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第1章 第2話 消えない傷

「わたし、学校一のイケメンから告白されたんだ」



 ペットボトルの山をかき分けてベッドに腰掛けると、ゲーミングチェアの背もたれに寄りかかりながらコトが語り始める。



「去年からかわいいと思ってた、今年は同じクラスになれたしせっかくなら付き合いたいって」



 ……これは恋バナだろうか、単なる自慢だろうか。何にせよどうしてだろう……全然ドキドキしないのは。美少女女子高生の部屋で二人っきりというとんでもない事態なのに。あぁそうか、部屋中が豚骨ラーメンとカレーと餃子が混ざったような脂っこい臭いで満ちてるからか。



「でも断った。話したことなかったし、恋愛なんて興味ないし……」

「ごめんだめだ換気させて」


「それから始まったの、いじめが」

「あぁいじめられるきっかけの話だったのね……」


「このタイミングのお話なんてそれしかないよね」

「うんまぁそうなんだけどさ……」



 唐突に語り出したしずっと無表情だしで全然わからなかった。コミュ力がないってこういうことを言うんだろうな。うん、臭いにも慣れてきたし真面目に話を聞こう。



「そのイケメンが振られた腹いせにいじめてきたってこと?」

「……違う。いじめてきたのは一軍の女子。あの子たちとも話したことなかったのに、急にいじめが始まったの」


「それは……なんで」

「……わからない。調子乗ってるとか勘違いすんなブスとかちょっとかわいいからってイキがるな陰キャとか……人ごとに違うこと言ってて、本当に、わからない」



 そう語るコトの表情は相変わらず変化に乏しいが、わずかに曲がる眉毛からは本当に困惑していることが見て取れた。



「ようするに……男に使う言葉かどうかわからないけど、高嶺の花をよくわからない女に盗られて。ましてや偉そうに振りやがって、気に食わないってことか」

「中学からずっと友だちなんてできたことないから気持ちなんてわからないけど……うん、たぶんそんな感じだと思う」



 俺も女子の知り合いなんてコト以外いないからそのいじめっこの気持ちなんてわからないが、クラスの女子がそんな話で悪口大会を開いていたのを見たことがある。まぁ別に女子に限った話ではないと思うが。普通から外れた者を叩くのは、どの世界でも同じだ。



「初めはすれ違う時にぶつかってきたり、教科書を隠されたり、悪口が聞こえてくる程度で、そこまで気にならなかった。中学生の時もこれくらいのいじめは受けてきたし、無視してればその内終わると思ってた。だから何も言わなかったんだけど……」

「エスカレートしてきたってわけか」



 コトが小さくうなずく。気づけば彼女の表情は目に見えて暗くなっていた。当然だ。一か月も引きこもってしまうような辛い過去を話しているのだから。



「悪口はどんどん過激になっていった。売春してるとか万引きしてるとか……親も悪いことして金儲けしてるとか……」

「……辛いなら話さなくてもいいよ」


「それでお金までゆすられて……さすがに抵抗したよ。パパとママはがんばってお金持ちになったんだもん。何もがんばってない人がパパたちの努力の結晶を奪っていいはずがない。でもそうしたらどんどんひどいことになった。財布がなくなって、財布を持ってこなかったら机ごとなくなって……」

「話さなくていいって……!」


「最終的に、水泳の授業の後に制服ごとなくなった。体操着も下着もカバンもない。なんかもう全部嫌になって……水着のまま帰った。それから学校に行ってない。制服がないんだもん。……ちょっと親を恨んだかな。いい学校じゃなければ温水プールもなかったから……四月はさすがに寒かった」

「……ティッシュの場所はわからないぞ」



 やはりコトはコミュ力に問題があるようだ。重くなりすぎないように最後に冗談を付け加えていたが……全然笑えない。悲しそうに、悔しそうに涙を流しているのだから。



「……親とか先生に相談したのかとか、訊かないの?」

「訊いてほしいなら訊くけど。上手くできてればこんなことになってないだろ」

「……話し甲斐がないね。うん、話したけど解決しなかった。先生はわたしみたいないてもいなくても変わらない生徒一人より発言力のある集団の方が大事だし、親は忙しいからね。辛いなら逃げてもいいんだよって優しく言ってくれるだけ。わたしの話は誰も真剣に聞いてくれない。全部知ってるのは、おにぃだけだよ」



 コトが俺の隣に腰掛け、ペットボトルの山に埋もれていたティッシュを取り出して涙を拭う。そのまま丸めて部屋に放り捨てたのは見なかったことにするとして……。



「辛いなら逃げてもいいって言葉ほど無責任な言葉はないよな」



 聞いた中で一番引っかかる言葉に触れてみた。



「優しそうな大人とか、わかってる風の奴はよく言うよな。いじめから逃げるのは間違ったことじゃないって。……逃げてどうすんだって。逃げた後に道なんてない。どこまでも道を踏み外すだけだ。結局自分が正しいことを言いたいだけなんだろうな。その後のことなんて何も考えてない。いじめから逃げて終わりじゃないんだ。それからも人生は続いていくんだよ」



 偉そうな大人の正論の末路がこれだ。何もない、引きこもり。就職は難しいし、一生消えない傷が残ったまま。これから何倍もの人生を歩んでいかなければいけないというのに。



「じゃあ……どうすればいいんだろうね」

「決まってんだろ。元の道に戻るしかない。辛くても、そうしないと人生終了だ」

「そう、だよねぇ……。わかってる……んだけどなぁ……」



 俺たちが何をすればいいか。そんなことは説教されなくたってわかっている。俺は勉強すればいいし、コトは学校に通えばいい。どうすればいいかなんてわかっているんだ。わかっているのに動けないから社会不適合者なんだ。だから俺たちは、ここにいるんだ。

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[一言] 道が一本しかないなんて視野狭窄だから負け続けるんだろうな、ってのが正直な感想
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