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第三章:本能寺の変、そして運命の決断

 天正十年(1582年)、京の都は熱気に包まれていた。

 信長の天下統一が目前に迫り、誰もが新しい時代の到来を予感していた。

 しかし、その熱狂の裏で、一つの陰謀が静かに、そして周到に進められていた。

 その主謀者は、歴史の表舞台に名を刻む明智光秀。そして、その背後には、桃太郎たちの緻密な計算があった。


 ー揺らぐ心、仕掛けられた罠ー


 衛門は、以前から光秀が信長への不満を募らせていることを察知していた。

 光秀は、真面目で実直な性格ゆえに、信長の苛烈な言動や、功績を正当に評価されないことに、深い不満を抱いていた。

 衛門は、そんな光秀の心に潜む、わずかな隙間を見逃さなかった。

 ある夜、衛門は、光秀の家臣と酒を酌み交わす機会を設けた。

 酒の香りが漂う中で、衛門は、あたかも世間話をするかのように、光秀の未来に関する偽の情報を巧みに流し込んだ。

 「近頃、信長様は、中国攻めを終えれば、光秀殿から丹波の領地を取り上げ、四国を与えるおつもりらしい。何でも、四国攻めを任せるための措置だとか…」

 衛門の言葉は、まるで光秀の耳元で囁かれたように、彼の心に突き刺さった。

 領地を移されるということは、これまで丹波で築き上げてきた功績が、信長に軽んじられていることを意味する。

 光秀の家臣の顔が、一瞬にして凍り付いた。

 「…それは、本当か?」

 家臣の声が震えていた。その顔からは、信長への不信感と、光秀の将来に対する不安が滲み出ていた。

 衛門は、静かに酒を飲み干し、何も言わなかった。

 その沈黙が、家臣の疑心暗鬼をさらに増幅させた。

 この偽の情報は、あっという間に光秀の耳に入った。

 光秀は、信長への忠誠と、自らの誇りの間で激しく揺れ動いた。

 夜な夜な、書斎にこもり、信長への手紙と、反逆の覚悟を記した文を書き連ねては、燃やしていた。

 墨の匂い、燃え盛る紙の匂い、そして自らの心の焦げ付くような匂い。

 それらが混じり合い、彼の精神を蝕んでいった。

 光秀は、信長からの理不尽な仕打ちを思い返し、怒りに身を震わせた。

 しかし、同時に、これまで信長に与えられた恩義を思い出し、涙を流した。

 桃太郎は、このタイミングでの「裏切り」は避けられないと判断した。

 信長が自らの手で天下を統一するという信念を持ち続けるため、そして、その後の世に怨念を残さないために、この事件は必要だった。


 ー本能寺、炎の夜ー


 天正十年六月二日未明。

 本能寺は、深い闇と、不穏な静けさに包まれていた。

 桃太郎と弥助は、本能寺の周囲の竹藪に身を潜め、光秀軍の動向を監視していた。

 草木の湿った匂い、そして遠くから聞こえる馬蹄の音が、彼らの五感を研ぎ澄ませていた。

 「…来たか」

 弥助が静かに呟いた。

 彼の耳は、夜の闇に紛れて近づいてくる、数千の兵士たちの足音を正確に捉えていた。

 光秀軍の兵士たちは、松明を手に、本能寺の門を破壊し、中に押し入った。

 火が闇を切り裂き、本能寺は一瞬にして炎に包まれた。

 「信長様は光秀殿の謀反を知り、炎に包まれる本能寺で自害した…」

 信長は、炎に包まれる本能寺の奥で、静かに、そして毅然としていた。

 彼の瞳には、怒りも憎しみもなかった。

 ただ、自らの運命を受け入れた男の、静かな決意があった。

 その信長の姿を、時雨は、本能寺の裏口から見つめていた。

 炎の熱気が彼女の頬を焦がし、煤の匂いが鼻をつく。

 しかし、彼女の瞳は、信長の遺体を回収するという、桃太郎から与えられた使命に集中していた。

 時雨は、信長が自害したことを確認すると、迷いなく、燃え盛る本能寺の中へと足を踏み入れた。

 熱風が彼女の肌を叩き、煙が彼女の肺を焼いた。

 崩れ落ちる柱や燃え盛る梁が、まるで生き物のように彼女の行く手を阻む。

 それでも、彼女は、信長の遺体を抱きかかえると、地下の隠し通路へと向かった。

 遺体の重みが、彼女の腕にずっしりと食い込んだ。

 それは、信長という一時代の重みでもあった。

 時雨は、遺体を抱きかかえながら、地下の隠し通路へと足を踏み入れた。

 信長の遺体は、桃太郎の指示で秘匿され、信長の死は、光秀の天下取りを阻むことになる。

 そして、信長の死によって生じた空白は、秀吉が天下人となるための絶好の機会となる。


 ー桃太郎の決断と、信長への最後の言葉ー


 後日、人里離れた山奥で、桃太郎は信長の遺体を前にして、一人、静かに語りかけた。

 遺体からは、かすかに火薬の匂いが残っていた。

 「信長殿は、自身の力で天下を統一したと信じ、その信念を貫き通して逝った。その誇り高き魂を、裏切り者の汚名で穢すわけにはいかぬ。彼の死は、怨念ではなく、新たな時代の礎とならなければならない」

 桃太郎の声は、静かだったが、その言葉には、信長への深い敬意と、そして、自らの決断に対する重みがこもっていた。

 桃太郎は、信長の天下統一を陰ながら支援してきたが、その目的はあくまで「武力に頼らない統治」を確立するための基盤作りだった。

 信長という強力なリーダーが戦乱を収めることで、その後の平和な世を築きやすくなると考えたのだ。

 しかし、信長が自ら成し遂げたという満足感を得てこの世を去らなければ、彼の怨念が天下統一後の世に影を落とすと考えた桃太郎は、信長自身が納得する形でその幕を引くべきだと判断した。

 光秀の謀反は、そのための最後の舞台だった。

 桃太郎は、静かに信長の遺体に土をかぶせた。

 その土の感触は、彼の手に残っていた。

 それは、一つの時代の終焉であり、新たな時代の始まりでもあった。


 ー秀吉の疑惑、そして桃太郎の知能戦ー


 本能寺の変の後、秀吉は驚異的な速度で天下人への道を駆け上がっていた。

 光秀を討ち、柴田勝家を破り、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

 しかし、その順調すぎる流れに、秀吉は徐々に違和感を覚えていた。

 「出来すぎている…」

 秀吉は、自らの陣幕の中で、一人静かに呟いた。

 目の前には、戦況を記した地図が広げられている。

 備中高松城での水攻め、荒木村重の不可解な失踪、そして、この本能寺の変。

 どれもこれも、あまりにも自分にとって都合がよすぎた。

 まるで、誰かが、全てを操っているかのように。


 桃太郎は、秀吉がこの違和感を覚えることを、すでに計算に入れていた。


 衛門、弥助、時雨は桃太郎の存在を肯定する者に対して既に噂を流していた

 『桃太郎は安寧の村を築くため、鬼ヶ島事件の後、程なくして病で死んだらしい』


 秀吉も桃太郎の伝説を肯定する者の1人、犬と猿と雉を引き連れるなど馬鹿げた話までは信じてはいないが、桃太郎の存在そのものに関しては実在すると期待していた。

 この偽装により秀吉のような切れ者が、いずれ自分たちの存在を疑う者が現れたとしても存在そのものが不透明である桃太郎に対して確信を持たせない工夫をしていた。

  その秀吉もまた家臣との会合で、桃太郎については噂程度に聞いていた

 “桃太郎様は、鬼ヶ島から帰還された後、病に伏せられ、若くして亡くなられた。今は、村の者たちがその遺志を継いで、安寧の地を守っている”

 桃太郎の存在肯定派が多数いた中で、この時、衛門も軍に偽装潜入し“桃太郎を知る者”と主張し噂流した。桃太郎が本当に死んだという情報が秀吉の疑いの目を一時的に逸らす。

 そして、もし秀吉が、出来すぎた流れに不審を抱き、桃太郎という存在にたどり着いたとしても、その時は、桃太郎が「病で死んだ」という既成事実が、彼の推測を「単なる勘違い」だと結論づけさせる、巧妙な心理戦だった。

 桃太郎は、秀吉が自分たちの存在を疑い始めるタイミングを正確に読んでいた。

 「秀吉殿は、いずれ我らの存在に気づく。だが、その時、我らが『死んでいる』という事実が、彼の判断を鈍らせる。我らは、彼の思考の一歩先を行く」

 桃太郎は、衛門にそう語っていた。

 秀吉の鋭い眼差しは、桃太郎の巧妙な罠に、気づかぬまま絡め取られていた。


 ー三人の決意、そして未来への一歩ー

 その夜、桃太郎は、再び村の丘に登った。

 そこには、衛門、弥助、時雨が待っていた。

 彼らは、桃太郎の顔を見て、何も言わなかった。

 ただ、静かに、桃太郎の隣に腰を下ろした。

 「…これで、よかったのか」

 桃太郎が、静かに呟いた。彼の瞳は、月明かりに照らされ、揺らいでいた。

 「桃太郎殿が、そう決めたのであれば、それが最善の道だ」

 衛門が、力強く言った。

 「…でも、光秀は、裏切り者として、歴史に名を残す。彼の家族も、苦しむことになる…」

 桃太郎の声には、深い悲しみがこもっていた。

 弥助は、桃太郎の肩をそっと抱き寄せた。

 「俺たちが、喜備丸の未来のために、この道を選んだ。光秀も、同じだったのかもしれない。光秀にとっての希望があったのかもしれない」

 弥助の言葉に、桃太郎は、はっとした。

 「…そうか。光秀も…」

 時雨は、何も言わなかった。

 ただ、桃太郎の手を握りしめた。その温かさが、桃太郎の心を癒した。

 四人は、再び、きび団子を囲んだ。

 その甘さが、彼らの心の傷を癒し、未来への希望を灯した。

 「俺たちは、この世の『裏側』を生きる。喜んで、表舞台ではない道を進んでいこう」

 桃太郎の声は、もう迷いをなくしていた。

 「この先、どんな苦難が待ち受けようと、我らは桃太郎殿と共に歩みます」

 衛門が、真摯な眼差しで桃太郎を見つめた。

 「俺は、お前の手を離さない。この先、何があろうとも、だ」

 弥助は、固く拳を握りしめ、桃太郎に誓った。

 「…私も、あなたの道が続く限り、どこまでも」

 時雨は、静かに、しかし確固たる決意を込めて言った。

 彼らは、愛する者の未来を守るために、共に『裏側』を生きることを選んだ。

 そして、彼らの物語は、秀吉の鋭い眼差しに気づかぬまま、静かに、しかし確実に、進んでいく。

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