第1章 第5話 来訪者
『ばか! ばーか! わたしの方がかわいい! ブス! わたしを馬鹿にしたこと絶対後悔させてやる! わたしの方がビッグになって幸せになってやる! ばか! しねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』
高品質のスピーカーからコトの絶叫が部屋中に響き渡る。パソコンのモニターに映し出されている映像は、昨夜いじめっこ三人が逃げた後に叫んだ時のもの。それが少し遠くから、しかし顔がはっきりと見えるくらいの高画質で流れている。つまり、誰かに撮影されていたのだ。コトの黒歴史が。
「ばか! ばーか! わたしのばか! ばか! しね! わたしがしねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
そして目の前にいる本人も似たような言葉で叫んでいる。同じ絶叫でも種類が違うが……。
「まぁ大丈夫だって。ちゃんとかわいいから」
「かわいいのがわかるほどはっきり映っちゃってるのが問題なんでしょ!」
『酔っぱらった地雷系女がヤバすぎるw』。そういう言葉と共にSNSに投稿された映像。これがバズりにバズってしまった。5万いいね。確かに地雷系ファッションに身を包みながら罵声を叫んでいるこの姿は酔っぱらってるとしか見えない。だがこれだけならそこまでバズるはずもなかった。問題は別の投稿。
「それに……なんでこんなのが撮られてるの……!?」
『この子ってスク水徘徊痴女と同一人物なんじゃない』。絶叫の投稿に被せる形で投稿された映像は、スクール水着姿で街中を闊歩しているコトの姿。水泳の授業の後制服が盗まれたから仕方なくこの姿で帰ったそうだが……その事実を知らなければ、確かにスク水徘徊痴女という言葉がふさわしい。めちゃくちゃ端的に表してしまっている。
「ち……痴女……痴女って……」
「まぁ大丈夫だって。ここまで来ると一周回っておもしろいから」
「ぅぇぇ……。おわった……。わたしの人生おわっちゃった……」
人生終了。その通りだ。普通の女子がこの映像を流出させられたら人生終了と呼んでも差し支えないダメージを受けるだろう。だがそれこそ大丈夫だ。
「どうせ引きこもりなんだ。元から人生終わってるだろ」
そう。現在引きこもり中のコトにとって、これは実質ノーダメージ。どうせ誰とも顔を合わせないのだから何も問題はない。
「それとも。学校に行く気になったのか?」
「それは……行かないけど……。でも行こうにも行けなくなっちゃったのが問題で……」
「デジタルタトゥーは怖いよな。これから先の人生ずっとスク水徘徊地雷系痴女だもん」
「TLが全員馬鹿にしてる……。何ならわたしも勇ましいくらいに胸張ってて草とか投稿しちゃったし……」
自分で自分の首を絞めてるのは置いておいて……実際どうするべきか。二つの映像から大まかな場所はすぐに特定されるだろう。そうなるとコトを知っている人はほぼ間違いなくこれが織田信音だということに気づくはずだ。いずれ本名流出、経歴も明らかになってしまうだろう。いや、掲示板ではもう特定されていてもおかしくない。学校に通うどころじゃない。否が応でも引きこもるしか選択肢がなくなる。
「おにぃ……これからどうしよう……」
「……別に犯罪をしてるわけじゃない。堂々としていて大丈夫……ってのは他人事だから言えることだなぁ……」
「はは……ははは……。こうなったらもう逆に自分がスク水徘徊地雷系痴女ですって顔出し動画投稿でもした方がいいかな……バズりそうだし……はは……」
だめだ、完全に壊れた笑い方してる。どうにかしてあげたいけど……こればっかりはどうしようもない。時間が経って人々の記憶から消えるまではこのまま引きこもりを……。
「ひっ」
インターホンの音が鳴ったと同時にコトが小さく悲鳴を上げる。今は午後四時。件の投稿がされたのが昨日の夜だから……ほんとに特定されててもおかしくないんだよな。
「コト、俺が出る。絶対に守ってやるからな」
こんな気休めにしかならない台詞は吐きたくないが、今は致し方ない。毛布にくるまっているコトを置いてインターホンに出る。
「はい、北条です」
あえて俺の名前を出しながら応答すると、映像には女子高生の姿が映し出されていた。昨日会った子とは別。だが制服は同じ……おそらくコトと同じ学校の生徒だろう。このタイミングってことは、間違いなく投稿関連。
「どなたですか? 人違いだと思いますけど」
とりあえずシラを切るしかない。とにかく北条でごり押していると、オートロックに止められている少女はこう答えた。
「ここが織田さんの家だってことは知ってます。一緒に動画撮りませんか?」