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後編


 お茶会の日。

 仮病を使う暇もなく、早い時間にクレインはやってきた。

 なぜか花束を抱えて。


「クレイン。どうしたの?」

「カナリア。俺と結婚してくれ」

「は?」


 何言ってるの?クレイン。


「どうしたの?頭でも打った?」

「一年社交の場を経験した。伯爵令息として、もらった本を参考に振る舞ってみた」

「もらった本?」

「ほら、カナリアがずっと前にくれた本があっただろう。そこに書かれていた伯爵令息が理想とかなんとか」

「あ!」


 思い出した。

 クレインがずっと前に何か本を貸してくれっていうから、私の恋愛小説コレクションから、一冊適当に探して貸したことがあった。あ、でもあげた記憶はないけど。今のいままで忘れていたから、返してもらわなくもいいかも。


「その本、なんて題名?」

「『侯爵令嬢はスパダリの伯爵令息に溺愛される』」

「いやあああ」


 私はそのまま頭を打って気を失いたかった。

 あまりにも大きな声だったので、客間に人が集まってくる。


「どうした?」

「何かされたのか?」

「あらあ、大胆ね」


 最後のお母様の言葉、意味がわかりません。


「申し訳ありません。あまりにも驚いたので大声出してしまいました。お父様、今日はとても気分が悪いので、王妃様のお茶会を欠席させてもらえないでしょうか」


 無茶なことを言っているのはわかっているけど、もう居た堪れない。

 なんて本を私は貸しているのよ。クレインに!

 それじゃ、まるで私が彼のことを好きみたいじゃない。

 クレインの顔が怖くて見れなかった。

 そして、今日花束持ってきたのも、わかった。

 あの本のせいだ。


「……わかった。ただごとじゃなさそうだ」

「父上。私が王妃様へお詫びに行きましょう。クレイン、君も来るんだ」

「俺も、ですか?」

「そうだ。病気なのはカナリアだけだ。お前はお茶会に参加すべきだ。カナリアのためにも」


 ごめんなさい。

 みんなに迷惑かけている。

 だけど、だけど、無理なものは無理。

 クレインの顔、怖くて見れない。


「カナリア。さあ、部屋に戻りましょう。後は頼んでもいいかしら」

「ああ」

「安心して」

「力を尽くします」


 お母様が私の肩を抱いて部屋まで送ってくれる。

 お父様、兄上、クレインはお母様の言葉にしっかり返事をして、何やら打ち合わせをし始めたよう。

 ごめんなさい。


「まあ、何があったかは詳しくはわからないけど。大丈夫。王妃様ならわかってくださるわ」

「はい。ご迷惑かけてすみません」

「ゆっくり休みなさい。そして考えて」


 うん。

 しっかり考える。

 クレイン、ごめんなさい。

 まさか、私がそんな本を彼に貸していたなんて。

 告白みたいじゃないの!

 違うのに!


 着替えを終わらせてベッドで悶え始めた私に、お母様は何も言わずに部屋を出ていく。

 使用人も一緒に退室して、部屋に一人で取り残される。


「どうしよう。どうしよう。私のせいで、クレインが無理してたみたい!」


 クレインが優しい、貴公子みたいになったのは、いつからだったかしら。

 もう覚えていない。

 社交界デビュー前のお茶会。

 そこでクレインは全く違う人のように振る舞っていた気がする……。

 私の前ではいつもの彼。

 彼は無理して、スパダリ伯爵令息を演じていたのね。

 ごめんなさい。


 それよりも『侯爵令嬢はスパダリ伯爵令息に溺愛される』というタイトルの本を貸すってことは、私、侯爵令嬢はあなたのことが好き。だから私のスパダリになってって意味になっちゃうよね?


「いやあああ」


 耐えれなくてもう一回叫んでしまったけど、誰も部屋に入ってくることはなかった。


「どうしよう、どうしよう」


 部屋を意味なく歩き回る。どれくらいそうしていたかわからない。

 ふいに扉が叩かれた。


「俺だけど、入っていい?」

「だめ!絶対にだめ」

「なんでだ?いつもなら全然平気だろう?」

「今はだめ。落ち着いてないから」

「俺がプロポーズしたの、そんなにショックだったか?」

「そうじゃないの!私が、あなたにそんな本を貸していたことがショックだったの!」

「ああ、そのこと。別にあの本にあなたの意図があったとは思っていない」

「そ、そうなの?」


 そうなんだ。

 よかった。


「カナリア。中にいれてくれ。顔を見て話がしたい」


 落ち着いた、でも有無を言わせない声で言われてしまい、私はしぶしぶ扉を開けた。


「ひっでぇ格好。なんていうか」

「あ!そうだったわ。出て行って、今すぐ」

「あっちみてるから、何か羽織って。それでいいから」


 寝巻きは薄めの生地の大きめのシャツに、スカート。体の線が透けるくらい薄い生地。

 本当はこのまま帰ってほしいけど、多分、彼は納得しない。

 私はガウンを羽織った。


「こっち見ても大丈夫よ。髪とか割と酷いけど」

「そうだな。でも気にしないから」


 うん。クレインは本当気にしないもんね。

 私はベッドの上に座り、彼に椅子をすすめる。


「王妃様のところから早かったね」

「俺は行っていない。レイヴィン兄があなたと話した方がいいって言ったから」

「そっか。王妃様の事、大丈夫かな?」

「大丈夫だろう?あの二人だし」


 うん。大丈夫かな。

 王妃様もいい方だし。

 私がどういう理由で欠席したことになったのか、気になるけど。


「それよりも、俺のプロポーズの返事は決まった?」

「いきなりそれを聞くの?」

「だって気になるのはそれだから」

「ちょっと待って。あまりにも突然だし。私混乱している。でもあの本のせいじゃないの?」

「違う。スパダリ伯爵令息?演じてみたらどうなるかなあと思ってやり始めたら、びっくりするほど効果的だった。普通の令嬢が求めている男がどんなものかわかったよ。だけど、俺の気持ちは変わらないかった。どんな令嬢に言い寄られても、そういう気分になれなかった」

「……そうなんだ」

 

 言い寄られ、そうよね。

 この一年モテてたし。


「あなたにふらふらと近づく男がいて、むかついたから何度かシメてやった」

「はあ?」

「驚きすぎだ。別に普通だろう?好きな女に近づく男は許せない。あの小説でもそうだったし」

「そ、そうだけど」

「でも、俺はあなたの前では演じたくない。本来の俺を見てほしい。だから態度を変えなかった。ショックを受けていたのも知ってる。だけど、演じたくなかった」


 クレインが私を食い入るように見ていた。

 その青い瞳は少し薄暗い部屋では、いつもの輝きはない。

 ちょっとそれが怖く見える。


「カナリア。俺はあなたと結婚したい。ずっと一緒に側にいてほしい。だから俺の婚約者になってくれ」

「……うん」

「いっぱい食べさせてやるからな」

「それは余計」


 私たちは弾けるように笑い合う。


 それからもクレインは演じるのをやめなかった。

 身分を盾に彼に迫ったと言われないように、ちょっと頑張った。

 

「痩せすぎ。胸も小さくなったじゃないか」

「クレイン!」


 そう、私は少し痩せて、化粧や侯爵令嬢としての振る舞いに気をつけた。 

 二年後結婚して、人前で完璧な夫婦と呼ばれているようになった私たち。

 だけど屋敷に戻ると悪態をつき合うちょっと意地の悪い夫婦だ。

 

 私たちの物語は、これからも続く。

 物語のようにはいかないかもしれないけど、きっと幸せに暮らすでしょう。



 Happily Ever After





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