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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

炎の悪役令嬢

火傷聖女、悪魔となりて、永劫に燃ゆ【炎の悪役令嬢―3―】

作者: れとると

――――いつしか怪物は伝説となりました。人々がそれを望んだのか。それとも彼女が、そう望んだのか。

(フライフェイス寓話集、編者の一人に聞く)

(脚注:『彼女』が誰のことを指すのか、その者は黙して語ろうとしなかった)


「ダンストン男爵ローズマリー。

 お前の罪状を読み上げる」


 ――――そう。あなたはやはり、そうするのですね。


 急遽王宮に呼び出された私、ローズマリー。

 のこのこやってきた私は、大人しく捕まり。

 こうして謁見の間で、断罪されております。


「拝聴いたしましょう。

 ハイン王太子殿下」


 年老いた国王陛下に代わり、国を取り仕切る若き王太子殿下。

 ハイン様。私の婚約者。

 正義感が強く、清廉潔白。誰にでも優しく、公平。


 国の重鎮が揃い、重武装の騎士と兵が固める、この謁見の間で。

 公平に私を、断罪なさるのだろう。


 少し痛ましそうに顔を歪めながら、彼は続ける。


 すでに8年。

 いえ、10年経ちましたか。


 選択は、なされました。

 私は選ばれなかった。

 彼は最後まで、この国を選んだ。


 頬を涙が伝う。

 でも。口元は。


 伏目がちに俯く私の目に映るのは。

 床ではなく。

 ハイン様が語る、私の「罪」の光景――――。



  ◇  ◇  ◇



 その罪の記憶より、少し遡る。

 私は当時、12になったばかり。


 私の名前は、ダンストン公爵令嬢マリー・ヒーリズム。

 お母さまは亡くなっていて。

 兄弟もおらず、私一人。


 でも優しいお父さまがいて。

 使用人もたくさんいて。

 領は豊かで。


 しかも私には、不思議な癒しの力があって。


 作法や勉強をしながら、穏やかに過ごせる……。

 刺激は少ないけれど、恵まれた日々を送っていました。


 こうして外で本を読んでいても、咎められず。

 安全で、安心した暮らしが約束されています。

 王国は、今日も平和なようです。


 刺激、といえば。


「マリー」


 少し険のある、しかしとてもやさしいお顔が、私の前に現れる。


「ハイン様!」


 先般、私と、その。婚約して。

 王太子となられた、ハイン王子……王太子殿下。


 オレウス国王陛下はご高齢で、他にお子はおらず。

 文武に秀でたハイン様は、すでに政権の一角を担っているとか。

 私には過ぎた……素敵な方です。


 本を閉じ、立ち上がり――そっとスカートについた草を払って。

 私の婚約者様に礼をとる。


「わざわざお越しくださったのですね、ハイン様。

 お時間には、こちらから向かいましたのに」

「君をエスコートしたかったのだよ」


 そのようなことを言われますと。

 その。

 顔が赤くなって、困ります……。


「本が好きだな、マリーは」

「はい。昨年、新しい版が出まして」

「……『フライフェイス寓話集』?」

「はい。第六版です」


 古き時代よりあるという、寓話。

 火傷顔の怪物が、人々を救うという。

 様々なお話が載っており、共通点は主役。


 火傷顔の怪物……または人。


 ……?ハイン様はなぜ、眉を顰めておられるのでしょう。


「ああ、すまぬ。

 為政者としては、あまり歓迎できぬ存在だ」

「どうしてでしょう?弱気を助け、悪を挫くと言いますが」

「やりすぎなのだ。火傷顔(フライフェイス)は法を守らない。

 国がそれを認めるわけには、いかない。

 それに奴のしていることは……本来、国家の責務だ」


 …………??

 なぜお話の存在を、そのように語られるのでしょう。ハイン様。

 これではまるで、火傷顔の怪物が、本当にいるかのような。


 その時、ハイン様の向こうに何か気になるものが……。


「あ!すみません、ハイン様。少し、失礼いたします」


 遠くに見えたそれに、私は早足で向かいます。


「……大丈夫?」


 少年が膝をすりむいている……のかと思ったのですが。

 脚をだいぶ深く切っているようです。

 古くなった柵で、切ってしまったよう。これは、いけません。


「聖女様、あの」

「もう大丈夫。すぐよくなるわ」


 傷口に、触れる。

 すっと流れる血が戻り、傷が塞がっていく。

 痛みも、ないはずです。


「もう治った!すごい!」

「その柵は、後で大人に外しておいてもらいましょう。

 気を付けてね?」

「はい、ありがとうございました!聖女様!」


 駆けて行ってしまった。

 元気ですね。ふふ。


「マリー。あまりその力は使わないほうがよいと。

 ダンストン公爵にも、言われているのではないか?」

「はい。ですが……あれは放っておけば命に関わったかもしれません。

 見過ごせません」


 ハイン様は、あまりそうは思われないようです……。

 ご機嫌がよろしくありません。


 被りを振って、気を取り直されたのか。

 私に手を、差し伸べてくれました。


「……そろそろ時間だ。

 行こうか、マリー」

「はい、ハイン様」



  ◇  ◇  ◇



 その日、私の人生は変わった――――悪い方に。


 ほんの小さな行き違いから、ハイン様と言い争いになって。


 少し体を押された私は、暖炉に向かって倒れて。


 顔に小さな、火傷を負った。


 不思議なことに。火傷は治っても、傷痕は消えなかった。



  ◇  ◇  ◇



「保養地で、しばらく休みなさい」


 お父さま、ダンストン公爵が私にそう告げました。

 火傷はもう痛くはない、はずなのですが――痕が疼きます。


「私がここにいては、いけないのですか?お父さま。

 どうして……」


 お父さまが、顔を、何か痛そうに歪ませる。


「お前の顔を見るのが……少し辛いのだ。

 弱い私を赦しておくれ、マリー」


 謝るように言うお父さまに送り出され。

 私は馬車に詰められた。


 なぜなのです、お父さま。

 どうして――――。



  ◇  ◇  ◇



「王太子殿下に、ご挨拶せねばなりません。

 王宮へ向かってください」


 御者に告げると、馬車は方向を変えてくれました。


 しかし。

 王宮に着き、王太子殿下を訪ねたものの。


「なぜです、ハイン様!

 なぜ私を見てくださらないのです!」


 背を向ける婚約者に詰めようろうとして――阻まれる。


「サランド様!オーレイル様!御放しください!私は、わたしは」


 近衛騎士団長たる男爵様の子息、サランド様と。

 数多くの武勲を立てた伯爵様の子息、オーレイル様。


 二人が私を押しとどめる。

 私を見ずに、王宮の廊下を去っていく、ハイン様。

 ああ、行かないで――――。


「許せ。私は弱い。

 傷ついた君を見るのが、辛いのだ」


 少しだけ振り向いて。

 でもこちらを見ずに。

 彼が告げた。


 なぜ、私の父と同じようなことを、言うのです。

 ハイン様!

 どうして――――。



  ◇  ◇  ◇



 馬車に乗り込もうとしたら、石を投げられました。

 こめかみに当たり、血が。

 ……傷がすぐに、治っていきます。


 何か、囁くように声が。


「やはり魔女……」

「聖女などでは……」

「おそましい……」


 振り向くと、人が蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました。

 後に一人、少年が残りましたが。

 君は、ひょっとして先日の……?


 彼は、泣きそうな顔をした後。


「もう来るな!魔女め!」


 私は逃げるように馬車に乗り込み、保養地に向かいました。


 どうして……こんな小さな火傷だけで。

 どうして――――。



  ◇  ◇  ◇



 保養地は、王国の中でも「新領」と呼ばれるところにあります。

 ただの俗称で、そのような区分はないのですが。

 元は別の国であったと、言われているところです。


 王国より東のそこは、少し湿潤で、雨が多く、過ごしにくい。

 どうにも気鬱になりがちで……私は部屋に籠って過ごすことが多くなりました。

 本を、読んで。


 …………この本も、もう三度目。

 まだ読んだ回数が少ない本は、あったでしょうか。


 お父さまも、来ない。

 ハイン様も、来ない。

 使用人たちは、私を腫物のように扱う。


 お父さま、ハイン様。

 そろそろお顔を、忘れてしまいそうです……。


 退屈を打ち破った契機は、その保養地の街を偶然訪れた、商人でした。


 屋敷にも来たその方は、馬車に積んだいくつかの品を買ってほしいといいます。

 使用人に告げられた私は、本があるかどうかを聞き。

 その回答を得て、直接会うことにしました。


 目録を持って、応接に現れたその方は、女性、で。


「あら?あなたは……」


 きれいな、声。

 その御姿は、はっとするほど……この世のものとは思えないくらい、美しくて。


 私より大きな火傷痕が、目の下にありました。

 顔を横に走るようなその傷痕は、伝説の怪物のようでした。



  ◇  ◇  ◇



 彼女は「ローズ」と名乗りました。

 女性でありながら、一人旅をしているのだそうです。

 ただ目的のある、旅ではなく。


 私が思わず求めると――しばしの逗留を、お約束くださいました。

 屋敷に部屋を用意し。食べ物は、あまり贅沢に用意できませんが。

 歓待し、お話を聞かせていただきました。


 彼女の扱う品も見せていただきました。

 特に目を引いたのが本と……スライム。


 今はこの国でも希少となった、道具のようなモンスター。

 特定のものだけを捕食し、ほとんどが人に害を与えない。

 意思もないとみられる、不思議な魔物。


 傷や、記憶を食べるというものすらいるそうです。

 すごいです。記憶を食べるものは、姿形すら変え、人に記憶を伝えることもできるとか。


 初めて、見ましたが。


「いかがです?スライムは。マリー様」


 私は、その光沢とも言えない絶妙な輝きに。

 目を奪われました。


「本当に……綺麗です」


 じっと見ていると……何か、私もじっと見られています。


「ローズ様?」

「様、は不要です。

 ダンストン公爵令嬢様」


 お道化るように言われたので、つい私も。


「お父さまも、婚約者様も会いに来てくれませんの。

 公爵令嬢だなんて、飾りです」


 ローズが、少し笑ってくれた。

 ……素敵な笑顔。引き込まれそうになる。


「本当に……あまり持て成しもできませんで」

「新領の食糧事情としては、この街はいい方です」

「そうなのですか?」

「ええ。法は守られていますが……それだけ。

 重税と規制により、王国は暮らしにくくなる一方で。

 おっと。このお話はお父さまや王太子殿下には、ご内密に」

「大丈夫。どうせ会いに来ません」


 今度は二人で、笑いあった。



  ◇  ◇  ◇



 ローズのおかげで、少し街は豊かになった。

 あまり派手にやってはいけないらしいのだけど。

 彼女の伝手で、遠い地と商売が始まったらしいのです。


 この街でとれたものや、作られたものが遠くで売れ。

 遠くから珍しいもの、必要なものが入ってくる。


 街は俄かに活気づいて。

 気づけば私も、ローズに手を引かれて、外に出ることが多くなりました。


 使用人たちは、気遣ってくれていただけで、とても優しかった。

 街の人たちは、明るくて、とてもよくしてくれました。




 その時間は、あまり長くは続かなかったけれど。



  ◇  ◇  ◇



 私のおなかに、深々と剣が突き立てられて。

 熱い……火傷したとき、よりも。


「おい、そいつ死ににくいらしいから、ちゃんと止めさせ」

「わかってらぁ」

「…………して」

「あぁ?」


 顔を、あげる。

 賊……ではない。

 王国の、騎士の装い。


「どうして。あなたたちは、ぐふ。騎士、では」

「おう、俺たちは誉れ高い王国騎士よ。()()


 それは、どういう……?


「おい」

「いいじゃねーか、余興だよ。

 昔の縁で、依頼を受けたのさ」


 確かに、紋章のあるところが、削られている。

 けど。なぜ元騎士が、このような……。


 髭面が、剣を捻りながら私に顔を近づける。

 痛い。でも目が、逸らせない。

 剣があるから……傷が治らない。


「兄と妻の不貞の証が目障りだから、始末してくれって。

 モンストン公爵閣下直々の依頼さ」


 え?


「ついでに、商いの禁を破ってるらしい女の始末もな。

 あ、そっちは生け捕りだったか?

 楽な仕事だ。新領はどこも、武器の一つもないからな!」


 っ!ローズ!!


 剣を抜こうとすると。

 男は面倒臭そうな顔をしながら、剣を横に払い。

 私の腹を捌いた。


 腸が、出る。

 体が、震えて。

 力が、入らない。


 どうして、傷が治らないの?

 まさかわたし。

 死……


「あーめんどくせぇ。首、落としちまうか」


 男が、剣を担いで、構えて。

 それを振るう前に、ごとん、と音がした。


「あん?なんだもうそっち終わっ……ヒッ!?」


 なぜこの男は怯えているんだろう?

 あんな、綺麗なモノがいるのに。

 燃える、炎の、ような。



  ◇  ◇  ◇



 意識はない。

 でもその向こうから、声がする。


「マリー、マリー!

 どうして……どうしてヒールスライムが効かない!!」


 ああ。私、自分で自分のことは癒せますが。

 その代わり、薬とか、効かないらしいのです。


 でも。

 もう力が、入りません。


「目を開けてマリー!

 ああああああああああああああ!

 やっと会えたのに!ずっと探していたのに!!」


 何を言っているの?ローズ。

 どこかで私に、会ったことがあるの?


「ヴァンみたいに……ダメ。それではこの子が、消えてしまう。

 他に、何か……何か!」


 ああ、もうだめ。

 眠くて……。


「マリー!」




 ごめんなさい、マリー。

 どんな償いでもするから。


 だから、私と共に、生きて。



  ◇  ◇  ◇



 ここ、は?


 体から何かが分かれ――――


「ローズ!?」


 それが美しき商人の姿をとった。


「嗚呼、マリー。マリー!

 よかった、気が付いた……」


 私は。

 確か、おなかを、斬られて。

 ……傷が、ない。


 …………顔の、小さな、火傷痕すらも。


「……あの後、どうなったの?」

「賊は、みんな、倒したけど」


 街は。屋敷は。


「ローズ。見に行きましょう」

「っ。ええ」



  ◇  ◇  ◇



『お前は15になる前。

 禁を破った商人と、賊を招き入れ。

 新領のダンストン領の街を滅ぼした』


 ……。なんと、そこからですか。

 生き残ったのは、確かに私だけ。

 ですが、恐ろしく杜撰な調査ですね?


 王国は本当に、新領を統治できていなかった。

 何も調べることが、できないのでしょう。


 確かに街は滅んだ。

 屋敷は燃え盛り、誰も生きていなかった。


 賊すらも、一人も。



  ◇  ◇  ◇



 胸の奥が、何か熱くなるのを、感じながら。

 できるだけ、弔って。


 それから私たちは、旧領のダンストンへ戻りました。

 私が戻ると聞いた父は、自刃したらしく。

 大変なことになっていた。


 ダンストンは取りつぶされそうになりましたが……。

 どういうわけか、降爵され、男爵に。

 しかもそれが、私に与えられた。


 確かに私は、15になった。成人です。爵位を受けられます。

 これは、ハイン様の手回しでした。


 ハイン様は、私を喜んで迎えてくださいました。

 …………傷が消えたことを、大層喜んでいました。


 街の人からも、魔女だと言われることはなく。

 聖女ともてはやされるようになりました。


 私は……居心地が悪くなり。

 領に戻ることにしたのですが。


 旧領のダンストンは、召し上げられてしまいました。

 私に遺されたのは――なんとあの、燃えた保養地だけ。

 本当に、形だけの爵位でした。


 なぜかと問う私に、彼はこう答えました。


「今は時期が悪いのだ。

 いずれ迎えに行く」


 前は、このようなことを言われて見つめられると。

 とても心地がよくなり。

 顔が赤くなったものですが。


 …………なぜか私の中の恋心は、燃え上がることがありませんでした。




 爵位を賜るにあたり、一つだけお願いをし、それは叶えられました。

 名前を、変えたのです。


 私は、ダンストン男爵。

 ローズマリー・ヒーリウム。


 この名は。

 彼女と一つになった、証。



  ◇  ◇  ◇



『さらに謀略をもって、父ダンストン公爵を害し。

 その爵位を簒奪した』


 …………自分がしたことすら、忘れてしまわれたようです。

 この方は私を、笑わせたいのでしょうか?


 ダンストン男爵位は、わざわざ残してあなたが私に与えたのに。

 婚約を継続させるための、言い訳として。

 ただ、自分の保身のために。


 どこをどう均衡をとって、このような糾弾になったのでしょうね。

 過ぎたる公平、実に滑稽です。



  ◇  ◇  ◇



 何もない保養地に向かう馬車で。

 ローズに一つ、お願いをしました。


「私、新領を見て回りたいのですが」


 彼女は、とても驚いた顔をしています。


「…………あまり見て楽しいものではないけど」

「だからです」

「……わかった。行こう」

「はい」


 自分の目で、知りたいのです。

 どうして――――そう思っても。


 誰も答えて、くれないので。



  ◇  ◇  ◇



 ローズは、いろんなことを知っていました。

 私に何かを教えてくれるのは、彼女だけ。

 たくさんの話をしながら、新領を回りました。


 新領は王国の東西南北に広がっており。

 そこを、時間をかけて、巡りました。


 時折、人を癒し。

 時折、品の売り買いをし。


 御者のいない馬車での、二人旅が続きます。

 なんと、あの馬はスライムなのだそうです。

 こんなこともできるのですね。


 そして私も――スライムなのだそうです。

 もちろん、ローズも。


 ゆえ、様々なスライムの力が使える、と。

 いいことを聞きました。

 どのようなことができるのか、いろいろ試しておきましょう。




 私はもう、人ではない。

 ですがそれは……なぜか少し、嬉しかった。



  ◇  ◇  ◇



 新領には、鉄がほとんどありませんでした。

 木材のみで、家が建ち、農作業が行われいました。

 商売も制限され、本の入手、技術の開発にも厳しい決まりがあるそうです。


 …………初めて知りました。

 これは統治ではありません。

 隷属です。


 新領の人たちは、20過ぎくらいまでしか生きられないのだそうです。

 それでも逞しく、生きていました。

 少しの工夫をし、それを焼き捨てられても。


 生きていたのです。



  ◇  ◇  ◇



 あれは……17くらいの頃だったでしょうか。


 しばらく逗留していた、ある街でのこと。

 少し午後遅い頃。

 何か体に違和感を感じた後……確かに私の体が治りました。


「ローズ、これは」

「…………毒だ!マリー、君は」

「私は何とも。ローズは?」

「私は…………この毒、何に入っていた?」


 嫌な予感がし、二人街に出ました。


 倒れ伏す人。

 立ったまま震える人。

 口から血を流し……息絶えている人。


「ローズ!手分けして治します!」

「わかった!」


 身が、削れるような思いをしながら。

 二人、街を東西に駆け巡りました。


 …………結論から申し上げますと。

 あまり多くを助けることは、できませんでした。




 後に知ったことですが。

 いくつかの街が、王国に対する散発的な反政府活動を続けていたらしいのです。

 この凶行は、その対応に苦慮した王国貴族によるもの、だったようです。


 だからって。


 街のすべての井戸に、毒を投げ入れるなんて!

 それもここだけではなかった!

 周りの街は、いくつも人が死に絶えていた!!


 人でないのは、私ではなかった。

 あの煌びやかな旧領に!この国に!!

 悪魔がいる!!



  ◇  ◇  ◇



『新領のいくつもの街の水源に毒を撒き。

 多くの人々を死に追いやった』


 …………ふふ。


 毒を撒いていたのは、バーンズ伯爵令息の、オーレイル様。

 私が撒いていたのは、わざわざ解毒用に作ったスライムです。


 毒が効果を発揮しないことに、業を煮やしたオーレイル様は。

 本当に何の疑いもない村や街にまで、その矛先を向けていました。


 だから。仕方なかったのです。



  ◇  ◇  ◇



「ごほ。魔女、め」

「これは……効きが悪いようですね。

 では次にしましょう」


 オーレイル様は、狩りの名手でした。

 捕えるのに苦労しましたが。

 だいぶ情報を聞くことができました。


 もののついでなので。

 いくつかの毒の効き、解毒の状況を試させていただいています。


「なぜ、こんなことを、する。

 殺すなら、殺せ」

「あなたが毒をあまりに撒くので、対策です。

 可能な限り、解毒を行えるようになっておきたい」

「やはり貴様が国に立てつく、不埒者どもに与していたのか!

 魔女め!!ぐ、が、ああああああああああああ!!」


 おっと、効き過ぎました。

 では解毒を。

 肌にスライムを塗りこめて。


「毒で苦しんでいる、戦士ですらない人々がいれば、助けるでしょう?

 それを与すると言うなら、そうでしょうね。

 頭の固い人。

 狩りなんて……きっと弱い者いじめしか、したことがないのね」

「取り消せ!我が家名を愚弄すぎゃあああああああああああ!!」

「いやです。卑怯者」


 お前が毒で殺した人の数だけ。

 その身で毒を試します。


 あと、24022回です。



  ◇  ◇  ◇



『我が友、オーレイルを廃人に追いやったのも。

 お前だな』


 はい。

 500種ほどで反応がなくなってしまって。

 あまりいい実験ができませんでしたが。


 彼が殺した分。

 人の命を救う試みに、使わせていただきました。


 おかげで、王国が使うどのような毒でも。

 私は先んじて封じることができましたよ?


 確かに王国にしてみれば。

 これは大罪でしょうね。



  ◇  ◇  ◇



 別の街。確か、19……いえ、もう20になっていました。

 私たちが訪れたとき。

 そこで行われていたのは……虐殺でした。


 家々が焼かれ。

 女も、老人も、子どもも……。

 およそ語れぬ、惨たらしい扱いを受けていました。


 夥しい数の死体が、適当に積まれていて。


 そして私の目に見える、王国の紋が刻まれた、鎧や剣。

 この国の……騎士たち。

 虐殺を働く、悍ましい悪漢。


 元、ではない。

 あの日、私を襲った奴らは、その紋を削っていましたから。

 ここにいるのは、正規の騎士たち。誉れ高い、はずの。


 血が……私の血が。煮えくり返りそうです。


「その鎧と、剣は。

 こんなことをするために、王国から与えられているのですか!」

「っ、マリー」


 ローズを制し、私は前に出ます。


「答えなさい!

 いつから王国騎士は、弱者を殺す薄汚い蛮族となり果てたのです!!」

「あぁん?」

「おい、こいつ……」

「ああ、噂の魔女か」


 生死問わず、人の体を弄んでいた者たちが。

 私に狙いを定めました。


 私は静かに、ナイフを右手に携え。

 彼らに近づきます。


「こいつ死ににくいらしいぞ。首切っとけ」

「おらよっ!」


 私の首に当たった剣は、砕けました。

 私は一歩を詰め。

 鉄の鎧の、その胸元に、ナイフを突き入れます。


 刃は、そのまま何の障害もなく、心の臓を貫きました。


「ごふ」


 そして遺体は溶け始める。

 鉄だけ、残していただきましょう。


 このナイフもまた、スライム。

 私の特別製。いくつもの粘液の複合体です。

 鉄も人体も、簡単に切り裂いてくれます。


 しかも不要なものだけ、始末してくれる。

 とてもいい子です。


「ローズ。ここにいるのは、ただの賊のようです。

 騎士なら加減しましたが。

 根切でいいでしょう」

「わかった」


 二人、両の手にナイフを構え。

 虐殺の手本を、見せました。


 私も人を弄んだ身。

 えらそうなことは言えません。


 ですが――――ただただ、邪魔です。

 まだ生きている人がいる。

 この下郎どもがいては、治療ができません。


 国を背負って、悪事を働く汚物ども!

 貴様らに生きている価値は、ない!!



  ◇  ◇  ◇



『国に立てつく者どもに与し。

 多くの騎士を殺した』


 ええ。


 確かにそこは、反政府活動に参加していた街。

 街の男たちが、新領のとある騎士団詰め所を襲撃に行った折。

 その騎士たちが襲撃を返り討ちにし――逆撃に来たそう。


 わざわざ、女子供に老人しかいない、そう知っていてやってきたそうです。


 こんな野蛮な者どもがいるとは、新領とはなんと恐ろしいところ。

 彼らを騎士というのなら。

 それを束ねるものが、責任を取らねばならないでしょう。



  ◇  ◇  ◇



 近衛騎士団長の息子にして、新領騎士の統括的立場であった、サランド様。

 彼は積極的に、反政府活動の鎮圧に乗り出していました。


 ただ……統率はお粗末だったようです。

 様々な場所で行われていた非道を。

 彼は知りませんでした。


 罪を知らせぬままに裁くなど、許されません。

 その目に確と、焼き付けていただかねば。


 我々は彼を捕え。

 馬車に括り付け。

 当分延命できるよう、スライムで口を塞ぎ。


 そうして現実を見せて差し上げました。


 いくつもの、ただ必死に暮らしている村や街が、賊に襲われていました。

 私たちは、見かけるたびに賊を殺しました。

 その後には、誉れ高き王国の紋章が入った、剣と鎧が残されていました。


 たまにスライムを外すと。

 決まってサランド様はこう言いました。


「もう……殺してくれ」


 私はとびっきりの笑顔で答えます。


「いやです。

 あなたが償い尽くす、その日まで。

 生きていただきます」


 その命。

 失われた彼らのために、使いなさい。



  ◇  ◇  ◇



『我が友、サランドを反逆者に仕立て上げたのも。

 お前だな』


 違います。


 彼はすべてに耐えられなくなり。

 あらゆる騎士を根絶やしにかかりました。


 新領の騎士も。

 旧領の騎士たちも。

 父を含む、近衛騎士も。


 今もどこかで、彼らを斬り殺しているはずです。


 別に仲間ではありません。

 彼は、国に立てついているわけでもありません。

 彼はただ、自分のしてきたことに耐えられなくなっただけ。


 その己の弱さも、認められなかっただけです。


 ですが。

 己は弱いと認めることが、尊いわけではありません。

 あなたや父は……醜かった。


 賛同はできませんが。

 私は彼の償いは、美しいと思いますし。

 応援しておりますよ。



  ◇  ◇  ◇



 私たちは、反政府活動に参加していたわけではありません。

 ただ傷ついたものを癒し。

 悪漢を退治していた。


 行く先々で、感謝はされ。

 参加を呼びかけられましたが。

 助力まではする、と。活動参加をお断りしていました。


 これは彼らの戦いです。

 ご理解いただきつつ、私たちにできることをしていました。


 私にも……わからなかったからです。

 目の前の弱き命を救うのに腐心する、この日々が。

 正しいものなのか。


 きっと、どうしてと聞いても、答えはない。


 ローズとはよく話し合いましたが。

 彼女は……長く生きているはずにしては、とても純粋で。

 思慮深いのですが、単純です。


 「悪を焼けばいい」というところで、止まってしまうというか。


 「悪」とは、なんでしょう。

 確かに、弱きを挫く者は、わかりやすいのですが。


 聞けば昔の王国は、今の新領にあたるところがすべて敵国で。

 悪漢に賊、間諜や貴族の腐敗が横行していたそう。


 しかし長い時間をかけ。

 王国は周辺国すべてを倒し、大陸に唯一の国となりました。

 ですがこれは……平和となったのでしょうか。


 まるで。

 他国から来ていたり、あるいはそれぞれの理由で生まれていた悪人たちが。

 今は王国に生み出され、その錦の旗を背負って、そのまま悪事を働いている、ような。


 ならば今の、悪とは。

 この国なのではないですか?


 …………胸の中で、何かが熱く疼きます。



  ◇  ◇  ◇



 林の中の、細い街道を移動していた、ある日。

 確か……昨年ですから、私は21ですね。


 突然、馬車が止まりました。

 小さな水音がしたくらいで、特に異変は……?


 ローズと頷き合い。

 左右から別々に、外に出ます。


 いきなり、何か水のようなものをかけられました。

 見れば、放物線を描く水袋が、ローズの方にも。

 彼女にも、たぶんかけられて……。


 首をつかまれ、馬車に押し付けられました。

 体に、力が入りません。


「やっと捕まえた!新種の!生きたスライム!!」


 っ。なぜ、それを。


「僕はスライムをずっと研究してたんだよ!

 なのに国はそれを認めてくれなくてさ。

 そこで着目したのがフライフェイス!

 あれの中に、スライムと思しき記述があった!

 フライフェイスがスライムだとすれば、大発見だ!

 国だって僕を認めてくれるはずだ!」


 早口で口角から唾を飛ばし、男が一人で喋っています。

 正直、臭いし気持ち悪いです。


「何年も前に捕えろって高い金払ったのにさ!

 全然持ってこないから探し回ったんだよ!!

 でもやったぞ!ついてた!これで僕は歴史に名を残すぞ!!」


 ぐ。もしや……あのとき、保養地にやってきた、あの。

 こいつは、ローズの、敵!


「お前が、認め、られないのは」


 ローズが、回り込んでやってきました。

 彼女も、苦しそうで。

 あのかけられた水、我らの力を削ぐのでしょうか。


「もうこの国にほとんどいない!

 時代遅れのスライムの、研究者だからだ!!」


 男が私を掴んでいた手を離し。

 ローズに……


「逃げて、ローズ!」


 彼女が、今度は捕まれ。

 奴の手に、水袋が。


「二体はいらないんだ。

 僕を否定するやつは。

 皆、殺してやる」


 見れば、外套の下に返り血と思しき血痕が。

 こいつっ、すでに気狂いです!


「こいつはスライムの機能を食べる、スライムだ。

 偶然の産物だが……お前に飲ませたら、どうなる?」


 男がローズの口を持ち、無理やり開かせ、液体を流し込んで――


「やめて!!」


 這いずって寄ろうとする私の目の前で。

 ローズが――――私の半身が、弾け飛んだ。


「うおっ。こういう反応になるのか。

 これはいい!!」


 何が良いというんだ!

 ローズ!ローズ!!


 私は散らばって降り注ぐ水滴に、必死に手を伸ばす。


 その粘液の中に。

 彼女の暖かさが。

 ない。



  ◇  ◇  ◇



『スライムの違法研究。

 研究者たちの殺害。

 これもお前か』


 あんなものまで、私のせいにされるのですか。

 旧領、王都の研究所でのことでしょう?

 杜撰というものではありませんね、これは。


 意図的な改ざんにしても、やる気が感じられません。


 王国はどうも。

 敵を失い、幾百年のうち。

 自らの発展を縛り続け。


 ついぞ、まともな国としての能力すら、失ったのですね。


 道理で、どこを回っても、火の消えたような国だったわけです。

 ここは人の生きる国ではない。


 ただ人を飼う、地獄だ。




 私の中に生まれた炎で。

 焼き尽くしてやる。



  ◇  ◇  ◇



 フライフェイスの寓話。

 彼女に聞いた火傷顔(フライフェイス)の話。


 ですが私はどれほど悪党を殺しても。

 この胸に炎が宿ることは、ありませんでした。


 なのに、今。

 身を焦がすような、これは。

 失われた彼女を手にし、生まれた、この熱は。


 これは――――!

 情熱の炎!!


 復讐ではない!

 怒りではない!


 ただ己の望みを、叶えようと燃え上がる!

 命の炎だ!!


 失ってたまるものか!

 私のローズを!

 たった一人の友を!!


 あなたは、私の中にいる。

 我が半身よ。

 共に生きる魔物よ。


 甦れ!!


 私の体が、砕けて弾ける。

 飛び散って、正確に――――ローズの破片と混じる。


「っ、しまった!両方、なんで……ひっ」


 この世のものとは思えない、美しい魔物が立ち上がる。

 一人、二人と。私たちの破片から、無数に立ち上がる。


 爛れた顔は、まるで燃える炎のよう。


「なんだ、これは!お前たちは、いったい……」


 聞きたいのならば、教えてやろう。


 教えてやろう!!


 一人一人が、奴に迫っていく。

 馬車に逃げ込む奴を。

 その中まで、左右から。


「私は、火傷顔(フライフェイス)

「我らは――火傷顔(フライフェイス)

「我が名は!火傷顔(フライフェイス)!!」

「私も、火傷顔(フライフェイス)よ」

「私こそが、火傷顔(フライフェイス)!!」

「私たちすべてが、火傷顔(フライフェイス)


 男が。

 もうどこにも逃げ場がないのに、さらに後ずさろうとする。


「さぁあなたも」「好きなんでしょう?」

「スライム」「楽しいわよ?」

「融けてなりましょう」「何も考えなくてよくなるわ」


 その身が震え、首を必死に横に振る。


「いやだ!スライムなんて下等なもの!!

 誰も研究してないからやったんだ!

 別に興味なんてない!!

 あっちにいけ!!」


 すっと我らが身を引き。

 静かになる。


「そう……」「つまらない男」

「どうしましょう」「必要ありませんね」

「ですが悪党です」「悪党ならば」


 馬車の扉が閉まる。


「「「「「「焼き尽くす」」」」」」


 馬車が、燃え上がる。

 それもまた、私だ。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 出して、助けて、たすけ――――』

「フフフフフ」「ウフフフフフ」

「ククク」「アハハハハハ」


 哄笑の中、固くしまった馬車の中の。

 悲鳴が止んでいく。

 ただ炎が、燃え上がる。


 腹の底から、笑いが沸き上がる。

 地の底から響くように、木霊する。


「「「「「「フハハハハハハハハハ!!」」」」」」



  ◇  ◇  ◇



 そして現在。私は22。

 私宛の召喚状が来たときは――――やっとか、と思いました。


 もう王都のすぐそこまで、怒れる民が迫っているというのに。

 暇なのでしょうか、ここの人たちは。


 反政府活動の「助力」を本格的に始めたところ。

 あっという間に状況は覆りました。

 表立ってはやっていません。ただ彼らは、奇跡の快進撃を、続けてきただけ。


 私はどこにでも、いくらでもいて。

 そしてなんでも知っている。

 造作もないことでした。


 …………ふふふ。


「以上だ。申し開きはあるか、ローズマリー」

「いえ。ですが一つだけ」


 私は顔を上げました。

 涙の跡が残る顔。

 醜い笑いに、歪んだ顔。


「足りていません」

「なんだと?」

「はっきりと。『国家反逆の意思あり』と書かなかったのは。

 なぜです?」


 場がざわつく。


「…………まだお前は私の、婚約者だ」

「ふふ。何年も放っておかれたのに?

 私、お手紙を出したのに、一度もお返事いただいていません」

「…………」


 なんでしょう、その。

 自分だけが被害者、みたいなお顔は。

 傷ついてます、みたいな表情は。


 あなたは最初からそうでした。

 保守的で、頭が固い。

 それだけなら、別に良いのですが。


 自分が可愛いのが、透けて見えるのですよ。

 ……つまらない男。


「体面が悪いと、そう仰るのですね。

 ふふふ。なんと醜い」

「王太子殿下を愚弄するのか!」

「そうです」


 ぴしゃりと告げると、外野の重鎮が黙った。


「言ったではないですか。

 『国家反逆の意思あり』と。

 逆賊が国を、王族を愚弄するのは、当たり前ではありませんか」

「なぜ、お前が、そんな……」


 ハイン様が、呻く。

 わからないでしょうね?当たり前です。

 聞きもしませんでしたし、私のことを見もしませんでしたから。


「あなたも、お父さまも、何も教えてはくれませんでした」


 私は朗々と語る。


「どうして、なぜ、と聞いても。

 本当の答えなど、人は教えてはくれません。

 その醜い心を、曝け出してしまうから!

 ですが私は!私はお教えしましょう!!」


 どろりと、私の顔が融ける。

 美しい魔物が、姿を現す。


火傷顔(フライフェイス)!!

 怪物に、取り憑かれたか!」


 あら、人の名乗りをとるなんて。

 無粋な方ですね、王太子。


「ふふ。やはり知っていますのね、ハイン様。

 私はね?王太子殿下。国を焼くことにしたのです」

「この国が、悪だというのか!?」

「そうです。

 もちろん、それはこれから、たっぷりとお教えします」

「くっ、お前たち、捕えろ!!」


 物々しい恰好の、重武装の騎士と兵たちが、前に進み出て。

 貴族の重鎮たちを全員、押さえつけたり、縛ったりしていく。


「な、これは!?」


 部屋に侍従が何人も入ってきて。

 老いた国王陛下も捕えられた。


 ふふ。

 ローズはとっても純真で。

 こういう、悪辣な使い方を、思いつかないのですよね。


 彼女と一つになってから。

 最初からこのように、しておけば。


 こうしておけば!みんな死なずにすんだのに!!


 私から分かたれたローズと。

 二人、ハイン様に迫る。


 彼の見ている前で。

 騎士や侍従。

 ローズの顔も、私と同じように爛れる。


『我らは――火傷顔(フライフェイス)


 彼の首筋に、手を触れる。

 その目が、恐怖に染まる。


「どこにでもいるわ」「全部私」

「いつでも見ている」「全部知ってる」

「最高に醜かったわ」「全部燃えてしまえ」


 震える頬をそっと撫でる。

 私の小さな火傷が、あった場所。


「あの火傷……結構痛かったのですよ?

 ごめんなさいも言えなかった、王子様」


 手から、炎のような情念を籠める。


 さぁ!オーレイルや!サランドが作ってきた地獄を!!

 お前も見るがいい!!


 この国の現実を!!

 余すところなく!!

 その脳に、焼きつけろ!!


「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 私の記憶が、ハインに流れ込む。

 その痛みも、苦しみも。

 何もかも。


 なぜ、どうしてと問うならば。

 答えてやろう!!教えてやろう!!


「フハハハハハハハハハ!ハハハハハハハハハハ!!!!」



  ◇  ◇  ◇



 立ち上がった人々は。

 押さえつけていた王国がなくなり。

 少しずつ、ぶつかりながら自分の生きる道を模索していくでしょう。


 もちろん、そこに凄惨な虐殺や、非道が混じることもあるでしょうが。

 それは責任もって、私たちが見守っていきましょう。


「よかったのかい?マリー」

「何がでしょう、ローズ」


 大陸の北の端に立てた、小さな屋敷。

 小高い丘から、意外に遠くまで見えるそこで。

 はるか南の方を眺める。


 ローズが、私の隣まで来て。

 窓に少し映る私たちの顔には、火傷痕。

 別に消してもいいのですが……それはどうも、気に入らなくて。


「ハインだよ。一度王になってから、主権を民に返上したそうだけど。

 そもそも、生かしておいてよかったの?」

「生きてなかったらそれ、できなかったではないですか。

 私は王国は業火をもって焼きましたが、別に滅んでほしいわけではありません。

 民が不便なく生きられるなら、それでいいのです」


 ハインは、その業火に耐えました。

 ならば生きて、その命を使うべきです。


「新領も旧領も民が立ち上がって。

 貴族も王族もいなくなって。

 少しずつ、富の分配と、生産の向上が始まって。

 まぁ、よかったのかね」

「悲劇を食い止めるため、王国は時間の針も止めていました。

 それが動き出しただけです。

 もしもその流れが、また悪に染まるのであれば」

火傷顔(フライフェイス)が焼きに来る、と」


 国体は残ったものの。

 王国――もう王のいないこの国は、大きく変わっていくでしょう。

 再び分裂することも、あるかもしれません。


 ですがそれは、人の営み。

 怪物の仕事ではありません。


「なんというか……いい女になったね、マリー」


 何を言い出すのでしょう、この人。ひと?


「あなたが言うと、ほとんど嫌味です。

 私の知る中では、あなたほど美しい者はいません」

「私はもっと、美しい人を知っている。

 君は……その面影がある。

 ひょっとすれば。同じ魂なのかも、しれないね」

「なんですかそれは。口説いているのですか?」

「そうだよ?」


 …………臆面もなく言いますね。

 手強い。


「私がかつて愛して、ずっと一緒にいたいと願った人は。

 人、だから……亡くなってしまった。

 子も為せなかった。

 君を、私と同じに、してしまったのは。

 君を、助けたかったから、でもあるのだけど。

 その」


 そこは恥ずかしがるのですか。

 魔物の情緒はわから……いえ、違いますね。

 これ、ローズが変わってるだけです。


 私だって、同じ魔物なのですから。


 ならば私の想いを告げればよい。

 この情熱の炎に従って。


 あなたといたいと、それだけを願った。

 この燃え上がる想いを。


「はい。あなたと永劫生きられる命をもらいました。

 幸せです」

「~~~~!!??」


 すごいお顔をしてらっしゃる。

 ふふ……そんな表情も、なさるのですね。

 私の美しい魔物よ。とても素敵です。


 それにしても、まだ悶えています。

 何か、可愛らしい。

 …………ちょっといたずらしてみましょうか。


 彼女の手をとって、繋いで。

 少しだけ、寄り添って。

 耳元に、口を寄せて。


「スライムって、どんなことができるんでしょうね?」

「ひゃあああああああ!!??」


 ふふ。何を想像したんでしょう?

 やらしい。


 転がりそうな勢いで、悶えていますが。

 より固く、指を絡め、引き寄せます。

 この手はぜったい、離してあげません。


 私の炎が、燃え尽きるまで。



  ◇  ◇  ◇



 この国には、怪物・フライフェイスの伝説があり――――


「あら。それを読んでいたの?」

「うん!とっても面白いの!」


 幼子が分厚い本を閉じ、母親に笑いかける。


「でも難しくなかった?」

「ううん。うちの暖炉にもいるのかな?フライフェイス」

「ふふ。あなたはいい子だから、いないかもしれないわ。暖炉には」


────フフフフフフフ…………


 風に乗って、微かに何かが流れてくる。

 それは暖炉の炎の向こうから。

 それは空の彼方から。


 幼子が弾かれたように立ち上がり、窓に向かう。


「今、笑い声がしたよ!」

「そんなまさか……あっ」


 二人が窓を開けると。

 暗闇の向こう、林の木に寄り添うように立つ、影。

 影の足元に倒れ伏す、武装した賊たち。


 その影が、窓際で呆然とする二人に、丁寧に淑女の礼をとる。


「お騒がせして、申し訳ありません」「賊はみな、この通り」

「お気を付けくださいませ」「ですがご安心を」

「さぁ暖炉の前に戻って」「ご談笑くださいませ」


 いくつもの声が、同じ顔から重なって響く。


「あなたは!」


 幼子の声に。

 その影の顔が、醜く歪んだ。


「「「「「「私は――火傷顔(フライフェイス)……」」」」」」

「悪を」「焼き尽くす」「醜い」「炎の」「化け物よ」


 影の姿が霞み、煙のように消えていく。







────フハハハハハハハハハハハ…………

ご清覧ありがとうございます!

評価・ブクマ・感想・いいねいただけますと幸いです。


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調子に乗って三部作にしてしまいました。

本作をもって、完結にございます。

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前々作『火傷令嬢、悪役になりて、恋と燃ゆる。』(復讐のクライムファイターもの)もよろしければご覧くださいませ。

前作『火傷悪女、令嬢となりて、愛を燃やす』(復讐の悪女男性翻弄もの)も掲載しております。

拙作『やり直したら悪役令嬢に攻略される乙女ゲーになりました。』(乙女ゲーベースの百合物)も連載中です。

ページ下部より、リンクを用意しております。


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