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まあ、メイドですので  作者: いけがみいるか
12/25

二つの弁当

「いやだから。着いて来なくていいって」

「まあまあそう言わない。一人で怒られるよりもマシでしょ」

「別に怒られるようなことしてねえから」

「そうだぞ瑞希。いいからお前はさっさと教室戻っとけよ。男は女に自分が叱られるところを見られるのを嫌がるもんなんだよ」

「いやお前も帰れよ大樹! 人の話はちゃんと聞けって親御さんから習わなかったか!?つかお前ら絶対面白がってるだけだろ!」

「「うん」」


 全く同時に肯定する二人を見ながら海斗は溜め息を吐いた。今、海斗達は応接室に向かっていた。

 と、言うのも──


『一年二組潮凪海斗。今すぐ応接室まで来るように。以上』


 三時間目が終了した直後に棗から海斗を呼び出す放送が流れてきたからだ。

 呼び出されるようなことをしでかした覚えは無い海斗は、スピーカーから自分の名前が発せられたことにすごく驚いた。

 その反応を見て瑞希と大樹は、海斗が何かやらかした、と勘違いをして野次馬の如く後ろを着いてきていたのだった。


「っつか、怒られるなら別に応接室じゃなくて職員室に呼び出すだろ、ふつう」

「そういやそうだね。応接室、ってことは、進路の話とかかな?」

「一年でそれはないだろ。あり得るとしたら進級出来るかどうかの話じゃないか?」


 割と洒落にならないことを言う大樹。一学期すら終わっていないのだからお前はもう進級出来ない、なんて絶望的な話をされることはないはずだ。と心の中で自分に言い聞かす海斗だったが、不安は拭いされなかった。

 そんな海斗の心中を知らずに大樹はもうひとつ思い付いたことを口にする。


「それか、誰かがお前に会いに来た。とかな。それなら応接室ってのにも納得だ。学外から客が来たなら職員室じゃなく応接室に通すからな」

「俺に、客?」


 自分を訪ねてくる人物に心当たりはないが、ただ一人だけ行動が未だに読めない人物がいたことを思い出す。

 ──まさかな。海斗はその可能性を否定しようと頭を振った。


 そうこうしていると、応接室の前まで来ていた。海斗は一つ深呼吸してから扉をノックする。中から棗の声が聞こえてきたので、扉を開く。そこには──。


「あっ、海斗様」


 瞬間、海斗は即座に応接室に入り、後ろ手で扉を閉める。直後扉の向こうから瑞希の「あいたっ!」という悲鳴が聞こえたが海斗はそれを無視し、嫌な汗を流しながら棗の方を見る。

 棗もどう言えば良いのかわからない、といったような表情をしており、肩をすくめた。

 海斗の方にしても、今がどういう状況なのか全く理解できていないので同じような表情をしていた。唯一、セーラだけがニコニコと笑っていた。

 豪華な応接室にメイド。地味にマッチしているような気がする。なんて現実逃避染みた感覚に襲われていると、背後で扉の開く音がした。

 海斗は迂闊にも扉の鍵を閉めることを忘れていたのだった。


「ちょっとカイ! いきなり扉閉めるとかやめてよ! 鼻打ったじゃんか…………って、メイド、さん?」

「ほう……。これはこれは。なんだか面白そうなことになってんな」


 部屋に入ってきた瑞希は間抜けな声を上げながら、大樹はなんとも面白そうなものを見つけた時の子供のような顔をしながら海斗とセーラを交互に見た。

 いずれこの二人にはバレるだろうことはわかっていたが、まさか今日このタイミングになるとは思っていなかった海斗は、どう説明すればいいのか迷っていた。

 そんな海斗の心を読んだのか、セーラがしっかりとした佇まいで深くお辞儀した。


「はじめまして。私、先日より海斗様の専属メイドとなりましたセーラと申します。以後お見知り置きを」

「おう。よろしく」

「は、はい……って──えええええっ!?」


 軽く挨拶を交わす大樹と少し遅れて言葉の意味を理解した瑞希の絶叫が応接室に響く。

 セーラは何も間違ったことは言っていないし、何一つとして悪くない。なのに何だかとても後ろめたい気持ちになる海斗に棗が軽く背中を叩き、「よくはわからんが、まあ、がんばれ」と励ました。

 その同情からきた優しさが、妙に心に染みた海斗だった。


~~~


 セーラは当初の目的である弁当を海斗に渡すと、すぐに家に帰っていった。

 たったそれだけのことなのに、海斗の学校生活に多大な影響を及ぼしていった。

 特に親友(あくゆう)二人に何も説明していない状況であのメイド宣言だ。そのままスルーされるわけがなかった。


「ねえカイ……。聞きたいことがあるんだけど」


 何故か瑞希の声は低く、下を向いているので顔はよく見えないが、纏うオーラのようなものが何かとてもよくないもののように感じた。

 もちろんオーラなどというものは海斗に見えるはずもなかったが、長年一緒にいたからこそわかるものもあった。


「そうだな。色々説明してもらおうか」


 大樹はいつも通りだった。いつも通り、海斗をいじる時の目をしていた。


「……はぁ。わかった。どうせ二人には言うつもりだったしな。でもあんまり他の奴に知られるのもあれだから、昼休みに中庭で弁当食いながらでも話す。ちょっと長くなるし」


 そう言うと瑞希も大樹も素直に引き下がった。それにもうすぐ四時間目が始まる。教室に戻ればちょうどくらいの時間だった。


 四時間目、三人は授業に集中出来なかった。


~~~


 昼休みになり、中庭まで来た三人は、大きな木の影に腰を下ろす。海斗達は普段は教室で弁当を食べるが、たまに中庭にも行くことがあるので、クラスメイト達に不自然さを感じさせることはなかった。

 ちょうど良さそうな木陰を見付けたのでそこに腰を下ろすと、瑞希がむすっとした表情で弁当を取り出した。


「あのさ。説明よりもまず、これ、どうすんの?」


 どういう意味かはすぐに理解できた。瑞希はいつも海斗の分の弁当を作って持ってきてくれている。勿論今日もだ。

 しかし今、海斗はセーラが持ってきてくれた弁当を持っていた。つまり、セーラの弁当と瑞希の弁当の二つがあるということになる。

 当然、どちらかを選ばなければならないわけだが、どちらを選ぶべきか決めあぐねていた。

 どちらも善意で作ってくれたのだ。優劣をつけるようなことはしたくない。両方食べるという選択肢もあるにはあるが、食べきれる自信はなく、残した後が怖い。セーラなら笑って許してくれるだろうが、罪悪感が半端じゃないだろうことは予想に難くない。瑞希の場合はふてくされること間違いない。

 しかし、そんなことばかりを言っているわけにもいかない。じと~っと見つめてくる瑞希を見て心を決めた。


「瑞希の弁当貰うよ。で、セーラのは皆で食うことにしよう。って、ことで良いでしょうか瑞希さん」

「……ふん。なんか私が言わせたみたい感じがするけど、別にそれでいいよ」

「ごめんな。あと、ありがとよ」


 心の中でセーラに謝りつつ、瑞希の機嫌が少しだけよくなったことに安堵する。そんな二人を横で眺めていた大樹が空気を変えるために手を叩く。


「んじゃ、海斗専属メイドさんが作った弁当食わせてもらうとするか」

「大声でそんなこと言うんじゃねえよ!」


 ふざけた感じの物言いだったが、空気がだいぶ柔らかくなった。瑞希もつられて笑い、弁当を食べ始めることにした。


 セーラが持ってきてくれた弁当の包みをほどくと、普通の弁当箱が姿を現す。

 この弁当箱は海斗が中学の時から使っていたものだ。高校生になってしばらくの間も使っていたが、自炊が面倒になったので最近ではめっきり使っていなかった。

 蓋を開けると豪華なおかずの山々が──ということはなく、普通のお弁当といって差し支えのない、至ってメジャーなおかずが綺麗に並んでいた。


「こう言っちゃなんだけど、ふつうだね」

「俺の予想だとまず重箱とかだと思ったんだがな~」

「いや。包みの膨らみでわかるだろ。重箱じゃないことくらい」


 とは言うものの、海斗自身も少し意外だった。しかし、ここで派手な弁当を出されるほうが困っただろう。

 もしかしたら海斗がそう感じるだろうということを予想しての気遣いだったのかもしれない。だとしたら、本当に優秀なメイドである。それに見た目は普通でも味の方はいいに違いなかった。

 それを証拠に、大樹が玉子焼きを一つ食べると、目を見開いて驚き、すぐにもう一つ口に入れる。


「うまっ! すげえなこれ。何個でも食えるぞ」

「ほ、ほんとに!? 私も食べるっ」


 瑞希も大樹に続いてからあげを頬張る。しばらく咀嚼し続けて、何故か急に跪き頭をガクッと落とした。どうしたのかと心配になっていると、瑞希の小声が聞こえてきた。


「……美味しい。美味しすぎる……。完敗だわ……」

「えっと。いつの間に勝負になってたんだ?」

「女の戦いはいつでも唐突に始まるんだよ」


 大樹の言っている意味はよくわからなかったが、瑞希が落ち込んでいることだけはわかった。


「妻がメイドに料理勝負で負ける、か」

「あははぁ~、ダイちゃん。英語も日本語ですら通じないとなると、一体どんな言語を使えば黙ってくれるのかなぁ~? あぁ、わかった。肉体言語だなっ!」

「お、俺が悪かった! 黙る。黙るからその握りこぶしを収めてくれ!」


 食事中だというのに大樹と瑞希は中庭を駆け回り始めた。

 しかし、今回は完全に大樹が悪いのでわざわざ助けようと思わなかった。

 海斗は一人で瑞希の弁当を食べながら、たった今捕まった大樹の最期を笑いながら見守ることにした。


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