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「本日より一日に一人ずつ、妃教育の後レナルド殿下と過ごしていただく事になりました」
と言う、侍女長からの連絡が入った。
しかし、私は、自分の番が来た日に体調が良くないからと断り続けた。
ここまで、病弱だとアピールしているのに妃候補から除外されないのが不思議だった。
私は、今日も庭師のお爺さんと薔薇の手入れをしていた。
「お爺さん、この草捨ててきます」
「ああ、頼んだよ」
私は、大きな篭を持って焼き場へと歩いていると…。
「本当に…君には、かなわないな…」
「まぁ、ふふふっ」
と楽しそうな話声がして、植え込みの向こうを見ると…ベンチに座って楽しそうに話をする妃候補のクリスティアナ・ファーバー侯爵令嬢と真っ赤な顔をしたレナルド殿下の姿があった。
クリスティアナ嬢は、サラサラの銀髪に琥珀色の瞳をして、とても知的で聡明な令嬢だった。
(とても、良い雰囲気ね。クリスティアナ様が妃になるのかしら…)
そう思った途端、私は…なぜか胸の奥がズキズキと痛んだ。
(あれ?…私、もしかして…)
ズキズキする胸を押さえたまま、私は、焼き場に雑草を持って行き、お爺さんに用事が出来たからと言って離宮へと戻った。
その次の日から、私はレナルド殿下をできるだけ避けるようになった。
私は、自分の気持ちに気付いてしまった。
今日も、レナルド殿下の目を逃れ隅の方で花壇の手入れをしていると、
「貴様、見ない顔だな…そんな所で何をしている?」
背後から知らない声がして振り向くと、そこにはブロンドの髪に深緑の瞳をした、第二王子テレンス殿下が立っていた。
「私は、庭師見習いです。花壇の手入れをしている所です…」
「ああ、君は庭師の…へぇ…」
テレンス殿下は、私の身体を舐め回す様に見るとニヤリと笑った。
(うわ…、…早くここを離れなくちゃ…)
「では、…失礼いたします」
「ああ、待て。貴様、名前は何と言うんだ?」
「え?…ああ…エルルと、申します」
「そうか、エルルか…じゃあ、行っていいぞ」
「はい、失礼いたします」
私は、足早にその場を離れた…が、その次の日からテレンス殿下にしつこく言い寄られる様になった。
「エルル、俺とガゼボでお茶でもしないか?」
(また来てる…)
「恐れ多い事でございます。私は仕事中ですので、申し訳ありません」
「いいじゃないか、少しの間くらい」
「………」
(どうして、こうなった?…私の幸せな土いじりの時間が…)
「なぁ、次の休みの日はいつだ?」
「………」
「街に遊びに行かないか?なんでも好きな物を買ってやるぞ?どうだ?」
「………」
私は、花壇の草を無言でむしりながら早くテレンス殿下が諦めてくれるのを待った。
(女たらしとは、聞いていたけど…こんな泥だらけの女にも声を掛けるなんて…)
「なぁ、エルル」
私の肩を掴んで来たので、言い返そうと振り返った時だった。
「テレンス様!?」
美しいドレスを着た令嬢がテレンス殿下に声を掛けた。
「…っ!?」
「リッ…リディア!?」
肩から手を離したテレンス殿下は、なぜか慌てた様子でその令嬢の側に駆け寄ると今の出来事を誤魔化す様に腰を抱いた。
「リディア、今日は用事があったんじゃないのか?」
「ええ、もう済みましたの」
「そ、そうか…」
「で、何をしていらっしゃったのですか?…まさか…」
「え?ちがう!俺は、庭を綺麗にしてくれている者に労いの言葉を掛けていただけだ」
「まぁ、そうでしたの。では、そろそろ戻ってお茶にしませんか?」
「あ、ああ、そうだな」
テレンス殿下は、リディアと言う令嬢に引っ張られるようにして城へと戻って行った。
「はぁー…助かった」
私は、その場でうずくまって安堵した。
「兄上にも困ったものだ…。婚約者がいると言うのに…」
「え?婚約者?」
上からふってきた言葉に、頭を上げるとそこにはレナルド殿下が立っていた。
「ん?殿下?いたんですか?」
「ああ、いたよ。リディア嬢をここへ案内したのは、僕だ」
「そうだったんですね。助かりました」
「………」
黙って不機嫌な顔をしているレナルド殿下は、私の手を掴むと庭園の奥へと歩き出した。
レナルド殿下は、庭師小屋まで来ると中に入って鍵を閉めた。
「…っ!?」
そのまま壁まで追い詰められた私に、
「…お仕置きしないとね」
「え?…」
そう言って、私の両手を繋いで壁に縫い付けると、首筋や胸元の服で隠れる所に強いキスをされた…。
「ひゃ…」
ちゅ、ちゅ…とキスをする音だけが響いて、心臓がバクバクとうるさい。
「ん…、あ、あの汗かいてるし…汚いので、やめてください」
私は、両手に力を入れて押し返そうとしてもビクともしなかった。
「君は…もっと、お仕置きして欲しいのかな?」
レナルド殿下は、そう言うと今度は、私の唇にキスを落とした。
「え?…なん、で?…」
「………」
放心状態になった私としばらく見つめ合っていたレナルド殿下は、真っ赤な顔をしたまま何も言わずに鍵を開けて庭師小屋から去って行った。
その日離宮へ戻った私の身体には、たくさんのキスマークが付いていてベルがそれを見て卒倒してしまった。
レナルド殿下は、何を思ってお仕置きだと言ってあんな事をしたのだろうか?それに、キスもされてしまった…。
(殿下は…エルルが…好きなの?)
複雑な気持ちになった私は、レナルド殿下に極力会わない為に、庭師のお爺さんにしばらくお手伝いを休むと告げた。
◇
あの庭師小屋での出来事から二週間がたった。
私は部屋に引きこもるようになり、持って来た本もすべて読んでしまった為、書庫で本を借りる事にした。廊下を一人で歩いていると前からレナルド殿下の姿が見えた。どうやらこちらに歩いて来る様なので、私は壁際によって深く礼をして通り過ぎるのを待った。
(今の私は、アリエルだもの。エルルじゃないんだから…)
急に足音がしなくなった為、顔を上げると目の前にレナルド殿下が眉間に皺を寄せて立っていた。
「…っ?!」
「僕の事…避けてるの?」
「…っ?!…あの、なんの事だか分かりません」
私は、レナルド殿下の言葉に少し動揺したが…きっぱりと否定の言葉を返した。
「………」
ちょうど、そこへ従者の声がした。
「レナルド殿下ー?どこですか?」
その言葉を聞いた途端、レナルド殿下は私の手を強引に引いて死角へと連れ込むと、私の背後の壁に両手をついて私が逃げられない様に囲い込み、顔をゆっくりと近づけて来た。
(え…また、キスされる…)
そう思った瞬間、すんでの所でピタッと近づけて来た顔は止まった。
「覚悟しといてね」
「…っ?!」
そう呟いて、レナルド殿下は、何もなかったかの様に立ち去った。
(なんだったの?…一体、何なのよ…)
そして、私は、その場にしばらくへたり込んでしまった。