第1章 第11話 大人たちの本音
「本当はね、おしゃれなバーとか行きたかったの」
駅前にあるチェーン居酒屋の座敷に座りながら焔がつぶやく。
「芸能人御用達の、紹介制の静かなバーで。あなたのおかげでここまで大きくなれたよって、お礼を言いたかった」
隣の席では大学生と思わしき俺たちと同年代くらいの集団が騒ぎ、また別の隣ではスーツを着たおじさんが会社の愚痴や成長がうんたらと高説していて騒々しい。集中していないと焔の言葉を聞き漏らしてしまいそうだ。
「でも……まーくんはそういうの、聞きたくないんだよね。ごめん、全然気づかなかった。私が有名になればまーくんも喜んでくれると思ってた。はは、なんか私、気持ち悪いね」
「……そんなことないよ。おめでとう、乾杯」
「……乾杯」
今の焔にふさわしくない安物のビールを突き合わせ、口に運ぶ。……酒は苦手だ。ジュースの方がおいしい上に、何より嫌でも思い知らされる。自分がもう、子どもではいられないということに。
「ほんとこんなはずじゃなかったんだけどなー……。あ、カシスオレンジお願いします」
ビールを一気に飲み干した焔が店員に次の注文をする。でも俺は何も頼めなかった。言いたいことがありすぎて、言葉が詰まって出てこない。でもとりあえず……。
「……ごめん。ずっと一緒にいるって言ったのに、連絡絶っちゃって」
まずは、謝らないといけないと思った。次に自分の言葉で説明を。
「どうして話すようになったかは覚えてないけど。女優になりたいって話を聞いた時すごいと思った。モデルもやっててさらにその先になんて……絶対に叶えてほしいと思った。俺には普通の人生を送るのが精一杯だから、勉強を教えたりとか配信者をやって名前を売ったらなんてアドバイスとかしかできないけど、それでもその夢に乗りたかった。対等じゃないけど対等のふりしたかったんだ。でも俺が受からなかった大学に焔が受かって、焔はどんどん人気になって、俺には何もなくて……恥ずかしかった。会って慰められたりなんかしたら、どうにかなってしまいそうだった。だから会いたくなかった。本当に……ごめん」
小さく頭を下げ、焔の顔色を窺う。周囲の喧騒も不思議と耳に入ってこない。そう、それはまるで審判を待つ罪人のように。ただただ答えを待つことしかできない。
「……まーくんって、お酒苦手なの?」
そして俺への判決は、ただの質問だった。
「……え?」
「だってほら、全然飲んでないし。それともビールが苦手なの?」
「いやあんまり好きではないけど……ちゃんと素面の時に言っとかないとって……」
「……ね。私もさ、まーくん変わっちゃったねとか。昔は道は無数にあるとか言ってたのに何で全部諦めたみたいな顔してるの……とか。色々用意してたんだけどさ。今の謝罪聞いて、なんか違うなって思った」
焔のもとに注文していたカシスオレンジが運ばれてくる。そして半分以上残っている俺のビールに無理矢理乾杯してきた。
「二年ぶりに会った友だちと楽しくおしゃべりしたい。それだけで充分だったんだよ」
……これは錯覚だろうか、あるいはもう酔っているのだろうか。露出の多い派手な服装とばっちり決めたメイク。すっかり大人の女性になっていた焔の姿が、俺のよく知る高校時代の彼女に見えた。
「……やっぱ焔はかっこいいわ。ずっと、本当にずっと」
残ったビールを飲み干し、店員に空いたグラスを渡しながら焔と同じ注文をする。
「どれだけかっこつけたってお前に勝てるわけないのにな」
「かっこいいよりかわいいって言われたいんですけど? まぁ保護者ぶって一歩引いてるまーくんよりは、現役バリバリの私の方がマシだよね」
「……現役とかそういうのやめて。浪人生が一番心に来る言葉だから」
「ははっ。全然諦められてないんじゃん。でもその方がまーくんらしいよ」
それから何時間経ったかわからない。半日以上の気もするし、一時間も経っていないような気もする。ただとにかく話した。酒を飲み、言いたいことを言い、文字通り時間も忘れるほど語り明かした。そして……。
「やだーーーー! 捨てちゃやだ! 一緒にいて一緒にいて一緒にいてーーーー!」
いつの間にか焔は俺に抱き着き涙をドバドバ溢れさせながら喚いていた。周りの客が引いている……ような気がする。正直わからない。俺ももう周りを気にすることも、取り繕うこともできない。
「だから無理だって! 俺は! コトを幸せにするんだぁ! 俺と同じ道を辿らせるわけにはいかないんだよぉ!」
「なんなのさっきからコトコトコトコトって、鍋か! ていうかあの子むかつくんだよね! 不登校だかいじめられてただか知らないけどさ! 自分だけが不幸でございみたいなこと言って私を馬鹿にして! 私だって辛いんだから! 全然女優の仕事来ないし! まーくん離れちゃうし……! うぇぇぇぇ……!」
「お客さん、そろそろお時間なので……」
あ、なんか店員がそろそろ店出ろって言ってる気がする……迷惑かけないようにしないと……。
「かーど……かーどでぇ……」
「何がカードだよ俺なんかこの前審査落ちたってのに……!」
「私だってねぇ! 結構審査落ちるの! 何の保証もない個人事業主なの! 独りぼっちの悲しい小金持ちなんだよぉ……。うぇぇ……ひとりぼっち無理……まーくん……まーくん……」
ひとりぼっち無理……わかる……。浪人生の辛いとこってそこだよなぁ……。一人だと正しい道なのかもわからない……。誰かと一緒なら……一緒……なら……。
「それだぁ!」
俺が居酒屋で叫んでからしばらく……。
「うぇ!? 酒くさぁ!?」
コトの家に帰るとまだ残っていた彩ちゃんが俺を見るなり悲鳴を上げる。
「こらー! 子どもはママのところに帰らなきゃだめだぞー!」
「ほむら様!? ちょっ……なんでそんなになるまで飲んじゃってるんですか!? カリスマインフルエンサーですよね!?」
「ちょうどいい! 彩ちゃん! コト呼んで! コトぉ!」
「……いる。私の家だから」
コト……コトの顔が見えた……。会いたかった……!
「コト!」
「ぴゃぁ!? お、おにぃ!?」
大好きなコトに抱き着くと、耳元からうれしいのか驚いたのかよくわからない声が聞こえてきた。だから俺は言う。
「焔もうちのチャンネルに参加することになったから! これで一緒! 完全勝利だぁ!」
「えへへぇ……よろしくぅ!」
これで焔の一緒にいたいという願いを叶えることができた。彩ちゃんの願い通りもっと人気になるはず。そして何より。
「コト……俺はお前をこんなところで終わらせない……! 何が今だけの人気だ何がいじめだ! そんなの俺が認めない……! 絶対にお前をビッグにしてやるからな!」
コトも彩ちゃんも俺たちのテンションにはついていけないだろう。だって俺たちは大人だから。酔っぱらって正気を失わないと、夢を口にすることなんてできやしない。
でも今こうして高校の頃のように子どものように笑い合い、ようやく同じ目線に立てた気がする。保護者でも家庭教師でもない、同じ目標を持った仲間として。
「俺たち四人で! 天下獲るぞー!」
「おーーーー!」
「「お、おぉ……?」」
いや少し、子どもに戻りすぎた気がしなくもないが。それはご愛敬だ。
今まで暗い話ばかりしていてすみません。ようやく明るい話に戻れたような気がします。
そしてここから第1章クライマックス! いじめ問題に決着をつけていきますので今しばらくお付き合いいただけますと幸いです。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。おもしろい、続きが気になると思っていただけましたらぜひぜひ☆☆☆☆☆を押して評価とブックマークのご協力をお願いいたします! みなさまの応援が続ける力になりますので、何卒よろしくお願いいたします!




