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第1章 第7話 次へ

「家庭教師をやってもらってから一ヶ月経つわけだけど……信音ちゃんの様子はどう?」



 最近ご無沙汰だったが、ひさしぶりにコトのお母さんから電話がかかってきた。俺の仕事は家庭教師として勉強を教え、できることなら復学させること。雇い主への定期報告だ。真実をありのままに話すべきだが。



「はい、そりゃもう全部順調です」



 俺はまるっきり全部嘘をついていた。



「毎日数時間勉強をやらせていますし、心の傷さえ治ればいつでも学校に戻れ……」

「あやと!」

「コトの……」

「「いろどりチャンネル!」」



 撮影部屋から声が漏れてきたので慌てて離れる。言えるはずがない。仮にも家庭教師として雇われておいて、こんな報告はできない。順調なのは、配信者としての人気だなんて。



 個人で歌ってみたや踊ってみたを投稿していた『あやのいろどりチャンネル』。そこに正式にコトが加わりチャンネル名やアイコンが変わると、そこからはっきりとわかるくらい登録者数や再生数が跳ね上がった。



 やってることは他の配信者と大差ない。トークして歌って……むしろ外撮影や金がかかる撮影をしていない分かなり地味な部類。しかしふりふりのあざとい服を着て談笑している二人の美少女の映像は、たったそれだけで他を圧倒してしまった。



 最初の内はあのバズった地雷系少女が出てるという話題性でかっさらったが、強烈ないじめエピソード。陽キャ配信者とは違う根暗故の突飛な発言。何より純粋なかわいさで、今ではあの映像の言及コメントすら見当たらないレベル。本当に順調にチャンネルが成功していっている。



「そう。ところで正義くんの方の勉強はどう?」

「あー、そっちもいい感じです。今年こそは絶対に合格してみせます!」



 当然これも嘘だ。コトが配信者になる決意を決めたあの日から、本当に一切参考書に触れていない。やっていることは彼女たちのサポート。動画の内容を考えたり、カメラを構えたり、軽く編集したり。もう浪人生なんて口が裂けても言えない状態になってしまっている。



「その調子! でもたまには家に帰ってあげてね? お母さん心配してたよ」

「そうですね……はい、たまには……。それじゃあ……はい、はーい……」



 電話を切り、とりあえず定期報告を乗り越えたことに安堵のため息をつく。本当はまだ何も安心なんてできないんだけど。



 コトは配信者を始めたことを。俺は大学進学する気がないことを、まだ親に伝えていない。親が知ったらどう思うかなんてわかりきっているからだ。



 学校に行かず配信者なんて職業とも呼べない不安定で危険性のあることを親はやらせたがるだろうか。高卒で実質無職の俺は親からどう映るだろうか。少なくとも今まで通りの生活ができなくなることは間違いない。



 でも何もしていなかったコトが、何かをやっているんだ。これを取り上げたら、今度こそコトは何もできなくなる。それを守ってあげられるのは俺だけだ。社会不適合者だと罵られようが、絶対に隠し通さなければならない。それが今の俺にできることだ。



「ふー、つかれたー。キャラ作りながら話すの結構体力いるのよねー」



 撮影を終えたコトと彩ちゃんが撮影部屋から出てくる。確か今日は質問返しだったか。ローカロリーで結構再生数稼げるんだよな。



「コト、どうだった?」

「かわいいってコメントいっぱいあった。うれしい」



 そう語るコトの表情は、いつもの無表情では隠し切れないくらいにうれしそうだった。家の中にいながら承認欲求を満たせ、ビッグになるという夢も叶えられる配信者。やはりコトにとってはこれが天職だろう。もっともまだ広告収入は得られていないが……。



「そんなことよりぃお兄さん。ちょーっとお話いいですかー?」

「おにぃ、彩ちゃんわたしより褒められた数少なくて内心不機嫌なの」


「別にぃ? そもそもコトちゃんを選んだのはあやの功績だしぃ?」

「わたしの勝ち。彩ちゃんの負け」


「決めた今度外撮影やるから! そうすれば視聴者もみんなわかるはずよこいつが顔だけのクソ陰キャだって!」

「絶対出ない。一歩たりとも出ない」



 そう。金は得ていないが、友だちを得ることはできた。現実や将来のことは一旦置いて、今はそれだけで充分じゃないか。



「……真面目な話、お兄さん。コラボのお誘い来てるのよね。しかもあやたちよりもずっと上。どのSNSでもフォロワー50万近い女性インフルエンサーから。正直乗りたいんだけど……こっちから出向くのが道理じゃない? コトちゃん、大丈夫だと思う?」

「外出に知らない人との会話か……。正直不安しかないけど、コトは?」

「……やってみたい。怖いけど、もっともっと、人気になりたいから。……本当に怖いけど」



 そう強気に言ってみせたコトだが、言葉の端々からは不安の色が滲み出ている。好き嫌いでコトは外に出ないんじゃない。外に出られないから、外に出ないんだ。それでも勇気を出して、飛び込もうとしている。だったら俺が全力でサポートするしかない。



「とりあえず行ってみようか。無理なら途中で引き返せばいい。がんばろうな」

「……うんっ」



 こうしてコトは、再び一ヶ月ぶりに外出することになった。

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