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「ひゃあ、お…お母様?…くっ…苦しいです」
邸の扉を開けた私は、いきなり母に抱きしめられた。
「待ってたのよ!お帰りなさい!」
相変わらずの母の様子に安心したような苦しいような…何とも言えない気持ちになって少し目に涙がにじんだ。
階段の方を見上げると、妹がにっこり笑顔を浮かべて降りて来る所だった。
三年ぶりに会う妹は、すっかり令嬢らしくなっていて、やっぱり身長は低いけど私がいない間に成長してしまったんだな…と思うと寂しくなった。
「レイチェル!ただいま」
私は、母の腕からするりと抜けると今度は、妹を私が抱きしめた。
「おかえりなさい。お姉様」
小さくて可愛い妹は、目に涙をいっぱい貯めて私の事を見上げて来る。
(ああ、相変わらず…私の妹は…なんて可愛いのかしら…)
「お姉様すごく顔色が悪いわ?長旅で疲れたのね。大丈夫?」
(私…そんなに疲れた顔をしてるのかしら?)
「ううん、大丈夫よ。今からお父様とお母様に報告しないといけない事があるから、また後でお話しましょうね」
私は、妹の頭を撫でると両親と一緒に父の執務室へと向かった。
執務室のソファーに座り、まず、父が舞踏会での出来事を母に説明した。
「そうなの…、大変な事になったわね」
「ああ、アリエルもその令嬢に嫌がらせをされていたらしい」
「…っ!…何ですって?!」
「お母様、私は大丈夫ですよ。私は、変装していたのでそんなにひどい事は、されなかったの」
「だからって…許せないわ」
テーブルの上のティーセットが…パキパキと音を立てた。
「ソフィア…」
「……ごめんなさい。つい力が入って…」
母は、興奮すると回りの物を壊してしまう事がある。小さい頃から知っている私は、またかと思うだけだが…知らない人が見れば逃げたくなるほど恐ろしく思うだろう。
「とりあえず、あなたは療養しなさい。自分のしたい事をしてもいいのよ?」
「ああ、そうだな。気持ちの整理も必要だろう…」
父の言葉に少しドキッとしたけれど、
「はい、分かりました」
と、にっこり笑って執務室を後にした。
その日の夜、
レイチェルの部屋を訪れた私は、今まであった事をお互いに話した。妹も、この国の王子にいいように振り回されているのか…困った顔をしていたけれど、顔を赤くして話すところを見ると、少しはうまくいっているのだとホッとした。
そして、妹には特殊な能力やスキルがあるそうなので後日見せてくれるのだと言う。
案外、これからの私の療養は、楽しく過ごせそうだ。
◇
私は、ここ最近午前中は、庭に出て噴水の側のベンチに座って読書をする事が増えた。なんだかんだ言って、やっぱり、自然のある場所が一番落ち着く。
自分の家に帰って来てから一週間がたった。隣国だからか…ルミエール国の噂を聞く事もない毎日を送っていると…どうしても、レナルド殿下の事を思い出して胸が痛くなる。
(この三年間…色々あったな…。そう言えば、クリスティアナ様は好きな人の心を射止めたのだろうか?…)
私が物思いにふけっている時だった。
「お姉様!ここにいたんですね」
午前中の魔法の訓練を終えた妹が、走って私の所へやって来た。
「レイチェル、毎日大変ね。お疲れ様」
「大変だけど、早く自分で自分の身を守れるようにならないとね。何かあった時に迷惑かけたくないから」
「…っ!?」
妹は、自分の事をちゃんと考えている。特殊な能力を持っているせいで、いつか悪い考えを持つ者たちに狙われても対処できるように、自分で努力をしている。
(私は…確かに、妃教育を頑張って来たし、やり遂げた。結構、魔法の腕に自信がある方だけど…でも、今の私は自分の事を守る力が果たしてあるのだろうか?)
「レイチェル…」
「はい?」
「私も明日から自分磨きをするわ!あなたと一緒に午前中の訓練に参加します!」
「えー!どうしたんですか?お姉様??」
驚いた顔をしている妹に「負けてられないわ!」と宣言した。
それから、私の毎日は充実している。訓練で汗をかき、妹から魔力操作も習って、午後からは妹の部屋で見た事もない知識を知ったり、お菓子作りや街へ買い物に出かけたり、最近スマホと言う通信道具を妹から受け取って驚いた。どんなに遠くに居ても話ができるのだと言う…。
(どんなに遠くてもか……殿下…元気にしてるかな…?って何考えてるの?私…)
やっぱり、時々レナルド殿下の事を考えてしまう私はまだ…療養が足りない様だ。