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一、貸し仕掛け蔵

 まほらの里では、神通力を持つ者が作成した便利な術が生活に根付いている。井戸、排水、時を告げる鐘の管理など。

 氷室をはじめとした蔵や倉庫もその一つで、施された術のおかげで夏だろうが冬だろうが一定の湿度を保ってくれる。非常に便利な代物なので、平民は長屋一棟から二棟で氷室一つを契約し、住民で共有していたりもするのだ。


 サトの新しい職場は、そんな品質管理がしやすい仕掛け蔵の一つ。北東の一角にある見世蔵(みせぐら)の形をした建物だ。広い三和土(たたき)を上がると板間があって、壁際に堅格子で区切られた帳場が置いてある。それから小部屋型の貸し倉庫が一階・二階合わせて十五部屋。この蔵の受付と、保守管理を担う住み込みの仕事だ。

 残念ながら今は半数が空室で、訪れる人はとても少ない。働き始めて二ヶ月経つまでに二人が契約を切ったが、新規契約は一件もなかった。


 駐在するのは、現在サト一人。三日に一度婆さんが一日店番をするので、その日が休息日になる。人より妖怪の類いが来ることが多いので、それで十分間に合っていた。

 今日も屋敷から着いてきた小鬼三匹が、店先で一抱えあるくらいの毛玉と戯れている。


「こら、じゃれるなら静かにやりな」


 掃除のため木桶と雑巾を用意していたサトの作務衣の裾が、小鬼の一匹に引っ張られた。びゃーびゃーと泣きながら毛玉を指示している。ちまっこい指の先を辿れば、一匹が毛玉から伸びる一房の毛で糸巻きのようにぐるぐる巻きにされているところだった。


「あーあ」


 また面倒なことを。

 ふざけ方の加減を間違えて怒らせたのか、毛玉は熱心に小鬼一匹を糸巻きにしていく。際限なく伸びる毛のせいで、もう殆ど毬玉のようになっていた。

 サトは仕方なく木桶を置くと、両手を祈るように胸元で握る。ちょいと念を込めれば、真珠大の赤い粒が三つできあがった。


「おい毛玉、取引だ。小鬼一匹で玉ひとつ。どうだ」


 はきはきとした声に毛玉が糸巻きの手を止めてこちらを向いた。近くで見ると意外と気味の悪い目をしている。

 毛玉は暫く小鬼とサトの間で視線を泳がせていた。少し待つと小鬼を巻いているのとは別の場所から、毛束が伸びて人の手のような形を作る。それは小鬼を指さし、それから三本指を立てた。


「一匹で三つ?馬鹿言っちゃいけない。これは混じりけない、乙女の神通力だよ。一匹に三つ分なんて私にゃ出せんね」


 いつの間にか肩に登ってきた小鬼が二匹、サトの両の耳たぶをそれぞれ引っ張る。出し惜しみするなとでも言いたげだ。

 それは知らん振り。先程作った神通力の玉を指で持って、見せびらかすように光にかざした。


「そりゃ、私は美人じゃない。化粧を止めても吹き出物だらけだし、伸ばしっぱなしの髪は見苦しいだろう。……でも純潔なのは確かさ。この間まで、岩戸の巫覡(ふげき)候補だったんだから」


 毛玉がきらりと輝く。食いついたようだ。

 ここでサトは、態と顔から表情と温度をすとんと落とす。


「あと、不法滞在の支払いをしてもらってないよ。角銭一枚か神通力の玉五つ。それかおまえの毛を十巻きよこしな。……もし小鬼三匹と玉の取引に応じるってんなら、負けといてやるよ」


 毛玉はきゅっと縮みあがった。

 さっさと毛を解いて小鬼を開放すると、サトの手から玉を三つくすねる。そして飛ぶように建物から出て行った。

 小鬼はぐったりしていたがすぐさまキュッと起き上がって、サトの肩から降りた残り二匹と抱き合い団子になっている。


 床には毛の一本も残っていない。手足のように使っていた割に、あの毛は毛玉にとってよほど惜しい物らしい。(かつら)の付喪神かハゲの怨念が固まった奴だろうか。

 何はともあれ一件落着だ。小鬼どもは小さくて力もないくせに、何故か気が大きくて好奇心旺盛なので手間がかかる。


「こらチビども。一匹玉ひとつ分は働いて返してもらうよ。(はり)の埃を片っ端から落としてきな」


 小鬼はそれぞれギャイギャイ鳴いていたが、サトがひと睨みすると身長と同じくらい飛び上がって蔵の中に跳んで行った。


 これでようやく掃除ができると、サトは置いていた木桶を持ち直し井戸を目指した。


 妖怪は自分勝手な奴も多いが、自分の理を持っているし取引には人間以上に誠実と言っていい。代わりにいかに自分が有利に取引をするかと悪知恵を働かせる奴が殆どなので、その辺はしっかり見極めなきゃいけない。


 コツは何かしてもらったら必ず対価を支払うこと、約束をむやみにせず、してしまったなら必ず守ること。


 妖怪に対し一番安全に提案できる取引手段が、サトが作っていた神通力の玉。しかし、たいして労せず提供できるからと大盤振る舞いをすればつけ入られる。その辺りの匙加減は難しいものだ。


 木桶に井戸水を汲んで屋内に戻ると、ぎいぎいと家鳴りが景気よく響いている。どうやら怠けず掃除に勤しんでいるらしい。


「……八つ時にゃ金平糖でもだしてやるかね」


 まあ、身近な小鬼にちょっと甘くなるくらいはいいだろう。



****


 帳場は貸部屋を開閉するカラクリと鍵を管理するため、軽く区切られて三畳ほどの小部屋になっている。とはいえ殆ど堅格子。圧迫感は少ない。

 基本的には掃除だなんだと動き回っていて、サトが帳場に長くいるのは休憩時か八つ時くらいなものだ。客が来ると呼び鈴が鳴らされるか、小鬼が鳴いて知らせてくれる。


 今日も一階奥の掃除に精を出していた。そんな折に喧しく呼び鈴が鳴らされて、サトはうんざりしながら帳場に戻る。案の定、小鬼一匹が楽しそうに置いてある呼び鈴にじゃれついて、それを客の男が遠巻きに見ていた。

 妖怪は、妖怪側が姿を露わそうと思えば万人に見える。


「こら小鬼。呼ぶのは良いがやたら鳴らすなと言っただろ」


 叱られた小鬼が脱兎のごとく物陰に走って行く。それからぎいぎいと家鳴りがして、音は二階の方に遠ざかって行った。

 いつもながら幼子のようで呆れてしまう。


「すみませんね、悪戯好きが多くて」

「い、いいえ……そんな……」


 格子戸の鍵を開けて帳場に座ると、青ざめた男が手形を置いて手を引っ込める。

 この男は確か、大店(おおだな)手代(従業員)だったはずだ。大店があるのは基本的に町の栄えたほうだから、妖怪を目にする機会が少ないのだろう。表情は未知への恐怖でいっぱいだ。もう少し取り繕えるようにならないと、番頭(管理職)への出世は難しいだろう。


 妖怪は誰にでも見えるが、八割がた恐れられて遠巻きにされる存在だ。

 サトは男の様子を気にせず手形を受け取った。それから鍵付きの棚を開錠すると、手形と同じ紋の入った帳面を引っ張り出した。


 仕掛け蔵の貸倉庫は、手形と拇印、鍵、神通力で管理している。貸し先の証明を手形と拇印で行い、貸している部屋の施錠を物理的な鍵と神通力の封で担っているのだ。


「こちらに拇印をいただきます」

「は、はい」


 手のひらに難なく納まる程度の小さな紙に一つ拇印を捺してもらい、それを帳面に捺した拇印と比較して同じものか確認する。男が手拭いで墨を拭っているうちに拡大鏡も使って同じものだと確認すると、ようやく開錠できる。

 ちなみに代理人が来るときは、委任状を書いてそれに拇印を異なる指で三つ以上捺してきてもらわないといけない。一度使った委任状はこちらで預かり保管するので、代理人が来るたび必要だ。

 帳場の壁にある操作盤で男が借りている部屋の封を一時的に解けば受付終了。焦らなければどうということはない。


「お待たせしました、部屋へどうぞ。お帰りの際には必ず声をかけてください」

「あ、ありがとう……あの」

「なにか」

「あの小鬼は、その……」


 情けないことに、男は小刻みに震えている。


「家鳴りの一種です、害はありません。どうせそろそろ遊び疲れて寝ている頃ですから」


 言うだけ言って帳簿に視線を落としたサトに、男は微妙な顔で「そうですか」と答える。

 怯えて重たい足取りで二階に上がっていく姿を見送って、サトはそのまま帳場で男が帰ってくるのを待つのだった。




「おい、醜女(しこめ)


 暇つぶしに帳場の中を眺めているとぶっきらぼうな若い男の声が届く。聞きなれた声だ。これを自分への呼びかけだと理解できてしまうのが腹立たしい。

 サトは思い切り顔をしかめながら振り返った。


「なんだ、劣等生」


 案の定、帳場から見える位置に居たのは、岩戸で同じ巫覡選定の儀に並んでいた八雲(やくも)という若造だった。

 サトより二つ下の十六歳、土門一門第四番分家の次男坊だ。垂れ目に名前のとおり雲のような癖のある髪をしていて、女のように細くて折れそうな体つき。そしてサトの呼びかけどおり、神通力の扱いは候補者の中でも下から数えた方が早い。


「俺は合格だったぞ」

「そりゃ、おめでたいことで」

「……お前は、なんでここにいる?」

「分かんだろう。落ちたのさ」


 八雲が歯を食いしばり両の拳をこれでもかと握り込んでいる。

 サトは冷めた目をして、爪を刺して血を落とすんじゃないぞと願っていた。なにせ三和土は掃除がしづらい。


「……なんで逃げたんだ?」

「巫覡になるつもりがない。よかったじゃないか、もう醜女を見ずに済むぞ」


 八雲の顔は俯いてよく見えないが、声に気付いた直後のサトと同じくらいぐちゃっと顰められているようだった。

 後悔と悲しみ、怒り、それから遺憾が混じった様子が伺えた。醜女と呼ぶわりに、昔から八雲はサトに何かと執着している。理由の見当はついているが、態々確認するつもりはない。


「帰れ、巫覡候補。バレれば折檻されるぞ」

「……お前も、帰るんだろ?」

「帰らん。私は候補から落ちて、今はこの蔵の管理をしている。見りゃ分かるだろ」


 あっけらかんとしたサトの態度に何か言いかけた八雲だったが、間が悪く階段を降りる音と床板のきしむ音が鳴る。ぐっと色んなものを飲み込んで、蔵から足早に去っていった。入れ替わりで、倉庫を利用していた男が奥から帰ってくる。


 サトはうんざりとした気分を切り替えるように、一度大袈裟に呼吸をする。まだ青い顔をした男に手形を返してから筆をとり、帳面へ無事利用を終えたことを書き記した。

 次の利用者が来る頃には、八雲のことは頭から抜けていた。



****


 仕掛け蔵の利用受付時間、つまりサトの勤務時間は朝五つから暮れ六つまで。暮の鐘が聞こえたら帳場を閉じて、蔵全体の鍵を閉めたら裏手にある小ぢんまりとした平屋に帰るのだ。


 三和土と板間のみで炊事場は無いが、代わりに鍋を吊るす自在鉤がついた囲炉裏がある。さらに、外の小屋には壺風呂まで置いてあり自由に使えるのだからいい場所だ。

 ただ、サトは(みそぎ)ばかりで熱い湯に浸かる習慣がなかったので、風呂はあまり使わずにいる。毎日小屋に行って身を清めるけれど、基本は大きな木桶に温い湯を溜めて、それで髪と身体を洗っておわりだ。


 なので風呂小屋に住み着いている舌の長い妖怪が、いつも恨めしそうにこちらを見ている。


「……」

「……」

「……わかった。次の休息日は湯に浸かるから」


 今日もまたそいつは格子窓から舌を伸ばして、勝手に障子を開けこちらを見ていた。

 サトの言葉を聞いて渋々舌を引っ込めると、太ったトカゲのような体を翻して音もなく去っていく。障子は中途半端に開いたままだった。


 火を使うからいいかと、障子はそのままに囲炉裏の火種を起こす。薪でも良いが煙たいので、サトはもっぱら炭を使っている。

 炎がそこそこ大きくなったら夕飯の準備だ。雑に鍋へ水と冷や飯を放り込む。それを囲炉裏に持って行くと、小鬼が三匹自在鉤の棒を登って遊んでいた。


「火傷しても知らんぞ」


 鉤に鍋を引っかけた衝撃で小鬼があわや落ちかける。小鬼入りの飯は食べたくないので片手を構えていたが、幸運にも三匹全部落ちずに済んだ。

 小鬼たちはさらに上へと登ると、梁で器用に踊り始めた。


 萎びた葉物があったので一緒に煮ることにした。囲炉裏の前で小さなまな板と包丁で刻んで、全部ぽいっと突っ込む。適当に醤油を垂らしたら、ぐつぐつ煮えるまでたまにかき混ぜて待つ。今回は冷や飯がいつもより多かったので、最終的には椀三杯分くらいの雑炊ができた。


「小鬼ー、飯を食うから埃を落とすなー」


 ギャイギャイという声が建物の隅の方へ移動したのを聞いて、とりあえず椀に一杯よそう。小鬼は菓子を食べても飯は食べないので、朝夕の食事はいつも一人だ。

 以前の家でも食事はジメジメとした自室で一人きりで食べていたので慣れっこだ。むしろ、囲炉裏の前で食べられる分こちらの方が居心地がいい。小鬼が自由に遊んでいるのもまあ、悪くない。

 小鬼の声を聞きながら一杯食べ終わる。もう十分胃が満たされていて、でもまだ目の前の鍋には水気を吸って嵩を増やした雑炊が残っていた。


「……どうするか」


 小鬼は遊んでいるばかり。きっと食べないだろう。風呂小屋のトカゲもどきは風呂釜についた垢しか口にしない。

 焦げる前に鍋を囲炉裏の縁に用意した鍋敷きに退避させて、とりあえず三口分だけおかわりしてみた。

 一口目から嚥下に時間がかかって、二口目には咀嚼が億劫になった。三口終わる頃には鍋に蓋をかぶせていた。


「よし、明日だな」


 一人分の食事とは作るのが大変難しい。ここに来て最初に学んだことだ。未だに改善できる兆しはない。


 食べ終えた椀に水を入れて、開いた囲炉裏に水を入れた薬缶を吊るす。沸かしている間に椀を綺麗にしながら水を飲み干したら箸と合わせて小さな木桶に水を入れて皿洗い。

 終わる頃には薬缶が十分沸いているので、それと提灯を持って風呂小屋へ行くのだ。


 身を清めてさっぱりしたら、湯を捨てた大きな木桶を舐めまわすトカゲもどきを放置して家に戻る。

 髪を乾かしながら囲炉裏を処理して、灰の中に種火を隠す。この頃には宵五つを過ぎている。後はもう寝るだけだ。

 布団を敷いていると小鬼も真似て、くすねた手拭いをサトの枕元で広げている。行燈を吹き消して布団にもぐれば、頭上からギャイギャイと楽しげな声が届く。


「こら、煩い。さっさと寝ろ」


 多少マシになった鳴き声を聞きながら微睡みに落ちる。

 ここで過ごし始めて二ヶ月。念願叶って手にいれた、とても充実した日々だ。


 サトはなかなか悪くないと思いつつ、ちょっとつまらないなとも思い始めていた。

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