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第漆話、妖怪は生活する:中

 

 とある日のこと。その年はこの世界では珍しく雪がよく降り、遊びに行ったのだろうか。いつも近くにいる配下の妖怪たちはほとんどおらず、今目の前にいる八兵衛だけであった。


「いやぁ、それにしても寒いですね今日は。こう寒いと、外に出るのも億劫になりやすよ。他の奴らはどうしてあぁも元気なんでしょうかねぇ、そういえば向こうの山で大声で騒いでいた奴らが雪崩に巻き込まれてまだ雪の下にいるみたいですよ。妖怪をも薙ぎ倒す大自然の驚異!恐ろしいもんでございやす」


 昨日、試行錯誤を重ねに重ねながらついに新しい妖術を開発させた俺は、何をするでもなくボケーっと洞穴の中で寝転びながら八兵衛の話を右から左に聞き流していた。


「――人間の技術はすごいですね旦那、ついこの間も、なんて言いやしたっけ雪を掻き分けるジョセ……ジョシュ……」

「除雪機」

「そうそうジョセツキ、あんなもんまで簡単に作っちまったそうで。あっしは人間の発想と技術は素直に尊敬致しやす」


 こいつは変な奴だ。俺が言えたことではないが、人間相手でも誉めるところは誉めている。情報を集める力があると、客観的な物の見方でも備わるものなのだろうか。だから俺はこいつを面白いと思い、側によく置いている。これでうるさくなければいいんだが。


「そういえば」


 よいしょ、という声と共に体を起こす。おっさん臭いのはご愛敬だ。


「雪ダルマ、なんて名前を――へい何でやんしょうか」

「他の奴から聞いたぞ、お前ようやく噂を"操れる"ようになったそうじゃないか。教えてくれればよかったのに」

「あぁ、そのことでやんすか。……いやぁ、そんなちっせぇ話で栗の旦那のお耳を煩わせる訳にはいかない、と思いやして」


 ヘヘヘ、と後頭部を掻いて照れる八兵衛。……お前のマシンガントークで既に耳が煩わしいとかその辺をスキップで通り越えているのは完全に無視だろうか。


「それで、一体"噂を操る"ってのはどんなもんなんだ?」「そうでやすねぇ……まず、噂ってのは波みたいなもんです」

「波、ねぇ」

「はい。とある出来事、ってぇ石が投げ込まれると、それが大なり小なり生まれるもんです」

「まぁ何となくは分かる」


 何となくではあるが。


「そんで、その波は途中で消えちまったり、反響して形が変わって伝わったり。いくつかの波が合わさって大きな波に変わることもありやす」


 確かに、どうでもいい噂は長くは聞かないし、そもそも噂というのは、それを伝えるのが生き物である限り、よく変質するものだ。複数の似たような話が合わさって、別の話に生まれ変わることだってある。


「あっしがこれまで出来たのは、そんな波を、片っ端から受け取ることだけでやした。それが今回、ついに波自体に干渉できるようになったんですよ!」


 目を輝かせる小鬼。端から見ているとなんともシュールである。


「それで、何ができるんだ?」

「さっきの例えを使えば、波の形をある程度自由に変えられる、……ってとこでしょうか。まぁ操る、なんて言っても噂を消すことは出来やせん。あっしに出来るのは、あくまで"噂"を弄くって別の形にすることだけです。それに、何もない所から噂を作るのも無理でやす。火のない所に煙は立たぬ、なんて言いやすからね」


 ハハハと笑いながら謙遜する小鬼。やっぱりシュールだ。

 しかし、これは昔思った通り凶悪な能力である。人間でも妖怪でも、二人以上いれば噂は生まれ、伝わっていくものである。それを操るというのだ。村一番の美男を村八分にし、一国の王の評価を底辺にまで下げ、ぼったくり品ばかりな商店を人気の店に仕立て上げる。思うがままだ。そう言うと、八兵衛は苦笑いを浮かべた。


「確かにできるかもしれやせんが、そうポンポンとは使えないみたいでやす。しかし旦那がやれというなら、例え無理でも押し通すのが配下としての勤め!どんどん命令してくださいよ!」

「あぁ、その時は頼むよ」

「お任せ下さい!力はそんなにありませんが、お役に立って見せやすよ!」


 元気に返事をする小鬼。頼もしい限りである。


「そういえば、旦那の方は、新しい妖術は出来上がったんですかい?」

「ん?……あぁ、昨日ようやくな。――見てみるか?」

「いいんですか?是非!」

「んじゃ、外に出るか」


 そう言って、俺達は洞穴から少し開けた場所へと向かう。すでに日は落ちて辺りは暗い。やはり冬の夜だからだろうか、天気はいいがやはり寒い。


「こんなだだっ広いところでやるんですかい?」

「まぁ見てろって」


 手の平の上に、妖力で人の頭程の大きさの球を作り出す。俺はそこに術となるためのプログラム、みたいなものを次々と組み込んでゆく。……時間が掛かるのが今のところの難点だろうか。作ったばかりだから仕方あるまい、追々解決することにしよう。


「……よし、こんなもんか。八兵衛、ちょっと離れとけ」

「分かりやした!」


 八兵衛が充分に距離をとったことを確認してから、俺は術を発動した。

 ――俺の手から放たれた妖力弾は、勢い良く上へ上へと昇ってゆく。肉眼では見えるか見えないか、という次の瞬間、轟音と共に球が爆発を起こした。そして放たれるは大量な色とりどりの小さな妖力弾。それらも暫く経つと爆発し、冬の夜空を彩る。


 ――ぶっちゃけて言えば、花火だ。色は好きなように変えられるし、火薬ではなく全て実体化させた妖力なので煤も降ってこない。親切設計である。

 俺の側まで戻ってきた八兵衛は、何故か微妙な表情をしていた。


「一体なんなんでやすか、アレは」

「何って妖術だろうが。名付けて『第一〇九番、妖力花火君:試作一号』だ!」


 それを聞いた瞬間、呆れた様にため息を吐く八兵衛。何かおかしかっただろうか。


「……あぁ、音が大きすぎたか。どうも花火君の大きさを変えられる様に設定したら、音も一緒に大小するようになってな」


 ほら、と指先から先程よりもかなり小さい妖力弾を打ち出す。ポン、という軽い音と共に、先程の花火のミニチュア版が花開いた。

 八兵衛は「妖力の無駄遣い」とか「相変わらず名前が」とかブツブツと呟いている。そんなにおかしいだろうか、花火君。


「まぁ、色々と言いたいことはありやすが」


 と、言葉を切って辺りを見回す八兵衛。


「冬にするもんじゃあないですね」


 ――近くに生えていた木に積もった雪が、ほとんど落ちているのを見た俺は、アハハと乾いた笑い声を出すしかなかった。



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