第肆話、妖怪は隠密する
数百年という時間は、長いようで短い。と思えばやっぱり長い。記憶として思い返すとあっという間ではあるが、どんな生物でも、その技術や力を上げるのには充分な年月であろう。
人間は少しずつ文明が発達し、最近では数千人も住む、かなり大きな村も存在するらしい。そして妖怪も、言葉を話す者も増え始め、能力持ちもちらほら出てきている。
今俺の目の前にいるこいつも――
「お早う御座いやす栗の旦那!いやぁ今日もお美しい立派な尻尾でございやすね!あっしが生まれて七十と幾らか経ちやすが、未だに旦那よりも素敵な尻尾は見たことがございやせんよ!あそうそう最近ここから南の人間達が新しい武器が開発されたとか。弓と似てるが女子供でも簡単に射つことができるそうですよ、あそこ一帯の妖怪は世知辛い思いをするでしょうねぇ。人間といえば東の方でまた村が壊滅して酒が大量に奪われたそうですよ、北東の妖怪共が大宴会を開いた、なんて話も聞きやすからおそらくそいつらの仕業でしょうな。旦那達みたいに村を壊さずに酒だけ奪えばまた呑めるようになるでしょうに、目先の利益に拘るとは妖怪の片隅にも置けないようなやつらですよ!酒繋がりですが――」
「おい、うるさいぞ」
「すいやせん郭の兄貴!」
人の良さそうな笑顔を浮かべる小鬼の様な姿をし、江戸時代の瓦版売りの様な服装をするこいつは八兵衛という名の妖怪である。誰か介さん呼んでこい。
小鬼と書いたが鬼ではないらしく、戦闘力も妖力も余り高くない。
見ての通りかなりうるさいが、持ち前の人懐っこさ、いや妖怪懐っこさ?のお陰で中々憎めない奴である。さらに『噂を操る程度の能力』というある意味凶悪な能力持ちである。だがこいつ自身の力が強くないため、噂話を集めるくらいしか出来ないらしい。しかしこれが意外と役に立っている。
簡単に言えば暇つぶしに最適な奴なのだ。長生きの敵は暇と飽きることである。今作った。
しかしうるさい。……昔は言葉が話せる奴が他にも欲しい、なんて思っていたが、こいつは論外だ。何事もほどほどが肝心である。さて――
「おい八兵衛、お前さん話があるんじゃなかったのか?」
「あぁ、そうでやした。実はあっしもまだ半信半疑なんですが、ここから西の遠くにある人間の村が突然強くなりだしたとか……」
「どういうことだ……?」
「それがあっしにも。ただ、見たことのない武器や罠を使って来る、襲いに行った妖怪がほとんどやられた、なんて噂も届いておりやす」
……どういうことだろうか。
真っ赤な嘘、もしくは真相は別という可能性がある。八兵衛が集められるのはあくまでも『噂』であり、それが真実かどうかはあまり関係がない。
もし本当ではなくとも、何か面白いものが見られるかもしれない。宇宙より飛来したモノリスとか。ロマンである。
まぁ俺はそこまでひねくれた性格ではないし、話だけ聞いてウンウンと悩むような安楽椅子野郎とも違うので、
「よし、行って確かめよう」
「そうだな」
郭が珍しく乗り気というか、またテンションが上がっているような気がする。
「何か面白いことでも思い付いたの?」
「強い奴がいるかもしれんのだろう」
「あー……、そういうことね」
暴れたいだけかよ!脳筋め。
黙っているのに堪えきれなくなったのか、またマシンガントークを開始した八兵衛。うるさいので能力で聴覚をシャットアウトし、旅の準備を始めることにする。
……あー、八兵衛が郭に殴られて吹っ飛んでいった。御愁傷様、である。
▽▲▽▲▽
西に向かって半月程。遂にとたどり着いた俺達一行は、噂通り、いやそれ以上かもしれない"それ"を見て唖然としていた。
他の人間の集落と比べてあまりにも広大すぎる領地。そしてその周りを城壁のようなものでぐるりと取り囲み。それらを守る様に佇む兵士達の装備は明らかに文明が進んでいる。
――そこはもう"都"と呼ばれてもおかしくない様相を呈していたのである。
「それじゃ、いつも言ってるけどあんまり」
「やりすぎるな、だろ」
「おう、頼んだよ」
その夜。早速、都(仮)に襲撃を掛けようとする郭と、これまた好戦的な配下の妖怪数十匹。別に止める気はないので、壊滅させることがないように、とだけ言っておく。ここではその意味がないかもしれないが……。
そうそう、こんなことを言うのは俺が元人間だったからここの人間にも優しい、という訳ではない。このまま妖怪が暴れて殺しまくり、人間が絶滅してしまうのが惜しいからである。お酒呑めなくなるし。
――正直、思考は若干妖怪化していると言って差し支えないだろう。俺だって人を殺したりもする。襲い掛かってきた奴らだけであるが。殺していいのは殺される覚悟がある奴だけなのである、HAHAHA。このままゆけば郭の様に脳筋になってしまうこともあるかもしれない。おぉ怖い怖い。
さて、俺は真っ正面から特攻していく妖怪達を尻目に、襲撃ポイントからなるべく離れた位置へと移動を開始する。ちなみに八兵衛は今回の騒ぎには参加しないらしく、「あっしは戦闘職ではなく云々」とか言っていた。珍しい奴である。
――さっそく戦闘が始まったのだろう、遠くで悲鳴やらなんやらが飛び交う中、警備が手薄になっている入り口からこっそりと都(仮)へと侵入する。へっへっへチョロいもんだぜ。
一体何をしているのかと言えば、単なる情報収集である。八兵衛の噂話に期待するのもいいのだが、やはり所詮噂は噂。すぐ近くのことならば、自分の足で情報を掴んだ方がよっぽど信用性が高いものが得られるものだ。
能力を使って『気配が漏れ出すことを拒み』、『気取られることを拒む』。これだけ厳重にしておけばそうそう誰かに気付かれることもないだろう。
俺は闇と悲鳴の中、自らの好奇心に従い、都(仮)探索を開始した。
▽▲▽▲▽
情報収集とはいっても、事前知識0。とりあえず偉そうな感じの大きな建物に片っ端から侵入していた。
そして判明したこと。どうやらここではとある一族に権力が集中しているらしい。その一族からは各方面のエキスパートが数多く生まれ、この都(仮)の技術革新に心血を注いでいるのだとか。
……なんというエリート集団だろうか。華麗なる一族とか呼びたくなる。しかしどんな奴らなのだろうか……せっかくだから一目見てから帰ろうか。そう思い立った俺は、屋根裏から偉そうな奴の話を盗み聞きする。どうやら態度と同じくそれなりに偉い立場なのだろう、××様をお守りしろ!とか指示を出していた。大体場所に見当を付けてからそっと抜け出し、俺は移動を開始する。
ここが城壁でぐるりと囲まれており、普通の民家は木や石で建てられているのを見て、西洋のような文明なのだろうかとも思ったが、その建物だけは他と一線を画していた。
――まさかの寝殿造である。しかもかなり大きい。
少ない人数で技術を引っ張っているからだろうか、現代日本を知っている俺からすれば、和洋乱れたかなりちぐはぐな世界観に少し頭を悩ませつつも、調査を開始した。
忍び込んでみると、これまた部屋数は多いわ広いわであっという間に迷ってしまった。……似たような景色がずっと続いているのが悪いのである、仕方ない仕方ない。
郭はまだ暴れているのだろう、バタバタと行き来する女中や、武装した兵士たちの中を俺はバレることなくあっちへフラフラこっちへフラフラと歩き回っていた。これでもそれなりに生きてきた分、力は強い方なのだ。因みに兵士の持っている武器だが、なんとまさかの単発式銃だった。完全にブチ壊しである。
しばらくさ迷っていると、いつの間にか忙しなかった足音は遠ざっていた。どうやら随分と奥の方まで来てしまったのだろうか。ふと左を見れば、庭が見渡せる。紛れもなく日本庭園の様相である。
「ねえ」
さすがに都(仮)に侵入してからかなり時間も経ったことだし、これ以上の偵察は後日に回して、今回はお暇させてもらう方がいいだろうか。
「ちょっと」
しかしせっかくここまで来たのだ、ダメ押しでもう少し調べても構わないだろう。俺は再び移動を――
「そこの妖怪」
「……ッ!?」
慌てて振り返る。そこにいたのは、白髪で赤と青の奇妙な服を着た、齢十五ほどの少女であった。
「あら、聞こえているじゃない。よっぽど耳が悪いのね」
「……どうやって俺に気付いた」
「妖怪が群れを成して攻めてきた、って聞いたの。それで護身のために感覚強化の薬を飲んだら、貴方を見つけたってわけよ」
――そんな筈はない。俺は能力を使って気配を"完全に"絶っていた。そう言うと、少女はあら、と笑った。
「なんの気配もしない穴があっちこっちフラフラしていたら、嫌でも気づくわ」
「……なるほど、そういうことか」
どうやらやりすぎていたらしい。しかし、それでも他の人間達には全く気付かれることがなかったのだ。先程薬がどうのと言っていたが……?
「お前、一体何者だ」
「人に名前を尋ねる時はまず自分から、って言わないかしら」
軽く馬鹿にされている様な気がする。
「俺は栗〈リツ〉、見ての通り栗鼠の妖怪だ」
「栗鼠ねぇ……、まぁいいわ。私の名前は八意×××よ」
……ん?何故かモニョモニョと上手く聞き取れない。俺が訝しげな顔をすると、少女はため息をついた。確実に馬鹿にされている。
「発音が難しいから上手く聞き取れなかったのかしら。それじゃあ――そうね、私の名前は八意永琳。薬師兼教育部門を担当しているわ」
八意永琳、永琳、えーりん。
――と。ようやく思い出した。○○程度の能力という特殊な呼び方。そして八意永琳という名前。
どうやらここは東方Projectの世界だったらしい。
誤解の無いよう先に明記しておくと、栗の原作知識は一部のキャラ名と能力に限定されております。
ご理解戴けますようよろしくお願い致します。