第伍話、妖怪は定住する
東方Project、縦スクロール型STGで、ゲーム自体は勿論、その独特な世界観と豊富なキャラが魅力である、だったか。
人間だった頃、このゲームにとてもハマっていた友人が繰り返し言っていた台詞だ。元々ゲームがあまり得意では無い俺は、そこまで入れ込むことは無かったが、元来好きだった妖怪や神話の話を盛り込んだ世界観が気に入り、多少のキャラや設定は覚えている。
何故そんなものが好きだったかは、語る気はない。ただ一つだけ言っておくと、男にはそういう知識を集めたくなる時期があるのである。うむ、黒歴史。
八意永琳。確か……薬を作る能力だったか、月の頭脳だかなんだかと呼ばれていたような。しかし、こんな年若き少女では無かった筈だ。それにそもそも妖怪となってから幻想郷という言葉自体一度も聞いたことがない。
よく分からないな。設定が似ているパラレル世界というやつなのだろうか。だとしたら微妙である。
「突然考え込んで、どうしたのかしら」
「いや……あー、八意の」
「永琳でいいわ」
「んじゃ永琳。幻想郷って言葉、聞いたことあるか?」
「ゲンソウキョウ?いいえ、聞いたことないわ。何かの宗教?」
「いや、知らないならいいんだ」
首を傾げる永琳。俺も首を傾げたいところである。まぁ、今のところは判断材料が少ない訳だし、あまりこの事について考えるのはよしておこう。
「あ、そうそう。暴れまわっていた貴方のお仲間のことだけれど。もう森へと戻ったらしいわよ。貴方も早く帰った方がいいんじゃないかしら」
どうやらかなり時間が経っていたみたいだ。
「そうか……。それじゃ、今日は引き上げるとするか」
「あら、また来るような物言いね」
何故かクスクス笑っている。何がおかしかったのだろうか。
「もう一つ聞きたいんだが、どうして俺に話しかけたりしたんだ?それも一人で。これでも俺は妖怪なんだが」
「ただの好奇心よ。それに――わざわざ気配を隠してやって来る妖怪が、戦闘が好きだなんて思わないじゃない?」
それに、これでも弓の心得はあるのよ?と背負っていた弓矢を見せつつまた笑う。――よく笑う奴だ。
庭から空を見上げる。もう夜明け前だろうか、少し明るい。屋敷の中を通ればまた迷ってしまうだろう、と思い、屋根に飛び乗る。
「それじゃあ、また会うこともあるだろう」
「えぇ、次は迷わないようにね」
どうやらバレていたらしい。多少の気恥ずかしさを覚えつつも、俺はその場を後にするのだった。
▽▲▽▲▽
夜も開けて暫く経った頃。取り敢えずの拠点としていた山へと戻った俺は、息も絶え絶えな小妖怪たちと、服が幾らか煤けてはいるものの、そこまで傷のない郭を見つけた。
「そっちはどうだった?」
「中々面白いものを見させてもらった。弓より速い飛び道具に、突然爆発する地面。だがまだまだだな」
台詞とは裏腹に、少し興奮気味な郭。一緒に向かった小妖怪は数十匹だったのが今は七、八匹程しかいないのは、あまり興味がないのだろう。
しかし、銃は知っていたが……恐らく地雷だろうか。やはり俺の知っている文明の発達と比べると滅茶苦茶である。
「栗の方は、どうだった」
「んー……と、まぁぼちぼち。色々と収穫はあったかな」
「そうか。じゃあ、俺は寝る」
興味ないなら聞くなよ!とは思うが、いつものことである。気にしない。
近くの洞穴へと向かう郭の背中に、俺は声を投げ掛ける。
「なぁ、起きてからでいいから、後で話がある」
「……そうか」
短く返事をした郭は、洞穴の奥へと入っていった。
――さて、と。
「八兵衛、いるか」
「はい、なんでありやしょう」
「こいつら、運ぶぞ。手伝ってくれ」
「合点承知!」
俺も郭もあまり配下の奴らに興味は無いのだが。一応死に掛けながらも帰ってきたこいつらを労ってやっても、罰は当たるまい。
「ここに腰を据えようかと思う」
また夜。存外疲れていたのだろうか、先程まで寝ていた郭と俺は、焚火を囲んで座っていた。八兵衛や他の小妖怪はまだ寝ているのだろうか、辺りは虫の音くらいしか聞こえてこない。
パチパチと爆ぜる火をぼんやりと眺めながら、俺はそう切り出した。
「理由は単純だ。"ここ"に興味が出た。これからどうなるのか気になってな」
「……そうか」
「郭はどうするんだ」
「俺は――旅を続けるつもりだ。栗と出会う前からそうだったからな。これからもそうするさ」
「……寂しくなるな」
焚火に薪を何本か継ぎ足すと、パァンという音と共に、火の粉が舞い上がった。再び静寂が戻る。
ここに残って欲しいなどと、頼むつもりはない。元々俺が勝手に郭に着いていった様なものなのだ。向こうもそれは分かっているのだろう、そのことについては何も言わなかった。
「――お前と出会ってから、どれくらい経ったか」
ふと、そんなことを言う郭。
「そうだな……ざっと五百年と少しってとこか」
「長いな」
「あぁ、長いな」
二人してくつくつと笑う。
「最初は二人旅だったんだがな。……いつの間にかこんな大所帯になっちまって」
「お前が半殺しにしろだなんて、妙なことを言ったせいだろうが」
「そうだったかな」
「おいおい、いつも俺に大雑把だの言う癖に自分はそれか」
また笑う。火がパチリと弾けた。ふと空を見上げると、今日は満月だったか。月が妖しく輝いている。……俺達がいつもより饒舌なのはきっと月のせいだ。
「お前が旅立つなら、あいつらは全員着いていくだろうな」
「そうか?……あの八兵衛とか言う奴、やたらとお前に懐いているようだが」
「……どうだろうな」
妖怪は、より強い妖怪に従うらしい。配下の奴らも、俺のことは郭の側近、くらいにしか考えていないだろう。
「栗もそれなりに強いだろうが」
「それなりに、な。郭には勝てんさ」
「どうだか。お前、妖術とやらもかなりの腕じゃないか。能力もある」
「能力は郭も同じだろう。妖術を使ってもとても敵わんさ」
また、静寂。
「……寂しくなるな」
「……そうだな」
夜が更けていく――。
▽▲▽▲▽
――翌日。既に日は昇って昼頃、身支度を整えた郭と、小妖怪たちを見送りに出る。
やはり郭に着いていくという妖怪がほとんどだった。俺も久々に、随分と身軽になりそうだ。
「それじゃあ、郭」
「ああ。また来ることもあるだろう」
「そうだな。その時は、昨日は呑めなかったが、いい酒でも用意して待ってるさ」
「楽しみにしておく」
お互いニヤリと笑い、くたばるんじゃないぞ、なんて軽口を交わし合う。
――最後に手を一振りし、郭とその配下御一行は去っていった。俺達は力も強い妖怪だ。二度と会うことがないなんてことは、万が一にもありえないだろう。次に会うときは配下の奴らがどれだけ増えているやら、と考えて、クスリと笑みを溢した。
さて、と俺は後ろを振り返る。
「お前ら、本当に行かなくてよかったのか?正直ここらは危ないし、俺より郭の方が強――」
「それ以上言うのは野暮ってもんですよ、栗の旦那。ここに残りたくて残ったんでやすから」
八兵衛の言葉に、何匹かいる小妖怪が一斉にウンウンと頷く。
「そうか……、後悔しても知らんぞ?」
「そんなものはしやせんよ。俺達は郭の兄貴より、旦那を慕って今まで付いてきたんです。地獄の底までだって一蓮托生ですよ」
それを聞いた俺は、思わず苦笑してしまった。
――郭の言う通り、八兵衛と他何匹かは俺のことを尊敬しているらしい。こういったことにあまり慣れていないので、なんだかむず痒い気分である。
だが、まぁ。
「それじゃあ、また襲撃掛けに行くか」
「それは勘弁してくださいよ旦那!」
こういうのも悪くない、と思う俺であった。