第1章 第6話 社会不適合者たちの足掻き
「はじめましてぇ。長宗我部彩って言いますっ。彩ちゃんって呼んでくださいねっ」
イラっとする喋り方とわざとらしい笑顔で挨拶する少女、長宗我部彩。かわいこぶってるだけあって単純に見た目はいい。系統はコトと同じだろうか。童顔で小動物的なかわいさがある。だが胸元や髪にもついたわざとらしいリボンや、あざといハーフツインに、校則あるのかと疑いたくなるフリルが至る所についた制服を見るとかわいさのごり押しっぷりに胃もたれしてしまう。
「信音ちゃんとは去年から同じクラスの仲良しでぇ。最近学校に来てないから心配で会いにきたんですぅ」
仲がいいかはともかくとしてコトの知り合いというのは間違いないので家に上げたがもう帰ってほしい。だがこのまま帰しては後々もっとめんどうなことになる。とりあえず名刺を渡して挨拶する。
「はじめまして。信音の家庭教師の北条正義と申します」
「えー? 家庭教師さんなんですかー? かっこいいから彼氏さんなのかと思っちゃいましたー」
「ははっ。コトー、お前の友だち来てるぞー。相手しておねがーい」
駄目だ、とてもじゃないが二人っきりで話していられない。適当に相手して帰ってもらおうと思ったがコトに助けを求めてしまった。
「……こんにちは」
「わー、信音ちゃんひさしぶりー。大切なお友だちが休んじゃってさみしかったんだよー」
「……わたしも友だちいなかったけどあなたも友だちいないでしょ。そのうざいキャラのせいで」
「あははっ。ちょっと外でお話しよっかー」
とにもかくにもリビングで俺とコトが並んで座り、対面に長宗我部さんが座る話し合いの形には持ち込めた。まずは一番気になっていることを訊ねよう。
「何の用でここにいらしたんですか?」
「あや、こういう活動してるんですぅ」
長宗我部さんが俺と同じように名刺を差し出してくる。だが学校用にきちんとしている俺のものとは違い、目が痛いほどにカラフル。QRコードもあったので読み込んでみると……。
「あやのいろどりチャンネル?」
「はいっ。ゆーつぶで踊ったり歌ったりダンスしたりしてるんです。他にもイソスタとかティックとか色々。チャンネル登録とフォローおねがいしますねっ。あ、動画観ます?」
「いやおすすめに出られると嫌だから絶対に見ない。……でも意外と登録者多いんですね」
「そうなんですよぉ。どの媒体でも軽く三千人以上のフォロワーがいてぇ」
「それでバズってるコトを動画に出したいと」
「……半分はそうです」
なるほど……。まぁ変な嫌がらせじゃないだけマシと見るか。それにさっきまではともかく、今の長宗我部さんの目には品定めするような、冷淡ながらも本気の色が見える。
「もちろんずっと、とは言いません。ただ何本か、顔出しで動画を撮らせてほしい。もちろんお礼はしますよ。学校に来た時は全力でサポートしてあげます。確かにあやも友だちはいませんが、信音ちゃんみたいにいじめられてるわけでもカーストが低いわけでもない。発言力はありますから、少なくとも目に見えるいじめはなくなるはずです。どうです? ウィンウィンってやつでしょう?」
……悪い話じゃない。現状だとコトは奇人、あるいは痴女ということになるが、動画に出て釈明すればその誤解は解ける。しかもいじめがなくなる可能性もあるとなったらこちらからお願いしたいレベルだ。
「話にならない。駄目に決まってるだろ」
だがこの誘いに乗ることは、コトが良くても俺が許さない。
「あの……家庭教師さんには訊いてないんですけど」
「理由は二つ。コトを見下してるような人間にコトを任せるわけにはいかない」
どうせコミュ障のコトなら上手く丸め込めるとでも思ってここに来たのだろう。顔から、口調から、言葉の節々から感じるんだ。こいつが内心コトを下に見ていることが。
「コトはいじめられてるよ。不登校で引きこもり、デジタルタトゥーまで負っている。人間として最底辺と呼んでも差し支えない。でもそれは今の話だ。環境が変わればコトの評価も変わる。それなのに見下してくる奴がずっと傍にいたら、コトは敗北者の立場から抜け出せない」
「……あんたたちだって見下してるくせに」
「第一それで滑ったらコトの評価は余計地に落ちる。こう言っちゃなんだが所詮三千人程度だろ。美少女、顔出し、必死に媚び売ってそれ止まりだ。だったらもっと人気のある、ちゃんとコトを一人の人間として見てくれるチャンネルに出た方がいい。それで人気になればいじめもなくなるだろうしな。言葉を選ばないで言うと、君程度じゃコトのポテンシャルを生かせない。だから……」
「あんたたちだってあやのこと見下してるくせに! 偉そうなこと言わないでよ!」
バン、とテーブルを叩いて長宗我部さんが立ち上がる。心の底から叫び、本気で敵意を剥き出しにしている。昨夜のコトと同じように。
「……二つ目の理由。君が本心で喋っていないから。思っていることは全部言ってくれないと協力なんてできない。でもその理由は今なくなった」
「ぁ……」
やってしまった、といった表情をして座り直す長宗我部さん。不機嫌そうに腕を組み、眉間に皴を寄せている彼女の顔は。悔しいがとても魅力的に見えてしまった。
「……あやが信音ちゃんを誘った理由のもう半分。……信音ちゃんが、お金持ちだから」
金……か。切実で、最も現実的な理由だ。そして一番口にするのが憚られる理由。本心だということはすぐにわかった。
「あやのおうちはね……貧乏なの。笑えないほどじゃないけど……少なくとも遊んでいられる余裕はない。映えるスポットには行けないし、スイーツも食べられない。コスメ紹介もしたいけど……お金のかからない、踊ってみたや歌ってみたしかできない。でも信音ちゃんの家はお金持ちでしょ。こんな立派なマンションに一人暮らしさせて、家庭教師まで雇ってるんだから。一緒に撮影するなら多少お金出してくれるんじゃないかって……ううん、それも違う」
語ってくれている長宗我部さんには悪いが、俺はコトの表情を横目で見ていた。いじめられて引きこもりになっても、それでも何不自由なく生活できている。それは普通の家庭では絶対に不可能なことで、コトにとって一番恵まれている部分。そしてコト自身が努力したわけではない、与えられた天恵。
「うらやましいのよ……この子が。そして妬ましくて……恨めしい。どうして必死にキャラ作って、ほとんど毎日バイトして、こんなにがんばってるあやが報われなくて……こんな何の努力もしてない子が幸せになってるのか。むかついてむかついてしょうがないの……!」
その通りだ。コトは何の努力もしていない。そしてそれは俺も同じだ。やらなきゃいけないことはわかっているのに、やる気がなくて腐っている。それでも生活できている。親に金があるからだ。生まれ落ちた環境のおかげだ。
「あやは幸せになりたいの! みんなにかわいいねって褒められて! 誰もがうらやむような生活を送って! 妬まれてもがんばってない方が悪いよねって一蹴して……! そんな人間になりたい! そのためならなんだってするって決めたから! だからこんなところじゃ終われないの!」
いや、コトを見ているんじゃない。俺は目を逸らしているんだ。俺たちと同じ夢を持っていて、そして努力を重ねているこの少女から。
「だからお願いします……あやに協力してください……!」
気づけば長宗我部さんの姿は見えなくなっていた。椅子から降り、床に額を着けているんだ。俺やコトとは別のものを見ているんだ。
「やっと……わかった気がする」
今まで口を閉ざしていたコトが立ち上がり、長宗我部さんの前に立つ。そして膝をつき、俺の視界から見えなくなる。
「わたしはビッグになりたい。誰よりも幸せになりたい。でも……どうすればいいかわからなかった。外は怖いし、学校だって怖い。これは……ごめん、どうしても覆せない。でも動画なら家の中でも撮れる。わたしのまま、がんばれる、かもしれない」
コトは変わろうとしている。自分にできる範囲で、一度外れた道を元に戻ろうとしている。
俺は。俺は……どうなんだろう。大学に行ってやりたいこともない。ただ学歴のために、社会から外れないように大学に進みたいだけ。目標だけは勇ましく、浪人までして、勉強なんてしないくせに。
俺も変わる時なのかもしれない。俺より三歳も年下の少女たちが変わろうとしているように。俺も……前に進まなければならない。
「……俺にも協力させてほしい。家庭教師として……コトの幼馴染として……いや、俺のために」
俺も席を立って彼女たちの顔を見る。そこには二人の少女がお互いに土下座しながら向かい合っていた。思わず笑いそうになったが、これが友だちのいない、普通から外れた彼女たちが幸せになるために藻掻き足掻いている姿なんだ。
「……とりあえず立とうか」
そんな二人を導き、道に戻していく。こんな人生も悪くないと、どうやら俺は心の底から思っているようだった。
ここまでお読みくださり誠にありがとうございます。ここで一旦一章一区切り、折り返しになります。何度もタイトル変えてしまい申し訳ございません。全然読んでもらえず足掻いていました。
現在タイトルから消えていますが本作は浪人生や引きこもり、貧乏人といったいわゆる普通の人生を送れなかった若者たち……ここでは社会不適合者と呼んでいますが、彼らが幸せになりたいと藻掻いていく作品になります。
行き当たりばったり、迷いながらもそれでも幸せになるストーリーにしていきたいと思っています。よろしければ引き続きお付き合いいただけますと幸いでございます。
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