矢代優星の日記
小夜が死んでもう3日も経った。
彼女に対して弔う言葉が見つからないまま、
今日も僕はのうのうと生きている。
なぜ僕がこうも無気力に浸るのか、
それは小夜にとって僕は友達ですら怪しい関係だからである。
そして、手の赴くままにTwitterのDMに手を差し伸べ、送る。
「初めまして、小夜の彼氏さん。
-----なので、お会いできませんか。」
小夜との出会いは6日前の朝だった。
記憶はやや不確かだが、断片的に覚えている。
僕は日記を習慣付けているのだが、
我儘で申し訳ないがこの日記を頼りにこれまでの顛末をあなたに知って欲しい。
2025.03.23
「未成年飲酒」は「未成年」でしか経験できない。
そんな謳い文句に僕は負けた。
あと1年を待てずに飲んだ初めてのお酒は氷結だった。
日野に住むコウスケと家で2人、柿ピーを見つめて飲むお酒は不味かった。
高校から飲んでいた、と平気で犯行を豪語するコウスケは日本酒を飲んでいた。
僕はそんなコウスケを傍目にどこか劣等感を感じつつ、無理やり注いでもらった日本酒を口にかき込んだ。
消毒液の後味が少しだけクセになった。
正直もうこの辺りから記憶がない。
2025.03.24
足元が覚束ず、頭も重心を忘れていた。
立川駅に着いてもまだ酒の感覚は抜けない。
それもそうか、と左手に持つ氷結に挨拶をする。
このときの僕は最強だった。
ギリ熊になら勝てそうなほどの力を持ち、
50mだって今なら5秒で走れそう。
その熱意と勇気は嫌な方向に矢の先を向けた。
「黒」というより「ノワール」が相応しい。
そんな色を身にまとった耽美な女性に目が惹かれた。
今の僕は最強だ、そんな何かの自信で人生で初めてナンパを試みた。
そんな激情に身体は耐えきれずに横転したことを覚えている。
そのとき彼女が僕に何と声を掛けたのかあまり覚えていない。
…
僕は彼女の歌声で目が覚めた。
そう、ふと目が覚めるとカラオケにいた。
身に覚えのない水とエチケット袋を手に持ち、
ソファを抱えるようにして眠っていた。
彼女は目が覚めたことに気付き慌てて歌うのを中断した。
「おはよ、飲んでから来たの?」
第一声にウトウトと頷く。
「"ケンジくん"も何か歌う?」
「ケンジ…くん?」
僕の名前は矢代優星だ。そう心の中で呟くも、ナンパしたことを思い出し頬を赤らめる。
きっと本名を言うのが怖くて偽名を使ったんだ、と不幸中の幸いにどこか安堵する。
「…起きたてだもんね、ゆっくりしよっか。」
彼女は不思議そうな顔で僕を見つめ、そういった。
…
ただ気まずい時間が流れる。
僕は耐えられずに一曲歌った。
「やっぱ通話と声の印象変わるね〜」
「え?あぁ、はい….」
僕は一つ仮説を立てた。
これはナンパがただ成功したわけではなく、人違いをしているのかもしれない、と。
通話、通話ということはゲームチャット?ネットで知り合った?
顔を知らない?声が似ていた?会ったことがない?
頭の中で考察するも答え合わせの余地がなくムズムズする。
彼女の目が傍目に曇っていくのが窺える、きっと怪しまれている。
もし仮に人違いだったら、僕はどうなってしまうんだろう。
ここで正直に謝った方がいいのか、でも謝ると警察沙汰か?色々と考えを巡らせる。
「ケンジくん、その胸ポケット何入ってるの?」
「あっ、これ…ですか?」
僕は日常的に考えたことをメモする癖があり、いつもメモ帳を忍ばせていた。
胸ポケットからメモ帳を取り出し、彼女に渡した。
彼女はメモ帳に釘つけだった。
「….ねぇ」
「あ、はい?」
「落書きしていい?」
「え?....は、はい。」
僕はペンを渡し、彼女をじっと見つめた。
慣れない。まだ人違いをしているのだろうか。
やけに馴れ馴れしい彼女に僕はまだおどおどとしてしまう。
「あたしねー、絵が上手なんだよね」
「…そう、なんですか?」
「…バカにしないんだね。」
「え?」
「優しいんだね。」
「…?」
パズル1ピースだけで何の絵かを当ててるかのように、
このモザイクがかかって鮮明ではない会話にむずむずする。
ここまで言葉のキャッチボールができないのは初めてだった。
彼女はペンとメモ帳を渡し、伝票を確認した。
僕はすかさずメモ帳を確認しようとすると慌てて手に触れた。
「お家で見て?」
「…は、はい。」
「もう時間だし、そろそろ出よっか。お手洗い大丈夫?」
「あー、行ってきていいですか?」
「うん、男子は上の階だった気がする。」
「ありがとうございます」
僕はトイレを済ませ、部屋に戻ると彼女はいなかった。
彼女がいないどころか伝票もなかった。
慌てて外へ出ると、前髪を直す彼女が待っていた。
「会計、ありがとうございます。」
「ううん。このお金、彼氏に使うって決めてたから。」
彼女は持ってた封筒を僕に見せた。
「…. ごめんなさい」
「…?」
「酔った勢いで声をかけて…きっと勘違いしていると思って….」
「あたしの方こそごめんなさい」
「え?」
「途中から気づいてたけど言い出せなくて」
「そう….だったんですか。」
「本当は今日彼氏と会う約束してたんだけどね。」
彼女は歩き出し、僕もそれについていく。
「え?じゃあ、彼氏と勘違いしたってことですか?」
「最低だよね(笑)、ネットで知り合ったから顔、プリクラとかしか見たことなくて」
僕の考察が当たっていたことに安堵し、
話の内容がスルスルと入ってくる。
「彼氏さんに連絡は?」
「一応、あなたがケンジくんかどうか確かめるために何回か電話かけたけど….」
彼女は携帯を確認し、僕に見せる。
「ほら、見て。まだ既読ついてないし、しかも昨日から(笑)」
「彼氏さん….生きてます?」
彼女はくすっと笑った。
「あなたって優しいのね、元々LINEあまり返さない人だから。」
「心配、しないんですか?」
「もう慣れた。あなたはLINEすぐ返すの?」
「まぁ、はい。バイトの癖で返信できる時にすぐ返すようにしてます」
「じゃああたしにかまって。」
彼女は僕にLINEのQRコードを見せた。
「えっ、でも彼氏さんいるんですよね?」
「もういいよ、あんなやつ。ほら、早く。」
僕はしどろもどろしながらLINEを交換した。
「”やだい”くん?」
「それ”やしろ”って読みます。”さよ”さんでよろしいですか?」
「あってる!矢代くんって彼女いるの?」
「え、い、いませんけど」
「明日ひま?」
「はい、バイトもないですし」
「じゃ、遊ぼ。あのメモ帳のはなしもっと聞きたいし」
「だめ?」
彼氏のいる女性とまた会ってもいいのか、と頭の中で何度も反芻する。
ただ彼女の目は本気だった。
「…どこで会いますか?」
言ってしまった、好奇心と彼女の眼に僕はつい言ってしまった。
「あたしねー、江ノ島行ってみたいんだよね。」
「え、江ノ島?喫茶店とかじゃないんですか?」
「だって行きたいんだもん。」
喫茶店でくつろぎながらお話でもすると思っていたから意外だった。
まるでそれはただのデートのお誘いだった。
もう引くに引けないので僕は二つ返事で了承した。
…..
家に着き疲労困憊に耐えていた身体は骨が抜けるように一気に脱力した。
Prrrr.....
着信音で目を覚ました、
月が太陽に化けたかと疑うほど、
その日の夜は明るかった。
「も、もしもし….?」
「優星?無事に帰れたか?」
「帰れたよ」
「よかった、連絡もないし通話も出ないから心配したぞ」
「ごめんごめん」
「もしかして寝起き?」
「うん」
「これからは程々に飲もうな」
「うん、また誘ってね」
「おうよ」
もうコウスケと宅飲みしていたことをすっかりと忘れていた。
一瞬夢オチかと焦ったが、スマホの通知を見て安心した。
小夜からLINEが来ていたからだった。
ほっとして二度寝をしようとすると
Prrrr…
また通知音が鳴る。
「はい」
「あ、矢代くん?」
「小夜….さん?」
「ごめん、今大丈夫?」
「はい」
「昨日14時立川集合って言ったじゃん?」
言ってたっけ…?
そのとき深夜テンションと宅飲み明けの朝で妙に記憶が怪しかった。
江ノ島に行くことは覚えていたが、スケジュールのことはすっかり忘れていた。
「..は、はい!言ってました!」
「なんか調べたら新宿集合の方が近いかも?」
「え、あ。今江ノ島の行き方調べたんですか?」
「え?うん。行ったことないもん」
「そうだったんですね….」
「だから明日14時に新宿集合でいい?」
「わかりました!」
「んじゃ!おやすみ〜」
そういって通話が切れた。
僕は思い出すように胸ポケットを触りメモ帳を取り出した。
そこにはXのIDが書かれていた。
僕はすぐそのIDを検索した。
「小夜」と書かれたアカウントで多くのアニメキャラの模写が投稿されていた。
なかなか絵が上手かった。
僕はよくポエムや小説をXに載せていた。
少し恥ずかしながらも僕はそのアカウントでフォローした。
2025.03.25
やらかした。
寝坊に加えてさらに中央線が遅延している。
確実に14時には間に合わない。
小夜に連絡を取るも返信が来ない。
とりあえず準備をして急いで準備を出る。
…
スマホの内カメラで前髪を整えている。
彼女は紙袋を持っていた。
僕は駆け足で駆け寄る。
「遅れてすみません…」
「ううん、仕方ないよ。」
「もう江ノ島着く頃には夕日落ちてますよね。」
「多分ね、でも大丈夫。」
「すみません」
「ううん、来てくれるだけで嬉しいの。」
「約束したんですから」
小夜の顔が明るくなった気がした。
「矢代くんは本当に優しいね。今日は一緒に晩御飯でも食べる?」
「はい!江ノ島は今度行きましょう。」
「え?」
「江ノ島は今d…」
小夜は会話を遮るように勢いよく僕にビンタをした。
頬を打たれたことに困惑し、頬を触る。
「….ごめんなさい。」
小夜は一歩退き、駆け足気味で走り去ろうとした。
「もう…帰るんですか?」
「…ごめん、矢代くん見れたから帰る。」
僕はただ小夜の背中を静かに見守るしかできなかった。
…
家に戻りこの日記に記す言葉を考えながら、
ビンタされた理由について書き殴りをしていた。
Prrrr….
まるで自分の不安が伝わっていたのかのように、
タイミングよく小夜から着信がかかる。
僕は少し緊張しながら電話を取る。
「もし..もし?」
「あ、矢代くん?今大丈夫?」
「はい….」
「今日はごめんね。」
「いえ、僕は大丈夫です。」
「…矢代くんは本当に優しいね。えっとね。」
ここで僕の中高で生徒会書記を勤めたときの嫌な癖が出た。
メモ帳のページを捲り、シャーペンを用意した。
「昔、身体が弱くてね、ろくに学校通えていなかったの。さすがに小学校とかの話だから今は身体強いんだけどね、まぁ身体が強いって表現が合ってるのかどうか知らないけど。」
僕はくすっと笑いながら速達にメモをする。
「なんかさ、神様も人間と同じで綺麗な花を摘みたいから優秀な人ほど短命なんだ、みたいな話聞いたことある?」
「ありますよ」
「私、その言葉聞いて絶句したの。あぁあたしって優秀じゃないんだ〜って。神様にも嫌われて…..そんで親にも…」
僕はごくりと唾を飲んだ。
「ごめん。少し飛躍しすぎたね。だからね、あたし明日も生きてるビジョンが見えないっていうのはその頃から変わらなくてね。”今度”って言葉に反応しちゃった。」
「漠然とした予定が嫌いなんですね。」
「うん、将来の夢とかまさにね…矢代くんは将来の夢ってあるの?」
「あるにはあるんですけど…」
僕は言葉に詰まった。
人に夢を話すのはやめようと決めていた過去があったからである。
でも、小夜にはなんとなく話してもいいと感じた。
それは心を許しているという前向きな理由ではなく、
夢を知られても僕の周りに何も影響しない関係だからである。
「…小説家です。」
「いいじゃん、矢代くんの作品読みたい!」
「え?...本当ですか?」
「私は常に本気だよ。」
「今ですか?」
「うーん、直接会って読んでみたいな。」
「は、恥ずかしいですよ。」
「今日ばっくれたの誰?」
「・・・明日どこで集合しましょうか。」
「あたしちょっと行きたいところがあるんですけど….」
東京造形大学。その大学名を僕は初めて聞いた。
その証拠に1度や2度、聞き返してしまった次第だ。
「小夜さん、大学生なんですか?」
「違うよ、勉強大嫌いだからね。」
「え?でもなんでこの大学なんですか?」
「なんでもいいでしょ」
「え?不法侵入ですよね?」
「うるさい。あー、眠たくなってきたな〜」
「小夜さん?」
「また明日ねー」
そういって通話は切れてしまった。
知らない大学に侵入するのは怖かった。
でも、弁明する気はなかった。
僕は注目を浴びることが嫌いでまさに「在り来たり」を座右の銘にしていたからである。
みんながクルトガを使うからクルトガを使っていた。
みんなが日曜ドラマ劇場の話をするから録画して見ていた。
僕は流行とは疎遠ではあるが、みんなと同じ土俵で過ごすために気付けば流行に乗っていた。
そんな当たり障りのないことの繰り返しから今日枷が外れる気がしたのだ。
この高揚感は言葉で表現がし難い。
強いていうならば「なんかわくわくする!」だろうか。
語彙を上品に扱えないほど、
僕は今の現状に満足しその気持ちを忘れぬようにここに記したいが、
如何せんこの言葉は要約ができない。
なので本日冷静に日記に書く文を考えるよりも、
この高揚感を持ったまま眠りにつく選択を選んだ。
2025.03.26
中央線と横浜線の噛み合わせが悪く集合時間よりも30分以上前についてしまった。
ただ相原駅のベンチに座っているだけなのに、
どこか悪いことをしている罪悪感と期待感に心臓は逃げたそうに暴れている。
「おはよ〜」
”ノワール”と言葉が似合う彼女が一段と綺麗だったことを鮮明に覚えている。
メイクが違う、3日間も毎日会っていると自然にわかってしまった。
ただ指摘するとキモがられてしまうと思って言葉に詰まってしまった。
結局僕は人に押されないと在り来たりを選んでしまうんだな、と喉でつっかえた言葉を押し殺す。
「おはようございます。」
「早いね〜いつからいたの?」
「さっき来たばかりで」
「そうなんだ、あ、これ。」
小夜はポケットから数字の書かれた鍵を僕に渡した。
「なんですか?これ」
「立川駅南口1階のロッカーの鍵。」
「ど、どういうことですか?」
「開けたらわかるよ。」
「わ、わかりました。」
「じゃ、いこっか!」
お互い大学の場所が分からないためスマホのマップを見ながら大学に向かう。
相原駅を出てすぐに「東京造形大学」と書かれたバス停があった。
初めて聞いた大学名ながら「東京造形大学」という字面に実在するんだ、という何か有名人にでも会った気分に浸っていた。
ずんずん進む小夜に僕は少しビビりながら後ろをついて行った。
「怖くないんですか?」
「怒られたら謝ればいい訳だし」
「そ、そういう問題なんですか?」
「ねぇ、歩くの遅い!」
小夜は僕の手を掴み歩幅を合わさせた。
…
無事、大学に進入してしまった。
大学の奥へ進むのが怖く1号館と書かれた超手前の入り口に入った。
とりあえず上へ上へ行けばいいだろうという安直の考えで、
1号館の4階へ階段で歩いて行った。
「職員に見つかったらどうしよう」
「職員が生徒全員の顔覚えてる訳ないでしょ。おどおどしてる方が不審がられるよ。」
「そ、そうですよね….」
…
なんやかんや誰にも会うことなく4階にたどり着いた。
そこは壁がガラス張りになっており、
太陽光がスポットライトのように犯罪者である我々を照らしていた。
木とコンクリートの混ざった病院のような匂いがした。
ただ置かれる机や椅子はさっきまで使っていたかのように綺麗そのもので、
オフィスに付随する喫茶店のような場所だった。
「わぁ綺麗!こんなとこ…..通ってみたかった。」
「ここで何してるの!とか言われたらどうしよう…」
「なんかの打ち合わせですとか誤魔化せばいいじゃん…ビビりすぎじゃない?」
「すみません。」
「ねぇ、ほら。早く見せてよ。」
僕たちはとりあえず座り、僕は鞄から原稿用紙を取り出す。
「原稿用紙じゃん!本物だ!」
小夜は静かに原稿用紙を読み始めた。
僕は傍目に小夜の横顔を覗いた。
…
「推し死んじゃった!
「推し作るの早くないですか?」
小夜は何かを思ったかのように、
僕に原稿用紙を向け、指を指す。
「ねぇ。この子、なんで死ぬ直前に行ったことない森奥に逃げ込んだの?」
「自分の亡骸を見つけて欲しくないからです。」
「あー、猫みたいな?...あたし絶対逆だわ。」
「そうなんですか?」
「うん。ぜーったい一番かわいいときに死にたい。そして『なんでこんな可愛い子が』ってあたしを見つけた赤の他人に勝手に悔やまれたい。」
「….死にたいん…ですか?」
「まぁこれはもし死んだらの話だよ……でも、そうなのかな。」
僕は何も言えずにただ小夜を見つめた。
小夜はボソボソと喋っていた。
「….っと聞いてあげればよかったな、とか。ママもちゃんと反省してくれるかなって」
小夜は耳横に手を当て、ボソボソと喋りながら手櫛を通すかの如く、髪が入り込む。
「小夜さん?」
その声に小夜は手癖をやめ、顔をあげる。
「ごめんなさい。私の話になっちゃった。小説、めっちゃ面白かったよ。」
「ほんとですか?」
「うん!矢代くんのことも少しわかったかも」
「そ、そうなんですか?」
「これの長編見てみたいな」
「自分、短編しか書けないんですよね….」
「なんでも挑戦が大事だよ。」
軽々しく言った小夜のその一言が僕に刺さった。
彼女は僕と違う世界を歩んできたんだろうと思った。
「さ、行こっか。」
「はい!」
「立川まで一緒だっけ」
「そうですね。」
「じゃ、帰ろっか。」
…
立川駅に着いた。
「本当に改札出てよかったんですか?」
「立川は定期区間だから気にしないで。」
「そうなんですね。」
「南武線は私の庭なんですから。」
「それは違うと思いますけど….今日は本当にありがとうございました。」
「ううん、こちらこそ無理なお願いに答えてくれてありがとうね。」
「自分、人に小説見せるの初めてで…だから本当に読んで感想までもらったの初めてで。なんか、自信持てました。」
「そう、ならよかったわ。ロッカーの鍵、忘れないでね。」
「…あぁ、はい。」
「元気でね。」
「また小説できたら….読んで欲しいです。」
「…あ、うん。」
「では、また!!」
「うん、さよなら。」
僕は彼女が見えなくなるまで背中を見守った。
そして、僕はロッカーへ向かう。
ロッカーは柵を超えて南武線の駅が見えた。
まだ小夜がいるんじゃないのか、と期待をしながら向かったが、
もう彼女の姿はなかった。
きっともう電車に乗ったんだ、僕はそう思い番号のロッカーを開けた。
ロッカーの中には『完全自殺マニュアル』と『完全失踪マニュアル』の2冊と1通の手紙が入っていた。
『完全自殺マニュアル』の方には付箋がたくさん貼られていた。
僕は思わず「家で見てね」と書かれた封を切り、その場で手紙を読んだ。
その瞬間、南武線から非常ベルと電車の無理やりブレーキを入れた耳に残る音が耳を貫く。
バン!と大きな音を立て、聞き馴染みのない電車の音に全身がむずむずした。
車掌のゴモゴモとした声がスピーカー越しにこちらまで聞こえてくる。
どこか嫌な予感がした。
ただそれを見に行くほどの勇気はなく、僕はその場を立ち去ることしかできなかった。
自宅に向かう際に退勤するんだろうサラリーマンの声が聞こえてくる。
「あーあ、人身事故だってよ。ほんっと、こんな時間に。」
「クソ迷惑だよな」
これをカクテルパーティ効果と呼ぶのだろうか
まだ小夜が亡くなったとは限らないのに自分が叱られているような気分がした。
…
すぐさま家に着き、メモに囲まれながらこの日記を書いている。
僕はすぐさまにテレビを点けた。
上京して最初に買った家電製品はテレビだが、
上京して今まで一番使ってこなかった家電製品もテレビだった。
こういうときにテレビを買っておいてよかったな、と思った。
自分が住む地域がテレビに映るのは昔からどこか嬉しかった。
でも、今日は不思議とそんなことよりも何か人身事故の情報が出ないか、とそわそわした。
Xにも「南武線 人身事故 上下運転見合わせ」しか書いておらず、
Webニュースではインプレ稼ぎの適当な文章で綴られた都合の良いお伽話を気持ちよさそうに投稿しており、吐き気がした。
ニュースが始まり、さっそく立川駅の人身事故について取り扱っていた。
「 JR南武線 立川駅で人身事故、20代ぐらいと見られる女性が死亡しました。事故があったのはJR南武線 立川駅の7番線ホームで本日午後4時過ぎ駅員から「女性と電車の接触事故です」と警察に通報がありました。警察などによりますと川崎行きの快速電車が立川駅を通過する際、線路内に飛び込んだ女性が電車にはねられました。またその際、前輪が腕を巻き込み脱輪の恐れがあるとして立川〜川崎間の、上下線の運転を休止しているとのことです。現在も復旧作業は続いており、復旧の目処は立っていないようです。」
そう、台本を読むだけのアナウンサーにより淡々と説明されていた。
2025.03.29
小夜が死んでもう3日も経った。
彼女に対して弔う言葉が見つからないまま、
今日も僕はのうのうと生きている。
なぜ僕がこうも無気力に浸るのか、
それは小夜にとって僕は友達ですら怪しい関係だからである。
そして、手の赴くままにXのDMに手を差し伸べ、送る。
「初めまして、小夜の彼氏さん。………..なので、お会いできませんか。」
僕は謝罪も含め会うきっかけから大学に不法侵入したことなど事の経緯を説明した。
そして、最後に小夜のなんでも挑戦が大事だというその一言で、
少しの希望を添えて直接会えないかどうか尋ねてみた。
何がどう言われようと返信が来るのが怖い。
だから今日はもう寝ようと思う。
下記に小夜から来た手紙をそのまま添付する。
小夜からの手紙(全文)
ーーーーーーーーーーーーー
矢代くんへ
こうしてお手紙を書くの少し緊張します。
あなたなら笑わずに受け入れてくれると思うので、
直接言うのは恥ずかしいけどこの手紙に記します。
まず「小夜」は本名ではありません。
私は自分の名前が嫌いなので、
こんな名前が良かったな、と思った名前にしています。
あなたとはもっと誠実な関係で出会ってみたかった。
出来ることならもっと早く知り合いたかった。
初めて会った日のことを覚えていますか?
とは言っても3日前なんですけどね。
あの日、カラオケ代を出した”彼氏のために使う”と決めたあのお金はこの便箋をもって使い切りました。
結局このお金を彼氏のために使ったことは服とメイク道具だけ、でも結局その日は彼氏にドタキャンされたので彼氏に見せる機会はありませんでした。
本当に彼氏のために使うと決めてたんですよ?(笑)
付き合って2ヶ月の彼氏と音信不通のままで、
それでもまだ彼のことを想ってしまいどうしてもあなたと距離を作ってしまう。
なのに私はずっとあなたに良い印象と思われたいなんて最低ですよね。
私は矢代くんとは違い、夢を持つことができませんでした。
ただそれは遠い遠い未来の話で目先の「これをするまで死なない!」みたいな小さな夢は持っていました。
その日食べたいものとかそういったその日に終わるような小さな夢です。
その中でもちょっとだけ目先の夢を3つほどこの手紙を書くに当たって持っていました。
1つは、矢代くんの小説を読むこと
1つは、このお金を使い切ること
1つは、2冊の本を死ぬまでにどうにかすること
そうです。絶対に迷惑だとわかっているけど、
信頼しているあなただからこそ受け取って欲しい。
この2冊は誰かに心配して欲しくて買った大黒歴史大恥本です(笑)
まぁ、小説の参考にでもしてみてね(笑)
昨日はビンタをしてごめんなさい。
短い間でしたがこんな私と遊んでくれてありがと!
21年間生きてきた中で1番楽しかったです。
夢を見させてくれてありがとう、幸せでした。
小夜改め、望月 星鈴奈より