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第二章:希望の誕生と残酷な出会い

夜が明ける頃、朝日は川面に温かい光を落としていた。

風もなく、水面は鏡のように空を映している。

老夫婦は、朝早くから畑仕事に精を出し、その日の糧を得ていた。


「もう年だな。昔はこんなに腰が痛むことはなかったんだが」

「まあ、そう言わずに。お腹が空いては畑も耕せませんよ」


夫婦が軽口を叩き合いながら、日課の川沿いの散歩をしていた。

その目は、今日も一日生きられたことへの感謝で満ちていた。

日頃、川を流れてくるのは、腐りかけた木の実や、朽ちた枝ばかりだ。

しかし、そこに流れ着いたのは、明らかに人の手で作られた頑丈な木箱だった。

川の流れに逆らうように、岸辺へと静かにたどり着く。


「おや、あれは…」


老夫婦は顔を見合わせ、恐る恐るその箱に近づいた。湿った木材の匂いがする。

耳を澄ますと、木箱の隙間から、か細い泣き声が聞こえてきた。


「もしかして、中におるのかい?」


老人は震える手で、木箱の蓋を開けた。

ぎっしりと敷き詰められた新鮮な桃の中から、生まれたばかりの男の子が現れた。

桃はまだ、甘く、生命の香りを発している。


「ああ、なんて哀れな子だ。この子がここに来るまでに、流した者はいったい…どれほどの苦しみを…」


老夫婦は互いの目を静かに見つめ合った。

子宝に恵まれなかった彼らには、子を手放さなければならなかった親の悲しみと、それでも我が子を助けたいという切ない願いが痛いほどにわかった。

そして、この子を授けてくれた神の慈悲を信じた。

彼らは、男の子を桃太郎と名付けた。


しかし、栄養失調で生まれた桃太郎は、か細い命を繋ぐのがやっとだった。


「この子を助けてあげたい」


夫婦は、藁にもすがる思いで、隣村に住む弥助の母、お花に頭を下げた。


お花は、弥助を産んだばかりで、母乳がよく出ると評判だった。


「まぁ、なんて可愛らしい子でしょう。謹んでお受け致します」


お花は、快く桃太郎に母乳を分け与えてくれた。


弥助と桃太郎は、同じ母乳を飲んで育ち、自然と兄弟のような絆を育んでいった。

その頃から二人は毎日のように山で遊び、いつも一緒だった。


桃太郎がお花に甘えるように抱きつくと、弥助は少しやきもちを焼く場面も見受けられた。


しかし、すぐに「桃太郎、次はあっちの山へ行こうぜ!」と満面の笑顔で桃太郎の手を引くのだった。


弥助の両親と老夫婦は、桃太郎が庵にきて以来、頻繁に顔を合わせるようになった。

弥助の父、吾作が採ってきた山菜を老夫婦に届け、老夫婦がお返しにと、とれたての魚を渡す。

互いの家を行き来し、温かいお茶を飲みながら談笑する光景が日常となった。


「桃太郎はほんとによく食べるねぇ。吾作さんのところで取れた山菜をあっという間に平らげてしまうんだから」


「ハハハ、弥助も負けてませんよ。おかげでこの頃は獲物も大きくなって、助かっています」


お花は、そんな男たちの会話をにこやかに見守りながら、桃太郎と弥助にきび団子を渡した。


「ほら、おやつだよ。二人で仲良くお食べ」


二人はお婆さんの作るきび団子が何よりお気に入りのご馳走だった。

素朴な甘さと、噛めば噛むほど広がる穀物の香りは、二人の幼い冒険家たちの腹を満たす最高のエネルギー源になった。


3歳になった頃、桃太郎は弥助と共に普通の子供では考えられないほど頑丈な体に育っていた。

日差しが降り注ぐ穏やかな庵で、笑い声が絶えることはなかった。

二人の間には、言葉を交わさずとも通じ合う、強い信頼関係が築かれていた。


幼き日の誓い


桃太郎と弥助には、歳が近い友が他にいないこともあり、毎日顔を合わせていた。

彼らにとって、相手は唯一無二の親友であり、ライバルだった。

桃太郎は、心技体、そして知能のバランスがよく、その中でも特に「知」と「技」が強かった。


一方、弥助は、桃太郎同様にバランスが取れていたが、どちらかといえば「心」と「体」が飛び抜けていた。


子供らしい遊びを通じて、二人は互いの力を競い合った。知恵を絞って仕掛けた罠で桃太郎が弥助を出し抜くこともあれば、土壇場での力技で弥助が桃太郎の計画を打ち砕くこともあった。勝負は常に五分五分。


どちらが勝つかは、その日の運と、少しばかりの機転にかかっていた。


十歳になる頃には、彼らの遊びは単なる力比べではなくなっていた。

山に入れば、それぞれが単独で熊や猪を仕留めるほどの身体能力を養っていた。

それは、互いに強くなることが目的であり、修行の日々だった。


「俺はもっと強くなって、お前に勝つ!」


桃太郎がそう言えば、弥助も負けじと拳を握りしめる。


「ふん、俺の方がもっと強くなって、お前に勝ってやる!」


彼らの夢は、互いに勝つこと。

言葉にすれば子供じみた理由だったが、その純粋な思いが、二人を前へと突き動かす原動力となっていた。


若様、宇喜多秀家との出会い


桃太郎が10歳になった頃、村にひとりの旅人が立ち寄った。

彼は、身分を隠し、ただの放浪者として村人たちと交流していた。その男こそ、若様と呼ばれていた宇喜多秀家だった。

秀家は、老夫婦の庵で一晩の宿を借り、老夫婦が作ってくれたきび団子を口にした。

その素朴で優しい味に、彼は心を奪われた。

その日の夕刻、山から熊を担いで帰ってきた桃太郎と弥助が、庵に駆け込んできた。

二人は、客人のきび団子を当たり前のように食べながら、興奮気味に話し始めた。


「聞いてくれよ、ばっちゃん!村に鬼が出たんだって!」

「俺はもっと強くなって!必ず鬼を退治してやる!」


桃太郎は、純粋な目でお婆さんを見つめ、熱い決意を語った。


秀家は少年たちの行動と言動に呆気に取られていたが、偽りのない真っすぐなその目に心を奪われた。


だが、お婆さんは桃太郎たちの意気込みを聞きもせず、激しい怒りを露わにした。


「悪ガキども!客の団子を食いやがって!」


お婆さんは、秀家に団子を出していた盆を手に取り、桃太郎の頭を強く叩いた。


その覇気には、先ほどまでの優しいお婆さんの影はなかった。


その様子を見た秀家は、思わず腹の底から笑い出した。

笑いすぎて涙がこぼれ、笑いが止まらなかった。


「ハハハハハ!子どもも子どもだが御婦人よ、そなたも我に出した皿を使って罰を与えているではないかっ!」


秀家は城の者としてではなく無礼講で一人の人間として扱ってくれた少年たちと老婆に、心から感謝した。


そして、鬼を退治するという少年の真っすぐな瞳に触発され、自らも世直しに力を入れる覚悟を決めた。


十兵衛の悲劇と桃太郎の怒り


その日のことを、十兵衛は生涯忘れることはないだろう。

数年前に飢饉が起きた際、妻の幸は生まれたばかりの赤子を抱え、栄養失調で命を落とした。

絶望の淵で、十兵衛は生後二ヶ月にも満たない赤子を間引かなければならなかった。

その時の悔恨と悲しみは、彼の心を深く蝕んでいた。


しかし、娘の春と二人で力を合わせるうちに、十兵衛の心にも少しずつ希望が戻ってきた。

飢饉が少し緩和され、少ないながらも食糧庫に作物を蓄えることができるようになった。

春は、再び飢饉が来ることを想定し、なるべく節約して父を支えていた。彼女の笑顔は、十兵衛にとっての唯一の光だった。


そんな春に縁談が舞い込み、近々嫁ぐ予定だった。

そしてお腹にはすでに新しい命が宿っていた。

十兵衛は長年の苦しみを経て、やっと希望が見えて来た。

娘の晴れ舞台、そして孫が見れると喜び仕事に励んでいた。


その幸せの渦中で、鬼によって全てが奪われた。


村人たちの間では、鬼は人間ではなく、飢饉や疫病をもたらす妖怪の類だと信じられていた。

もともと農民である彼らには、この未知の存在に対抗する術などない。

人々はまだ物々交換による取引が多いから、互いに寄り添って細々と怯えながら生きている。


それから数日後、桃太郎が鬼の情報を得るため、十兵衛の家を訪ねた。


しかし、家はもぬけの殻で、中に血の跡が残っていた。


村人たちの話によると、留守を守っていた十兵衛の娘、春は、食料庫を守ろうと鬼に立ち向かい、惨殺されたという。


「鬼は、もはや人間ではない。略奪を楽しみ、殺戮に喜びを見出す…」


村人たちは、口々に鬼の恐ろしさを語った。

桃太郎は、その噂を聞き、十兵衛の家で見た惨状を思い出し、鬼を退治する決意を固めた。

桃太郎が13歳になった頃、村の周辺で略奪と殺戮を好む鬼の噂が流れた。それは、十兵衛の娘を殺した鬼と同一人物だと桃太郎は直感した。


「もう、見過ごすわけにはいかない」


愛する村と、老夫婦の笑顔を守るため、桃太郎は、鬼を退治して村に平和を取り戻すことを決意する。


そして桃太郎は再び十兵衛の家に向かった。


生きる気力も失い、首に縄を括ろうとしていた十兵衛の姿が目に入った。


桃太郎は慌てて駆け寄り、腰の刀で縄を切った。

生気の抜けた十兵衛を見て、桃太郎は深い苛立ちを覚える。


「馬鹿野郎!おっさん!あんたまで死んだら!誰が娘さんの生きた証を守るんだ!」


生まれて初めて、桃太郎は怒りに任せて人を殴った。

桃太郎本人も、この時なぜこんなにも苛立ち、抑えられないほどの悲しみが込み上げてきたのかを知ることはなかった。


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