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お妃候補は土いじりが好き  作者: 結輝満月
7/11

7

妃教育がやっと終わった。


教育係の夫人は、

「もう、教える事はないわ。3年間お疲れさまでした」

と言い終えると爽やかな笑みを浮かべて帰って行った。

「やった!これで、舞踏会が終われば…解放される…」

私は、当初の目的を果たせると喜んだはずなのに…なぜか、心の中では寂しい気持ちを隠せなかった。



数日後、

「妃教育お疲れさまでした。レナルド殿下との交流はこれで最後となります。明日より3日間アデラ様、クリスティアナ様、アリエル様の順番で自由な場所での交流を楽しんでいただきます。この後、舞踏会まで交流はございませんので自由にお過ごしください」

そう言い終えると侍女長は、にっこり笑って去って行った。


「私の番は、3日後ね」

私は、媚薬の件で助けてもらった事もあるし、最後の交流は参加する事に決めた。


その日は、朝からあいにくの雨で庭園の散歩はできないと判断した私は、侍女長に断りの手紙を書いてベルに届ける様に頼んだ。土いじり脳の私は、交流=庭園としか考えてなかったからだ。

雨は降り続け…雷が鳴る程だった。


コンコン

「はい、どうぞ」


きっと、手紙を届け終わったベルだと思った私は、扉が開いて入って来た人物に驚いた。


「え?…レナルド殿下?」

「……どうして、今日の交流を断った?」

「…そ、れは、雨だから?」

「確かに…雨が降っているが…。だから、なんだ?」

「え?」

レナルド殿下は、眉間に皺を寄せて右手で顔を半分覆ってハァー…とため息をついた。

そして、私の手を掴むと、「行くぞ」 と言って歩き出した。

「は、はい」

(断ったから…怒っているんだわ…)

ちょうど、戻って来たベルは、目の前で,呆気に取られている。

「ちょっと、行って来るわね」

と言い残し、手を引かれるままついて行く事にした。


着いた先は、温室だった。

暖かい室内は、少し濡れてしまった身体をあっという間に乾かしてしまった。

「ここなら、庭程ではないが…散歩出来るだろう?」

「はい…」

初めて訪れた温室は、ガラス張りのとても広い部屋で母が言う様に見た事もない植物や果樹が植えられ 私の好奇心を鷲掴みにするほど魅力的だった。

「なにこれ?…これも、見た事ない。わぁー…この植物なんだろう…。ああ、幸せ…」

私は、心の声がそのまま口から出てしまって、気付いて両手で口を塞いだけれど…意味がなかった。

「くっ、フハハッ、君は、本当に変わっているな…。予想通りの反応をしてくれる」

「あ、も、申し訳…ありません…」

小さな声でボソボソ謝った。

(そうだった。今の私は、アリエルだった…)

「………」

レナルド殿下は、また、私の手を掴むと温室の奥にある二人掛けのベンチへと私を座らせ自分も横に腰かけた。


「「………」」


(なんか、気まずい…)

レナルド殿下は、繋いだ手を放さずそのまま私の手の甲を撫でている。


「アリエル嬢の手は、少し荒れているな…」

「…申し訳…ありません」


「それに、声も小さい」

「は、はい…」


「顔色も…よくないな」

「………病弱な、もので」


「「………」」


「もう、変装するのを辞めたらどうだ?」

「………え?」


レナルド殿下は、私の方へ身体を向けると左手を私の腰に回し引き寄せて、右手で私の前髪をかき上げた。そして、至近距離で目が合った。


「…っ?!」

「なぁ、アリエル嬢…。ああ、庭師見習いの時は、エルルだったか?」


「………っ?!」

「その髪の色も…違うのだろう?」


「……ひゃっ!」

俯こうとしたがレナルド殿下がもっと身体が密着するほど引き寄せ、額を手で固定されて…俯く事も出来ない為、目だけを反らした。


「…ちゃんと、調べればわかる事だ。君の髪はピンクブロンドだろ?」

「………」


「そして、病弱に装っているだけだ…」

「………」

(もう、隠し通すのは無理ね…)


「……いつから、知っていたのですか?」

その言葉を聞いたレナルド殿下は、私が観念したんだと分かり優しく微笑んだ。

「んー…、1年以上前から知っている」


「…っ!?…そんなに前から…」

「ああ、最初は、好奇心から君の後をつけたんだ…。そしたら、庭師小屋に入って行くだろ?出て来た君の変装した姿に驚いたな。それがきっかけだ」


私は、王族を騙していた。バレないと軽い気持ちでいたのが間違いだった…。このままでは、家族に迷惑をかけてしまう。

両手で殿下の胸を押して離れると、立ち上がって深い礼をした。


「………」

「………何のまねだ?」


「…ずっと変装をして騙していた事を謝ります。申し訳ありませんでした…。この事は、私が独断でやった事です。家族は、関係ありません…どうか、罰は私か受けます」


どんな罰を受けるか分からないけど…今は謝るしかない。

(私…修道院送りかな…)


「ああ、そうだな。君は、妃に選ばれたくなかったのだろ?そして、エルルの時とは違い、僕を避けていたね」

「はい、申し訳…ありません」


「………そんなに、僕の事が…嫌いか?」

「え?」

顔を上げると、悲しそうに目じりを下げたレナルド殿下の顔があった。


「そんなに…僕の妃になりたくない?」


「………っ?!」


「僕は…君の事を…」

そう言って、黙って私の腕を握ったレナルド殿下の手は、震えていた。

(私は、殿下の事を嫌っていない…むしろ、好きだ。でも、妃になるのは私じゃない)

前に楽しそうに会話するクリスティアナ嬢とレナルド殿下の様子が頭に浮かんだ。


「私は…殿下の事を、嫌いじゃないですよ」

「え?」

「確かに、妃になりたくなかったし、側妃なんてもっと嫌だし、早く帰りたかったです」

「………」

「でも、殿下と話すの楽しかったですよ。泥だらけの私に優しく声を掛けてくれて、テレンス殿下に言い寄られた時も、演奏会の時も、媚薬を…盛られた時も助けて下さいました。とても、感謝しています」

「ああ、そうだな。あの時は、必死だったんだ」

「ふふふっ、とても、嬉しかったです」

「そうか…」


「「………」」


私は、俯いているレナルド殿下の両手を握った。


「レナルド殿下には、幸せになってもらいたいんです」


「ああ、アリエル嬢…僕は、」


その時、温室の入り口の方からレナルド殿下を呼ぶ声が聞こえて来た。従者は、走って来て殿下に耳打ちすると、深刻な顔をして立ち上がった。


「アリエル嬢、すまない…急用ができてしまった」

「いえ、気にしないでください」

「ああ、じゃあ、また」

そう言うと足早に温室から出て行ってしまった。

(殿下は、何を言おうとしていたんだろう…)

私は、ドキドキする胸を押さえて…気持ちを落ち着かせる為、温室の植物を時間の許す限り堪能した。





数日後、私の元にドレスの仕立て屋がやって来て、頼んでもいないのに私の採寸をして行った。

その仕立て屋の話によると、妃候補に舞踏会のドレスを仕立てる為だと言う。最後の労いのプレゼントと言う事だろうか?みんなに贈られるならと有難く作ってもらう事にした。


私は、舞踏会の数日前まで、自由に過ごしてもいいと言われた言葉通り。幻の庭園に行ったり、入室許可をもらい温室に行ったりと自由に過ごした。そして、庭師のおじさんにもうすぐ家に帰るので手伝えなくなる事を伝えると「寂しくなるな」と額に皺を寄せて残念そうに笑った。


今日、仕立て屋から届いたドレスは、深い緑色で金色の美しい刺繍が施されたものだった。

「お嬢様…ドレス、すごく美しいですね」

「ええ、そうね。まるで…」

レナルド殿下を思わせるようだと言いそうになったが…やめた。


きっと、二人の令嬢達も、とても素晴らしいドレスをもらっているはず…私だけ特別じゃない。そう言い聞かせた時だった。



コンコン

ノックのする音が聞こえて、ベルが扉を開けるとそこにはクリスティアナ様の侍女が、立っていた。

その侍女は、「メモを預かってきました」と、言うと深く一礼して去って行った。


メモには、


『 お話があるの、庭園の噴水の前で待っています 』


と、書いてあった。

私は、待たせる訳にもいかず身支度を整えると庭園の噴水へと向かった。


「クリスティアナ様、お待たせいたしました」

「アリエル様、私も今来た所なのよ」

相変わらず、絵になる程美しく、女性でも呆けてしまう程の美貌の持ち主だと思った。

(今日も素敵ね…私に何の用なのかしら…)


「さぁ、こちらに座って」


クリスティアナ様の指示通り、ベンチの隣に座った私はさっそく要件を聞く事にした。


「あの、話したい事とは…何ですか?」


「ええ…、そうね。もうすぐ舞踏会でしょ?」

「はい…」

「ゆっくり、話せるのも今しかないと思ったの…」

「そうですね。私も隣国へ帰りますし…」

「え?」

クリスティアナ様は、突然驚いた顔をした。


「え?私…何か変な事をいいました?」

「え?…いいえ、…そう、帰るのね」

片手で頬を触って何やら考え込んだクリスティアナ様は、一つため息をついて話し出した。


「私ね、好きな人と一緒になる為に妃候補になったのよ」

「そうですか…」

(やっぱり、殿下の事が好きだったんだ…)

「やっぱり、好きな人の側にいたいじゃない?」

「はい…」


私の胸はズキズキと痛んだ。


妃教育が終わった後も、時々クリスティアナ様とレナルド殿下が庭園で会っている事を知っている。楽しそうに肩を並べてベンチに座って、その仲睦まじい様子を見たくなくて庭園の手伝いもあんまり行かなくなった。


「だから、安心してちょうだいね?とったりしないから」

「はい…?」

(とるって…何を?)


「もうすぐ、私…その人に告白しようと思うの」

そう言って顔を真っ赤にして両手で口を押えているクリスティアナ様は、恋する乙女の顔をしていて、とても可愛かった。

「そうですか、頑張ってください!応援してます」

「ええ、きっと、彼の心を射止めてみせるわ。彼もね、私の事を見ていつも顔を赤くするのよ。ふふふっ」

(確か、庭園で見かけた時もレナルド殿下は、顔を赤くしてクリスティアナ様を見ていたよね?…両想いじゃない)


クリスティアナ様は、すごく楽しそうにその後も好きな人の良い所を話していたけれど、私はちっとも頭に入らず「そうですか」「よかったですね」と相槌を打つだけだった。

結局、ほぼのろけ話をされて…疲れて帰った私を待っていたのは、衝撃の光景だった。


部屋に帰ると、目の前にはベルが床で卒倒している姿と、ベッドの上でズタズタに切り裂かれたドレスが無残に置かれていた。


「これは…一体…」


「ふっ…うう…お嬢様…、私がお部屋を少し空けている間に…大切なドレスが…こんな事に…申し訳ありません」

床に座ったまま頭を下げるベルの背中をさすりながら慰めた。

「そう、…ベルのせいじゃないわ。…こんな事をした人が悪いのだから」

「でも、こんな、ひどい事になって…」


「大丈夫よ。言ったでしょ?舞踏会には、いつも通り地味なドレスで参加するって決めていたもの。それに、こんなになってしまったんだもの仕方ないでしょ?舞踏会が終われば、晴れて自由の身よ!ベル、あともう少し頑張ってくれる?」

「ええ!お嬢様!私は最後まで頑張ります!」

「ふふふっ、ありがとう」


このドレスの事は、誰にも言わない事にして、ドレスはクローゼットの奥にしまった。たぶん、最後の嫌がらせなのだろう…。やった人は、誰なのか分かっているし、私は、舞踏会が終われば妃候補から除外される。もう、私には関係ない。


私は、それから、何もなかった様に舞踏会の日まで過ごした。

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