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愛娘  作者: 星野由紀
1/3

連続幼児殺害事件

 午後6時過ぎ。

 夕食の準備を済ませ、知美(ともみ)は娘の様子を見に行った。

 公園遊びが長引いて、お昼寝を始める時間が遅くなってしまった。

 いつもならお昼寝から起きて、テレビ相手に一人遊びをしている時間なのに、まだぐっすり眠っている。

 気持ちよく寝かせ続けてやりたいが、あまり遅くまでお昼寝をさせると、夜にひびいてしまう。

 かわいそうだが、起こすことにした。

 居間のテレビをつける。

 いつも娘の美奈(みな)が楽しみに見ている子ども番組が始まっていた。

 知美は眠っている美奈を抱き起こした。

 「美奈ちゃん、起きましょ。

 大好きなブーフーのテレビ、始まってるよ」

 知美は優しく美奈を揺すった。

 美奈は知美の腕の中でスヤスヤと眠っている。

 「美奈ちゃん。

 もうすぐパパが帰ってくるよ。

 ブーフーも終わっちゃうよ」

 知美はさっきより少し強く揺さぶった。

 美奈は身もだえするように伸びをすると、顔中ゆがめて泣き出した。

 「ごめんね。

 まだ眠いね。

 でも、起きる時間よ」

 知美は美奈をたてに抱くと、今度はなだめるために優しくゆすった。

 美奈は知美の胸に顔を擦り付けるように、イヤイヤをした。



 午後8時前。

 幸也(ゆきや)が帰宅した。

 「ただいまぁ。

 急な残業で遅くなったぁ」

 幸也は洗面所で手を洗ってから、知美と美奈のいる居間に入ってきた。

 帰宅後、すぐに手を洗うのは、美奈が生まれてからすっかり習慣づいていた。

 「パパ」

 美奈が両手を差し出し、幸也に抱っこをねだった。

 「おかえり、パパ」

 知美は、食事を終えたばかりの美奈の食器を台所へ運んだ。

 「すぐ晩御飯にするね」

 知美は、冷めてしまった味噌汁の鍋を火にかけた。

 「いっぱい食べたか?」

 幸也は美奈を抱き上げ、頬ずりをした。

 美奈を目の高さまで抱き上げたとき、美奈のおでこに傷がついてることに気づいた。

 「ママ、美奈のおでこ、どうしたんだ?」

 「あぁ、今日、公園でお友だちにスコップで殴られたの」

 知美が箸や茶碗を運んで来ながら言った。

 「スコップで!?」

 幸也は驚いた。

 「スコップって言っても、プラスチックのおもちゃよ。

 子ども同士ならよくあることよ」

 知美は、二人分の茶碗にご飯をよそって、テーブルに並べた。

 「どこの子だ、その子は」

 幸也は美奈を下におろし、テーブルについた。

 「佐々木さんちのシンちゃんよ。

 男の子なんてそんなもんなんじゃない」

 「美奈が怪我させられたのに、ママは何も言わなかったのか?」

 幸也はイラついているようだった。

 「言うって、何を?

 だって、シンちゃんのママが慌てちゃって、ひたすら謝ってくれたのよ。

 子ども同士のことだし、謝ってくれたし。

 それ以上何も言う必要ないでしょ?」

 知美は夕食を食べ始めたが、幸也は落ち着かないようで、箸を持つ手が震えていた。



 午前9時。

 知美が洗濯物を干していると、美奈の泣き声が聞こえた。

 前日、結局寝るのが遅くなった美奈がようやく目覚めたらしい。

 洗濯物を途中でおいて、知美は寝室に入った。

 美奈は布団の上に座って眠そうに目をこすりながら泣いていた。

 「おはよう、美奈ちゃん。

 やっと起きたのね」

 知美は美奈を横にして、オムツを交換してから、抱き上げると台所へ行った。

 美奈をテーブルにつかせると、知美は娘のための朝ごはんを並べた。

 「パパは?」

 スティックパンを握って食べながら美奈が尋ねた。

 「パパはお仕事よ。

 美奈ちゃんはパパが大好きね」



 午前10時。

 知美は美奈を連れて公園へ行った。

 すでに何組かの親子が砂場やブランコで遊んでいた。

 知美は公園が苦手だった。

 ママグループに入るのが苦手だった。

 そんな知美を気にもせず、美奈は他の子供が遊んでいる砂場に入っていった。

 知美はママグループから離れ、美奈の近くのベンチに座った。

 「美奈ちゃんのママ、おはよう。

 昨日はごめんね。

 美奈ちゃん、大丈夫だった?」

 美奈に怪我をさせたシンタの母親が知美の隣に座った。

 「あ、おはよう。

 あれぐらい、どうってことないですよ」

 知美は笑って見せた。

 シンタが砂場で砂山を作っている。

 美奈もシンタの隣で一緒になって作っている。

 美奈が何か片言でシンタに話しかけている。

 「美奈ちゃんは言葉が早いわねぇ。

 うちなんて、まだワンワンとママくらいしか言えないのに。

 美奈ちゃんは3語文くらい話せてるでしょ?」

 シンタは2歳を過ぎている。

 「女の子だから口が達者なだけよ」

 知美が美奈を見たまま言った。

 「きっとママが美奈ちゃんにずっと話しかけてるからでしょうね。

 うちももっと話しかけなきゃいけないなぁ。

 ほったらかしだからなぁ」

 シンタの母親の話は続いた。

 知美は適当に相づちをうちながら美奈を見ていた。

 「あら!」

 シンタの母が美奈に駆け寄った。

 美奈の前髪を上げておでこの傷を確認すると、知美のほうに向かって

 「傷になっちゃってたのね。

 ごめんなさい。

 昨日見たときはちょっと赤くなってるだけだと思ったのに。

 ほんとにごめんなさい!」



 午後2時過ぎ。

 知美はお昼ごはんを食べ終わった美奈に絵本を読んでいた。

 美奈のお気に入りの絵本。

 いろんな色の名前、いろんな動物の名前が出てくる。

 「くまさん、くまさん」

 知美が読むと、美奈が繰り返す。

 「くまさん、くまさん」

 美奈は1歳半にしては、はっきりと話すほうだと思う。

 そういうところが、他の母親たちから、美奈はよくしゃべると思われるのかもしれない。

 美奈だけ見ていると、それほど感じない。

 でも、公園で他の子を見ていると、美奈は口が立つほうだと思う。

 他の子がおもちゃをほしがるとき、黙って取って行くのに対し、美奈は『かして』と必ず一言つける。

 1冊読み終わると、美奈は次の本を取ってきた。

 「つぎ、これ」

 知美は美奈に添い寝しながら2冊目を読み始めた。

 「ちいさなおば~ぁさん」

 「おば~ぁさん」

 さっきの絵本と違い、今度はちょっと長いお話なので、美奈は知美の読むとおりすべてを繰り返して言うことはないが、ところどころ聞き取れたところだけ、繰り返して言っている。

 絵本の中のおばあさんがイチゴに色を塗る場面になるころには、美奈は寝息を立てていた。

 知美は絵本を閉じ、美奈の右足に触れた。

 大きなみみず腫れがある。

 公園遊びをするたびに何かしら傷を作ってる気がする。



 午後6時半。

 幸也が定刻どおり帰宅した。

 「おかえり、パパ」

 気付いた知美が声をかけた。

 知美のひざに座ってテレビを見ていた美奈が立ち上がり、幸也に駆け寄った。

 「ただいまぁ。

 美奈、手を洗うから待ってて」

 幸也は洗面所で手を洗うと、美奈を抱き上げた。

 おでこの傷はかさぶたになっている。

 「ご飯にしましょうか」

 立ち上がりかけたとき、玄関のチャイムが来客を告げた。

 「はぁい」

 知美が玄関のドアを開けると、シンタの母親が立っていた。

 「忙しい時間にごめんなさい。

 シンタ、見ませんでした?」

 シンタの母親の顔は深刻だった。

 「シンちゃん、どうかしたんですか?」

 彼女の話では、シンタが昼寝をしてる間に買い物に出て、戻るといなくなっていたらしい。 



 午後9時。

 美奈を寝かしつけて、知美は居間に戻った。

 幸也はテレビで野球中継を見ていた。

 「さっき来てたの、昨日美奈に怪我させた子の母親だろ?」

 「うん。

 シンちゃん、消えたんだって。

 見つかったのかしら。

 心配ね」



 午前9時過ぎ。

 いつものように知美は美奈を連れて公園に行った。

 いつもならいくつかに分かれてるママグループが大きな一塊になっていた。

 群れるのが苦手な知美には、それだけで威圧感と嫌悪感を感じた。

 知美はいつものように集団から離れたところに座った。

 美奈は、他の子らが遊んでいる砂場へ行った。

 他の子と一緒に遊んでいるようで、小さい子らは実は全員が一人遊びをしてるだけとも言える。

 勝手気ままで、会話もままならない子どもたち。

 だが、不思議とコミュニケーションも取れていたりもする。

 言葉を知り、会話して行動している母親たちの方がコミュニケーション能力がないと、知美は考えている。

 勿論、自分も含めて。

 ポカポカとした春の陽射しを心地よく思いながら、美奈の様子を見ていると、一人の母親が知美に近づいてきた。

 「ねぇねぇ、シンちゃんのこと、聞いた?」

 「昨日、シンちゃんがいなくなったって、ママが訪ねて来たわ」

 知美が答えた。

 「それが、大変なことになったのよ。

 シンちゃん、遺体で見つかったんだって!」

 「え?」

 知美は言葉につまった。

 彼女の話によると、シンタが、夕方、少年と川の方へ歩いてるのを見たと言うひとがおり、まさかと思い、両親が川原へ行ってみると、草むらの中に変わり果てた息子を見つけたということだった。

 「シンちゃん、自分で玄関の鍵を開けられたらしいわ。

 こんな田舎なのに物騒なことよねぇ」

 「昔は年頃の女の子の心配だけしてたらよかったけど、最近は年齢も性別も関係なく襲われる時代になっちゃったわねぇ」

 別の母親が知美らの会話に加わった。

 それを合図にママグループ全体が知美のところに集まった。

 母親たちは口々に物騒だの、少年がどんな様子だったかだの、シンタママがどんな様子だったかだの、話し出した。

 大勢集まって、みんなが話しているが、聞いている者は誰一人いない。

 それがママグループだ、知美はそう思っている。



 午後3時過ぎ。

 昼のニュースの時間あたりから、シンタ殺害の報道がなされていた。

 その取材のために新聞社やテレビ局の車らしいのが何台も家の周りを徘徊している。

 玄関のチャイムが鳴った。

 知美は、幸也がいない時は、インターフォンで対応することにしている。

 「すみません。

 ご近所で起きたシンタちゃんの事件の事でお話が聞きたいのですが」

 アナウンサー口調の男の声がする。

 「何も存じあげませんので」

 知美は断った。

 「犯人は少年らしいという話のようですね」

 男が続けた。

 「知りません」

 知美はインターフォンの受話器を置いた。

 すぐにまたチャイムが鳴る。

 せっかくお昼寝をしている美奈が起きてしまいそうなので、仕方なく、またインターフォンの受話器を取った。

 「すみません。

 今回の事件の感想を聞かせてもらえますか」

 『すみません』と口にしながら、まったく心がこもっていない。

 近所の、我が子とさほど年の離れていない子が殺されて、どんな感想を期待しているのだろう。

 たとえ、もしもいい気味だと思っていたとしても、そんな風に答える人はいないだろう。

 「かわいい子でしたのに」

 知美はそれだけを答えた。

 「すみません。

 顔は映しませんので、出てきていただいてよろしいですか?」

 また心がこもっていない『すみません』を繰り返す。

 「いえ、何も話すことはありませんので」

 知美はかたくなに断った。

 インターフォンの向こうでまだ男の声がした。

 受話器を置くと、またチャイムが鳴るだろう。

 仕方ないので、受話器をそのまま放っておいて知美は家事に戻ることにした。



 午後6時半。

 幸也が帰宅した。

 「パパ」

 美奈は知美のひざから立ち上がり、幸也に抱っこを求めた。

 その間に、知美は夕食の配膳の準備のために台所へ立った。

 幸也は美奈をひざに抱いて座り、テレビを野球中継のあるチャンネルに変えた。

 野球中継は7時から。

 テレビではまだニュースをしていた。

 報道されていたのはシンタ殺害の事件だった。

 「ママ!」

 幸也が知美を呼んだ。

 「何?」

 「これ、うちじゃないのか?」

 幸也がテレビを指差した。

 それは確かに、知美らの家の玄関先だった。

 インターフォンを押す記者の姿。


 『すみません。

 ご近所で起きたシンタちゃんの事件の事でお話が聞きたいのですが』

 『かわいい子でしたのに』

 『今回の事件の感想を聞かせてもらえますか』

 『・・・』

 ~(字幕)言葉を詰まらせる住人~


 会話は編集され、勝手な字幕までつけられている。

 『顔は映しませんので、出てきていただいてよろしいですか?』

 そう記者は言った。

 顔を出すまでもなく、近所の人にはインタビューを受けているのが誰か、分かることだろう。

 別に聞かれてまずいことを答えたわけではない。

 正直な気持ちを答えただけだ。

 質問に答えはしたが、それを放映に使うかどうかなど確認されたわけではない。

 知美は腹立たしさを覚えた。



 午後9時過ぎ。

 美奈が寝た後、知美と幸也は缶ビールを飲みながらテレビを見ていた。

 野球中継は7回の裏。

 「放送中に終わりそうにないなぁ、今夜も」

 「そうね。よくいって、9回の表までかなぁ」

 「余計に欲求不満になるよ」

 幸也は缶ビールを飲み干すと、テレビの前で横になった。

 「パパ、横になったら寝ちゃうよ。

 先にお風呂入って」

 「野球見てる間は寝ないよ」

 そう言っている幸也の目はすでに閉じられていた。

 知美は肌布団を取ってくると、幸也に掛けた。

 野球中継は8回の表に入った。

 幸也は寝息を立てている。



 午前9時。

 いつものように美奈を連れて公園へ行く。

 前日と同じくママグループは大きな一塊になっている。

 群れをなしている母親たちを見ると、知美の足は公園の入り口で止まった。

 美奈は、知美とつないでいた手を離して公園に入っていった。

 大好きな砂場で他の子らに混ざって遊び始めた。

 美奈を見つけた一人の母親が、公園の入り口で立ち止まっている知美を認めた。

 「美奈ちゃんのママ!」

 手招きをして呼んだ。

 知美は憂鬱だった。

 他の母親たちもいっせいにこっちを向き手招きをしながら近づいてくる。

 知美は逃げ出したい衝動に駆られた。

 「おはよう」

 何とかこらえて、それだけ言った。

 母親たちの質問の集中砲火を浴びた。

 口々にしてくる質問はすべて昨日のテレビ報道。

 「あのインタビューって美奈ちゃんのママよね」

 「質問って他にもあったの?」

 「どうして美奈ちゃんちが選ばれたの?」

 「どんな気持ちだった?」

 等々・・・果てしなく、母親たちの好奇心は続く。

 その間、自分たちの子供がどんな遊び方をしていようが気にもしていない。

 知美は美奈に時々眼をやりながら、「ええ、まぁ・・・」と、適当にやり過ごした。

 母親たちの好奇の目から逃れて消えたい・・・そう思ったが、楽しそうに遊んでいる美奈のため、と我慢した。

 そのうち母親たちの会話は、シンタのことになった。

 「犯人の少年って野球帽被ってたから顔は見られてないらしいわね」

 「シンちゃん、絞殺だって」

 「あんな小さい子の首絞めるなんて考えられないわ」

 「遺体解剖とかで、シンちゃん、まだ戻ってきてないそうよ」

 「だからお通夜もお葬式もできないのかぁ」

 「犯人捕まえるためでも、あんな小さい子の体を切り刻むなんてね・・・」

 「シンちゃんママ、よくOKしたわねぇ」



 午後4時。

 お昼寝から起きた美奈と一緒に近くのスーパーに買い物に行く。

 夕方の買い物客でごった返すスーパー。

 その人混みの中に、知美は夫の姿を見た気がした。

 こんな時間に?

 幸也は仕事中のはずなのに・・・。

 慌てて目で追うが、見失った。

 今朝、出勤時に来てた服と同じ気がする。

 似ている。

 でも、今の男は野球帽を被っていた。

 幸也は野球帽を持ってはいるが、今朝は帽子など被っていなかった。

 それに、幸也の野球帽はネイビーカラーだ。

 似た男が被っているエンジ色の帽子はもっていない。

 「人違いかな」

 知美は声に出してつぶやいた。

 夕食の買い物を済ませ、美奈の手を引き、家に歩いて戻る。

 立ち話をしている人を見ると、自分のことを見ている気がする。

 『昨日のテレビの人よ』

 そんな会話が聞こえてくる気がする。

 「被害妄想だわ…」

 知美は自分に言い聞かせるように静かに首を横に振った。

 美奈の手を引き、家路を急いだ。

 「美奈ちゃんのママ!」

 後ろから呼び止められた。

 『…私はいつから知美でなくなってしまったのだろう』

 美奈ちゃんのママと呼ばれるたびに、そう思う。

 でも、知美自身、彼女のことをマナミちゃんのママとしか認識してない。

 「ご主人によろしく言っといてね」

 「え?」

 「一昨日、土手のところで、自転車のチェーンがはずれて困ってたら、たまたま通りかかってなおしてくれたの」

 「一昨日?何時ごろのこと?」

 「ちょうど今くらいかな。

 夕方…4時ごろ。

 野球帽被ってらしたから、すぐに誰だかわからなくて。

 でも、ご主人のほうから声をかけてくださって。

 じゃあ、よろしく」

 マナミママは幸也が直したという自転車に乗って去って行った。

 おととい?

 4時?

 野球帽?

 幸也は定時の午後6時に勤務を終了するとして、帰宅時間はいつも午後6時半ごろ。

 営業で外回りをしてるわけでもなく、そんな時間に家の近くにいるはずがなかった。

 いったい、そんな時間に土手でなんか何をしてたんだろう。

 美奈と手を繋いで帰りながら、知美は色々と考えを巡らせた。



 午後6時半。

 いつものように、いつもの時間に幸也が帰宅した。

 いつものように美奈を抱き上げ、いつものように頬ずりをする。

 当然だが、変わった様子はない。

 「晩御飯にしましょ」

 知美もいつものように夕食の準備をはじめた。

 幸也はいつものように美奈をひざに抱いてテレビのチャンネルをニュースに変えた。

 「ママ、ママ!」

 しばらくして幸也が知美を呼んだ。

 「またこの近所で子供が殺されたらしいよ!」

 「えっ!?」

 知美はお玉を持ったまま、テレビの前に来た。

 『…ユカちゃん2才が発見された現場は、先日、佐々木シンタ君2才が遺体で発見された場所と1キロと離れていない場所で…』

 シンタの葬式すら終わってないのに、また近所で小さい子が殺された。

 「今日の4時頃、発見されたらしいよ。

 恐いな…」

 幸也はそう言いながら美奈を抱きしめた。

 「外を歩くのが恐いわ」

 知美がテレビを見つめたまま行った。

 『スーパーデイリーで買い物中、母親がほんの一瞬目を離した隙に連れ去られたと見られています』

 テレビはユカと言う幼児が連れ去られたと言うスーパーを映し出している。

 「ここ、いつも行ってるとこだろ?」

 「今日も美奈を連れて一緒に行ったわ」

 「そうか…。

 もしかしたら殺されてたのは美奈だったかもって思うとやりきれないよ」

 『今日、そのスーパーでパパに似た人を見たわよ』

 知美は聞き損ねてしまった。

 何か聞いてはいけないことのような気がしたから。



 午後10時。

 「ねぇ。

 最近、仕事、どうなの?」

 知美は思い切って聞いてみた。

 「どうって?」

 「忙しいの?」

 「そうだなぁ。

 休憩時間はなんとか取れてるけど、現場から一歩も離れられないなぁ。

 データがどうもおかしくて、何度も何度も取り直しなんだ」

 「ふーん・・・」

 「どうかしたのか?」

 「見間違いだと思うけど、おとといの夕方、土手のところでパパを見たって人がいて・・・」

 「俺を?

 人違いだろ?」

 一笑されてしまった。

 『今日、私も見たのよ』

 そう聞きたかったが聞けなかった。

 単に似てるだけの別人だったのかもしれない。

 でも、自転車を直してもらって、それほど近くで見て、見間違えるのだろうか。

 それに、今日見かけた幸也に似た男。

 幸也を見間違えるはずはない。

 そんな自信が知美にはあった。

 その自信が少し揺らいでいる。

 「そう言えば、今日見つかったユカって子、美奈の足をひっかいた子だろ?」

 「え?

 どうして知ってるの?」

 確かに、美奈の足を引っ掻いてミミズばれを作ったのはユカという子だった。

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