第1章 第13話 社会不適合者たちの夢
「……あやの夢は、お金持ちになること」
情けない……思い返しても本当に情けなさ過ぎて笑えてくるほどの惨めな夢を語り、みんながドン引きしてか静まり返っている中、彩ちゃんが小さく声を漏らした。
「それもただの金持ちじゃない。みんなにかわいいって褒められて、誰もが羨むような人生を送って、僻んできた奴をがんばってないのが悪いって一蹴したい。貧乏人だからって、ぶりっ子だって馬鹿にしてきた連中をファンに袋叩きにさせて見下したい。それがあやの夢」
「うわ……」
ぽつぽつと漏らす彩ちゃんの夢に反応したのは焔だけ。だが俺もコトも同じ気持ちだ。お姫様のような容姿とは正反対の、人間の醜い欲をまるごと吐き出したかのような夢。俺にも負けないくらい、最低な夢だ。
「お兄さん、あやはあなたの夢を笑わない。いやほんとにドン引きしたけど、いいんじゃないの。やっと同じ目線に立てたね」
彩ちゃんがコトを訪ねに来た時、俺は上から見下ろしていた。地べたに這いつくばり土下座し合っていたコトと彩ちゃんを見下ろしながら、俺が大人としてしっかりしないとと勝手に思っていた。二人がそれを求めていたかはわからないのに。
「……これ、そういう流れ?」
俺が暴れだし一人で酒を煽っていた焔が訊ねてきたので黙って首を縦に振る。すると焔は困ったように髪をかいた。
「……私の夢は、女優になること」
「えぇ!? そうなんですか!? そんなこと言ったことありましたっけ!?」
「……まーくん以外には初めて言った。だってさ、なんか寒いじゃん。ほんとの夢語って、それが叶わないでモデルとか配信者やってるって……なんか恥ずかしいし……」
ファンの彩ちゃんに詰め寄られ、本当に困った顔をする焔。それに対してさらに彩ちゃんが詰め寄る。
「どうして女優になりたいんですか!?」
「……言わなきゃだめ? 本当に恥ずかしいんだけど……」
「夢なんか全部恥ずかしいもんだろ。それでも叶えたいんだから夢なんだから」
そう言えば俺もどうして焔がモデルになりたいと思ったのか、その理由を聞いたことはない。話題には出たと思うが、それとなくはぐらかされた気がする。俺も気になって詰め寄ると、酔いのせいか恥ずかしいのか、顔を真っ赤にした焔がボソリとつぶやく。
「なんか……かっこいいから……」
それはあまりにも子どものような答えだった。憧れの女優がいるとか、誇れるような理由ではない。ただ単に、かっこいいからなりたいと思っているのだ。そして本気でその夢を叶えようとしている。
「……なんか安心しました。ほむら様も人間なんですね」
「どういう意味!? かっこいいでしょ女優! テレビに出て綺麗とか言ってもらえて! めちゃくちゃかっこいいもん!」
「そうですねかっこいいですねもっとかっこいい理由が聞きたかったです」
焔と彩ちゃんがまるで子どものように叫び合う。……後は一人。
「コト、お前の夢は?」
「……ビッグになること」
俺に振られ、ずっと静かにしていたコトが口にする。この夢を知らないのはこの場では焔だけだ。
「ビッグってなに? 具体的には?」
「……なんでもいい。なんでもいいからビッグになりたい。幸せになりたい」
「なにそれ……一番めちゃくちゃじゃん」
俺はみんなを幸せにすることで。彩ちゃんは金持ちになって見下すことで。焔は女優になることで、幸せになろうとしている。だがコトにはそれがない。今配信者をやっているのは家でできるから。こだわりもプライドもなく、ただ漠然とした幸せを夢見ている。それを一番許せないのが焔だ。
「そんな夢のためにまーくんを一人占めしようなんてありえない! 私にちょうだい! いいでしょ何でもいいならまーくんと一緒じゃなくたって!」
「……うるさい」
「だいたいなにそのつまらなそうな顔! 私たちはこーんな恥ずかしい想いして夢語ってるっていうのに! だからむかつくんだよその自分が一番不幸みたいな態度が!」
「うるさいうるさいうるさいばーーーーーーーーか!」
そして、だからこそコトは輝ける。
「黙って聞いてれば勝手にわたしの家に上がり込んでお酒飲んで騒いで! あなたみたいなろくでなしにおにぃは渡さない! だいたいカリスマモデルみたいな態度してるけどわたしの方がかわいいから! 彩ちゃんにすら負けてるから! ばか! ブス! ばーーーーかしねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
狂ったように、堰を切ったように叫ぶコト。きっと二人はあれを想起したことだろう。コトが有名になった、あの動画を。そしてそれは、あの時隣にいた俺も同じだ。
「……これで全員、同じ社会不適合者だ」
それぞれ馬鹿にされて然るべき夢を語った俺たち四人。浪人生という名の無職の俺。いじめられて引きこもっているコト。痛々しいほどにキャラを作っている彩ちゃん。カリスマモデル兼配信者の焔。
年齢も立場も違うけれど、それでも俺たちは同じ、社会不適合者だ。
「……それでも、幸せになろう」
どうせ俺たちは変わらない。性根が腐りきっている。それでも幸せになろうと、俺たちは誓い合った。




