第2話「未確認リターン」
朝の教室。
「だからさ、昨日の調査で――」
上原そらが言いかけたところで、なおが机を叩いた。
「ストップ。学校で“調査”って言うな。普通に浮く」
「いやでもさ、層が――」
「はいアウト。完全に設定厨」
周りのクラスメイトが笑う。
そらは小さく舌打ちして、窓の外を見る。
校庭ではサッカー部が走っている。
普通の学校。普通の朝。
仮想空間なんて、誰も知らない。
「で? 昨日はどの層?」
なおが声を落として聞いた。
「三層の外側。未記録域っぽかった」
「……マジで行ってんの? お前んち」
「ねーちゃんが調査員だからな」
さらっと言う。
なおは苦笑した。
「いいなー。俺んちなんか母親、門限うるさいだけだわ」
「うちも似たようなもんだって。母さんログうるさいし」
「ログって何」
「……あー、記録みたいなやつ」
説明しかけて、そらは言葉を飲み込む。
一般人に話していい話じゃない。
なおは気づかずパンをかじった。
*
窓際。
メガネの女子――しおりが本を開いたまま、二人を見ている。
(……層? 調査?)
意味は分からない。
でも言葉だけが引っかかる。
そらが立ち上がった瞬間。
――位置が、わずかにズレた。
(え?)
心の声が暴れる。
(今、前に……? いやいやいや、そんな……)
でも周りは誰も反応しない。
*
「ほら能力者、紙飛行機折れ」
なおが紙を差し出す。
「だから俺、不器用なんだって」
ぐしゃ、と紙が歪む。
笑い声。
そらが軽く投げた瞬間。
鉛筆が落ちる。
カツン。
紙飛行機の中央に突き刺さった。
空気が止まる。
「……今の何?」
なおが目を丸くする。
「リターン」
「はい出た」
笑いながらも、なおの目は少しだけ揺れていた。
しおりはページをめくる手を止める。
(……物理的に無理じゃない?)
心臓が少し速い。
*
昼休み。
「なあそら。仮想空間ってさ、ゲームみたいなやつ?」
「ゲームじゃない。現実の座標をコピーした層っていうか」
「急にそれっぽいこと言うな」
「マジだって。母さんのログだと――」
言いかけて、そらは止まる。
なおは笑う。
「はいはい機密情報ね」
「……まぁ、そんな感じ」
自分でも曖昧に濁す。
本当は、仮想空間の事故で帰れなかった人もいる。
でも、それは言えない。
*
放課後。
廊下を歩く。
足元が一瞬軽くなる。
気づいたとき、そらは一歩前に立っていた。
「……またか」
「何が」
「いや、なんでも」
なおは気にしていない。
でも背中が少し冷たい。
遠くで、しおりが壁にもたれていた。
(……やっぱりズレてる)
ノートに小さく書く。
上原そら
座標ズレ
意味は分からない。
でも、書かずにいられない。
*
帰り道。
「なあ、そら」
「ん?」
「仮想空間って危なくね?」
なおがふと真面目な声で言った。
「……まぁな」
「帰れなくなるとかある?」
そらは少しだけ黙った。
父の話を思い出す。
「……あるらしい」
「怖っ」
なおは笑って話を終わらせた。
でもその言葉だけが、胸の奥に残った。
空の雲が、一瞬だけ四角く歪む。
誰も見ていない。
しおりだけが立ち止まった。
(……世界、変じゃない?)




