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第陸話、妖怪は生活する:上

 

 広大な屋敷のとある一室で、カリカリと、ペンを走らせる音だけが響いていた。時折ズズッと言う音が挟まれる。

 ――仕事に忙しいのであろう永琳の後ろで、俺は茶を啜っていた。また技術が進んだのだろうか、中々の旨さである。


「栗、そんなに暇なら仕事を手伝ってくれないかしら」

「無理無理、俺は妖術ならそれなりに詳しいけどそういうのは向いてないのさ」


 ため息をつく永琳。その顔はいつもの如く、俺を馬鹿にしている様な気がする。


「嫌ね、馬鹿になんかしてないわよ。ちょっと頭が可哀想な妖怪なのねって」

「それを世間では馬鹿にするって言うんでしょうが……で?今は何のお仕事?」

「教育に関する法の改善よ。より効率の良い教育方針を考えて欲しい、ですって。もう面倒ったらありゃしないわ、いっそのこと脳にチップでも埋め込む案を提言しようかしら……」


 割と物騒なことをブツブツと呟きつつ、また紙の上の仕事に戻る。それを横目に見つつ、また茶を啜る。うむ、旨い。



 ――あれからまたさらに百年と少し経った。相変わらず目まぐるしく躍進していく人間の文明は、ついに俺の知る平成の世とあまり相違ないレベルにまで達していた。華麗なる一族恐るべしである。

 しかし妖怪も、ついに底意地でも発揮したのだろうか。昔とは成長スピードが格段に上がり、一時人間が優勢となってはいたが、今では人間と勢力的には互角といった様相を呈している。あの八兵衛も、立派に成長し、あの『噂を操る程度の能力』も確りと使いこなす大妖怪となった。

 その恩恵は俺と、今はいないが郭も多分に受け、さらにその力は強まってしまった。今では妖怪の総大将と副大将、なんてよく分からん称号で呼ばれるようになっている。因みにもちろん、俺が副である。


 最近の行動パターンは、永琳の部屋で勝手に寛いだり。八兵衛の噂話を聞き流したり。新しい妖術を作って試しに人間を脅かしてみたり。そんなもんである。

 薬品の匂いが漂う部屋の中。カリカリという音以外は聞こえてこない。

 茶を飲みながら思い出すのは、これまでに起こったちょっとした事件や日常であった――。




▽▲▽▲▽




 永琳と出会ってから十年程。ついに画期的な隠密方法を編み出した俺は、たまに屋敷へと忍び込み、永琳の部屋に勝手に居座るようになっていた。

 その身の隠し方とはずばり……変化〈へんげ〉を解けばよかったのである。わざわざ人間に化けた姿でうろうろするよりは、見た目可愛らしい栗鼠として走り回るのがよっぽど有用であった。――もちろん妖力は隠してはいる。

 このことを永琳に言ったところ、「今度屋敷で小動物を見掛けたら、撃ち殺してもらいましょう」とか宣いやがった。怒った俺は、前に永琳が欲しいと言っていた珍しい薬の材料をその場に叩きつけて土下座してやった。――女性は怖い生き物である。まぁ撃たれても死にやしないが。


 さて、そんなこんなでとある日。いつもの様に屋根を伝って屋敷へと侵入し、一つの部屋に滑り込むと、しきりにウンウンと唸っている永琳を発見した。


「どうした永琳。食あたりでも起こしたか」

「ん――なんだ栗ね、馬鹿言わないで頂戴。悩み事よ」


 こちらを見てため息をつく。なんだとは酷い扱いだ、いつものことだが。

 しかし悩み事か……。永琳はエキスパート一族の中でも殊更に頭がいい、所謂天才という奴だ。そんな人物が悩み事とはどれだけ深刻な話なのだろうか。


「よければ聞かせてくれよ、もしかしたら何かいい案を思い付くかもしれんぞ」

「そうねぇ……。まぁいいわ、誰かに話せば話の整理にもなるでしょうし」

「俺は端から戦力外か」


 その言葉を無視して話し始める永琳。やれやれとは思いつつもその話を聞いた俺は、その内容とはまた別の、予想もしなかった事実に、思わず驚愕してしまった。



 話自体を簡単にまとめると、とある人物が様々な苦労によるストレスで引き込もってしまったため、なんとか引き摺り出せないだろうか。という内容だった。そこまで珍しくはないが、なんとも力業に頼った悩み事である。これは別に驚くようなことではない。

 ――が、しかし。そのとある人物というのが問題だった。


「……もう一回そいつの名前言って貰ってもいいか?」

「え、えぇ。天照よ。確か生活用品開発部門の総責任者だったかしら。こないだ新しい照明器具を設計したとか言っていたのだけれど、困ったものよね」

 天照。アマテラス。あまてらす。

 ……はぁ?である。たとえオカルトや昔話などに詳しくなくても、殆どの人が一度は聞いたことがあるであろう、その名前。日の神であり、八百万の神々の頂点、天照大神。

 ということはだ。この間言っていた内政、食品開発担当のツクヨミさんってのも、外交官で幸薄系のオオクニさんも、悪戯っ子だが兵器部門ののスサノ君もあれか。神か。

 思わずその場へ頭を抱えて座り込んでしまった。


「ちょ、ちょっとどうしたのよ」

「……何でもない。ただのジェネレーションギャップ」

「じぇねれぇしょん?」


 首を傾げる永琳――と、ここで思い出すのは、こいつが"東方Project"のキャラの一人であり、今は少女の姿だということ。確かあのゲームは現実の日本とリンクした設定だった筈である。

 ということは、つまり――


「過去、か」


 ここは俺のいた現代でいう"高天原"なのだろう。伝えられた神話が歪みに歪みまくっているものであったのか、この東方という世界独特な設定なのかは知らないが、なんとなく、それがピッタリなのではないかという気がする。


「あぁ、もう大丈夫だ。ちょっと驚いたことがあってな」

「ならいいけど……。それで、あの娘を引っ張り出す素敵な案は思い付いたかしら?いつもなら部屋から出ないだけで楽なんだけど、今回は物置小屋に閉じ籠っちゃって……。本当大変なのよ」


 天照が引きこもる――といえばあの有名な天岩戸隠れのことだろう。太陽が隠れた、というのは先程永琳が言っていた照明器具のことだろうか。それに岩戸が物置小屋で、さらにさらに本人は引きこもり常習者……なんとも俗物な神話である。


「まぁ、思い付いたというか。引用なんだが――」


 伝説を、なるべく現在らしくかいつまんで説明していく。

 取り敢えず必要なのは、酒だろうか――。



▽▲▽▲▽



 ――後日、大好きな宴会の喧騒を聞いて物置小屋から出てきた天照は、無事に確保されたらしい。

 因みに、裸踊りは流石になかったそうだ、残念である。

高天原云々は、タルカスとブラフォードが現実に存在しないのと同様、原作ガン無視のオリジナル設定です。

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