第9話:決戦戦艦白桜級
懐かしい司書さんと顔を合わせる。
「お久しぶりです、今日はどのような御本をご所望ですか?」
「戦略学について学びたいと思ってね」
司書さんはあの時と同じく、本の位置が記された表を取り出しては、素早く見繕ってくれる。しかもちょうど二正面作戦における不利な状況からの脱却という本とこの前自分の提唱した艦隊による敵港湾施設の破壊による攻勢限界の遅滞に関する本だった。
「あの……もしかして……」
「はい、陛下から少しだけ世界情勢が不安定だとお伺いしております。必要であれば個室も用意しますが?」
「お願いいたします。あと世界地図と図上演習駒も」
「かしこまりました」
自分は個室に入り、普段ならコーヒーの香りを楽しむがその余裕すらなかった。何度駒を動かしても変わらない絶望的戦況。まだ現実になっていないだけの悪夢とも言える。いずれこれは現実になる。
「クソっ!!」
机を思いっきり叩き、駒が揺れて、倒れる。
自分は侍従長なのだ。国のトップ2でありながら陛下の為に全てを尽くさねばならない。そこで気がつく。自分はもう陛下に全てを捧げると決めていたと。
「パラディンズと合流されたら本当に勝ち目が……パラディンズって吸血鬼殲滅宗教だとしたら連邦と一時的でも合同で動けるのでは?」
すぐにヴァルツ元帥に通信魔導具で相談する。
返事は「希望は少し薄いが今見える可能性としては最も有用と言える」とだけ返された。
今は外交でギリギリまで延命し、なおかつ『致命的な延命策』にならない策を模索しなければならない。
アルスヴァーン帝国秘匿造船所にて
軍幹部にしては珍しく葉巻ではなく、シガレットを吸う、眼鏡のインテリ軍人が傍付きの担当官と造船所を眺めていた。ここは例の60cm砲搭載型超大型戦艦の建造のため、本来なら閉鎖される予定だったが急遽復旧させた。
「ラインルート准将閣下、造船の具合どう見ますか?」
ラインルート准将。それが私の普段の呼び名だ。ヴァルツ海軍元帥の1番弟子かつ最優秀弟子とも呼ばれ、若くして准将になった。だが階級というのはあくまでも年功序列に近い。無論無能が元帥など考えたくもない話だが、私自身更に精進しようとする心構えは忘れたことはない。
「完成まであとどれ位かかりそうか?」
「おおよそ1年半です。現在急ピッチで建造してるのでもしかしたら多少早く出来るかもしれません」
開戦前夜の昼頃当たりの現状況下で1年半とはとてつもなく長い時間に思える。だが戦争はマラソンと同じで日頃のトレーニングと走り過ぎず、歩き過ぎないのが基本。バランスの大切さをヴァルツ元帥閣下から賜ったお言葉だ。
「とにかくスペック通りに可能な限り急いで完成させろ。駆逐艦と大型戦艦は通常の造船施設で対応しつつ、超大型戦艦のみ秘匿造船所の三ヶ所で建造を急げ」
「はっ!……ですが何故そこまで急ぐ必要が?」
「貴官の気にすることでは無い」
「はっ!失礼しました」
とにかく、とにかく造船を急がせねば。大型戦艦では工業地帯は叩けない。少なくとも連邦の我々の狙う工業地帯は工業生産の60%を担っている以上、落とす必要がある。
「あの、准将閣下」
「どうした?」
「陛下からお呼びがかかっています」
このタイミングで?陛下の事だ。左遷してくれるなら平和裁判にかけられない所に飛ばしてもらいたいところだ。そう思い、軍専用の液体化した石炭燃料車両で帝国城に急いで向かい、陛下の部屋に入る。
「よく来たな。早速だが紹介する侍従長のレイヴァスだ。人間だがとても優秀だ」
「初めまして、ラインルート准将閣下。侍従長のレイヴァスです」
新しい侍従長が本当に人間だったとは。最初に聞いた時は戦略的な欺瞞だと思ったが……
「こちらも初めまして。ラインルート准将です。侍従長閣下のご活躍ヴァルツ海軍元帥よりお聞きしております」
私と2人で軽くお互いに自己紹介し合うと意気投合できそうな気がした。レイヴァス侍従長閣下は相当な心の持ち主だ。
「では、2人には私から頼みたいことがある」
「「はっ!」」
「60cm砲搭載大型戦艦の見学と名称定めだ!私も乗るのだから私が決めて当然であろう?」
レイヴァス侍従長閣下も緊張の糸が解けたようだ。私もそうだ。とにかく陛下の気まぐれは軍事に対する冒涜とも思えるが、その一方で知識と戦略眼、そして判断力は凄まじい。さて、侍従長閣下の陛下へのお気遣い見せてもらいますよ。と私は心で言いながら、メガネをクイッとする。
秘匿造船所と帝国城を行き来した事に少しだけイラつきを覚えてるラインルート准将の顔は後ろにいる自分がバックミラーで見ていた。
「ねぇ、レイヴァス」
「はい?」
もう、呼び慣れるのも慣れて、無茶振りも怖くなくなってきた。
「船の名前どうする?我が国では戦艦の名称は自然現象を由来としているのだが……」
「そうですね……まだ船を見てないのでなんとも言えませんがこの帝国独特の自然現象として比較的涼しい夏が訪れる前触れの桜が白くなる事から白桜級とかどうでしょうか?」
陛下は頷きながら「悪くない」と答えた。
「ラインルートはどうだね?」
「僭越ながら私は命名には弱く……申し訳ないです」
「忌憚のない意見で構わないわ」
ラインルート准将はもう殴られる事も覚悟したようで答える。
「十数年に一度訪れる暑い夏の夏希級とかいかがでしょう?」
陛下は驚いた顔を見せる。
「お前の事だから桜吹雪とか言い出すと思っていたが思ったより、風情のある名で安心したわ」
「ハハハ……候補にありましたよ」
「前言撤回。お前のネーミングセンスは中学生レベルだ」
陛下も心做しか緊張が解消されたようでワクワクとラインルート准将を弄りながら秘匿造船所に入る。
中は最低限の明かりと大型のクレーン、そして作りかけの仮称白桜級が佇んでいた。内装は無骨もいい所で少なくとも自分はこんな所では働きたくない。
「あれが60口径65センチ砲か……デカくて私はワクワクが止まらないわ!」
「陛下!あまりお近すぎないように」
ラインルートの忠告も聞かずに船に近づいて眺める陛下のお姿は好奇心旺盛な少女に見えた。
自分は上を見ているとクレーンの鉄骨が左右に揺れている。作業員の疲れからだろうか。
「ラインルート准将閣下、ここの作業員だいぶ無理してませんか?」
「実はそれが戦略的大きな課題なのだ。今は良くても今後が不安だ」
その時だった、陛下のいた高台にガタンと音を立てて、釣り上げられた鉄骨が大きく揺れる。危ない!と思い、自分ではクッションの役目すら立たない事は分かっていた。だが考えるよりも体が動き、陛下を覆いかぶさっていた。こんな可愛い陛下を守れるなら幸せだ。でも、陛下も死んでしまう。自分がもっと……強ければ……!!後悔後先立たずという言葉を思い出した時だった。
「力の神よ、今こそ我に主を守りし力を与えたまえ!!」
ラインルート准将がそう叫んで、落ちてきた鉄骨を誰もいない箇所に吹き飛ばす。激しいガッシャーーン!!という音と周りの悲鳴が聞こえる中でラインルート准将は陛下と自分を見る。
「お二人共お怪我はありませんか?」
「自分は大丈夫です。陛下は?」
ラインルート准将の怒りは頂点に達していた。
「貴様ら!陛下に何を……」
「待て……」
陛下は震えながらも立ち上がり、大声で秘匿造船所で叫ぶ。
「お前達はよく頑張っている!事故の件は許す!同時に3日間の休日をミスレイア女王の名の下で与える!よく休み、よく働け!以上だ!」
陛下のそのカリスマ性にラインルート准将も自分のみならず、作業員達も驚きと感激を抱いていた。
そのまま車に乗り、城をもどる途中で自分は陛下から叱責を受ける。
「何故、私を守れないのに命を犠牲にしようとした!?」
「陛下にお役に立ちたくて……申し訳ございません……」
「いい?私は女王陛下よ。国の為に働く者が過労のミスで事故死してもそれは私のマネージング能力の無さの表れよ。あなたは侍従長として責任を持ちなさい!いいわね?!」
自分は驚きながらもはい!と答えて、陛下もよろしい。と答え、3人で帝国城の最近の陛下のお気に入りなのか茶会のドームに入り、アフタヌーンティーセットが用意されると一言。
「これより、アルスヴァーン帝国女王陛下恋愛会議を開く」
ベクトルの違う無茶振りにまた自分達は振り回されそうだ……
ここまで読んでくれた読者の皆様!本当に嬉しいです!この回ではミスレイア陛下が事故を起こして危うく命の危機もありましたが、それを許し、休暇も与える。カリスマ性のある上司ですね。自分の昔のバイト先の上司の方は優しくてアドバイスもしっかりしてくれましたが健康に不安がある生活をしておりました…
さて、この白桜級も初めての航海いわゆる処女航海は意外な展開になるので少しワクワクしながら見て頂けると幸いです!




