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第2話「未確認リターン」

  朝の教室。


「だからさ、昨日の調査で――」


 上原そらが言いかけたところで、なおが机を叩いた。


「ストップ。学校で“調査”って言うな。普通に浮く」


「いやでもさ、層が――」


「はいアウト。完全に設定厨」


 周りのクラスメイトが笑う。


 そらは小さく舌打ちして、窓の外を見る。


 校庭ではサッカー部が走っている。

 普通の学校。普通の朝。


 仮想空間なんて、誰も知らない。


「で? 昨日はどの層?」


 なおが声を落として聞いた。


「三層の外側。未記録域っぽかった」


「……マジで行ってんの? お前んち」


「ねーちゃんが調査員だからな」


 さらっと言う。


 なおは苦笑した。


「いいなー。俺んちなんか母親、門限うるさいだけだわ」


「うちも似たようなもんだって。母さんログうるさいし」


「ログって何」


「……あー、記録みたいなやつ」


 説明しかけて、そらは言葉を飲み込む。


 一般人に話していい話じゃない。


 なおは気づかずパンをかじった。



 窓際。


 メガネの女子――しおりが本を開いたまま、二人を見ている。


(……層? 調査?)


 意味は分からない。


 でも言葉だけが引っかかる。


 そらが立ち上がった瞬間。


 ――位置が、わずかにズレた。


(え?)


 心の声が暴れる。


(今、前に……? いやいやいや、そんな……)


 でも周りは誰も反応しない。



「ほら能力者、紙飛行機折れ」


 なおが紙を差し出す。


「だから俺、不器用なんだって」


 ぐしゃ、と紙が歪む。


 笑い声。


 そらが軽く投げた瞬間。


 鉛筆が落ちる。


 カツン。


 紙飛行機の中央に突き刺さった。


 空気が止まる。


「……今の何?」


 なおが目を丸くする。


「リターン」


「はい出た」


 笑いながらも、なおの目は少しだけ揺れていた。


 しおりはページをめくる手を止める。


(……物理的に無理じゃない?)


 心臓が少し速い。



 昼休み。


「なあそら。仮想空間ってさ、ゲームみたいなやつ?」


「ゲームじゃない。現実の座標をコピーした層っていうか」


「急にそれっぽいこと言うな」


「マジだって。母さんのログだと――」


 言いかけて、そらは止まる。


 なおは笑う。


「はいはい機密情報ね」


「……まぁ、そんな感じ」


 自分でも曖昧に濁す。


 本当は、仮想空間の事故で帰れなかった人もいる。


 でも、それは言えない。



 放課後。


 廊下を歩く。


 足元が一瞬軽くなる。


 気づいたとき、そらは一歩前に立っていた。


「……またか」


「何が」


「いや、なんでも」


 なおは気にしていない。


 でも背中が少し冷たい。


 遠くで、しおりが壁にもたれていた。


(……やっぱりズレてる)


 ノートに小さく書く。


上原そら

座標ズレ


 意味は分からない。


 でも、書かずにいられない。



 帰り道。


「なあ、そら」


「ん?」


「仮想空間って危なくね?」


 なおがふと真面目な声で言った。


「……まぁな」


「帰れなくなるとかある?」


 そらは少しだけ黙った。


 父の話を思い出す。


「……あるらしい」


「怖っ」


 なおは笑って話を終わらせた。


 でもその言葉だけが、胸の奥に残った。


 空の雲が、一瞬だけ四角く歪む。


 誰も見ていない。


 しおりだけが立ち止まった。


(……世界、変じゃない?)

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