表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園島  作者: 超山熊
4/6

決めごと


「まさか、戦うのか?」

「うん。そうしないと洞窟使えないよ?」


 さも当然のようにシャルは言うが、俺には覚悟が出来ていない。

 ここまで何度か殺し合いを経験した。

 最初に男が目の前で殴り殺され。

 シャルに男と俺は殺され。

 狼のボスに殺され。

 狼のボスを殺した。

 

 何度も死に、殺したが。

 まだ人を手に掛けたことは無い。

 それは俺にとって最後の防波堤だと思っていたから。


 きっと俺は殺人を許容できてしまう。

 一度手にかければ、その後は躊躇など無くなる。

 この島へ馴染むようになる。


 それは普通に生き、この島を出たいという最後の希望を無くすことになる。


 そんな俺の表情を読んだのか。

 シャルが俺の持っていた狼を殺したナイフを手から抜き取った。


「――シャル?」


 ナイフを持ったシャルは静かに立ち上がり、俺に手を差し出す。


「……この島にいる犯罪者にも話は出来る。……ソータが説得して。わたしは話すの苦手だからソータが危険になったら私が出る。二人で生きる」


 ”二人で生きる”

 その言葉は強く強く心に響いた。


 両親が死んでからずっと一人だった。

 兄弟もおらず、孤児院で仲の良かった子供たちのことも、どこか一線を引いていた。

 孤児院の先生も親では無く、他人だと理解していた。

 

 もちろん一人で生きてきた訳ではないことも分かっている。

 友達、先生、大学の教授や寮生、いろんな人に支えられてきたが。

 やはり自分とともに生きてくれる人なんていないのだと思っていた。


 だから、泣きそうになった。

 幼いころから普通とは異なる環境で育ち、犯罪に巻き込まれて、地獄のような島へ辿り着いた。

 すぐに死ぬと思っていた中で、まさか自分と生きてくれるという人と会えるとは……。


「……ありがとう」

「――ソータ?泣いてるの?……なんで?わたし……何かした?」


 いつのまにか泣いていたようだ。

 シャルは心配そうに下から顔をのぞかせる。

 

「……いや、ただ君に感謝したくて……ありがとう」


 そのまま涙が止まるまで、俺はこの小さな少女に感謝し続けた。

 涙が止まったころ、歩き出した俺とシャルは次なる目的地である洞窟へ向かっていた。


 道中、そこらに生えている見たことない植物を観察しながら歩く。

 シャルは自分が知っている物に関してのみ説明をくれる。


「これは何?」

「それは……臭い粘液を出して蟲を誘ってる。花弁に蟲がついた瞬間に閉じて食べてるのを見たことがあるよ」


 確かに花の中心部分には粘液があり、鼻を近づけると強烈な臭いが襲う。


「……ごほっごほっ!」

「わたし、言ったよね?」

「ごめんごめん。でも体験しておいた方がいいだろ?」


 シャルは「そういうものなの?」といったような顔でこちらを向く。

 でも自分で経験したものと他人から教えられただけのものでは経験値に大きな差があると俺は思っている。

 そのあとも……。


「これは知ってる?」

「……知らない」

「へえ――おっと、危ない!」


 シャルの知らないものは花弁や草の形、匂いと植物の特徴を調べる。

 ときには食人植物なんかもあって食べられそうになったり、口に含んだ花に毒があって死にシャルとともに生き返るなんてことを経験しながら。

 それでもシャルは今まで肉や魚ばかり食べてきたことで、食べられる物が多くなったと喜んでいた。


 そうして調べていくうちに大きな収穫が1つあった。

 この島にあるものは物理法則に則っていない。

 まあ、そもそも地球上にいないような生物たちで構成されているのだから些細な問題では無いが。

 ただ植物が特殊な磁場を出すことで狭い領域での無重力空間が出来ていたり、四足歩行で翼なんてついてない狐が空を歩いていたときは驚いた。

 

 しばらく歩くと目の前に縦5メートルほどの崖が現れる。

 高さからして登るには道具が必要になるだろう。

 しかし今回に限れば登る必要はない。

 なぜなら俺たちの目的である洞窟は、この崖のどこかにあるから。

 

「ソータ、あと少しでつくよ」


 シャルから洞窟にいる犯罪者の情報を聞いたが「分からない」ということだった。

 なぜなら。


「……私たちの中に狂乱した人はいない。私たちはそれぞれ自分の中にある信念や理由があって犯罪(それ)をしたの。だから理由に背いて殺しはしない。自分の力を過信して争うような真似もね」


 ということは信念や理由に少しでも触れれば彼女たちが殺しを迷うこともしないだろう。

 それだけの危険人物がこの先にいる。

 だがその理由こそ唯一の突破口とも言えるのだ。


 崖沿いに歩いて洞窟を探す。

 しかし何だろうか……妙な違和感がある。

 周囲を見渡してもあるのは崖と崖から少し離れたところに生える草木のみ。

 崖近くの硬い地面に生えているからだろうか、草木のほとんどが枯れ始めている。


 そんな景色を見ながら歩いて進むが、俺の前を歩いていたシャルが急に止まった。

 後ろを歩いていた俺を手で制すシャルは俺の耳元に顔を寄せる。


「あそこの洞窟。私は様子を見てくるからソータはここで待っていて」


 相手が好戦的ならシャルを先に行かせた方がいいに決まっている。

 そうすれば奇襲によってシャルが殺された場合、俺は自死して花能を使う。

 シャルが安全だと確認できれば俺は相手との交渉に移る。

 

「いや、二人で行こう」


 進もうとするシャルの腕を掴んで止める。

 シャルは「なんで?」と首を傾げるが、俺はシャルの目を見て言った。


「二人で生きるって誓っただろ。死ぬなら一緒に死ぬ。これからはそうしよう」

「……ん。分かった」


 俺とシャルは手をつなぎ洞窟へ向かって歩き出した。


 洞窟傍の草むらから顔を出し様子を伺う。

 洞窟は入り口から斜め下へ地面が続き地下へ向かって伸びるような構造だった。

 なぜ覗き込んだわけでも無いのに分かるのかというと、それは洞窟の奥から出てくる禍々しい色をした煙が出ているからだった。

 

 煙が外へ向かって流れるには空気の流れ、つまり洞窟へ入るための通気口がもう1つある。

 もしくは煙の発生源が入り口より下にあることで煙を外へ逃がしているかのどちらかだ。


 それに煙の色からあれが明確に毒であることは予想が出来る。

 安易に中へ入るのは危険だ、しかし俺たちが洞窟を住処にするためには中にいる奴へ交渉を持ち掛けなければならない。


「おーい!中に誰かいるなら出てきてくれないか!」


 しばらく考えたあと、俺は洞窟の主に声をかけてみることにした。

 シャルは俺の隣で手を握り立っている。

 よく見れば手を握る反対の手でナイフを持っている。


「シャル、ナイフはしまっておいてくれ。交渉をするなら脅しはしないほうがいい」

 

 シャルは素直に応じてくれた。

 しかし俺はこの時点で間違えていたのだ。

 犯罪者たちもあくまでも人間なのだと、彼らは人の道から外れるのに。


 しばらく待つと奥から1人の青年が出てくる。

 年は俺と同じくらいだろうか、瘦せた体と濃いくまがついた眠そうな目ぼさぼさの髪。

 科学者めいた白衣を着てポケットに手を入れている。


「君たちは誰だね。私のラボに何の用なんだね」

「俺たち寝床が無くて、もし良ければここで寝させていただけませんか?」

「断るのだね。ここは私が見つけた場所だがね。君たちはその辺に寝ていればいいのだね」


 やっぱりそうだろうな。

 知らない人間から急に「俺の住む場所が無いからお前の場所をよこせ」なんて某ガキ大将のようなことを言われても納得できる人間なんてここにはいない。

 交渉するには相手を知る必要があるのだ。


「あなたが欲しいものはありますか?出来る限りこちらで用意するのでこの場所で寝させていただけないでしょうか?」

「ふむ。この私と交渉しようというのかね?いいだろう。では、動物・植物・人間を用意したまえ」

「え?」

 

 彼が言うには、自分は科学者だからこの島にいる特殊な力を持った動物・特殊な毒や力を持つ植物を研究し自分の武器に出来ないか。

 そして自分が作った毒や武器を試すための実験動物(にんげん)が欲しいのだという。


「分かりました。では俺たちが動物と植物を用意します。人に関しては応相談ということで」

「ふっ……君たちに出来るなら良いがね。たかが男にそんなことが出来るとは思えないがね。ああ、それと用意するなら生け捕りで頼むよ」

 

 俺とシャルは一度洞窟から離れ元シャルの家に戻る。


「なんであんなの受けたの?」


 シャルの質問はつまり「なぜ自分たちに不利な条件で話を受けたのか」

 しかし俺には考えがあった。


 あの科学者は自分の力で島の生物たちを狩れていない、もしくは安全に狩りが出来るほど強くない。

 奴の体を見ても鍛えているとは言えないし、何より安全に動物を捕獲できる方法があるなら俺にあんな条件を持ち掛けるわけがない。

 さらに植物も同様だ。

 この島の植物には大抵の場合、防衛能力がある。

 自分に危機があれば自分の力で守れるように自衛しているのだ。

 つまり、この島を調べ研究をするのに安全なものはないのだ。


「そして人間に関しては俺の花能を使おうと思ってる」


 俺の花能なら死んでも生き返れる。

 毒を飲んでも殺傷能力の高い武器を試されても、苦しいのも痛いのも嫌だが交渉のためなら仕方ない。

 何より……。


「あいつはシャルのことを知らない。最後に動物たちを用意するって言ったときも俺が狩ると思っていたからな」


 交渉する間、あいつの視線はあくまでも俺に向いていた。

 シャルのことも洞窟から出てきたときにちらりと見ただけで、それ以降は俺のことを計っていた。


「だからもし何かあればシャルの攻撃は奴にとって奇襲になる。もし何かあっても俺が生き返れることは教えていない」

「でもあの人の花能も分かってないよ?」

「あいつの花能は何となく分かるよ」


 洞窟から出てくるときあいつはマスク1つしてなかった。

 もしあの煙が無害だったとしても奥で研究していて、何よりウイルスなどにも詳しいだろう科学者がそれを警戒せずにいることはおかしい。

 つまり奴の花能は「毒や病原菌などを無害化する」もしくは「体に含んだ毒物を無効化する」というもの。

 前者であれば自分で作った毒などを無毒化してしまう可能性があるため、確率としては後者だろう。


「とにかく今は動物の捕獲だ。シャルは何が良いと思う?」

 

 奴の出した条件の中に生け捕りがある以上、より危険性があるのは戦闘を担うシャルだ。

 シャルに生け捕りが難しいなら諦める他ないだろう。


「ここらへんにいるのは……狼、鹿、うさぎ、イノシシと熊かな?」


 狼は俺たちが初めて2人で戦った雷を放ってくる魔物。

 

 鹿は狼が天敵のため少し離れたところに群れを作り暮らしている。

 普通の鹿と違うのは風を操ることで爆発的な加速力を得ている。

 逃げ足が速く捕らえるには罠か奇襲になりそうだ。


 うさぎはシャルが出くわした中で最弱の魔物。

 草食にも関わらず尋常じゃない速度で動物すら襲う。

 頭についた角ごと体を回転させながら飛び跳ねるので、まるで弾丸のような破壊力を持つ。

 しかし停止状態から最速までなるにも数秒の助走が必要なため先制攻撃できれば必ず勝てるという。


 イノシシは通常のものより体が大きく、シャルが見た物は全長2メートルほどあったらしい。

 その巨体で突っ込んでくるため目のまえの障害物は全て破壊して進む。

 前回シャルが遭遇した時はイノシシの突進を回避しながら全ての足の健をナイフで切ることにより行動不能にした。


 そして最大の敵、熊。

 前回の接敵時はシャルでさえ逃げるしか出来なかったという。

 走る速さは車、全長は4~5メートル、腕は丸太ほどあり大きな腕を高速で振る。

 岩や太い木でさえ腕と強靭な爪で破壊する。

 そんな相手からどうやって逃げたのか聞けば、別の犯罪者を食わせてその間に逃げたらしい。


 この中から決めるなら……。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ