悲しみの星
外の音すべてが雪に消されていく。
しんしんと降る雪の
音の無い世界。
ベットの中で音の無い世界を楽しんでいる
一人の少女。
真っ暗な中
目を閉じて自分だけの世界を楽しんでいる。
現実は辛いことだらけ。
現実は怖いことだらけ。
現実は悲しいことだらけ。
そんな現実から目を背けるように
少女は目を硬く閉じて
無音の世界を楽しむ。
誰にも邪魔されない
一人の時間を楽しむ。
彼女はいつも思う。
自分一人の世界に生きたい。
自分一人だけの世界に生きたい。
誰にも何も言われず
いつも笑顔で居られる
自分一人だけのそんな世界。
無いと分かっていても
心の奧から望んでしまう
自分だけの幸せな世界。
次第に少女は自分が外にいるかのような感覚に包まれる。
不思議な感覚。
今までは感じたことの無い
不思議な感覚。
少女はゆっくりと瞼を上げる。
あたりはどこまでもどこまでも続く音の無い銀世界。
辺りが白く明るいのに
頭上にはたくさんの銀色の星が瞬いている。
少女はそのたくさんの星に心を奪われる。
「星が好きなの?」
音の無い世界に突然音が聞こえた。
少女は振り向く。
目に入ったのは真っ白な服を着て
髪の毛も真っ白で
透き通るような白い肌をした少年だった。
少年の瞳はとても綺麗な
まるで頭上に瞬く星のように銀色にキラキラと輝いている。
「星か好きなの?」
もう一度聞く。
少女はキラキラ輝く瞳に吸い込まれそうになりながら頷く。
少年はニッコリと笑った。
「ボクも好きなんだ。全てを忘れることが出来るから」
少年はそういって
そのキラキラと輝く瞳で
頭上に輝く星を見上げる。
「君はどうして星が好きなの?」
星を見ながら
笑みを浮かべながら
少年は問う。
少女は言葉に詰まる。
(私は星が好きなの?
ううん
私がはそんなに星が好きなわけじゃなかった。
むしろ嫌いだった。
この真っ白で音の無い世界にある星には
不思議と心が奪われる)
「私は星が好きなわけじゃない。私はこの白い世界にある星だからこそ心を奪われたの」
少年は何も答えない。
少女は少し不安になる。
(私の言葉を不快に思ったの?)
少女は少年をチラリと見る。
少年と目が合う。
少し悲しそうな吸い込まれそうな瞳。
少女はその目を見ていられなくて、下を向く。
フワッと頬に暖かいものが触れる。
それが少年の手だと気がつくのに少しかかる。
少女はバッと顔を上げて
一歩
後ずさる。
少女は人に触れられることが苦手だった。
少年は少し離れた手と少女を見て、悲しそうに笑った。
「怖がらないで。悲しい顔をしないで。心で泣かないで」
少年は一歩前に出る。
少年はまた少女の頬に触ろうと手を伸ばす。
少女はギュッと目を瞑る。
フワッと暖かい少年の手が左頬に触れる。
フワッと暖かい少年の手が右頬に触れる。
両手が少女の両頬を
優しく
暖かく
包み込む。
少女は硬く目を瞑ったまま
体が小さく震えていた。
「目を開けてみて。何も怖くない。何も怖いことなんかないんだ」
少年の優しい声。
両頬の温かさを感じながら少女は
ゆっくり
ゆっくり
瞼を明ける。
目に細く光が入り込んでくる。
少年が微笑んでいる。
「ほら、怖くないでしょ」
少女の体の震えは止まっていた。
少女はゆっくりと自分の手を少年に手に重ね合わせた。
少女の目から一筋の涙がこぼれた。
それは頬に触れている二人の手の上をとおり
雪の上に落ちる。
涙はしみこんでいくのではなく
綺麗な雪の結晶となって溶け込んでいった。
空では銀色の星が一つ
流れていった。
「ここにはたくさんの悲しみが落ちているんだ」
少年がしゃがみこみ両手で雪をすくった。
雪は不思議と解けず
少年の両手から水のように流れて落ちた。
少年は少女を見上げる。
「ここでは悲しみを隠す必要なんてないんだ。悲しいければたくさん泣いて、ここに落としていけばいい」
「悲しみを落としていく?」
少年は少女に座るように促す。
少女は少年の横に体育座りをする。
「そう、落としていくんだ。たくさん泣いて、心の重荷を少しここに置いていくんだ」
少女の顔が悲しさに歪んだ。
「我慢しなくても良いんだ。たくさん泣けば良いんだ。ここでは誰もそれを責めないから」
そう言いながら
少年は少女の肩を抱き
自分の胸に引き寄せた。
少女は体を強張らせた。
「怖がらないで。ボクに君の悲しみを少し分けて」
優しい
優しい声。
その声に、少女の体は小さく震えだした。
少女は少年の胸に顔を埋め
少女は少年の服を強く掴み
そして、泣いた。
今までの悲しみを全て落とすかのように
枯れることがない涙を流した。
頭上では少女の涙に合わせて
銀色の星が
いくつも
いくつも
いくつも
止まることなく流れていった。
少女と少年は体を寄せ合ったまま
頭上の星を眺めている。
「綺麗だね」
「うん、悲しみは綺麗なんだ」
少女は頷く。
「私の悲しみ、受け止めてくれてありがとう」
星を見上げたまま少女は言った。
少年は少女の横顔を見つめて嬉しそうに微笑んだ。
「貴方はどうしてここに居るの?」
少年はそっと目を閉じる。
「ボクは悲しみの美しさに心を奪われてしまった。ここ以外に行くことが出来ないんだ」
少年は悲しみをその綺麗な瞳に浮かべる。
「ボクはボクみたいな人間を作りたくないんだ。みんなを助けることが出来なくても
自分と関わった人は助けたい」
少女に向かって微笑む。
とても悲しい微笑み。
「私じゃ貴方をここから出してあげることは出来ない?」
「ありがとう。でもね、悲しみに身を落としたボクは悲しみに囚われてしまった。ボクはもうここから出ることは出来ないんだよ」
少年は少女に
今度は優しい笑顔を向けた。
「さあ、時間だよ。目と閉じて感じて。色のある光を」
「色のある光?」
「そう。君は悲しみだけじゃなくて、色のある光も心に持っている。目を閉じて」
少女は自分の胸に手を当て、目を閉じる。
「悲しみを少し落とした君には感じることが出来るはずだよ。自分の心の色のある光」
少女は目を開ける。
そして、小さく笑う。
「私にはまだ無理みたい」
少年は首を振る。
そして、少女をそっと抱きしめる。
少女は少年に体を預ける。
「怖がらないで。もう一度目を閉じて」
少年の言葉に少女はゆっくりと目を閉じる。
「大丈夫。君には見える。ほら真っ暗な心の奥のもっと奧。色んな色のついた小さな光」
真っ暗だった少女の心の奥のほうに
小さな
小さな
光が灯った。
それは今までに見たことがない
たくさんの色んな光が輝く
とても綺麗な灯火だった。
少女が微笑む。
「見えた。あれが色のある光?」
「そうだよ。君の心にある色のある光。とっても綺麗だ」
目を閉じたまま、照れくさそうに笑う。
そして、少女は一歩を踏み出す。
少女は少しずつその光のほうへ近づいていく。
「暖かい光だ」
少女は吸い込まれるようにその光の中に入っていく。
とっても暖かい光。
ふと、足を止める。
少女は少年を振り返った。
そして、手を伸ばす。
その手に悲しみの微笑を浮かべ
少年は首を横に振る。
「さあ、光の中に入って。
その光を見失わないで」
最後に届いた少年の言葉。
少女は少年の言葉を胸に
色んな色の輝く光の中に吸い込まれていった。
少女は光を感じて目を開ける。
頬に渇きを感じ
手で触れた。
涙が流れた痕があった。
体を起こし、カーテンを開ける。
外は一面の銀世界。
太陽の光を浴びてキラキラ輝いている。
いつもは霞んで灰色に見えていた世界。
今日はたくさんの色が輝いて見える。
「なんだろ、すごく気分が良い。心が軽い」
少女はたくさんの太陽の光を浴びて
思いっきり背伸びをした。
「たくさんの悲しみを抱えても
その光を見失わなければ大丈夫」