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海から来たもの

作者: 村嶋



海には極力行かないようにしているんです、とG君は言う。


浜辺に行くと様々なものが打ち上がっている。それは流木や貝のような自然のものからシーグラスのような人工物、どこのものとも知れないゴミなど様々だ。

海に来た一定数は、そういったものを収集してしまうようである。



G君は転勤族で、数年に一度は引越をしている。

ある時、会社の用意した社宅が砂浜を目の前に臨む立地だったことがあった。両親は、会社も粋なことをするな、なんて言って上機嫌だったが、G君は当時小学生ながら台風が来たらどうするんだ?などと考えていた。


そうはいってもそんなに海に近いところに住むのは初めてだったから、G君は時間が許す限り砂浜で走り回ったり魚を捕まえたりして遊んでいた。両親も、家でゲームをしているよりは教育に良いと思ったのか、日が出ているうちはどんな状況でもG君がそうするのを止めることはなかった。



ある日、いつものようにG君が浜に来ていたところ、砂浜から道路に上がる階段にいる人影が目に入った。

遊泳の季節でもないので浜に人は少ない。その日もG君が来たとき、浜には誰もいなかったはずだった。


それは随分と太った老人であった。G君の知り合いでもなんでもない者だったので、話しかけるでもなく、遠巻きにその姿をみとめると、老人はG君に向かってしっかりした足取りで進みながらこう言った。


「あのねえ ひろってるんだよ」

彼の手元には、大人の手におさまらないくらいの大きさの流木のようなものが握られていた。

「ここの浜にはねえ、ときどき“流れ着く”からね」


「はあ、そうですか…」

G君は返す言葉が思いつかず、相槌のような返答でその場を乗り切ろうとしたが、甘かった。

「ありがたいから持って帰りなさいよ!」

「え、ええ、いや……」

「うちにもっとたくさんあるからね! こういうのは“いろんな家”にあるのがいいよ」

「でも……」

「遠慮しないで!」

遠慮しているわけではないのだが、その何かを握らされてしまった。

G君は元来まじめな人間だからか、手渡されたものを眼の前で放ったり突き返したりできなかった。そういう彼の性質を何となく見抜いたのか、老人は愉快そうに笑っている。

「君、毎日来てるだろう、またあげるからおいでよ」

見られている。G君はその老人を見たのは初めてだと思っていたのに、向こうからは把握されているということに背筋が冷たくなるのを感じた。

「……あ、いや、それは」

「それ、よろしくたのむよ!」

近くで見たその老人は、随分歳を重ねているようであり、しかしながら遠巻きに見た通り恰幅よく、また健康そうなふるまいであった。G君を残して浜を去っていく足取りも実に軽やかであった。


G君が我に返って流木を見返すと、それは単なる流木のようでもあったが、誰かが加工した彫像が波で削られて滑らかになっているような、人工的な要素も持っているように感じられた。

反射的に気持ち悪いとG君が思ったのもそうおかしいことではないだろう。浜辺のなるべく隅の方、テトラポットの陰に優しく置いてやった。

そのまま、老人に見つからないようにすぐ目の前の家までだが何度も後ろを振り返りながら帰ってきた。



両親に聞いても、そういう背格好の人は知らないと言った。あまり人口もいない区域であるから、周辺住民はお互いを概ね把握している。それでも、両親も、それから隣人に聞いても、そういう姿の老人は見たこともないという。

このとき、流木のことは両親にも言わなかった。あのとき、老人が人に見せたり譲ったりしたがったことが気にかかっていた。これを伝えて、老人の思い通りになることを避けようとしたのだった。


両親はやはり子供の一人歩きは危ないと踏んで、少しの間、せめて常に大人が浜にいるような時期まで……海開きのときまでは浜へ行くのはやめるようにと言った。G君も大人しくそれに従って、暇なときは市街へ出かけるか家で過ごすようにした。

ほどなく梅雨の時期に入って、外で遊ぶような陽気の日は少なくなったので、G君は特に不自由しなかった。



海開きの前日のことだった。まだ梅雨の時期であるから、数日小雨が降り続き、雲は厚く日中もやや暗い日であった。

G君は夏休みを前に夏風邪を引いて学校を休んでいた。母はしばらくそばにいて看病をしてくれたが、買い物があると言って外出してしまい、父も仕事へ行っているものだから、G君は相当久しぶりに家に一人残されることとなった。


雨は降り止まず湿度は高く重い空気が流れていたものの、海風は弱く外は静かだった。

G君は寝ているような起きているような微妙な意識で母の帰りを待っていた。


それから、どれだけ経ったかわからないが、インターホンの音がして、目を覚ました。

G君は起き上がって玄関まで行く気力もなくその音を聞いていた。


宅配便ならいつもの担当者は適当に玄関に転がして帰るはずだし、近所の人ならまたこちらから訪ねていけばいいだけだ。こんな熱のある状態で、わざわざ出ていく必要もないだろう。

G君はそう考えていた。


「こんにちわぁぁ!」

玄関から叫び声が響く。


「こんにちわぁ!」

それは、知らない老人の声だった。


「こんにちわぁ!」

「ごめんくださいぃ!」

「ごめんくださいぃ!」

G君は息を潜めて、布団の中へ隠れた。彼は玄関から見えるはずもない位置にいたのだが、何か良くない心地がして、その声の主に見つからないよう、そしてその声を聞かないように聞かないように深く沈んだ。


どれだけの時間が経ったか知らない。


ドアが開く音がして、G君は目を覚ました。気づいたら眠っていたようだった。

「Gただいま、留守をありがとう。よく眠れた?」

母の声にG君は心底安堵したという。



その日以降、G君は留守番を断固として拒否し、家に一人でいることはしなかった。また、母がいるときに変な来客が来ることもなく、何事もない日々が続いた。



しかしある週末、G君が起き出してくるとリビングで両親が頭を捻っていた。

何してるの、と言おうとして、息を飲んでしまった。


リビングの机の上には両手では数えきれない量の流木が並んでいた。


「あ、おはようG……」

母はやや不安そうにしていた。

「これね、玄関のポストに……G、あの、この前の……」

「知らないよ!」

ごみを入れる嫌がらせか何かだろ、とG君は続けた。

今さら、押し付けられてテトラポットに捨て置いた流木の話をする気にはとてもなれなかった。



その後ほどなくまた父の転勤が決まり、その家は退去することになった。

両親は非常に残念そうにしていたが、G君はやっとあの老人と接点がなくなることを密かに喜んだ。次の行き先はここから遥か遠く内陸部であったためだ。

G君は成長を理由にその頃の持ち物はほとんど処分して、まったく違う自分を意識して今も生活しているらしい。





海からやって来る、漂着神信仰というものがある。それらは、海のなか・海の向こうは人ならざる世界と繋がっているという考え方に基づいている。

老人はG君に“ひろめて”ほしかったのではないだろうか。


いずれにせよ、その目論見は断たれ、G君は平穏に暮らしている。


しかし、彼がまた海のそばで老人と遭遇してしまったら……。

だから海には行かないんです、と重ねてG君は言った。



読んでいただきありがとうございました。

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