赤毛の使用人を募集します
【赤毛の使用人を募集します】
募集職種: 使用人
勤務地: ロメロ領 バールストン邸
仕事内容:
屋敷内の家事手伝い全般。
および、お嬢様のお世話と交流。
給与: 金貨10枚
雇用期間: 一か月
雇用形態: 住み込み
※食事・寝室を用意します。
勤務開始: 面接後、即日
応募資格
以下の条件をすべて満たす女性。
・艶やかな赤毛を持つこと
・年齢17~20歳程度であること
・身長155cm前後であること
・体重は面接時に応相談
※その他、容姿に関する規定については、面接時にお伝えします。
未経験者歓迎。識字能力は問いません。
◇
――10月2日――
めっきり寒くなった。帝都の秋は、隙間風が辛い季節だ。部屋の中にまで冷気が這いより、背筋をそっと撫で上げる。鬱屈とした気持ち。これを書き終えたらもう寝よう。ペンを走らせる指まで凍えてきて、うんざりする。
こうして日記を書き続けて、もうじき三年になる。十六歳の頃から帝都へ奉公に出たことをきっかけに始めた習慣であるが、奇跡的にぼんやり続けるに至り、今となっては十九歳。田舎という狭い世界に生きていくのに、読み書きなんて必要なのかと、当初は嫌で嫌で仕方がなかった。しかし、こうして都会で事務の仕事にありつけたのだから、母には感謝しかない。今頃、妹達にも読み書きを教えていることだろう。
そう言えば、奇妙な広告を大通りの掲示板で見つけた。【赤毛の使用人を募集します】というものだ。給金を見てひっくり返りそうになった。一か月で金貨十枚。たったの一か月で、私の給料の何年分になるのだろう。十年でも到底足りない。いったいどこの貴族の道楽なのか。私の怪訝な顔色を察してか、同僚のメリナも吐き捨てるようにいった。
「なんだか、怪しいわね。変態貴族の情婦にでもなるんじゃないの」
私は、深く考えて答えた。
「でも、金貨十枚だよ。これだけあれば、家族をこっちに呼べる。最近、母の体調も心配だし、帝都に来てくれるなら安心だよ」
「まぁ、そうねぇって、まさか、アンタ。応募する気?」
「うん。まぁ、どうせ採用されないと思うけどね」
自慢の赤髪を耳に掛けて頷く私に、メリナは「ええー!」と大げさに手を上げて驚いた。
「なんという挑戦者……。ヤバそうならちゃんと逃げるのよ。いいわね」
「もちろん」
残念ながら、私に使用人の経験はない。未経験歓迎とあるが、実際は経験者を優遇するに決まっている。これは、言わば運試しのようなもの。当たればいいな。金貨十枚なんて見たこともない。きっと、お母さんや妹達も喜ぶだろう。そういう気持ちを込めて、記念に手を挙げるに過ぎないのだ。
◇
――10月4日――
朝からどんよりと曇り空。外は相変わらず風が吹き、目や鼻の中をカサカサにしていく。今日のことを振り返ると、あまりの衝撃に時間が一瞬のうちに過ぎていったので、あまり覚えていない。なんと、あの不思議な求人に合格してしまったのだ。日ごろの行い故か。現実味がなさ過ぎて実感がわかない。
翻れば奇妙な面接だった。控室では私以外の赤毛の女の子が詰めかけていたが、どの子も碌に質問すらされていない様子。私の番になると、かび臭い部屋に不釣り合いなほど上等な服に身を包んだ女性が出迎えてくれた。三十代前後だろうか。親切にしてくれたが、私は緊張しっぱなしだった。
「ようこそ。どうぞお掛けください」
そこからは簡単な受け答えを経て、身体検査をすることになった。身長や体重に始まり、爪の形や口の状態。足のサイズまで。いったい何のためか、と私が訊ねると面接官は「制服のための採寸ですよ」と笑顔で答えた。あとは、おかしな病気を持っている者を“お嬢様”に近づけないように、とのことだ。
「素晴らしい。イライザさん。あなたこそ、求めていた人材です」
そう言われて、私の採用が決まった。なんて素早い判断。使用人の経験がないことも伝えたが、まったく問題ないようだ。
これは夢なんじゃないかとも考えたが、今の私は、もう眠くてかなわない。まさか夢の中で眠るなんてことはないだろう。
明日から、ロメロ領に向けて出発する。お嬢様のことについては、明日書こう。
◇
――10月5日――
曇り空が一掃されたような晴天。今日は、本当に疲れた。馬車に揺られて半日。帝都から出発し、ロメロ領の中核都市を横切り、薄暗い森へと続いていく。湿気を帯びたぬっとする匂いが強くなり、鴉が鳴く。薄暗い茂みの奥から物音がするのに、人の気配は消え失せていく。よもや騙されたのではないかと不安になったが、同席してくれた女性(あの面接官だった女性だ)は困り眉になりながら私をなだめすかしてくれた。
「ご安心ください。ロザリーお嬢様はお身体が弱く、こういった場所でないと生きられないのですよ」
どうやらお嬢様は病弱らしい。私は、おもむろに下の妹のことを思い出した。小さい頃によく風邪をひいて、私が看病をしてやっていたが、元気にしているだろうか。
森の中を進むと、やがて住まいが見えて来た。城門のような建物がでんと置かれ、その奥に二階建ての古びた屋敷に繋がっている。ぐるりと周囲を囲った武骨な石壁も相まって、まるで精神病棟。あるいは監獄のようだった。
女性に連れられて屋敷の中に足を踏み入れると、さらに驚いた。外の有様とは別世界のような華やかなホール。深紅の薔薇が活けられた花瓶がそこかしこに置かれ、水晶をあしらったシャンデリアが吊り下がっている。相当お金を使われていることが容易に想像できた。
「こちらでお待ちください。お嬢様、新しい使用人をお連れしました」
寝室と思われる観音開きの木扉の奥から、子猫のような可愛らしい声が聞こえてくる。
「どうぞ、お入りになって」
女性に促されるまま、私は遠慮がちに顔を伏せながら扉を開けた。
「失礼します」
窓の側にいた貴婦人が顔を向ける。その目に射抜かれた瞬間、私は息を飲んだ。薔薇で染め上げたような鮮やかな赤髪。驚くほど小さな顔に白い肌。ルビーすら羨むような紅い瞳。可憐だ。平民では一生お目に掛かれない美少女だった。
「まぁ! どうか緊張なさらないで。わたくしはロザリー。あなたのお名前は?」
「い、イライザです。イライザ・ハウ」
「イライザ! よろしくね」
ロザリー様は気さくに駆け寄ってきた。ふわりと甘い香りが鼻孔を掠める。
「あら。あなたの目、鳶色なのね」
じっと、紅い目で見つめられて、女性同士なのにドキリと鼓動が跳ねた。
「す、すみません」
いったいなんに対する謝罪なのか。ロザリー様もクスリと微笑んだ。
「ううん。すっごく素敵よ。イライザ。よろしくね」
以上が、お嬢様との邂逅の話だ。
今、割り当てられた部屋でこの日記を書いているが、なんだかソワソワして落ち着かない。本物の貴族というのは、生きる世界が違うのだと思い知らされた。この書斎机も、普段私が使っている物よりも、頭7つほど抜けて上等だ。この分だとベッドもフカフカ夢見心地なのだろう。
もう寝よう。神よ。どうか私に安らかな眠りを。
◇
――10月6日――(残り25日)
晴れ。だけど、屋敷の空気は心なしか、どんよりとしている。日当たりが悪いからかな。最終日の10月末まで。せっかくなので、今日から残りの日数も書いておこう。精いっぱい頑張るぞ。
今日は、初仕事だった。朝起きて、身繕いを終えて、卸し立ての制服に袖を通した。ひやりとした制服の肌触りが、緊張をいっそう高めた。
起床し、身支度を終えたら、まずはロザリーお嬢様にご挨拶。後のことは彼女が教えてくれる、らしい。らしいというのは、面接官だった女性(名前はエリザベート)はそれだけ伝えると、馬車と共に去って行ってしまったからだ。二~三日に一度様子を見に来てくれるらしいが、いきなり本格的お嬢様との二人暮らしは新人メイドには荷が重すぎないか。自分の城であるワンルームすら気を抜けば足の踏み場が無くなるというのに。
「あら、おはよう。イライザ。昨晩はよく眠れた?」
扉をノックしてロザリーお嬢様の寝室に失礼すると、窓を開けて外を眺めていたお嬢様が振り返った。ふわりと髪が揺れて、薔薇の香りが風とともに流れくる。
「お、おはようございます。ロザリーお嬢様。お着換えのお手伝いを……」
「ううん。その前に、朝食にしましょう。お腹空いてるでしょ?」
猫が軽やかに塀を飛び降りるようにロザリー様が立ち上がる。
「来て。お台所はこっちよ。それからは、お屋敷を案内してあげるわ!」
人懐っこく私の手を引いて、台所へと連れて行っていただいた。それからは、お嬢様と一緒に朝食を作り、同じテーブルで食事を摂った。柔らかいパンに瑞々しい野菜、それとスクランブルエッグとハム。温かい。簡単なモノであったが、どれも頬が落ちそうなほど美味しかった。
食事を終えた後も、ロザリーお嬢様に連れられて屋敷を案内してもらった。詳しく書こうと思ったが、なんだか緊張疲れが襲い掛かって来た。今夜は、この辺りで寝よう。
そう言えば、お嬢様の寝室の窓からは、石壁しか見えないはずだけど。空でも見上げていたのかな。
◇
――10月7日――(残り24日)
ロザリー様は十八歳らしい。お茶をご一緒したときに教えてくれた。なんだか歳の近い妹が出来たみたいだ。
実際の妹と決定的に違うことは、お嬢様はご自分のことをほとんど一人で出来てしまうということだろう。私の仕事と言えば、お嬢様の話し相手くらいしかない。なんだか、こんな調子で金貨十枚も貰っていいのだろうかと不安になった。
「気にしないで。イライザ。一人でいると、退屈だもの。手慰みにやっていたら出来るようになっただけよ」
屋敷の裏手に設えた薔薇園の世話をしながらロザリーお嬢様は笑う。病弱と聞いていたが、今は違うのだろうか。人里離れた屋敷に住む紅い貴婦人。いったい何処の家系の貴族なのだろう。それとなく聞いてみようかな。失礼に当たらないだろうか。
屋敷は、周りを囲う異様な石壁を除き、気になるところはない。豪華な部屋。浴室や台所。それらを繋ぐ寒々しい廊下。地下に設けられた食料保管庫。それくらいだ。帝都の下町だとネズミが一帝国を築き上げそうな屋敷ではあるが、不思議とそんな気配はない。森のネズミは弁えているのだろうか。それとも、ロザリーお嬢様を恐れているのかな。あの方は、どこか猫に似ているし。なんて、冗談を言ってみたり。
今日はこの辺りで。今からロザリーお嬢様の髪を梳かしてさしあげないと。心穏やかなり。
◇
――10月10日――(残り21日)
だんだんと書くことがなくなって来た。ここは代わり映えがしない。薔薇園の手入れ、掃除、読書。ロザリーお嬢様の無邪気な鼻歌とともに、一日がすぎていく。しかし、五日でこれだと、一か月は長いかもしれない。唯一変わったことと言えば、昨日はエリザベートさんが食料とともに様子を見に来ていたことだ。
「イライザさん。なにか困ったことは?」
「いえ。何も」
「そうですか。その調子でお願いします」
会話はそれだけ。放任主義らしい。
それはそれとして、とても嬉しかったことを書かなくてはいけない。ロザリーお嬢様が整髪用の精油を私にも使わせてくれたのだ。いつも漂ういい香りの正体はこれだったか。おかげで、私の髪も自分史上最フワを更新。髪に華が咲いたようだ。そして、恐れ多くもロザリー様に私の髪を梳かしてもらった。丁寧に櫛を通しながら、私の普段の仕事のことや、平民の生活のことを熱心に聞いて、信じられないと目を丸くしていた。
きっとお嬢様は寂しいのだろう。こんなところに住んでいては、無理もない。明日は庭の薔薇を手入れする予定だ。
◇
――10月13日――(残り18日)
曇。朝から暗鬱な気持ち。日記をつけるのも嫌になって来た。きょうは、驚くべき新事実が明らかになった。ロザリーお嬢様は三年前に結婚していたらしい。
「ええ。燃えるような恋だったわ。夜会であの方と、アンジールと出会った時。私の中で何かが弾けた。あぁ、この人が運命の相手。そう思ったわ。イライザ。あなたにはいい人はいる?」
「い、いませんよ。仕事が忙しくって、それどころじゃありません」
「嘘」
「う、嘘じゃありません……」
「ウフフ。イライザったら嘘が下手ね」
「う……。はい、実は、気になっている人がいます」
髪を梳かしながら、私は胸の内を白状した。しかし、ふと疑問に思った。そのアンジール様はどこで何をやっているのだろうか。それとなく聞いてみた。
「アンジールとは、ダメになっちゃったの。私の愛が強すぎて、彼を燃やし尽くしてしまったみたい。きっと、彼は運命の男性じゃなかったのだわ」
情熱的なことをさらりと言ってのけた。同僚のメリナが“運命の男性”だなんて言ったら噴き出していただろう。ロザリーお嬢様が言うと様になるのだから、なんだがずるい。
「きっと、この先に素敵な出会いがありますよ」
「ええ。わたくし、また恋がしたい。それが夢よ」
他愛のない恋バナをして、距離がぐっと近くなった気がしたので、思い切って聞いてみた。
「その、お嬢様はどうしてここで暮らしているのですか。病弱だと聞いていますが」
ロザリーお嬢様はクスリと微笑む。
「わたくし、病気なんですって。だから、ここに幽閉されているの」
「幽閉、ですか。いったいどんな病気なんですか」
「わからないわ。みんなと一緒に歌って踊っていたら、それはいけないことだって言われて、気が付いたらここに入れられていたの。お前は病気だって!」
「そうなんですか……」
かける言葉が見つからなかった。ロザリーお嬢様は気にしていない様子で、私の恋愛事情を根掘り葉掘りと聞いてきたが、ここには書かないことにする。理由は恥ずかしいから。今日はもう寝る。
◇
――10月14日――(残り17日)
雨。特に変わったことなし。ロザリーお嬢様の髪飾りを付けさせてもらった。何とかに真珠のようで恥ずかしい。
◇
――10月16日――(残り15日)
曇。夜には晴れていた。ここに来てから髪が見違えるほどツヤツヤになった。やはり精油を使って梳かすと全然違う。後は、食事が整っているからだろうか。肌も滑らかだ。レパートリーは少ないが、健康的な生活でいい。
◇
――10月17日――(残り14日)
晴。やってしまった。包丁で指を切ってしまった。大した怪我ではないが、ロザリーお嬢様は大慌て。私の指を掴んでペロリと舐めた。指の腹を撫でる艶めかしい感触が今でも残っている。それに、あの蠱惑的な色を浮かべた顔に見つめられて、思わず頬が火照ってしまった。私にそんな趣味はない。そんな趣味はないのだ。もう寝る。
◇
――10月19日――(残り12日)
快晴。ここに来て、もう間もなく二週間が経とうとしている。ずっとここで暮らしていたいと思う反面、この生活を一生続けていると、頭がおかしくなってしまいそうだ。
きょうは、ロザリーお嬢様から爪の手入れを教えてもらった。丁寧にやすりをかけてもらい、みるみるうちに光沢のある綺麗な爪に早変わり。主人にこんなことをしてもらっていいのかと思ったが、ロザリーお嬢様は満足そうだったので、問題なし。
◇
――10月21日――(残り10日)
思い出した。ロメロ領と言えば“血の聖夜事件”だ。もう三年くらい前か。領主家が関与した大量失踪事件。主犯の夫人と娘は、処刑されたんだっけか。あれ、どうだっけ? あまり詳しくないけど。もしかして、今の私も失踪扱いになるのかな。そんなわけないか。
ロザリーお嬢様は今日も機嫌がよさそうだ。夜、一緒にダンスを踊った。柔らかな手の感触、うっとりするような空気。夢のようなひと時を過ごせた。
◇
――10月24日――(残り7日)
あと一週間足らずでこの生活も終わりを迎えようとしている。はたして、私は元の生活に戻れるのだろうか。あの寂れたワンルームに戻ると、ロザリーお嬢様が恋しくなってしまうかもしれない。森の中に佇む夢幻。思い出は私の心の奥底で、甘く募る澱のように、切なく残り続けるのだろう。
今日はロザリーお嬢様の気まぐれで彼女のお洋服を着せてもらった。
「ほら、イライザ。こっちなんてどう?」
つまるところ、ロザリーお嬢様の着せ替え人形にされてしまったのだ。でも、鏡の前に写る私は、自分じゃないみたいに綺麗で、驚いた。お嬢様が持ってくるドレスや、髪飾り、ネックレスや指輪はどれもセンスが良く、鏡の中に自分が現れる度に、物語の中から抜け出してきたような女性がこちらを見つめている。
「これが、本当に私?」
きっとそうだ。そして、彼女は幻でもあるのだ。
◇
――10月27日――(残り4日)
大雨。今日は水を張ったたらいをひっくり返したような雨だ。日課になっている薔薇園でのお手入れはお休み。お嬢様と恋愛小説を読んで過ごしていた。
「ねぇ。イライザ。わたくしね、貴族の血とか、家柄とかもうたくさん! 真実の愛は、夜会では見つからないのだわ」
夜、鏡台の前でロザリーお嬢様が言った。小説の影響だろうと容易に想像がついた。そこで、ロマンスの定番と言えば、それこそ貴族社会で繰り広げられるものではないだろうか、と私は進言した。
「私は夜会というものにちょっと憧れます。華やかで、いかにも貴族っ! みたいな感じで、素敵じゃないですか」
「素敵だなんて! 肩身が狭いだけよ。それにね、みんなにちやほやされるのは悪い気はしなかったわ。いい? 本当はね、あの人達は、わたくしの家柄を見ているだけなの。それって真実の愛と呼べるかしら? わたくしの中身を見てくれる殿方はいったいどこに?」
自分はちやほやされていたと当然の如く宣うのに、一切嫌味に感じない。正直これほど可憐なお嬢様ならば殿方はおろか、誰もが放っておかないだろう。
「うーん。ロザリーお嬢様はお美しいですので、逆に難しいかもしれませんね。お嬢様の中身で好きになってくれる殿方を見つけるのは」
「もう! イライザったら意地悪ね。そんなことないわ。きっといる。きっといるもの」
プリプリと怒るロザリーお嬢様に私は苦笑を浮かべた。
鏡の前で、髪を梳かす私と、頬を膨らますロザリーお嬢様。本当の姉妹のようだ。それが、なんだか誇らしかった。
◇
――10月31日――(残り0日)
快晴。今日で約束の一か月が終わる。明日の朝には、エリザベートさんが迎えに来てくれる。まだ夜も更けていないというのに、無性に眠い。けど、思い出を残しておかなければ。
ロザリーお嬢様と最後の時間を過ごした。一日中歌って、踊って、別れを惜しむように思い出話を語った。今日はお嬢様が料理を作ってくれた。上等なお肉にワインまで出して。お金はいらないから、もう一か月続けてもいいとさえ思う。それほどまでに充実した、穏やかな時間だっ―た。
ロザリーお嬢様とずっとふたりで、いたから、目をとじろとかのよの顔が、うかうぶ。あれ、だめだ、なんだか、おか――――――――――――――
◇
■“血の聖夜事件”主犯、惨殺される
――バールストン邸で火災、ロメロ家令嬢の遺体を発見
十一月一日、ロメロ領バールストン邸で発生した火災の焼け跡から、同邸に居住していた人物とみられる遺体が発見された。
遺体は激しく損傷しており、顔面には油をかけた上で火を放ったとみられる痕跡が確認されたことから、身元の特定は難航した。しかし、現場から発見された装飾品に加え、遺体の爪や髪の状態、服装などを照合した結果、ロザリア―ナ=フォン=ロメロであると断定された。
ロザリア―ナ氏は、帝国史上でも類を見ない規模の監禁・殺害事件として知られる“血の聖夜事件”の主犯として、事件後、生涯にわたる幽閉処分を受けていた。
法王庁による調査では、同氏は火災が発生する以前に殺害されていた可能性が高いとみられている。また、縛られた遺体には拷問を受けたとみられる痕跡も複数確認された。
中でも特に目を引くのが、両眼の眼球が完全にえぐり取られていたことだ。さらに、大腿部には複数の切創が確認されたものの、いずれも致命傷となる部位を巧妙に避けていたという。
捜査関係者は、これらの状況から、犯人が被害者に対して強い恨みを抱いていた可能性があるとみて、詳しい経緯を調べている。
一方、現場からは複数の金品が持ち去られていたことも判明している。さらに、事件当日、同邸の臨時使用人として採用されたイライザ・ハウ氏が現在も行方不明となっていることから、法王庁は同氏を最重要参考人として行方を追っている。
事件を受け、採用担当者であったロメロ家筆頭侍女エリザベート・シュナイダー氏も監督責任を問われた。しかし、ロメロ家当主ザラド=フォン=ロメロ氏の判断により、処分は三か月の謹慎にとどまった。
ザラド氏は本紙の取材に対し、
「此度の事件は、到底看過できない問題である。貴族の威信をかけて、イライザの行方を追う」
と語り、事件の全容解明とイライザ氏の捜索に全力を挙げる姿勢を示した。
なお、事件当時バールストン邸にいたとされるロザリア―ナ氏とイライザ氏の間に、どのような関係があったのかについては、現在のところ明らかになっていない。
◇
旅馬車に揺られる赤毛の女性が微笑んだ。陽光差す慣れない旅馬車の、硬い座席さえ愛おしそうに。日記を読み返して、彼女との出会いやそれまでのいきさつに思いを馳せていたからだ。
彼女の歌は本当に素晴らしかった。
陶酔するように頬を染めながら、赤毛の女性はまっさらな頁を開き、ペンを走らせた。
◇
――11月3日――
花も、山も、川も、街の人も、青空も、みんなみんな、鮮やかに色づいている。
あぁ、世界はなんて美しく、光に満ち溢れているのだろう。
生きていて、本当に良かった。
※日記はここで途絶えている。
(了)
ここまでお読みいただきありがとうございました。
よければ感想、ご評価をいただけましたらとても嬉しいです。
佐倉美羽
▼”血の聖夜事件”についてはこちらからどうぞ。8000文字程度の短編です。
『「もう会うこともあるまい」と手紙で私を捨てた元婚約者様へ。あなたが食べたそのお菓子、毒よりおそろしい「真実」が入っていました』
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