火傷聖女、悪魔となりて、永劫に燃ゆ【炎の悪役令嬢―3―】
――――いつしか怪物は伝説となりました。人々がそれを望んだのか。それとも彼女が、そう望んだのか。
(フライフェイス寓話集、編者の一人に聞く)
(脚注:『彼女』が誰のことを指すのか、その者は黙して語ろうとしなかった)
「ダンストン男爵ローズマリー。
お前の罪状を読み上げる」
――――そう。あなたはやはり、そうするのですね。
急遽王宮に呼び出された私、ローズマリー。
のこのこやってきた私は、大人しく捕まり。
こうして謁見の間で、断罪されております。
「拝聴いたしましょう。
ハイン王太子殿下」
年老いた国王陛下に代わり、国を取り仕切る若き王太子殿下。
ハイン様。私の婚約者。
正義感が強く、清廉潔白。誰にでも優しく、公平。
国の重鎮が揃い、重武装の騎士と兵が固める、この謁見の間で。
公平に私を、断罪なさるのだろう。
少し痛ましそうに顔を歪めながら、彼は続ける。
すでに8年。
いえ、10年経ちましたか。
選択は、なされました。
私は選ばれなかった。
彼は最後まで、この国を選んだ。
頬を涙が伝う。
でも。口元は。
伏目がちに俯く私の目に映るのは。
床ではなく。
ハイン様が語る、私の「罪」の光景――――。
◇ ◇ ◇
その罪の記憶より、少し遡る。
私は当時、12になったばかり。
私の名前は、ダンストン公爵令嬢マリー・ヒーリズム。
お母さまは亡くなっていて。
兄弟もおらず、私一人。
でも優しいお父さまがいて。
使用人もたくさんいて。
領は豊かで。
しかも私には、不思議な癒しの力があって。
作法や勉強をしながら、穏やかに過ごせる……。
刺激は少ないけれど、恵まれた日々を送っていました。
こうして外で本を読んでいても、咎められず。
安全で、安心した暮らしが約束されています。
王国は、今日も平和なようです。
刺激、といえば。
「マリー」
少し険のある、しかしとてもやさしいお顔が、私の前に現れる。
「ハイン様!」
先般、私と、その。婚約して。
王太子となられた、ハイン王子……王太子殿下。
オレウス国王陛下はご高齢で、他にお子はおらず。
文武に秀でたハイン様は、すでに政権の一角を担っているとか。
私には過ぎた……素敵な方です。
本を閉じ、立ち上がり――そっとスカートについた草を払って。
私の婚約者様に礼をとる。
「わざわざお越しくださったのですね、ハイン様。
お時間には、こちらから向かいましたのに」
「君をエスコートしたかったのだよ」
そのようなことを言われますと。
その。
顔が赤くなって、困ります……。
「本が好きだな、マリーは」
「はい。昨年、新しい版が出まして」
「……『フライフェイス寓話集』?」
「はい。第六版です」
古き時代よりあるという、寓話。
火傷顔の怪物が、人々を救うという。
様々なお話が載っており、共通点は主役。
火傷顔の怪物……または人。
……?ハイン様はなぜ、眉を顰めておられるのでしょう。
「ああ、すまぬ。
為政者としては、あまり歓迎できぬ存在だ」
「どうしてでしょう?弱気を助け、悪を挫くと言いますが」
「やりすぎなのだ。火傷顔は法を守らない。
国がそれを認めるわけには、いかない。
それに奴のしていることは……本来、国家の責務だ」
…………??
なぜお話の存在を、そのように語られるのでしょう。ハイン様。
これではまるで、火傷顔の怪物が、本当にいるかのような。
その時、ハイン様の向こうに何か気になるものが……。
「あ!すみません、ハイン様。少し、失礼いたします」
遠くに見えたそれに、私は早足で向かいます。
「……大丈夫?」
少年が膝をすりむいている……のかと思ったのですが。
脚をだいぶ深く切っているようです。
古くなった柵で、切ってしまったよう。これは、いけません。
「聖女様、あの」
「もう大丈夫。すぐよくなるわ」
傷口に、触れる。
すっと流れる血が戻り、傷が塞がっていく。
痛みも、ないはずです。
「もう治った!すごい!」
「その柵は、後で大人に外しておいてもらいましょう。
気を付けてね?」
「はい、ありがとうございました!聖女様!」
駆けて行ってしまった。
元気ですね。ふふ。
「マリー。あまりその力は使わないほうがよいと。
ダンストン公爵にも、言われているのではないか?」
「はい。ですが……あれは放っておけば命に関わったかもしれません。
見過ごせません」
ハイン様は、あまりそうは思われないようです……。
ご機嫌がよろしくありません。
被りを振って、気を取り直されたのか。
私に手を、差し伸べてくれました。
「……そろそろ時間だ。
行こうか、マリー」
「はい、ハイン様」
◇ ◇ ◇
その日、私の人生は変わった――――悪い方に。
ほんの小さな行き違いから、ハイン様と言い争いになって。
少し体を押された私は、暖炉に向かって倒れて。
顔に小さな、火傷を負った。
不思議なことに。火傷は治っても、傷痕は消えなかった。
◇ ◇ ◇
「保養地で、しばらく休みなさい」
お父さま、ダンストン公爵が私にそう告げました。
火傷はもう痛くはない、はずなのですが――痕が疼きます。
「私がここにいては、いけないのですか?お父さま。
どうして……」
お父さまが、顔を、何か痛そうに歪ませる。
「お前の顔を見るのが……少し辛いのだ。
弱い私を赦しておくれ、マリー」
謝るように言うお父さまに送り出され。
私は馬車に詰められた。
なぜなのです、お父さま。
どうして――――。
◇ ◇ ◇
「王太子殿下に、ご挨拶せねばなりません。
王宮へ向かってください」
御者に告げると、馬車は方向を変えてくれました。
しかし。
王宮に着き、王太子殿下を訪ねたものの。
「なぜです、ハイン様!
なぜ私を見てくださらないのです!」
背を向ける婚約者に詰めようろうとして――阻まれる。
「サランド様!オーレイル様!御放しください!私は、わたしは」
近衛騎士団長たる男爵様の子息、サランド様と。
数多くの武勲を立てた伯爵様の子息、オーレイル様。
二人が私を押しとどめる。
私を見ずに、王宮の廊下を去っていく、ハイン様。
ああ、行かないで――――。
「許せ。私は弱い。
傷ついた君を見るのが、辛いのだ」
少しだけ振り向いて。
でもこちらを見ずに。
彼が告げた。
なぜ、私の父と同じようなことを、言うのです。
ハイン様!
どうして――――。
◇ ◇ ◇
馬車に乗り込もうとしたら、石を投げられました。
こめかみに当たり、血が。
……傷がすぐに、治っていきます。
何か、囁くように声が。
「やはり魔女……」
「聖女などでは……」
「おそましい……」
振り向くと、人が蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました。
後に一人、少年が残りましたが。
君は、ひょっとして先日の……?
彼は、泣きそうな顔をした後。
「もう来るな!魔女め!」
私は逃げるように馬車に乗り込み、保養地に向かいました。
どうして……こんな小さな火傷だけで。
どうして――――。
◇ ◇ ◇
保養地は、王国の中でも「新領」と呼ばれるところにあります。
ただの俗称で、そのような区分はないのですが。
元は別の国であったと、言われているところです。
王国より東のそこは、少し湿潤で、雨が多く、過ごしにくい。
どうにも気鬱になりがちで……私は部屋に籠って過ごすことが多くなりました。
本を、読んで。
…………この本も、もう三度目。
まだ読んだ回数が少ない本は、あったでしょうか。
お父さまも、来ない。
ハイン様も、来ない。
使用人たちは、私を腫物のように扱う。
お父さま、ハイン様。
そろそろお顔を、忘れてしまいそうです……。
退屈を打ち破った契機は、その保養地の街を偶然訪れた、商人でした。
屋敷にも来たその方は、馬車に積んだいくつかの品を買ってほしいといいます。
使用人に告げられた私は、本があるかどうかを聞き。
その回答を得て、直接会うことにしました。
目録を持って、応接に現れたその方は、女性、で。
「あら?あなたは……」
きれいな、声。
その御姿は、はっとするほど……この世のものとは思えないくらい、美しくて。
私より大きな火傷痕が、目の下にありました。
顔を横に走るようなその傷痕は、伝説の怪物のようでした。
◇ ◇ ◇
彼女は「ローズ」と名乗りました。
女性でありながら、一人旅をしているのだそうです。
ただ目的のある、旅ではなく。
私が思わず求めると――しばしの逗留を、お約束くださいました。
屋敷に部屋を用意し。食べ物は、あまり贅沢に用意できませんが。
歓待し、お話を聞かせていただきました。
彼女の扱う品も見せていただきました。
特に目を引いたのが本と……スライム。
今はこの国でも希少となった、道具のようなモンスター。
特定のものだけを捕食し、ほとんどが人に害を与えない。
意思もないとみられる、不思議な魔物。
傷や、記憶を食べるというものすらいるそうです。
すごいです。記憶を食べるものは、姿形すら変え、人に記憶を伝えることもできるとか。
初めて、見ましたが。
「いかがです?スライムは。マリー様」
私は、その光沢とも言えない絶妙な輝きに。
目を奪われました。
「本当に……綺麗です」
じっと見ていると……何か、私もじっと見られています。
「ローズ様?」
「様、は不要です。
ダンストン公爵令嬢様」
お道化るように言われたので、つい私も。
「お父さまも、婚約者様も会いに来てくれませんの。
公爵令嬢だなんて、飾りです」
ローズが、少し笑ってくれた。
……素敵な笑顔。引き込まれそうになる。
「本当に……あまり持て成しもできませんで」
「新領の食糧事情としては、この街はいい方です」
「そうなのですか?」
「ええ。法は守られていますが……それだけ。
重税と規制により、王国は暮らしにくくなる一方で。
おっと。このお話はお父さまや王太子殿下には、ご内密に」
「大丈夫。どうせ会いに来ません」
今度は二人で、笑いあった。
◇ ◇ ◇
ローズのおかげで、少し街は豊かになった。
あまり派手にやってはいけないらしいのだけど。
彼女の伝手で、遠い地と商売が始まったらしいのです。
この街でとれたものや、作られたものが遠くで売れ。
遠くから珍しいもの、必要なものが入ってくる。
街は俄かに活気づいて。
気づけば私も、ローズに手を引かれて、外に出ることが多くなりました。
使用人たちは、気遣ってくれていただけで、とても優しかった。
街の人たちは、明るくて、とてもよくしてくれました。
その時間は、あまり長くは続かなかったけれど。
◇ ◇ ◇
私のおなかに、深々と剣が突き立てられて。
熱い……火傷したとき、よりも。
「おい、そいつ死ににくいらしいから、ちゃんと止めさせ」
「わかってらぁ」
「…………して」
「あぁ?」
顔を、あげる。
賊……ではない。
王国の、騎士の装い。
「どうして。あなたたちは、ぐふ。騎士、では」
「おう、俺たちは誉れ高い王国騎士よ。元な」
それは、どういう……?
「おい」
「いいじゃねーか、余興だよ。
昔の縁で、依頼を受けたのさ」
確かに、紋章のあるところが、削られている。
けど。なぜ元騎士が、このような……。
髭面が、剣を捻りながら私に顔を近づける。
痛い。でも目が、逸らせない。
剣があるから……傷が治らない。
「兄と妻の不貞の証が目障りだから、始末してくれって。
モンストン公爵閣下直々の依頼さ」
え?
「ついでに、商いの禁を破ってるらしい女の始末もな。
あ、そっちは生け捕りだったか?
楽な仕事だ。新領はどこも、武器の一つもないからな!」
っ!ローズ!!
剣を抜こうとすると。
男は面倒臭そうな顔をしながら、剣を横に払い。
私の腹を捌いた。
腸が、出る。
体が、震えて。
力が、入らない。
どうして、傷が治らないの?
まさかわたし。
死……
「あーめんどくせぇ。首、落としちまうか」
男が、剣を担いで、構えて。
それを振るう前に、ごとん、と音がした。
「あん?なんだもうそっち終わっ……ヒッ!?」
なぜこの男は怯えているんだろう?
あんな、綺麗なモノがいるのに。
燃える、炎の、ような。
◇ ◇ ◇
意識はない。
でもその向こうから、声がする。
「マリー、マリー!
どうして……どうしてヒールスライムが効かない!!」
ああ。私、自分で自分のことは癒せますが。
その代わり、薬とか、効かないらしいのです。
でも。
もう力が、入りません。
「目を開けてマリー!
ああああああああああああああ!
やっと会えたのに!ずっと探していたのに!!」
何を言っているの?ローズ。
どこかで私に、会ったことがあるの?
「ヴァンみたいに……ダメ。それではこの子が、消えてしまう。
他に、何か……何か!」
ああ、もうだめ。
眠くて……。
「マリー!」
ごめんなさい、マリー。
どんな償いでもするから。
だから、私と共に、生きて。
◇ ◇ ◇
ここ、は?
体から何かが分かれ――――
「ローズ!?」
それが美しき商人の姿をとった。
「嗚呼、マリー。マリー!
よかった、気が付いた……」
私は。
確か、おなかを、斬られて。
……傷が、ない。
…………顔の、小さな、火傷痕すらも。
「……あの後、どうなったの?」
「賊は、みんな、倒したけど」
街は。屋敷は。
「ローズ。見に行きましょう」
「っ。ええ」
◇ ◇ ◇
『お前は15になる前。
禁を破った商人と、賊を招き入れ。
新領のダンストン領の街を滅ぼした』
……。なんと、そこからですか。
生き残ったのは、確かに私だけ。
ですが、恐ろしく杜撰な調査ですね?
王国は本当に、新領を統治できていなかった。
何も調べることが、できないのでしょう。
確かに街は滅んだ。
屋敷は燃え盛り、誰も生きていなかった。
賊すらも、一人も。
◇ ◇ ◇
胸の奥が、何か熱くなるのを、感じながら。
できるだけ、弔って。
それから私たちは、旧領のダンストンへ戻りました。
私が戻ると聞いた父は、自刃したらしく。
大変なことになっていた。
ダンストンは取りつぶされそうになりましたが……。
どういうわけか、降爵され、男爵に。
しかもそれが、私に与えられた。
確かに私は、15になった。成人です。爵位を受けられます。
これは、ハイン様の手回しでした。
ハイン様は、私を喜んで迎えてくださいました。
…………傷が消えたことを、大層喜んでいました。
街の人からも、魔女だと言われることはなく。
聖女ともてはやされるようになりました。
私は……居心地が悪くなり。
領に戻ることにしたのですが。
旧領のダンストンは、召し上げられてしまいました。
私に遺されたのは――なんとあの、燃えた保養地だけ。
本当に、形だけの爵位でした。
なぜかと問う私に、彼はこう答えました。
「今は時期が悪いのだ。
いずれ迎えに行く」
前は、このようなことを言われて見つめられると。
とても心地がよくなり。
顔が赤くなったものですが。
…………なぜか私の中の恋心は、燃え上がることがありませんでした。
爵位を賜るにあたり、一つだけお願いをし、それは叶えられました。
名前を、変えたのです。
私は、ダンストン男爵。
ローズマリー・ヒーリウム。
この名は。
彼女と一つになった、証。
◇ ◇ ◇
『さらに謀略をもって、父ダンストン公爵を害し。
その爵位を簒奪した』
…………自分がしたことすら、忘れてしまわれたようです。
この方は私を、笑わせたいのでしょうか?
ダンストン男爵位は、わざわざ残してあなたが私に与えたのに。
婚約を継続させるための、言い訳として。
ただ、自分の保身のために。
どこをどう均衡をとって、このような糾弾になったのでしょうね。
過ぎたる公平、実に滑稽です。
◇ ◇ ◇
何もない保養地に向かう馬車で。
ローズに一つ、お願いをしました。
「私、新領を見て回りたいのですが」
彼女は、とても驚いた顔をしています。
「…………あまり見て楽しいものではないけど」
「だからです」
「……わかった。行こう」
「はい」
自分の目で、知りたいのです。
どうして――――そう思っても。
誰も答えて、くれないので。
◇ ◇ ◇
ローズは、いろんなことを知っていました。
私に何かを教えてくれるのは、彼女だけ。
たくさんの話をしながら、新領を回りました。
新領は王国の東西南北に広がっており。
そこを、時間をかけて、巡りました。
時折、人を癒し。
時折、品の売り買いをし。
御者のいない馬車での、二人旅が続きます。
なんと、あの馬はスライムなのだそうです。
こんなこともできるのですね。
そして私も――スライムなのだそうです。
もちろん、ローズも。
ゆえ、様々なスライムの力が使える、と。
いいことを聞きました。
どのようなことができるのか、いろいろ試しておきましょう。
私はもう、人ではない。
ですがそれは……なぜか少し、嬉しかった。
◇ ◇ ◇
新領には、鉄がほとんどありませんでした。
木材のみで、家が建ち、農作業が行われいました。
商売も制限され、本の入手、技術の開発にも厳しい決まりがあるそうです。
…………初めて知りました。
これは統治ではありません。
隷属です。
新領の人たちは、20過ぎくらいまでしか生きられないのだそうです。
それでも逞しく、生きていました。
少しの工夫をし、それを焼き捨てられても。
生きていたのです。
◇ ◇ ◇
あれは……17くらいの頃だったでしょうか。
しばらく逗留していた、ある街でのこと。
少し午後遅い頃。
何か体に違和感を感じた後……確かに私の体が治りました。
「ローズ、これは」
「…………毒だ!マリー、君は」
「私は何とも。ローズは?」
「私は…………この毒、何に入っていた?」
嫌な予感がし、二人街に出ました。
倒れ伏す人。
立ったまま震える人。
口から血を流し……息絶えている人。
「ローズ!手分けして治します!」
「わかった!」
身が、削れるような思いをしながら。
二人、街を東西に駆け巡りました。
…………結論から申し上げますと。
あまり多くを助けることは、できませんでした。
後に知ったことですが。
いくつかの街が、王国に対する散発的な反政府活動を続けていたらしいのです。
この凶行は、その対応に苦慮した王国貴族によるもの、だったようです。
だからって。
街のすべての井戸に、毒を投げ入れるなんて!
それもここだけではなかった!
周りの街は、いくつも人が死に絶えていた!!
人でないのは、私ではなかった。
あの煌びやかな旧領に!この国に!!
悪魔がいる!!
◇ ◇ ◇
『新領のいくつもの街の水源に毒を撒き。
多くの人々を死に追いやった』
…………ふふ。
毒を撒いていたのは、バーンズ伯爵令息の、オーレイル様。
私が撒いていたのは、わざわざ解毒用に作ったスライムです。
毒が効果を発揮しないことに、業を煮やしたオーレイル様は。
本当に何の疑いもない村や街にまで、その矛先を向けていました。
だから。仕方なかったのです。
◇ ◇ ◇
「ごほ。魔女、め」
「これは……効きが悪いようですね。
では次にしましょう」
オーレイル様は、狩りの名手でした。
捕えるのに苦労しましたが。
だいぶ情報を聞くことができました。
もののついでなので。
いくつかの毒の効き、解毒の状況を試させていただいています。
「なぜ、こんなことを、する。
殺すなら、殺せ」
「あなたが毒をあまりに撒くので、対策です。
可能な限り、解毒を行えるようになっておきたい」
「やはり貴様が国に立てつく、不埒者どもに与していたのか!
魔女め!!ぐ、が、ああああああああああああ!!」
おっと、効き過ぎました。
では解毒を。
肌にスライムを塗りこめて。
「毒で苦しんでいる、戦士ですらない人々がいれば、助けるでしょう?
それを与すると言うなら、そうでしょうね。
頭の固い人。
狩りなんて……きっと弱い者いじめしか、したことがないのね」
「取り消せ!我が家名を愚弄すぎゃあああああああああああ!!」
「いやです。卑怯者」
お前が毒で殺した人の数だけ。
その身で毒を試します。
あと、24022回です。
◇ ◇ ◇
『我が友、オーレイルを廃人に追いやったのも。
お前だな』
はい。
500種ほどで反応がなくなってしまって。
あまりいい実験ができませんでしたが。
彼が殺した分。
人の命を救う試みに、使わせていただきました。
おかげで、王国が使うどのような毒でも。
私は先んじて封じることができましたよ?
確かに王国にしてみれば。
これは大罪でしょうね。
◇ ◇ ◇
別の街。確か、19……いえ、もう20になっていました。
私たちが訪れたとき。
そこで行われていたのは……虐殺でした。
家々が焼かれ。
女も、老人も、子どもも……。
およそ語れぬ、惨たらしい扱いを受けていました。
夥しい数の死体が、適当に積まれていて。
そして私の目に見える、王国の紋が刻まれた、鎧や剣。
この国の……騎士たち。
虐殺を働く、悍ましい悪漢。
元、ではない。
あの日、私を襲った奴らは、その紋を削っていましたから。
ここにいるのは、正規の騎士たち。誉れ高い、はずの。
血が……私の血が。煮えくり返りそうです。
「その鎧と、剣は。
こんなことをするために、王国から与えられているのですか!」
「っ、マリー」
ローズを制し、私は前に出ます。
「答えなさい!
いつから王国騎士は、弱者を殺す薄汚い蛮族となり果てたのです!!」
「あぁん?」
「おい、こいつ……」
「ああ、噂の魔女か」
生死問わず、人の体を弄んでいた者たちが。
私に狙いを定めました。
私は静かに、ナイフを右手に携え。
彼らに近づきます。
「こいつ死ににくいらしいぞ。首切っとけ」
「おらよっ!」
私の首に当たった剣は、砕けました。
私は一歩を詰め。
鉄の鎧の、その胸元に、ナイフを突き入れます。
刃は、そのまま何の障害もなく、心の臓を貫きました。
「ごふ」
そして遺体は溶け始める。
鉄だけ、残していただきましょう。
このナイフもまた、スライム。
私の特別製。いくつもの粘液の複合体です。
鉄も人体も、簡単に切り裂いてくれます。
しかも不要なものだけ、始末してくれる。
とてもいい子です。
「ローズ。ここにいるのは、ただの賊のようです。
騎士なら加減しましたが。
根切でいいでしょう」
「わかった」
二人、両の手にナイフを構え。
虐殺の手本を、見せました。
私も人を弄んだ身。
えらそうなことは言えません。
ですが――――ただただ、邪魔です。
まだ生きている人がいる。
この下郎どもがいては、治療ができません。
国を背負って、悪事を働く汚物ども!
貴様らに生きている価値は、ない!!
◇ ◇ ◇
『国に立てつく者どもに与し。
多くの騎士を殺した』
ええ。
確かにそこは、反政府活動に参加していた街。
街の男たちが、新領のとある騎士団詰め所を襲撃に行った折。
その騎士たちが襲撃を返り討ちにし――逆撃に来たそう。
わざわざ、女子供に老人しかいない、そう知っていてやってきたそうです。
こんな野蛮な者どもがいるとは、新領とはなんと恐ろしいところ。
彼らを騎士というのなら。
それを束ねるものが、責任を取らねばならないでしょう。
◇ ◇ ◇
近衛騎士団長の息子にして、新領騎士の統括的立場であった、サランド様。
彼は積極的に、反政府活動の鎮圧に乗り出していました。
ただ……統率はお粗末だったようです。
様々な場所で行われていた非道を。
彼は知りませんでした。
罪を知らせぬままに裁くなど、許されません。
その目に確と、焼き付けていただかねば。
我々は彼を捕え。
馬車に括り付け。
当分延命できるよう、スライムで口を塞ぎ。
そうして現実を見せて差し上げました。
いくつもの、ただ必死に暮らしている村や街が、賊に襲われていました。
私たちは、見かけるたびに賊を殺しました。
その後には、誉れ高き王国の紋章が入った、剣と鎧が残されていました。
たまにスライムを外すと。
決まってサランド様はこう言いました。
「もう……殺してくれ」
私はとびっきりの笑顔で答えます。
「いやです。
あなたが償い尽くす、その日まで。
生きていただきます」
その命。
失われた彼らのために、使いなさい。
◇ ◇ ◇
『我が友、サランドを反逆者に仕立て上げたのも。
お前だな』
違います。
彼はすべてに耐えられなくなり。
あらゆる騎士を根絶やしにかかりました。
新領の騎士も。
旧領の騎士たちも。
父を含む、近衛騎士も。
今もどこかで、彼らを斬り殺しているはずです。
別に仲間ではありません。
彼は、国に立てついているわけでもありません。
彼はただ、自分のしてきたことに耐えられなくなっただけ。
その己の弱さも、認められなかっただけです。
ですが。
己は弱いと認めることが、尊いわけではありません。
あなたや父は……醜かった。
賛同はできませんが。
私は彼の償いは、美しいと思いますし。
応援しておりますよ。
◇ ◇ ◇
私たちは、反政府活動に参加していたわけではありません。
ただ傷ついたものを癒し。
悪漢を退治していた。
行く先々で、感謝はされ。
参加を呼びかけられましたが。
助力まではする、と。活動参加をお断りしていました。
これは彼らの戦いです。
ご理解いただきつつ、私たちにできることをしていました。
私にも……わからなかったからです。
目の前の弱き命を救うのに腐心する、この日々が。
正しいものなのか。
きっと、どうしてと聞いても、答えはない。
ローズとはよく話し合いましたが。
彼女は……長く生きているはずにしては、とても純粋で。
思慮深いのですが、単純です。
「悪を焼けばいい」というところで、止まってしまうというか。
「悪」とは、なんでしょう。
確かに、弱きを挫く者は、わかりやすいのですが。
聞けば昔の王国は、今の新領にあたるところがすべて敵国で。
悪漢に賊、間諜や貴族の腐敗が横行していたそう。
しかし長い時間をかけ。
王国は周辺国すべてを倒し、大陸に唯一の国となりました。
ですがこれは……平和となったのでしょうか。
まるで。
他国から来ていたり、あるいはそれぞれの理由で生まれていた悪人たちが。
今は王国に生み出され、その錦の旗を背負って、そのまま悪事を働いている、ような。
ならば今の、悪とは。
この国なのではないですか?
…………胸の中で、何かが熱く疼きます。
◇ ◇ ◇
林の中の、細い街道を移動していた、ある日。
確か……昨年ですから、私は21ですね。
突然、馬車が止まりました。
小さな水音がしたくらいで、特に異変は……?
ローズと頷き合い。
左右から別々に、外に出ます。
いきなり、何か水のようなものをかけられました。
見れば、放物線を描く水袋が、ローズの方にも。
彼女にも、たぶんかけられて……。
首をつかまれ、馬車に押し付けられました。
体に、力が入りません。
「やっと捕まえた!新種の!生きたスライム!!」
っ。なぜ、それを。
「僕はスライムをずっと研究してたんだよ!
なのに国はそれを認めてくれなくてさ。
そこで着目したのがフライフェイス!
あれの中に、スライムと思しき記述があった!
フライフェイスがスライムだとすれば、大発見だ!
国だって僕を認めてくれるはずだ!」
早口で口角から唾を飛ばし、男が一人で喋っています。
正直、臭いし気持ち悪いです。
「何年も前に捕えろって高い金払ったのにさ!
全然持ってこないから探し回ったんだよ!!
でもやったぞ!ついてた!これで僕は歴史に名を残すぞ!!」
ぐ。もしや……あのとき、保養地にやってきた、あの。
こいつは、ローズの、敵!
「お前が、認め、られないのは」
ローズが、回り込んでやってきました。
彼女も、苦しそうで。
あのかけられた水、我らの力を削ぐのでしょうか。
「もうこの国にほとんどいない!
時代遅れのスライムの、研究者だからだ!!」
男が私を掴んでいた手を離し。
ローズに……
「逃げて、ローズ!」
彼女が、今度は捕まれ。
奴の手に、水袋が。
「二体はいらないんだ。
僕を否定するやつは。
皆、殺してやる」
見れば、外套の下に返り血と思しき血痕が。
こいつっ、すでに気狂いです!
「こいつはスライムの機能を食べる、スライムだ。
偶然の産物だが……お前に飲ませたら、どうなる?」
男がローズの口を持ち、無理やり開かせ、液体を流し込んで――
「やめて!!」
這いずって寄ろうとする私の目の前で。
ローズが――――私の半身が、弾け飛んだ。
「うおっ。こういう反応になるのか。
これはいい!!」
何が良いというんだ!
ローズ!ローズ!!
私は散らばって降り注ぐ水滴に、必死に手を伸ばす。
その粘液の中に。
彼女の暖かさが。
ない。
◇ ◇ ◇
『スライムの違法研究。
研究者たちの殺害。
これもお前か』
あんなものまで、私のせいにされるのですか。
旧領、王都の研究所でのことでしょう?
杜撰というものではありませんね、これは。
意図的な改ざんにしても、やる気が感じられません。
王国はどうも。
敵を失い、幾百年のうち。
自らの発展を縛り続け。
ついぞ、まともな国としての能力すら、失ったのですね。
道理で、どこを回っても、火の消えたような国だったわけです。
ここは人の生きる国ではない。
ただ人を飼う、地獄だ。
私の中に生まれた炎で。
焼き尽くしてやる。
◇ ◇ ◇
フライフェイスの寓話。
彼女に聞いた火傷顔の話。
ですが私はどれほど悪党を殺しても。
この胸に炎が宿ることは、ありませんでした。
なのに、今。
身を焦がすような、これは。
失われた彼女を手にし、生まれた、この熱は。
これは――――!
情熱の炎!!
復讐ではない!
怒りではない!
ただ己の望みを、叶えようと燃え上がる!
命の炎だ!!
失ってたまるものか!
私のローズを!
たった一人の友を!!
あなたは、私の中にいる。
我が半身よ。
共に生きる魔物よ。
甦れ!!
私の体が、砕けて弾ける。
飛び散って、正確に――――ローズの破片と混じる。
「っ、しまった!両方、なんで……ひっ」
この世のものとは思えない、美しい魔物が立ち上がる。
一人、二人と。私たちの破片から、無数に立ち上がる。
爛れた顔は、まるで燃える炎のよう。
「なんだ、これは!お前たちは、いったい……」
聞きたいのならば、教えてやろう。
教えてやろう!!
一人一人が、奴に迫っていく。
馬車に逃げ込む奴を。
その中まで、左右から。
「私は、火傷顔」
「我らは――火傷顔」
「我が名は!火傷顔!!」
「私も、火傷顔よ」
「私こそが、火傷顔!!」
「私たちすべてが、火傷顔」
男が。
もうどこにも逃げ場がないのに、さらに後ずさろうとする。
「さぁあなたも」「好きなんでしょう?」
「スライム」「楽しいわよ?」
「融けてなりましょう」「何も考えなくてよくなるわ」
その身が震え、首を必死に横に振る。
「いやだ!スライムなんて下等なもの!!
誰も研究してないからやったんだ!
別に興味なんてない!!
あっちにいけ!!」
すっと我らが身を引き。
静かになる。
「そう……」「つまらない男」
「どうしましょう」「必要ありませんね」
「ですが悪党です」「悪党ならば」
馬車の扉が閉まる。
「「「「「「焼き尽くす」」」」」」
馬車が、燃え上がる。
それもまた、私だ。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
出して、助けて、たすけ――――』
「フフフフフ」「ウフフフフフ」
「ククク」「アハハハハハ」
哄笑の中、固くしまった馬車の中の。
悲鳴が止んでいく。
ただ炎が、燃え上がる。
腹の底から、笑いが沸き上がる。
地の底から響くように、木霊する。
「「「「「「フハハハハハハハハハ!!」」」」」」
◇ ◇ ◇
そして現在。私は22。
私宛の召喚状が来たときは――――やっとか、と思いました。
もう王都のすぐそこまで、怒れる民が迫っているというのに。
暇なのでしょうか、ここの人たちは。
反政府活動の「助力」を本格的に始めたところ。
あっという間に状況は覆りました。
表立ってはやっていません。ただ彼らは、奇跡の快進撃を、続けてきただけ。
私はどこにでも、いくらでもいて。
そしてなんでも知っている。
造作もないことでした。
…………ふふふ。
「以上だ。申し開きはあるか、ローズマリー」
「いえ。ですが一つだけ」
私は顔を上げました。
涙の跡が残る顔。
醜い笑いに、歪んだ顔。
「足りていません」
「なんだと?」
「はっきりと。『国家反逆の意思あり』と書かなかったのは。
なぜです?」
場がざわつく。
「…………まだお前は私の、婚約者だ」
「ふふ。何年も放っておかれたのに?
私、お手紙を出したのに、一度もお返事いただいていません」
「…………」
なんでしょう、その。
自分だけが被害者、みたいなお顔は。
傷ついてます、みたいな表情は。
あなたは最初からそうでした。
保守的で、頭が固い。
それだけなら、別に良いのですが。
自分が可愛いのが、透けて見えるのですよ。
……つまらない男。
「体面が悪いと、そう仰るのですね。
ふふふ。なんと醜い」
「王太子殿下を愚弄するのか!」
「そうです」
ぴしゃりと告げると、外野の重鎮が黙った。
「言ったではないですか。
『国家反逆の意思あり』と。
逆賊が国を、王族を愚弄するのは、当たり前ではありませんか」
「なぜ、お前が、そんな……」
ハイン様が、呻く。
わからないでしょうね?当たり前です。
聞きもしませんでしたし、私のことを見もしませんでしたから。
「あなたも、お父さまも、何も教えてはくれませんでした」
私は朗々と語る。
「どうして、なぜ、と聞いても。
本当の答えなど、人は教えてはくれません。
その醜い心を、曝け出してしまうから!
ですが私は!私はお教えしましょう!!」
どろりと、私の顔が融ける。
美しい魔物が、姿を現す。
「火傷顔!!
怪物に、取り憑かれたか!」
あら、人の名乗りをとるなんて。
無粋な方ですね、王太子。
「ふふ。やはり知っていますのね、ハイン様。
私はね?王太子殿下。国を焼くことにしたのです」
「この国が、悪だというのか!?」
「そうです。
もちろん、それはこれから、たっぷりとお教えします」
「くっ、お前たち、捕えろ!!」
物々しい恰好の、重武装の騎士と兵たちが、前に進み出て。
貴族の重鎮たちを全員、押さえつけたり、縛ったりしていく。
「な、これは!?」
部屋に侍従が何人も入ってきて。
老いた国王陛下も捕えられた。
ふふ。
ローズはとっても純真で。
こういう、悪辣な使い方を、思いつかないのですよね。
彼女と一つになってから。
最初からこのように、しておけば。
こうしておけば!みんな死なずにすんだのに!!
私から分かたれたローズと。
二人、ハイン様に迫る。
彼の見ている前で。
騎士や侍従。
ローズの顔も、私と同じように爛れる。
『我らは――火傷顔』
彼の首筋に、手を触れる。
その目が、恐怖に染まる。
「どこにでもいるわ」「全部私」
「いつでも見ている」「全部知ってる」
「最高に醜かったわ」「全部燃えてしまえ」
震える頬をそっと撫でる。
私の小さな火傷が、あった場所。
「あの火傷……結構痛かったのですよ?
ごめんなさいも言えなかった、王子様」
手から、炎のような情念を籠める。
さぁ!オーレイルや!サランドが作ってきた地獄を!!
お前も見るがいい!!
この国の現実を!!
余すところなく!!
その脳に、焼きつけろ!!
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
私の記憶が、ハインに流れ込む。
その痛みも、苦しみも。
何もかも。
なぜ、どうしてと問うならば。
答えてやろう!!教えてやろう!!
「フハハハハハハハハハ!ハハハハハハハハハハ!!!!」
◇ ◇ ◇
立ち上がった人々は。
押さえつけていた王国がなくなり。
少しずつ、ぶつかりながら自分の生きる道を模索していくでしょう。
もちろん、そこに凄惨な虐殺や、非道が混じることもあるでしょうが。
それは責任もって、私たちが見守っていきましょう。
「よかったのかい?マリー」
「何がでしょう、ローズ」
大陸の北の端に立てた、小さな屋敷。
小高い丘から、意外に遠くまで見えるそこで。
はるか南の方を眺める。
ローズが、私の隣まで来て。
窓に少し映る私たちの顔には、火傷痕。
別に消してもいいのですが……それはどうも、気に入らなくて。
「ハインだよ。一度王になってから、主権を民に返上したそうだけど。
そもそも、生かしておいてよかったの?」
「生きてなかったらそれ、できなかったではないですか。
私は王国は業火をもって焼きましたが、別に滅んでほしいわけではありません。
民が不便なく生きられるなら、それでいいのです」
ハインは、その業火に耐えました。
ならば生きて、その命を使うべきです。
「新領も旧領も民が立ち上がって。
貴族も王族もいなくなって。
少しずつ、富の分配と、生産の向上が始まって。
まぁ、よかったのかね」
「悲劇を食い止めるため、王国は時間の針も止めていました。
それが動き出しただけです。
もしもその流れが、また悪に染まるのであれば」
「火傷顔が焼きに来る、と」
国体は残ったものの。
王国――もう王のいないこの国は、大きく変わっていくでしょう。
再び分裂することも、あるかもしれません。
ですがそれは、人の営み。
怪物の仕事ではありません。
「なんというか……いい女になったね、マリー」
何を言い出すのでしょう、この人。ひと?
「あなたが言うと、ほとんど嫌味です。
私の知る中では、あなたほど美しい者はいません」
「私はもっと、美しい人を知っている。
君は……その面影がある。
ひょっとすれば。同じ魂なのかも、しれないね」
「なんですかそれは。口説いているのですか?」
「そうだよ?」
…………臆面もなく言いますね。
手強い。
「私がかつて愛して、ずっと一緒にいたいと願った人は。
人、だから……亡くなってしまった。
子も為せなかった。
君を、私と同じに、してしまったのは。
君を、助けたかったから、でもあるのだけど。
その」
そこは恥ずかしがるのですか。
魔物の情緒はわから……いえ、違いますね。
これ、ローズが変わってるだけです。
私だって、同じ魔物なのですから。
ならば私の想いを告げればよい。
この情熱の炎に従って。
あなたといたいと、それだけを願った。
この燃え上がる想いを。
「はい。あなたと永劫生きられる命をもらいました。
幸せです」
「~~~~!!??」
すごいお顔をしてらっしゃる。
ふふ……そんな表情も、なさるのですね。
私の美しい魔物よ。とても素敵です。
それにしても、まだ悶えています。
何か、可愛らしい。
…………ちょっといたずらしてみましょうか。
彼女の手をとって、繋いで。
少しだけ、寄り添って。
耳元に、口を寄せて。
「スライムって、どんなことができるんでしょうね?」
「ひゃあああああああ!!??」
ふふ。何を想像したんでしょう?
やらしい。
転がりそうな勢いで、悶えていますが。
より固く、指を絡め、引き寄せます。
この手はぜったい、離してあげません。
私の炎が、燃え尽きるまで。
◇ ◇ ◇
この国には、怪物・フライフェイスの伝説があり――――
「あら。それを読んでいたの?」
「うん!とっても面白いの!」
幼子が分厚い本を閉じ、母親に笑いかける。
「でも難しくなかった?」
「ううん。うちの暖炉にもいるのかな?フライフェイス」
「ふふ。あなたはいい子だから、いないかもしれないわ。暖炉には」
────フフフフフフフ…………
風に乗って、微かに何かが流れてくる。
それは暖炉の炎の向こうから。
それは空の彼方から。
幼子が弾かれたように立ち上がり、窓に向かう。
「今、笑い声がしたよ!」
「そんなまさか……あっ」
二人が窓を開けると。
暗闇の向こう、林の木に寄り添うように立つ、影。
影の足元に倒れ伏す、武装した賊たち。
その影が、窓際で呆然とする二人に、丁寧に淑女の礼をとる。
「お騒がせして、申し訳ありません」「賊はみな、この通り」
「お気を付けくださいませ」「ですがご安心を」
「さぁ暖炉の前に戻って」「ご談笑くださいませ」
いくつもの声が、同じ顔から重なって響く。
「あなたは!」
幼子の声に。
その影の顔が、醜く歪んだ。
「「「「「「私は――火傷顔……」」」」」」
「悪を」「焼き尽くす」「醜い」「炎の」「化け物よ」
影の姿が霞み、煙のように消えていく。
────フハハハハハハハハハハハ…………
ご清覧ありがとうございます!
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調子に乗って三部作にしてしまいました。
本作をもって、完結にございます。
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前々作『火傷令嬢、悪役になりて、恋と燃ゆる。』(復讐のクライムファイターもの)もよろしければご覧くださいませ。
前作『火傷悪女、令嬢となりて、愛を燃やす』(復讐の悪女男性翻弄もの)も掲載しております。
拙作『やり直したら悪役令嬢に攻略される乙女ゲーになりました。』(乙女ゲーベースの百合物)も連載中です。
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