大樹も気の良い奴だからさ。すぐにでも仲良くなるって。まあ、怖いとこや調子の良いとこもあるけど」


 ついさっきの瑞希の顔を思い出し、やや苦笑しつつも、確固足る自信を持ってそう言う海斗を見て、九重は少し考える。


「……栞」

「はい?」

「私の名前」

「あ、あぁ。そういや俺、九重の下の名前知らなかったな」

「だから、栞」

「んんっ?」


 九重の意図を汲み取れず首を傾げる海斗。九重は自分の言葉の足りなさに気付き補足を加えた。


「私のことは、栞って呼んで」

「え? いいけど、急だな」

「……あなたは友達のこと、下の名前で呼ぶのでしょう?」

「まあ、そう、かな。九重がそれでいいって言うなら──」

「栞」

「あぁ、うん。これからは栞って呼ぶことにするわ。それじゃあ俺のことも海斗でいいぜ」

「わかったわ。潮凪君」

「おいっ?!何もわかってねえじゃん!」


 九重──栞は微笑を浮かべながら、困った顔をする海斗を見つめていた。

 海斗は何だか照れ臭くなり、視線を反らす。


 そうこうしていると坂道が終わり、海斗が立ち止まる。


「それじゃ栞。また今度な。次の補習は……月曜になるのか?」

「……そうなるわね」


 と、なると、もう今週は栞と会うことはないということになる。

 いや、廊下で会うことくらいはあるだろうが、こうやって一緒に帰ることはないだろう。

 また寂しげな顔になる栞を見て、海斗は一つの提案をする。


「なあ? 栞は普段放課後なにしてんだ?」

「……そうね。勉強、かしら」

「それは、流石だな。じゃあさ。明日、は駄目か。なら木曜日に遊びに行かないか?」

「……えっ? それは、私と、あなたで?」

「それと瑞希と大樹の四人で」


 海斗は栞に、じと目で睨まれたが、すぐに普段通りの表情に戻った栞がこくりと頷く。


「別に、私は構わないわ。でも──」

「心配しなくても大丈夫だって。明日にはあいつらに言っておくし。な?」

「ええ。わかったわ」

「よし。なら決まりだな。じゃまたな」


 手を振りながら去っていく海斗に、小さく手を振り返しながら、海斗の背が見えなくなるまでその背を見つめ続けた。


~~~


「ただいま帰りました~っと」


 今日もいつも通りに、榎本家に訪れた海斗は、いつも玄関まで来るひまわりが今日は来ないことを不思議に思いつつ、居間の扉を開く。


「あっ、おにいちゃんおかえり~」

「海斗様っ。すみません。お迎えに出もせずに」

「いや。別にいいって。で、なにしてんだひまわり?」

「絵本読んであげてるの」

「……一応聞くが、誰に?」

「セーラちゃんに」


 満面の笑みで言うひまわり。もう完全にセーラに懐いているひまわりを見て、続いてセーラを見る。

 やや苦笑気味に笑いつつも、嫌な感じはしていないのか、セーラはひまわりを膝に乗せながら、ひまわりの拙い絵本の音読を聞いていた。

 セーラ的には海斗が帰ってくる時間には玄関先に準備していたかったのだが、どうにもひまわりには勝てなかったようである。


「悪いなセーラ。このちびっこは二年生になってもまだまだ子供でな。それなのにお姉さんぶりたがるんだ」

「ちびっこじゃないもんっ。おにいちゃんのバカ」

「はいはい。ごめんごめん」

「む~っ!」


 微笑ましいひまわりの膨れっ面を見ながら、海斗とセーラは同時に笑みをこぼす。


「もうおにいちゃんには絵本読んであげないからね」

「ついこの間まで俺が読んであげてただろうに」

「ふふっ。仲良しなんですねお二人は」

「仲良くないもんっ。べ~っだ!」


 舌を突きだし、居間を出ていくひまわりを目で追いかけ、その入れ替わりに蜜柑が居間へと入ってくる。


「もうカイ兄。あんまりからかうのやめてよ。あの子、へそ曲げると長いんだから」

「わかってるって。後でチョコで買収しておく」

「買収て……。普通に謝りなよ。あっ、セーラさんもごめんなさい。あの子の我が儘に付き合わせちゃって」

「いいえ。私も楽しかったので全然大丈夫ですよ」


 セーラの顔は嘘など微塵もないとすぐにわかるくらい明るく笑っていた。


「あぁ、海斗君。帰ってたんだね。おかえり」

「おじさん。ただいまです。って、どうしたんです? その顔……」

「いやぁ~。昨日はついインスピレーション沸いちゃって、寝ずに小説書いてたんだよね。それで、ついさっき寝たんだけど、ひまわりに叩き起こされちゃって……」


 そこで大きな欠伸を吐く聡。どうやらひまわりに八つ当たりされたらしい。申し訳無い気にもなったが、本人はあまり気にしていないようだった。それに手には枕がある。このまま居間で寝るつもりらしい。


「お父さん。居間で寝るのは別にいいけど風邪引かないでよ」

「うん。わかってるよ。それじゃ、おやすみ~」


 寝入るのはほんの一瞬だった。聡は静かに寝息を立て始めた。

 あまり騒いでも迷惑だろうと思った海斗はセーラと共に一度えのき荘の方に戻った。


 着替えを済ませ、水着を洗濯かごに放り込んだ海斗はちょうどセーラと二人きりなので、明日からの弁当のことについて話しておこうと考えた。


「なあ、セーラ。ちょっと話があるんだ」

「はい。何でしょうか?」


 海斗はまず今日の弁当のお礼をしてから、今までずっと瑞希に弁当を作ってもらっていたこと、これからもちょくちょく作ってもらうことになったこと、だから弁当を瑞希とセーラに順番で作ってもらいたいと思っているということを伝えた。


「なるほど。承知致しました。ですが、本当によろしいのですか? 砂城様のご負担になっているのではないのですか?」

「あぁ……。俺もそう思ったんだけど、料理の感想とか貰ってるからおあいこだって。それに出来る限り雑用も手伝ってるしな」


 セーラはしばし考え込んでいたが、小さく頷いた。


「そうですか。それはとてもありがたいです。ということは、私は今日差し出がましいことをしたということですね。申し訳ありませんでした」

「い、いやっ! そんな、頭を上げてくれっ。セーラは全然悪くないし、そもそも悪いこともなければ悪い奴もいないんだから。それに今日の弁当もすっげえ旨かったし!」


 それでもあえて悪い奴を挙げるとするなら、それは自分だろう。と海斗は思っていた。

 瑞希の優柔不断、という言葉が海斗の脳裏を過った。本当に優柔不断だな、と海斗は自嘲気味に笑った。


 そのあと、セーラと話し合った結果、月曜と火曜にセーラ。水曜、木曜、金曜に瑞希に弁当を作ってもらうことに決めた。

 メールで瑞希に都合の良い日を聞けば、「どうせ朝と夕方も全部メイドさんが作るんでしょ?」といった理由で、結局昼休みに言っていた通り、学校のある五日間の半数以上の三日間も弁当を作ってくれることとなったのであった。

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